第64話 貴重なのに、いや貴重すぎてうま味がない貴重品。
「……ドシタノ?」
なんか、皆思ってた感じと違うな?
明らかに貴重な宝石じゃ!ヒャッハー!金!マネー!!……って感じじゃない。
「ターロ、コレッテ変ナ石ナノ?」
蹲ったままのターロに聞いてみる。
「変っていうか……厄介ごとだ……だが、見つけちまったもんは仕方ねえし、謝礼も出るだろう……ヨシ!」
うわ!?急に立たないでよ!?
「こん中で一番足が速いのはミーヤだ、頼む」
「了解ニャッ!」
そして、脳内が?でいっぱいになっているボクをよそに……荷物を全部捨てて身軽になったミーヤが猛然と走り出した。
二足歩行のチーターみたいな光景に目を丸くしていると、あっという間に視界から消えちゃった……病み上がりなのに凄すぎるなあ……時速何キロなんでっしゃろ?
「ムーク様、あの宝石は【12か国協定】の対象でやんす。見つけ次第、国に報告せねばならねえのす!」
「……ジュウニカコク、キョウテイ?」
何ひとつわかんにゃい!ということだけはわかった。
「あ、そっか。ムークはそういうの、疎いんだっけ……ミーヤが戻るまで時間があるし、座ってお話、しよっか」
なんたって孤児ですし(設定)
生後1年未満ですし(真実)
とりあえず、こうしていても仕方ないので……話を聞くことにした。
「【セヴァー】ってのはな、簡単に言うと魔力を増幅する効果がある宝石なんだよ」
どうやら説明役はターロらしい。
うん、そこの部分はさっきトモさんに聞いたね。
「イイ宝石ジャナイノ?ア!使ウト死ンジャウトカ?」
それならこんなに慌てるのも納得できるんだけども。
くわばらくわばら……ってボクさっき魔力流したじゃん!?
あああ!こんなアホな理由で死にたくないよう!?
「安心しな、変な反応や呪いなんてものはねえ」
ホッ……
よかった……
「だがな、これは『強力すぎる』んだよ」
強力……すぎる?
「そうだ、俺みたいな魔法が不得意な獣人でも……魔術師の上澄みレベルまで魔力を増幅することができちまう。それがどんなことかわかるか?」
そ、そう聞かれましても?
みんな強力な魔法が使えるようになってハッピー……とか?
「魔術師に使わせりゃ、魔法使いレベル。魔法使いに使わせりゃ……伝説級の英雄の誕生だ」
おおー……なんか、ボクにもわかってきたぞ。
お手軽に強力な魔法使いを作れて、そしてそれは滅多に出土しない。
ということは……
「ツマリ……国ト国トノパワーバランス、均衡ガ崩レチャウッテコト?」
「ムーク、難しい言葉使うのね……賢い」
マーヤに感心されてしまった、えへへ。
「ああ、それもあるし……コイツを盗まれる方が厄介なんだよ」
手の上の【セヴァー】を弄ぶターロ。
「――面倒臭いことにな、コイツは滅多に出土しない。しかもその場所ってのがな……だいたいこことグロスバルド帝国なんだよ」
えっ。
人間の国では出てこないってこと?
そ、それは……
「な?面倒臭ぇだろ?放っておくわけにはいかねえんだよ……もしもコレが人族どもの手に渡ったら……なあ?わかるだろ?」
よくわかりすぎる。
「ウン……コノ前ノ男ミタイナノニ見ツケラレタラ、ネ」
「ああ、あいつらもそうだが……北や東の国ってのは隙さえありゃあ他種族の国を滅ぼそうって思ってるくれえだからな。去年だって北でデカい戦いがあったばっかりだ、東だって狙ってるだろうぜ」
空中に放り投げた石をキャッチし、溜め息をつくターロ。
「つうわけで、この宝石は見つけ次第厳重に管理される協定になってるってワケさ。もしもくすねたのが見つかったら、問答無用で牢屋行き……最悪死刑だぜ」
「ヒエエ……」
地球の核兵器よりも何倍もタチが悪いや。
隠し持つのも簡単だし、放射線とか出ないからわかんないしね。
「すまねえな、ムーク。俺ぁてっきり色からして【スピラ】か【レィビ】の原石かと思ってよ……面倒ごとに巻き込んじまったな。もうちょっとしっかり確認しときゃよかったぜ、全くよ……」
なんでよー?気に病まなくてもいいのに。
そんな風に思っていると、マーヤが肩をすくめた。
「ここ周辺は封鎖、私達も丸一日は衛兵に事情を聞かれることになるね。ターロが言ったけど、謝礼が出るくらいしかいいことはない」
事情聴取ってやーつかしら?
