第74話 サウナは心の洗濯である、知らないけどきっとそう。
「んぐぅあああ……たまんねぇなあ、オイ」
「トトノウ……トトノウ……」
熱くなった体が、水でキュっと締まってる気がする……
「疲れた体にゃあ蒸し風呂が効くぜェ……」
「ホント……ホント……」
そうこぼしつつ、手に持ったボトルを煽る。
っくぅう~……!冷たい果実水が沁みるゥ!
たまんないね!ホントに!!
「いやあ、なんとか生き残ったし……しかも、こんないい場所を使わせてくれるなんてなあ……衛兵隊、様様だぜぇ……」
「ホント……ホント……」
ここは、ガラハリの【北街】
普段は一般人がなかなか入れない区画の……衛兵隊の、本部。
そこに備え付けてある、兵隊さん専用の蒸し風呂……そう、異世界サウナだ!
「んごっ、んごっ、んごっ……くぅう~!果実水が喉に沁みるぜェ!!」
世界は変わっても、こういう所は変わらないんだなあ。
・・☆・・
人間たちの襲撃を切り抜けた後、ボクたちはみんなで街に帰って来た。
奴らの死体は兵隊さんがあっという間に掘った穴に流し込み、埋めて上からいい匂いのする水をぶっかけてた。
たぶん『聖水』って奴だと思う、アレするとゾンビにならないんだってロロンが言ってたし。
それで、その後は特に再襲撃もなく……無事に帰って来たってわーけ。
で、何故ボクらはここにいるのかっていうと……事情聴取?みたいなものを受けるためだった。
人間のほうだけじゃなくて、【セヴァー】を見つけた時の状況とかそこら辺もね。
隠し持ってないかどうかって、簡単な身体検査も受けた。
まあ、あの石はマジックバッグに入らないしボクは基本全裸。
一瞬で終わったけどね。
それで……その事情聴取が終わった頃にバレリアさんに言われたんだ。
『蒸し風呂で疲れを癒していくがいい』ってね!
こちらとしては断る理由もないので、存分に甘えることにした。
しかも、今晩は夕食まで用意してくれるんだって!
ほんと、人間以外は最高の人達しかいないや!!
「ふうぅ……兵士連中は大変だねェ。ま、お陰で貸し切りなんだけどなァ」
広い広い水風呂には、ターロとボクしかいない。
兵隊さんたちは、目下事後処理の真っ最中なんだろう。
【セヴァー】はとんでもない。
それくらいはボクも身に染みてわかった。
ここは30人くらいは楽に入れそうな大きなサウナと、そして同じくらい大きな水風呂がある。
その他にも板敷のくつろぎスペースや、冷たい飲み物が常設されている冷蔵庫みたいなものも!
異世界サウナ!なんて言ったけど……概念だけ知ってる地球のサウナとそう変わりはない。
ひょっとして地球の人が開発に関わってたんだろうか?
……いや、サウナくらい誰でも考えつくかな。
ボクは汗をかかないけど、それでもサウナの後に水風呂に入るのは大変気持ちがいい。
女性用の方にはアカたちが入っているっぽいので、向こうも存分に楽しんでいることだろう。
アカ、初体験のサウナでのぼせ妖精になってないかなあ?
「ふうぅ……うし、もう一回入るか」「ア、ボクモボクモ」
サウナと水風呂、2巡目突入しまーす。
じゃばり、と水風呂から上がり……絞ったタオルで体の水気を拭き取る。
さて、それでは扉を開けて再び熱々のサウナに……
「おお、先程ぶりであるな」
……ゲニーチロさんがいる!?
ナンデ!?いつの間に!?
ボク、入ってきた人に気付かない程水風呂に熱中してたの!?
「(い、いつの間に……)」
あ、ターロも驚愕してる。
よかった、ボクだけじゃなかった……気付かなかったの。
「ド、ドウモデス、将軍」
ゲニーチロさんは全裸なわけだけど、ボクと同じような体だ。
生体甲冑って感じのね。
あ、背中にカブトムシみたいに羽を格納するっぽい構造がある……!
