第69話 思ってたのと違うけど、やっぱり密偵だった!?
「――ハァアッ!!」
ターロを一瞬で追い越したバレリアさん。
彼女は、手にした長い槍を横に振った。
振ったっていうか……瞬間移動っていうか。
気が付いたら横に振り切られた形になってた!
だけど、全然届いてない間合いなんですけど!?
空振りじゃん!不味い!向こうの魔法が――
「フン、つまらん手合いだ。間合いすら読めんか」
心からつまらなそうにバレリアさんが呟いたと思ったら……ひぃい!?
「あっ」「なんっ」「へっ」「おっ」
魔術師たちが、胴体の所からズレたァ!?
なんで!?なんで横に真っ二つなのォ!?
『よく見なさい、槍の穂先に風の魔法を纏わせて切っ先を伸ばしていますよ』
本当だァ!?
なんか蜃気楼みたいなのが見える!?
ロロンが槍に岩をくっ付けるのに似てるね!
でも、もっと長い!
「っい、『いと高き天上より』――」
「遅い」
生き残りが詠唱しようとしたけど、うわぁ……一振りで首が落ちた。
魔法も凄いのに、体術?も凄いなんて……凄いしか言えないや。
さすが隊長さん!そりゃあ戦争にも呼ばれるよね!!
「破棄も短縮もできんとはな……『逆巻け』」
溜息のついでです、みたいな感じの短い詠唱。
次の瞬間には、魔術師の一団の真ん中で空気が歪んだ。
ばちゅん、っていう水気の含まれた音がして……生き残りは、全員真っ赤な煙になっちゃった……な、ななな、なにあれ!?
『高密度に圧縮された竜巻のようなものですね。解放された瞬間に極小の真空刃を飛ばしました、今のむっくんでもアレは大ダメージになりますよ』
ひょえぇ……み、味方で、味方でよかった。
「俺の活躍……」
口をあんぐりと開けて、ターロが呟いている。
「わ、ワダスの戦働き……」
あ、ロロンもだ。
まあまあ、キミは魔法で働いたから……
「フフン、すまんな。たまには指示以外もせねば鈍ってかなわん……まあ、準備運動にもならんがね」
びゅびゅっと槍を振って、バレリアさんが笑った。
ちょっと散歩してきました……って感じのふるまい。
これが強者の余裕というやーつか……
「隊長ォ!済みました!!」
あ、前の兵隊さんたち……全員殺してるゥ!?
50人くらいいたのに、今では土の上で全員成仏しちゃってるゥ!?
「損耗は?」
「かすり傷一つありません!いつでも第二戦、いけます!!」
「よろしい!!」
ほんとだ……返り血まみれだけど全員元気だ……なんてこった。
味方でよかった……あっちも……
「周辺索敵、厳!索敵要員以外は魔力回復に専念せよ!!」
「「「ハッ!!」」」
索敵ってことは……
「マダ、キマスカ」
「来るともさ。【セヴァー】のためなら100や200の捨て駒などいくらでも使うぞ、あいつら」
……あまりにも命の値段が安すぎませんか。
いや、そりゃあ貴重だってのはわかるけども。
「人族どもは羨ましい、兵隊が畑から獲れるとみえるなァ!?」
バレリアさんの冗談に、兵隊さんたちがドッと笑う。
「違ェねえ!」
「でも、獲れてもこの程度じゃねえ……?」
「ウチの孫の方が百万倍も役に立つぜ、ハハハ!!」
「妖精さん、それから虫人さん!援護ありがとねっ!!」
「アルマードの嬢ちゃんもなァ!その若さでたいしたもんだぜ、セガレの嫁っ子に欲しいくれえだ!」
「じゃじゃじゃァ!?!?」
ロロンが丸まら……なかった!
真っ赤にはなってるケドも!!
「フフフ……しかし、向こうさんも中々の手練れを控えさせているらしい。この先は易々とはいくまいな」
槍で肩をトントンしながら、バレリアさんが寄って来た。
「ソデスカ?」
「戦闘の合間に伝令魔法を放ったが、そのどれもが街に届く前に散った。ここで死んでいる連中とは比べ物にならんほどの術者が、それも複数名いるようだ」
「ナント」
この人戦いながらそんなこともやってたの!?
「キミの仲間が【セヴァー】のことは伝えているからな。我々から何の連絡もなければ街の方でも動くだろうが……もう少しかかるだろう」
あの場所から街までは、普通に歩いて半日くらいだった。
発掘のために野営をすることは街の方でも考えてると思うから……今日の夕方くらいまでは異変に気付かれないのかな?
