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1.運命の分岐点 (※挿絵あり)

※文章内にイメージ挿絵あり(AIイラスト)

 

 この世界にはさまざまな種族が生きている。


 おおまかに分類すると……獣人じゅうじん、人魚、爬虫類(はちゅうるい)などの狂獣きょうじゅう(狂獣人)だ。


 陸に住む動物がときとともに進化をげて知能と言語、姿の変化を取得した生き物である獣人たちは、トラ族やワシ族など元の種名ごとに呼ばれていて……。

 同じく進化を遂げた海に住む魚人たちは見た目の特徴にあまり差がなく、多すぎる種名の判別が難しいため総称して人魚族と呼ばれている。


 そして進化を遂げていない生き物には種族名はなく、魚や野生動物などと呼ばれているけれど……獣人や人魚族に害をなす(おも)に爬虫類などの獰猛な生き物に関しては、狂獣――または狂獣人と呼ばれ、他の種族から敬遠される存在である。


 強いものが強い。それは今も変わっていないものの、進化は彼らの暮らしに変化をもたらしていた。


 異なる種族、弱いものとの関わりや交配……狩りなどで得た物を分け合う物々交換(取引)と、簡易的な住居造りや町造りができるまでに発展することができたのだ。


 でもこの世界には人間という種族のいないからなのか、どの種族のものたちも知能はあっても知識というものが(とぼ)しく、文明は今でもほとんどないにひとしいため秩序なんてものはあってもないような(もろ)いものばかり……。


 そんなけして生きやすいとは言えない弱肉強食の世界の(なか)で、幼いころの私は当たり前のように過ごしていたけれど。この世界の常識や環境……自分自身に関してのことがすべて、どれもこれも私の常識とは大きく異なっていることだったことを知ってしまってからは、今までのようには過ごせなくなってしまった。



 発端は、産まれて一年くらいが経ち獣人になることができた日のことだった。


 たぶん獣人になったことが起因となったのだろう。奇跡だったのか因果だったのか、それとも神様の気まぐれというものだったのか……。獣人となった瞬間、意識と思考が目覚めるとともに前世のころの――人間だったときの莫大な昔の記憶も思い起こされたのだ。


 それは長い夢を見ているようだったけれど……長いとは言えない短い時間、私の頭の(なか)で起こった出来事だった。


 そしてそのあとすぐに自我をはっきりと取り戻した私は、考えたり悩んだりするよりも先に"早く逃げないと"という衝動に駆られた。たぶん人間としての自覚を持ったことで、この世界の生活環境に馴染むことは難しく上手くいくはずがないと、本能的にわかっていたからだったのだろう。


 瞬く()に、当たり前だった普通が常識外へと変わっていくことが恐ろしくて……。恐怖と、戸惑いや強い拒絶感から逃避するように、育ててくれたこの世界での父と母を含めた他の獣人たち(群れ)から離れ無我夢中で逃げ出した。


 今になって思うと、浅はかだったかもしれないと思うけれど……。あのときはただただ必死だったのだ。



 後先のことは何も考えることなく逃げ続けた結果、私は今現在とても切迫した状況に(おちい)ってしまっている。


「お腹すいた……」


 見知らぬ場所で独りきり。迷子のように三日間くらい歩き彷徨っていた挙げ句、ずっと何も口にすることができていない。



挿絵(By みてみん)



 冬――雪が積もる白銀世界のせいなのか、食べられそうな果物などが見つけられなくて……。


 少し先に見える広い海も途中で見かけた湖のように、ほとんどが氷で(おお)われているだろう。飲み物を飲むことさえ困難な状況だ。


 獣人へと変わったときに裸だったため、近くにあった何かの大きな皮――皮革ひかくを羽織って逃げられたことだけが唯一の救いだった。

 でも(こご)え死ぬことからは(まぬが)れられていても、どうしようもない飢えからは(のが)れられなくて生命の危機を感じていた。


 いっそのこと動物の姿になれたら少しはましだったかもしれないけれど、動物に変わる方法がわからない。それにできるとも思えなくて、変わりたいとも思えなかった。



 途方に暮れながら歩いていると、いつのまにか海へと辿り着いた。


 すがるように(こお)った海面を覗きこんでみても見えるのは魚の姿ではなく私の姿だけ。


 灰みがかった白茶色の長い髪と黒色の瞳は、この世界での記憶の(なか)の……サル族である父親とウサギ族である母親のどちらにも似ている。顔立ちは母親に似て美人というよりはかわいらしく、年齢は十六歳前後くらいだろうか……まだ幼さを感じられる。


