第75話 戦い終わって日が暮れて、それにつけても二日酔い。
「ム、ウゥウ……」
むくり、と体を起こす。
あ、あだだだ……頭が割れるくらい痛い!?!?
こ、この感覚は……二日酔い!
だ、大丈夫?ボクの頭割れてない?
『割れていませんよ、ご安心を』
と、トモさん、トモさ~ん……げ、解毒ゥウ……
『かなりの深酒ですからね、一日分の寿命を頂きます……解毒、実行』
あああ……ふぅうう……ううう……治った!頭スッキリ!!
さらば、一日分の寿命……あとで魔石食べなきゃ。
スッキリした頭で左右を見る……薄暗い。
っていうかここどこ……かなり広い空間だけど……宿屋じゃないよね?
『宴会場です。ちなみに翌日の早朝ですね、今は』
ああ……そうだった、そうだった。
昨日お風呂上りに大宴会があったんだった……ええと、じゃああの後そのまま寝ちゃったんだ……
無茶苦茶ご馳走があったのに……食べた記憶がまるでない!!
開幕早々にミーヤやターロがお酒を流し込んだせいだ……!
オノレ!絶対に食べてると思うけど記憶がないのはやーだ!やーだ!!
「んにゃむ……ふひゅう……おやびん、んへへ、おやびぃん……」
あ、アカだ。
ボクの横にある樽の上で丸まって寝てる……あらら、お腹丸出しだ。
冷えるかどうかは知らないけど、ハンカチ毛布かけとこ。
しっかし、樽が無茶苦茶あるねえ。
宴会開始時にはなかったと思うけど……
『ちなみにアカちゃんが寝ている樽ですが、中身の果実酒はむっくんがほぼ一人で飲み干しました』
なんですと!?
『その横の樽はターロさんと半分こで、さらにその横の者はバレリアさんと半分こ、そして奥に転がっている一番大きいものはマーヤさんと半分こです』
致死量……致死量じゃない!?
よく寿命一日で済んだね……急性アルコール中毒で死ななくてよかった……
『まあ、この世界はアルコール醸造技術がまだ成熟していない……というわけではありませんが、この場にあるのものは地球の果実酒よりもかなり度数は低めですね。そしてむっくんは律儀に毎回炭酸水で割って飲んでいましたので、さほど重い二日酔いにはなっていません』
飲んだ記憶すらもないんですけお……まあ、生きててよかった。
記憶は飛ぶけど、どうやらお酒には強いらしいね、ボク。
薄暗い大広間を見渡すと……うわあ、兵隊さんがそこら中でひっくり返ってる。
数はそんなに多くないけど、女性兵士さんもだ。
でも、男性兵士さんは皆さんその……ほとんど全裸だ。
なんだろう、裸踊り大会でも開かれたのかしら。
乾杯の音頭を取っていたバレリアさんが立っていたお立ち台?に……何故か股間を洗面器っぽい樽で隠しただけの全裸ターロが転がってるけど。
絶妙な角度で隠れてるね……
「んむぅ……おっとぉ、おっかぁ……んへへぇ、ロロンはがんばっておりやんすぅう……」
ターロの股間に注目していると、ロロンの声。
あらら、ボクの横で丸まって寝てるや。
この子も結構お酒飲んだのかな?
「んみぃ……んみゃぁ……」「んなぁ……んみゃ……」
ロロンの横では、まるで双子みたいに同じ姿勢で寝ているマーヤとミーヤ。
こうしていると本当に猫みたいだねぇ。
むむむ、それにしてもなんか無茶苦茶おなかすいてるなあ、なんでじゃろ?
あ、テーブルの上に食べ残しの干し肉みたいなサムシングがある。
ちょっとお行事悪いけど、頂きます……ボリボリ。
冷めてても美味しいなあ……ちょっと硬いけど。
ご馳走の記憶がないから、ボクにとっては初のご馳走体験ですよ、この干し肉が。
干し肉じゃなくて冷めた焼肉っぽいけども。
「む、そのような冷めた肉は体に毒であるぞ」
お?