あ、でも軍隊さんって定時連絡とかするよね。
それがないと流石に変に思うんじゃないかな。
「ともかく移動だ。ここは見通しが悪くてかなわん、手練れを迎え撃つなら開けた場所だ、走竜もおらんしな」
今更だけど、走竜くんたちは野営地に残してきてる。
彼らはとっても賢いらしく、危険がなくなったら自分たちの判断でボクらの後を追いかけて来るんだって。
機動力が必要な戦闘じゃないので、かえって騎乗していると危険らしい。
「そうそう、ムークくん。キミの攻撃は中々の威力だったな……手伝わせてしまってスマンが、これからも頼む。謝礼は弾むぞ、私ではなく上の財布だがね」
あら嬉しい。
こうなったらそっちで稼ごうか。
あの宝石は売れないしね。
「アカのは~?アカのは~?」
「ハハハ、反応速度が素晴らしい。妖精とは本当に魔力を練るのが上手いものだ」
寄っていったアカを一撫でし、バレリアさんは兵隊さんの方へ。
「ほめられた、ほめられたぁ!」
「ヨカッタネ~?」
カワイイのでボクも撫でておこうか。
・・☆・・
「――ッ!」
死体はそのままに、下山を続ける。
岩ゴロゴロ部分から林を越え、裾野に入るかどうかってあたりで前の歩みが止まった。
「この先に潜んで……いや、待ち構えているな。魔導隊、炎熱一斉射!!」
バレリアさんの指示が飛び、同時に一列の火球も飛んでいく。
地面と水平に飛んでいった火球たちは、透明な何かにぶつかって弾けた。
「隠蔽結界術式……フン、少しは楽しめそうだ」
その言葉が終わらないくらいに、見えていた景色が歪んで……黒ずくめの一団が姿を現した。
またか……いや、違う!
「装束が変わりやんした、いよいよ本命のお出ましでやんす!」
ロロンが槍を構え、魔力を練り始める。
目の前には、多数の黒ずくめがいる。
いるけど、その恰好は……さっきまで攻めてきた奴らとちょっと違う!
フード付きの黒い服で、金色の刺繍がちりばめられてる!
……オシャレ目的かな、あの刺繍。
『そんなわけないでしょう、何らかの意味を持った魔術文字ですよ。詳しいことはわかりませんが、そこらの使い捨てに着せるような代物ではありません』
で、ですよね!
いやーボクも怪しいと思ったんだよ、ウン!
「先程までとはモノが違うぞ!3人隊、散開戦術!!各自の判断で敵を殲滅せよ、私のことは気にするな!!」
「「「ハッ!!」」」
兵隊さんたちが少し動き、3人組で固まった。
前列の2人が槍と盾魔術?のポーズ。
後方の1人は槍を背負って……両腕をフリーにした。
防御が前、攻撃が後ろって感じ?
そして、向こうの一団にも動きがあった。
最後尾あたりにいる奴が、綺麗なロングソードを抜いて……空に切っ先を向けた。
あの剣も、さっきの連中とは比べ物にならないくらい高級そう……やっぱり、奴らは強いタイプの人員なんだろうね。
「あれは……!ムーク様、あの長剣を抜いだ奴……街で絡んできた、あの3人組の女剣士でやす!」
「エェ!?ナンデワカルノ!?」
マジで!?
「柄の飾り糸が同じでやんす!」
マージで!?あの時そんな所まで見てたん!?
っていうか例の3人組……ただの旅行者じゃなかったんだ!
カマラさんが言ってたように、騒ぐ担当の密偵だったのか!?
「――かかれ!獣は皆殺しにせよ!!」
うむむ、号令の声もそう言われれば聞き覚えがあるような――うわ!?一斉に走り出した!!
しかも……速い!
ミーヤが走る時みたいな感じだ!
それだけでも、今までの連中とは違う感じ!
「さて……暴れてくるか。すまんが自分の身は自分で守ってくれ」
それだけ言うと、バレリアさんは地面を蹴って斜めに飛んでいった。
言われなくても!
ボクらは守ってもらうだけのお客さんじゃないからねッ!
あと、指揮官が真っ先に突っ込むのって獣人さんじゃ当たり前なの!?
『当たり前ではないですが、珍しくもないようですね』
うううん……蛮族思考!!
「ハァッ!!」「――ぎっ!?」
「オオオッ!!」「っぐ!?障壁を抜けてくるか!」
やっぱり奴らは、今までの連中と違った。
槍の一突きで殺されることはないし、手に持った剣は時々兵隊さんの盾魔法を切り裂いている。
それもあって、そこかしこで激戦が繰り広げられている。
こっちの兵隊さんはまだ死んでないけど……怪我をしている人も結構いる!
援護したいけど……!!
乱戦だから!無理!!
「ハアアアッ!!」「ナニクソ!!」
兵隊さんの一団を抜けた黒ずくめが、ボクに向かって剣を振り下ろす。
それを、魔力を込めた黒棍棒で受け止める!おっも!この攻撃重い!!
だけど――
「なにィ!?」
ばぎん、と。
銀色に輝くロングソードが、真ん中から折れた!
でかした、黒棍棒くん!今度はこっちの番――だ、ぁあ!?
全く想定していない方向から、剣が突き込まれた。
今まで何の気配もなかった、右方向、から!?
正面の敵を蹴り飛ばしながら体を捻ったけど、脇腹がザックリ切れちゃった!!
無茶苦茶痛い!!
「――外したか、まあいい」
こ、この声は――!?