 まるで他人を見ているような見慣れない自分の姿は見ていても不安を(あお)られるだけなのだけど、獣人の特徴となる耳や尻尾しっぽがないことだけは人間のようで――人間らしくて、安堵するほどの嬉しさは感じられた。


「こんなところで、死にたくない」


 この状況で生き残る方法はあるだろうか。


 魚が見えない海のなかに入っても良い未来が待っているとは思えない。でも、このまま何もしないままでいても待っているのは悪い未来であることは確かだろう。


 朦朧もうろうとしてしまいそうな脳と重たい体を動かして、私はかすむ目を擦りながら歩き始める。


「どこかに何かの巣穴か洞窟か……あるよね、きっと」

 

 思い浮かんだ生き残る方法は、動物たちの寝床に備蓄されているはずの食料を少しだけ頂戴することだった。

 冬眠中の動物ではなくても、冬は食料を蓄えている動物が多いからだ。――ただ、群れの獣人たちの隠れ家や場所には近づかないように気をつける必要はある。


 罪悪感が、それは非常識で非情だと責めてくる。でも今の環境で私が食べれる物を探すことは不可能に等しいほど困難なので考えないようにした。

 それもこれも、何の準備も思考もすることなく逃げたことが要因なのだけど……。でもこの世界の父と母たちが起きたときに上手く対応できる自信はなかった。


 だから仕方がないのだ。後悔したくなくて、私は心のなかでそう自分に言い聞かせた。



 注意深く歩き始めてからどのくらい経っただろうか。


 偶然、木の下辺りに何かの穴があることに気づく。穴だけが雪に(おお)われていないので、何かが出入りしているのだろう。

 リスならどんぐりを蓄えているかもしれない。でも出入りしているのなら冬眠をしない動物かもしれない。――でも、掘ってみるともしかしたら何かあるかもしれない。


 そんな葛藤が頭を巡っていたけれど、気がついたときには何もしないまま通り過ぎていた。穴に手を入れたり、棒か何かで掘ることへの抵抗感から行動することができなかったのだ。


 そうしてまた歩いていると、次は大きめの巣穴を見つけた。遠目から眺めていても動いている気配や音はなかったけれど、野生のクマの巣穴ではないかと察して……近づく勇気もないので諦めることしかできなかった。


 成果がないまま、また歩き始める。最初よりもさらに体が重たい。


 結局、生き残る方法を考えても実践する覚悟を持つことができなくて……。気がつくと、海を見つけた場所まで戻ってきてしまった。


 動く力がなくなってくるとともに、食欲以上に眠たいという欲が増してくる。今日まで浅い眠りしかできていなかったせいだろう。

 こんな状況の(なか)、一人で眠るのは怖くて……せめてどこか隠れた場所で眠りたい。そう思いながら、私は海に沿って歩いた。


 段々と朦朧(もうろう)となっていく意識によって、自分が限界に近いことに気づく。


 このままだといつか倒れて死んでしまう。そう考えたとき、運良く崖のような場所で大きめの穴――洞窟を見つけた。

 いかにも何かがいそうな洞窟ではあったけれど。妄想か現実か判別できない極限状態だったからなのか、それとも何かに引き寄せられたのか……。私は臆することなく洞窟の(なか)へと入っていく。


 外からの光を頼りに薄暗い(なか)を進んでいくと、白色の大きな物体の前で行き止まった。

 この物体が何かを考える前に、魚と果物らしき物がいくつか置かれていることに気づいた瞬間に思考が止まって……本能のまま、私はミカンに似た果物へと手を伸ばした。


「ごめんなさい。少しだけ、いただきます」


 良心は残っていたのか……そんな言葉が(こぼ)れたあとで、皮かもしれないものを気にすることなくそのままかぶりつく。


「――美味しい」


 少しだけ酸っぱい果汁とともに甘味のある果肉を噛みしめる。果汁と果肉が通っていくことを喜ぶように喉が鳴った。美味しいからなのか、これでまだ生きられると思ったからなのか……勝手に涙が(あふ)れてくる。


 気がつくと、両手ほどの大きさがあった果物をあっという間に食べきっていた。


 もっと食べたい。そう思ったけれど、お腹と喉が少し満たされたことで眠さが限界を迎えたのだろう。何度も落ちてくる(まぶた)に耐えられず、そのままゆっくりと横になる。

 こんなところで眠ったら危ないのではないかと考えるほどの余裕と思考は戻っていなくて……。


 次第に私の意識は遠のいていった。


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