後ろから声をかけられたと思ったら……ゲニーチロさんだ!
「オハヨウゴザイマス、イヤ、ナンカ妙ニオ腹空イチャッテ……」
「昨晩は歌って踊って大活躍であったからな、当然である」
また歌って踊ったんかボクは!?
『ああ、マントの内ポケットにおひねりが入っていますよ。後でポーチに移しておきなさい』
まーたおひねりまで貰ったんかボクは!?
例によって記憶は一切なぁい!!
「ゴ、ゴ迷惑ヲ……」
そう言うと、ゲニーチロさんは首を振った。
「いやいや、たいしたものであった。特に拙者はアレが気に入ったのである……竜と人の血を引いた勇士が邪悪なドラゴンを打ち倒す壮絶な叙事詩がのう」
ボクそんなん歌ってたの!?
え?そんな引き出しはないんですけどォ!?
『地球産名作オープンワールドRPGのテーマソングでしたよ。生前のむっくんはさぞお好きであったのでしょうね。途中の竜言語と思しき箇所まで勇壮に歌い上げていました』
……翻訳どうなってたんだろ。
ボク、ゲーマーだったんかもしんない。
「まあ、なんにせよ空腹ならばこちらへ来るのである。配下の者に暖かい朝餉など用意させるのである」
「ソ、ソンナ悪イデスヨ……」
将軍様の手をわずらわせるわけには……
「歌の代金代わりである。拙者の朝餉のついででもあるし……ささ、こちらへ」
すたすたと先に立って歩くゲニーチロさんを、慌てて追いかけた。
ご、強引……!!
・・☆・・
「お頭、それに……ムーク様でしたな、お初にお目にかかります」
ゲニーチロさんについて少し歩くと、厨房が併設された大きな食堂らしき所に着いた。
がらんとした厨房にある、火が付いた竈の前に何人かの人影があった。
「もっとも、あの場で我らには気付いておられたようですが……」
頭に、黒い頭巾をかぶって……着物みたいな黒い服を着ている人がボクらの方に歩いてきた。
アレだ!歌舞伎とかの黒子っぽい!
シルエットは人型だけど……頭に触角みたいな器官があるってことは虫人さんだね!
そこだけは露出してる!
声は女の人に聞こえるけど……
後ろにいる人たちも同じ格好だけど、これがトルゴーンの兵隊さんの制服なんだろうか。
「ナハコ、すまんが朝餉を1人分追加してくれ」
「御意、しばしお待ちを」
ボクに綺麗に礼をして、その人……ナハコさんは調理に取り掛かった。
……ゲニーチロさん、この状態なのに個人名とかわかるんだ、すごいな。
「ささ、ケマはいかがであるかな?拙者が淹れたものゆえ味には不安が残るが……ともあれ、二日酔いの体にはよい薬であるよ」
食堂のテーブルに腰かけたゲニーチロさんが、湯気の立つポットを持っている。
いつの間に出したんだ……?あ、マジックバッグとか何か持ってるのかな。
「イタダキマス」
「粗茶である……どうぞ」
おお……日本の湯飲みみたいな容器に注いでくれた!
言葉遣いもあるけど、やっぱりどこかサムライっぽいよねこの人。
それでは、ズズズズ……ん!
「オイシイデス、トッテモ!」
ケマはケマだけど苦い!
この苦味は……完全にコーヒーのソレだ!
普通のケマはタンポポコーヒーっぽいけど……これは本当のコーヒー的な感じ!
まさか異世界で完全なホットコーヒーを飲める日が来るとは……!!
「ほう、お気に召されたか。このままでも十分だが、これを入れてもまろやかで飲みやすいのである」
す、と差し出された小さな入れ物に入っているのは白い……ミルク!ミルクだ!
