明るい火
洞窟へと戻り……シュオンが石と大きめの葉を取りに行ってくれているあいだに、私は火をおこす準備を始めた。
上手く折ってくれたおかげで出来上がった木の板の端に、鋭い石で細々と削り三角形のような穴をいくつかあけていく。
これだけでも手が痛くなったけれど……。
さらに木の棒の中から一番良い形のものを選び、手が痛くならないよう鋭い石で木の棒の持ち手を失敗しないよう丁寧に削って整える。それから別の太めの木の棒を潰して平らにしてから表面を少し削っておく。
「大丈夫か?」
まだたったそれだけなのだけど、同じ体勢で作業していたことで固まった体を伸ばしていると……ちょうどそのタイミングで戻ってきたシュオンから心配そうな視線を向けられた。
「大丈夫です。たくさんの石……重かったですよね。ありがとうございます」
笑顔で答えたあと、どうやってそれほど持てたのだろうかと思う量の石を持ってきてくれたことに驚きながらも感謝を伝えた。
「石はこれで足りるか?」
「はい、十分です」
「葉を取ってくる。――すぐ戻る」
そう言って再び出かけた彼を見送ってから、私もまた作業を始める。
壁際の……入り口近くだけど雪が降ったときにかからない位置に、火や薪が溢れないよう石で囲めるようにしたくて、カタカナのコの字のような形になるようにイメージして重ね並べていく。
ここにはこの石で、そこにはこの石をと……崩れないよう大きさや重さで試行錯誤しながら出来上がった石の竈は、思っていたよりも悪くない出来映えだった。
あとは近くに薪などを置いておこう。そう思い、少し離れたところに重ね置いている薪や乾いた葉などをいくつかと……葉で包んだままの樹皮を持ってきて、大きめの葉の上に置いておく。
それから竈の中央に乾いた葉と木の棒を入れて、ひとまず火の準備ができた。
あとは火をおこすだけ……。それが一番難しいとわかっていたけれど、なんだかんだ上手くいくだろうとこの時はまだ前向きに考えていた。
数分後。
高さのある岩に腰かけて休憩していると、大きめの葉を手に持ったシュオンが戻ってきた。
「これは……」
石の竈を見て驚いていそうな様子で呟く彼に、私は得意気に口を開く。
「この中で安全に火を燃やせるように作りました」
そう話すとシュオンは「凄いな」と言葉を洩らした。感心してもらえたことが恥ずかしいながらも嬉しくて、頬が緩みそうになるのをなんとか堪える。
「向こうに置いていいか?」
「はい、お願いします。あ……一枚だけもらっていいですか?」
一枚だけ受け取った大きめの葉は煙をあおげるように薪と一緒に置いておく。
そして木の板にあけた三角穴の下に潰して平らにした木の棒をひいて、包んでいた葉を開いて樹皮をいつでも取れるように準備してから、近くに整えた木の棒を手に持った。
「この木の棒と木の板を使って、火をおこすための火だねを作るので……よかったら木の板を動かないように押さえていてもらえませんか?」
そう伝えるとシュオンはすぐに頷いて木の板を押さえてくれた。あとは私の頑張り次第だ。
三角穴の上に木の棒を押し当て、手を擦るように……手の平で木の棒を回していく。
持ち手を整えていたおかげで木の細かい棘が刺さる痛みはないものの、焼けるようなヒリヒリとした痛みを感じながら手を止めないよう回し続ける。
知識はある。でも実践したことがなかったのでいつまで続けると良いのか、どのくらいの力を込めると良いのかはわからない。
一度、止めて見てみたほうが良いのだろうか。そう思っても……ダメだったらまたやり直さないといけないというリスクを考えると中々、手を止めることができなかった。
何かを言いたそうなシュオンの視線を感じるけれど、無言で続けている私に何も言わないほうが良いと思ったのか……静かに見守ってくれている。
それからしばらくして……ようやく煙が見えてきたので手を止めた。
素早く木の板を浮かして三角穴の下を確認すると、黒色の木屑ができていたものの火種にはなりそうにないような気がした。でも一応、手の平に乗せた樹皮の上に落として息を吹きかけてみる。
何度か繰り返し……。煙が出ないことから失敗していることに気づいて、私は落胆して肩を落とす。失敗してしまうのは仕方がない。一度で成功するほうが難しいのだ。
成功するまで挑戦していたらいつかは成功するはずだと信じて、また始めからやり直す。
今度は煙が出ても手を止めずに続けよう。
そう決意して、始めてから何十分くらい経っただろうか。
段々と手に力が入らなくなってきて……煙が出る前に木の棒が勝手に手から溢れてしまった。
慌ててできていた黒色の木屑を樹皮に落とし息を吹きかけてみたけれど、やっぱり今回も失敗だった。
「本当はこれで樹皮に火がついて、薪や葉っぱで火を大きくできると成功なんですけど……たぶん火だねがまだできてなくてダメでした」
思わず暗い声で言葉を溢してしまう。
「いや……凄いな、煙が出てた。木だけで火が作れるんだな」
そう声をかけてくれたシュオンの瞳は真っ黒に澄んでいて、興味と感心といった明るい感情が見える気がした。
「そうなんです。火は、作ることができるんです」
もう一度、頑張ってみよう。そう思えて……私はもう一度、木の棒を手に取った。
「もう一度、やり直してみます」
そして、木の板の新しい三角穴の上に木の棒を押し当てて回そうとしたのだけど……。
「無理するのは良くない」
木の棒を持つ私の手はシュオンの両手に包まれ、優しい力で止められた。
「――だから少し、休んだほうがいい」