ってことは飛べるのか、いいなあ。
ボクはなんちゃってカブトムシだもんなあ。
しかし……流石は歴戦の将軍。
体中にむっちゃ傷がある……ボクは寿命くんを犠牲にして傷を治せるけど、普通はこういう感じになるんだねえ……コワ。
体を見るだけで、ゲニーチロさんが潜ってきた修羅場がわかる気がするよ。
「元、将軍であるよ。ゲニーチロでよいよい、そのような呼ばれ方は肩が凝ってかなわんのである」
ともかく会釈して、近くに腰かける。
あ!ターロ!ボクの影に隠れたな!!
ボクだって緊張するんだからね!!
「此度は災難であったな、ムーク殿。黒鹿毛殿にお聞きしたが、賊と面識があったとは誠であるか?」
事情聴取で少し言ったことがもう既に伝わってる……!
まあ、そりゃ伝わるか。
この人にとっても耳に入れておきたい情報だろうし。
なんたって巫女様の護衛だもんね。
たぶん連携とかしてるんでしょ、この街とも。
「アッハイ。街デ絡マレマシテ……テッキリ、タダノチンピラダト思ッテタンデスケド」
あの時は、まさかこんな大事に発展するなんて思わなかった。
「古今東西の軍がよく使う手である。騒ぐ役に注目を引き付け、影はその裏で動く……戦の作法よ」
カマラさんと同じこと言ってる……!
「ってこたあ、この後また攻め込んでくるってことですかい?」
ターロはちょっと心配そう……いや、期待してない?
どんだけ人間嫌いなんだよ……まあ、ボクも好きではないけども。
「否、それはなかろう。【セヴァー】も奪取できなんだし、あれほど兵を失い……しかも、本国との連絡は取れておらぬしな」
え、そうなん?
「ナンデワカルンデス?連絡デキテナイッテ?」
「ムーク殿には見抜かれたようじゃが、あ奴らが飛ばした伝令魔法は全て……四方に散った我が配下が無効化したのである」
……全然そんな魔法使われたことに気付けなかった。
あの時は必死だったし、金髪も意外と強かったし。
「……アノ、ボクガ街デ揉メタノ、モウ1人イルンデスケド」
あの、低い声の女魔術師っぽいの。
金髪も剣士も死んだけど、結局あの女の死体はなかったんだよね。
「これはしたり、首実検に付き合ってもらえばよかったのである」
ぺしん、と額を叩くゲニーチロさん。
くびじっけん……?なにそれ。
『討ち取った敵兵の首を検分することですね。日本の戦国時代のドラマでよく出てくるアレですよ』
トモさん、さては空いた時間に時代劇を見まくってるね?
『【柳生十兵衛大暴れ二十七番勝負旅】は名作ですね。むっくんもサムライ虫を目指してみませんか?』
高校生の進路みたいに言わないでよ……
え、でも首実検がソレってことはまさか……
「あの戦いより少し前、街の近くで黒ずくめの魔術師の集団を殲滅したのである。伝令魔法を放とうとしておったのでな……おそらく、その人間もそこに含まれていたのではないか?」
「全然気付カナカッタ……」
魔術師の集団って、まさにあの女もそこにいそうだねえ。
「少しばかり『使う』連中ではあったが……我が配下は優秀である。問題なく全員成仏させたのである」
……まあ、ねえ。
あの隠れてた人達も絶対強いだろうし、なによりゲニーチロさんが無茶苦茶強いんだもんね。
「へえ、じゃあそちらさんも損耗ナシってわけですかい?」
「否、死体検分の際に躓いて小指を打った粗忽者が1人おったのである」
……つまるところ全員ほぼ無傷ってことですね。
小指強打、地味に痛いよね……
「ふぅう……しかし蒸し風呂は最高であるな。拙者贅沢はせぬタチではあるが、風呂だけはどうにも妥協できぬのである……この街はいい技師が勤めておるな」
本当に気持ちよさそうだ。
ボクは厳密にはむしんちゅじゃないけど、虫人さんって熱いの平気なんだね。
虫は温度の変化に弱かった気がするんだけどなあ。
『虫と虫人は違いますよ。前に言った獣人とコボルトを同一視するような、彼らにとって最大級の侮辱表現になりますのでお気をつけくださいね』
……ボクってさ、トモさんがいないと本当にポカミスで死んでそうだよね……
いつも頼りにしています、女神様。
ありがたや、ありがたや~!