やっぱりコーヒーじゃないか!
何のミルクかは知らないけど!
「ふむ……ムーク殿はおひとりで生きてこられたとお聞きしたが、食事の所作はどこで身に着けなされた?昨晩の際もどこぞで教育を受けたような感じではあったが……」
……どうしよう!トモさん!!
ゲニーチロさんがむっちゃ目敏いよ!!
『慌てない慌てない、困った時のエルフです!むっくん!!』
あ!なるほど!!
「実ハ、小サイ時ニ、森ノ中デエルフサンニ助ケテモラッテ……ソレデ、色々ト教エテイタダイタンデスヨ」
嘘は(あんまり)言っていない!
だっておひいさまと出会った時はまだ六足歩行謎虫だったし!本当に(スケールが)小さかったし!!
「ほう、エルフ。それは……良い出会いをなさったのである。ちなみにお名前などをお聞きしてもよろしいか?」
……おひいさまの本名は隠しておいた方がいい気がする!だってみんな名前で呼んでなかったし!
「ハイ、レクテスサント、ラザトゥルサンデス」
ごめんなさい……でも嘘はついてないから!
あの2人は普通に名前言ってたし、大丈夫じゃないかしら?
「……レクテス、とはまさか……【宵闇】殿、か?それにラザトゥルとは【天雷】殿ではないか……」
ゲニーチロさんは腕を組んで小さく呟いている。
レクテスさんは知ってたけど、まさかラザトゥルさんにまで二つ名らしきものが!?
っていうか……
「ゴ存ジ、ナンデスカ!?」
「む、ああ。同一人物とは限らぬが、同じ名前のエルフとは出会ったことがあるのである……と言っても、もう何十年も前のことではあるが……なるほど、本当によき出会いをされたのであるな」
エルフさんはみんな長生きだもんねえ……
この人もよく考えたら、ロロンのひいおじいさんとか知ってたし……色々な場所に旅でもしてたんだろうか。
いつかレクテスさんたちとこの人が出会ったら……うまくごまかしてもらえるといいなあ。
別に謎虫だってバレてもいいけど、バレないに越したことはないもんね。
「お頭、ムーク様、お待たせいたしました」
さっきのナハコさんが、お盆を持って歩いてきた。
むわー!むっちゃいい匂いがする!!
「アリガトウゴザイマス!ウワー!オイシソウ!!」
お盆の上には、香ばしく焼いたサンドウィッチ的なパン料理と、野菜とお肉たっぷりのスープ!
それに、瑞々しい野菜のサラダが!!
「いえ、特に大したものでは……」
「ナハコは配下一の料理上手である。きっと気に入ると思うのであるよ」
「お、お頭……!そ、それでは!御免!」
お盆を置いて、ナハコさんはスススっと下がった。
急いでいるように見えないのに、動きが速い!不思議な動きだねえ……!
やはりニンジャ……?
「ともかく、冷めては折角の朝餉が台無しである。いただこうぞ、ムーク殿」
「アッハイ、イタダキマス!!」
ぱん、と手を合わせて……ボクは最高の朝ご飯に戦いを挑んだ!
・・☆・・
「……ナハコ、あの動作に覚えがあるか?」
「むう、確か北限の部族の所作に似たようなモノがあったような気がするが……そもそもムーク様は孤児だろう?世話になったというエルフ式のものではないか?」
「ああ、なるほど……エルフ、しかも【帰らずの森】の奥の本国式か。それならば見慣れぬことも納得だな」
「お頭が言っておられたムーク様の性格……おそらく、幼少期に出会ったエルフたちの教えによるものであろうな」
「それに、そもそも卑しい性根ならば妖精が懐くこともない、か……」
「やはりお頭の見立ては正しかった。なんとかこの縁を大事にしたいものだな……」
「ああ、この場では1人でも味方が欲しい……お頭にお任せしよう」
「そうだな、うん」
・・☆・・