まあ……お祭りまではまだ間があるし、別にそれくらいいいけど。
ボクら、何も悪い事してないしさ。
「人族ばウロウロしてるこの時期でやんすから……変なのに見つからねえでよがったと思う他、ねえのす。ワダスが生まれる前に里の近所で見つかった時は、はるばる帝国から発掘隊が来だ……と、聞いておりやんす」
砂漠まで来るんだ……大変だねえ。
「こっちじゃ封印すっけど、ロロンの時はどうだったんだ?」
「同じでがんす。一定数に分けで、各地に分散されて、そこで厳重に封印されたと聞ぎやんした」
マジで扱いが核兵器レベルじゃん。
この世界の物質もこわいねえ。
「すひゃ……すひゃぁ……」
アカははなから説明を聞く気はないらしく、ボクの肩で器用に寝そべって夢の中にいる。
妖精にとっちゃ関係ない事だもんねえ……それ以前にまだ子供だし。
「街から人が来るまで、ケマば飲んでのんびりするのす。お湯を沸かしやんしょ」
ロロンが背嚢から水が入った革袋とポットを取り出した。
そだね、そうするしかなさそうだ。
お手軽パワーアップ虫の誕生かと思いきや、そうそう美味い話っていうのはないんだねえ。
アカが落ちないようにそっと体の位置を調整しつつ、ボクも溜息を一つついた。
・・☆・・
「おやおや、妙な所で会うものだな」
「コンニチハ、ソノ説ハドウモ」
ケマをすすり、街で買った岩みたいなクッキー的なサムシングを摘まむこと小一時間。
麓の方からなんか音がするな~って思っていると、すらっとしたスリムな走竜に跨った兵隊さんたちの一団がやってきた。
数は30人くらいと結構な大所帯。
走竜のオスってこんなんなんだ……たしかに、ドラウドさんのとこのメスと比べると速度が段違いだね。
馬と違って山岳地帯でもスイスイ走れるんだなあ。
『あら、この世界のお馬さんは大丈夫ですよ。地球で言うところのばんえい馬が、サラブレッドに近い速度を出します』
この世界のお馬さんスゴー!?
ともあれ、やってきた兵士を率いているリーダー的な人。
それは、なにかとよくしてくれたあの犬獣人の女性だった。
門で見た時と違って、兜までしっかり被って強そうな金属の槍まで持っている。
「おひさ!おひさぁ!」
「フフフ、元気そうでなによりだ」
ひらりと走竜から飛び降りたおねえさんは、アカに笑って手を振った。
「鉱床の位置は?」
「ああ、南側の壁面だ。あの感じじゃ中にも地下にもまだまだありそうだぜ……おう、これが証拠品な」
ターロがおねえさんに石を放る。
それを受け取ったおねえさんはしばし目を閉じ……
「『小さき灯よ、あれ』」
オーム!じゃない呪文らしき物を唱えた後。
目が潰れそうなほど眩しい、小さい太陽が出現した。
ウワーッ!?目が!?目がァ!?!?
「ック……『灯』の魔術でもコレか。話には聞いていたが、とんでもない魔力変換効率だな……かかれ!周囲へ展開!」
「「「ハッ!!」」」
おねえさんの号令に、獣人の兵隊さんたちが一斉に周囲へ散る。
おおう、一糸乱れぬってやーつだ!
「隊長!種別は!?」
「参式、二重!」
「ハッ!」
おねえさんって隊長さんだったの!?
そんなお偉いさんなのに門の守衛してたんだ!?
「うひょお……ニブい俺にもわかるくれえの魔力だ」
ターロがこぼした瞬間、周囲に散った兵隊さんから濃い魔力が放出。
幾何学的な半透明の結界が一瞬空中に見えて、消える。
うおお……あのアーマードエルフが張ってた結界を思い出すレベルのヤツ!!
「しゅごい、しゅごーい!」
アカは何か感じることがあるのか、目を輝かせて結界に見入っている。
「はぁあ……大した練度でやんす!」
ロロンも、アカを頭に乗せたまま感動しているね。
いやあ、この世界って強者さん多いなあ。
世界は広いや、うん。
『そうです、身の程を知ることは大事ですよ。着実に、確実に強くなっていきましょうね、むっくん』
はーい!
別に最強になりたいわけじゃないけど、再び肝に銘じておこう!
肝があるかどうかはまた別の問題ですけども!
「さて……」
兵隊さんたちの動きを見ていたおねえさんが、懐から……なんだろ?柄に宝石みたいなのが嵌まった短剣を取り出した。
そして、逆手に握って目を閉じ……詠うように呪文を唱え始めた。
「『――おお、不変なるヴァンドローナよ。大地を司りし女神よ。あまねく慈愛の女神よ。光明を放ち守り給え』」
握った短剣に、地面から虹色の光が纏わりついていく。
は、肌がピリピリする……!
「『害意を退け給え。不浄を退け給え。汝の領土を守り給え』」
おねえさんの顔に、球のような汗が噴き出している。
固く目を閉じたまま、一呼吸。
そして――
「『畏み、申しあげる』!!」
ぞん、と。
おねえさんが短剣を根元まで地面に突き刺した。
その瞬間に、地震のような揺れがあって……さっき結界を張った兵隊さんの方へ向かい、四方八方に濃密な魔力が飛んだ。
結界って、上に張ったアレだけじゃないんだ……!
「じゃじゃじゃ……真式の、結界魔法……この目で見るのは、初めてでやんす……!!」
ロロンが何か格好いいことを言ってる!
『先程の空中へ張られた結界を、さらに補強する魔法ですね。単独で唱えられるとは……彼女、魔力量ならあのララベルに匹敵する程の使い手ですよ。獣人の身でなんと珍しい……やはり、鎮めの街に勤めているだけのことはありますね』
あ、そういえばあの街って封印術師?とかがいっぱいいるんだったね。
なるほど……だから、兵隊さんも結界とか封印とかが得意な人が配置されるのかな。
「ふう……終わった、か」
短剣を突き刺した体勢のまま、おねえさんが体から力を抜く。
そして、前のめりになって地面に手を突いた。
かなり消耗してるね……そりゃ、あれだけ魔力使ったんだもんな。
『ちなみにむっくんなら10回ほど餓死するレベルの魔力消費ですね』
何故比較対象がボクなのか……まあ、わかりやすくっていいけどさ。
「おねーちゃ、だいじょぶ、だいじょぶぅ?」
「フフフ……スマンが何か飲み物をくれないか、妖精殿」
心配して寄って行ったアカに、おねえさんは疲れつつも素敵なウインクを返した。