『ふふ、敬虔虫というわけですか……ふふふ!』
自分で言って自分でツボにはまっている……
トモさんも随分と親しみやすくというか、明るく?なったようで何よりです。
「風呂といや、【ガリル】にゃあ大層な浴場があるらしいっすね。俺もいつか行ってみてえもんだぜ……」
あ!どこだっけソレ……たしかドワーフさんの国じゃなかったっけ?
『正解です。トルゴーンの北にありますよ』
やったね!ちゃんと覚えてた!
大層なお風呂!どんなお風呂なんだろ!?
ドワーフさんってお風呂好きなんだね~!まあ、嫌いな人はそんなにいないだろうけどさ!
「おお!【ボラガング大浴場】であるな!あそこは豪快で最高であったな……200人は入れる広さで、湯が滝から七色に染まって降り注ぐのである!」
「うひょお!そいつはすげえや!!」
2人とも大興奮している。
いや、まったく想像できないけどボクも行ってみたい!!
「しかも中には混浴まであってな……ふふふ、いやあ眼福であった!」
「マジですかい!?そ、そいつは……是非行きてえ!行くしかねえ!!」
おやおやおや、ターロはともかくゲニーチロさん……若いですなあ。
結構なお年だと思うけど、こういう所もあるのか~。
『行きたいと言っていましたね……むっくんの思春期虫!』
ちょっと!風評被害ですよ!?
ボクが行きたいのは七色のお湯の方!!
「ゲニーチロのダンナぁ……アンタとはいい酒が飲めそうですぜ!」
「はっはっは!酒と女人は長寿の秘訣である!はっはっは!!」
ボクの影から出たターロが、ゲニーチロさんと固く握手を交わしている。
……男っていうのは、何処の世界でもみんなスケベさんなのかもしれない。
『ふむ、むっくんも女人が好き、と……』
なんかメモってる気配を感じる!?
ボクは目下性別不明虫なのでーッ!!
・・☆・・
「それでは、諸君!全員の無事を祝って――乾杯ッ!!」
「「「乾杯ッ!!!!」」」
そこかしこから、木のジョッキを打ち鳴らす音が聞こえてくる。
かくいうボクも――
「かんぱい!かんぱぁ~い!!」「カンパイ!」
「乾杯でやんす~!」
アカの小さなカップと、ロロンの大きなカップと乾杯。
「んくんく……おいし!しゅわしゅわ!おいし!」
ぐいっと煽ると……弱めの炭酸と爽やかな柑橘っぽい果実の香り!
異世界炭酸ジュース、最高!!
「無礼講だ!明日からの任務に備えて――大いに飲め!食えッ!!」
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」
一緒に戦った、多くの兵隊さんたち。
大広間に集まったみんなが、拳を突き上げて騒いでいる。
テーブルの上には、でかい肉!でかい野菜!美味しそうな料理の数々!!
「サア、食ベルゾォ!!」「たべゆ、たべゆ~!!」
風呂上がりにご馳走!今日はお祭りですか!?
あ、お祭りはまだ何日か後だったね!HAHAHA!!
「ムーク様、どんぞ!」
ロロンがバカでっかい肉の塊をあっという間に切り分けてくれた!
「ワオーッ!ロロン最高!愛シテル!!」「じゃじゃじゃぁ!?」
んでは、まずはこの肉汁滴る謎肉の塊からいただこうかな!?
あれ、なんかロロンが振動してるけど……お腹空いたのかな?
まあいいや!それじゃあいただきま――
「ニャーッ!飲むのニャ!飲むのニャァ!!」
「ガボボボボボボボボボ!?!?!?」
ミーヤさん!?アルハラは止めてくださ――