「でも……次はできそうな気がします」
本当にそう思ったので口にしたけれど、近距離で見つめてくる真っ直ぐな眼差しには勝てなくて……。私は彼の言葉に従って手を休めることにした。
「赤くなってる」
指摘されてようやく思い出したように手の痛みを感じる。途中から感覚がなくなっていたのかもしれない。
「少しだけヒリヒリしてますけど、大丈夫です」
心配をかけないようにそう伝えると、シュオンは「すぐ戻る」と言って外へ出て行った。
突然だったので驚いたもののすぐに戻ってきた彼の手には氷らしきものがあって……。どうしてなのかわからないけれど、泣いてしまいそうになった。
「これで冷やせば、痛みがマシになる」
「ごめんなさい……」
「なんで謝るんだ?」
首を傾げるシュオンに、たしかに謝るよりもお礼のほうが良いのかもしれないと思って「氷、ありがとうございます」と改めて言い直す。
「リトがしてたこと、俺がしてもいいか?」
手の平に氷の冷たさを感じながら、彼の言葉に迷いを覚える。
彼の力ならできるのではないかという考えは火おこしを始めてすぐに一度だけ頭をよぎった。でも頼りすぎるのは情けなくて、最後までちゃんと火をおこしたいという気持ちもあって自分で頑張ろうと始めたのだ。――結果、失敗してしまったけれど。
複雑な気持ちから、すぐには口を開くことができなくて……。
「手を休ませているあいだ……お願いしても大丈夫ですか?」
悩んだ末にお願いすると「ああ、大丈夫だ」と答えてくれたシュオンの声は、今まで以上に優しい声色に聞こえた。
「これで合ってるか?」
「はい、大丈夫です。強すぎると折れてしまうこともあるので、少しだけ優しくお願いします」
「わかった」
私のを見て憶えていたのか、初めての作業のはずなのにとても上手にこなしている。
そのおかげか力の加減がちょうど良かったのか……まだ始めてから数分しか経っていないけれど煙が出始めてきた。
「もう少しだけ続けてください」
そう伝えて見守っていると煙が多くなってきたので手を止めてもらい、持っていた氷を置いたあと黒色の木屑を素早く樹皮に落としてから息を吹きかける。吹きかけるたびに煙が出ているので火種はできていそうだ。
この火種をダメにしたくなくて、慎重に優しく吹きかけ続けていると……ついに樹皮が燃え始めた。
「大丈夫か?」
心配そうな声に「大丈夫です」と言葉を返しながら、石の竈に燃える樹皮を移す。火が消えてしまわないか心配だったけれど、火は力強く乾いた葉と木の棒に燃え移ってくれた。
「良かった……。火がついてくれたので、薪と木の棒があるとこのまま消えることなく維持できます」
薪を足しつつ火の強さは薪などの量で調節できることをシュオンに伝える。
「薪が勿体ないのでずっと火を維持する必要はないですが、消えてしまうとさっきの方法でまた火をおこさないといけません」
自然が豊かだと言っても木は有限ではない。火をおこす大変さを考えると消さないように気をつけたいけれど、必要がないときは消していたほうがよいのだろう。
「消えても、また火をおこすから大丈夫だ」
頼もしい言葉に感謝の気持ちが募る。
「シュオンのおかげで火をおこせました。材料集めも頼ってしまったのに火おこしまで……ありがとうございます」
そう伝えると、シュオンは気にしなくてよいと言うように首を振ったあと口を開いた。
「リトが教えてくれたおかげだ。知ったからできた――俺だけならできなかった」
彼の言葉は、知識があるだけで何もできないのなら意味がないと思った私の暗い気持ちを……気づいてはいないはずなのに慰めてくれる。
「力で解決できることは俺に頼ってほしい」
一緒に過ごすのだから遠慮しすぎてしまうのも良くないのかもしれない。知識は私、力はシュオン……というふうに役割分担だと考えると罪悪感などが薄らいでいく気がした。
「わかりました。申し訳ないですが……力が必要なことは頼らせてください」
その言葉にシュオンは「ああ」と頷く。
「そのかわりに私ができることは任せてくださいね」
彼よりもできることは少ないかもしれないけれど、私にできることもまだたくさんあるはずだ。
「――今日はもう遅いので、明日火を使って美味しいものを食べましょう」
「火で作るのか?」
「はい。魚も肉も火を通したほうがもっと美味しくなりますよ。あ、塩も挑戦してみます」
「しお?」
「海の水で作れる……食べ物をさらに美味しくできる調味料です」
握りこぶしつくって意気揚々と話し始めた私に、シュオンは「それは……楽しみだな」と答えて小さく笑った。
「他にも作りたいものがあるんです」
「次は何を作るんだ?」
「ものを置けるテーブルと竹を探して器も作りたいです。それから、ベッドも作りたいです」
わからない言葉だと思うけれど、彼は気にせず話を聞いてくれている。
洞窟の中が快適な住居になる想像をしながら作りたいものの話をしたり、たまに「それはどういうものなんだ?」と訊ねられたことを簡単に説明したり……。
上手くいくかはわからなくても、希望を胸に話すのは気持ちがとても明るくなっていく。
私が一方的にではあったけれど、色々と話しているうちにあっという間に時間が流れ……。
外の暗闇とは対照的な火の光の近くで、私はこの世界で初めての穏やかな夜を過ごした。
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読んでくださりありがとうございます。
投稿が遅くなり申し訳ございません。
次話の投稿は、未定です。