第73話
当たりに合わせパールが竿を立てた瞬間、ガカッと目がくらむ閃光と耳をつんざく轟音が周囲一帯を支配した!
―パール麻痺(強)―
「避難だ、避難しろ!」
またもゲリラ雷雨である。麻痺で動けないパールをペリドットが背負い洞へ向かい走る。パールが雷に打たれた時に竿を離してしまった為に1本ロストしてしまったがそれどころじゃない。
「パールちゃんにキュア!」
再びサファイアの魔法がパールを包み麻痺を取り除く。またも降雨による中断でコーヒーブレイクを強いられる。
強いられてるんだ!
「なあパール、糸を垂らしてる時に自分の影を水面に写してないよな?」
「え? 影って?」
どうやらパールは自分の影を隠す事無く釣りを続けていた様だ。これでは魚に警戒され釣れないのも当たり前である。
「パールはエルフ族で背が高いんだからアタシらより気を付けないとダメだろ」
「そう…なのね」
雨が止み濁流が清流へ戻るとルビーのアドバイスで数歩下がり川面に自分の影を落とす事無く竿を振る。サファイア達5人も浮きの動きに注視しながら固唾を飲んで見守る。すると4投目で竿に当たりが来た。
「やだ、これ? 良いの?」
少女の様な反応を見せ、おたおたするパール。
「良いから早く竿を立てて合わせろですヨ」
アメジストに言われ一気に竿を立てる。ピンっと張った釣糸から竿を通してパールの手にレインボートラウトが暴れているのが伝わる。左右へ逃げ最後の抵抗を見せるがレインボートラウトは仲間のタモへ吸い込まれて行った。
「はぁ…、やっと釣れたわ」
その場にへたり込むパール。
「パールちゃんお疲れ」
「ええ、ありがとう」
「これでようやくポーチが拡張出来るですヨ」
「早く帰る」
シトリンが空を見上げながら言う。耳を澄ませば遠雷が聞こえる。間も無くゲリラ雷雨が来るのだろう。
「え? また降るの?」
「やり過ごした方が良くないか?」
「もう雷に打たれるのはごめんよ」
「だったら洞へ行くですヨ」
「竿とタモはしまいました、早く避難しましょう」
「来る」
シトリンがそう言ったとたんに大粒の水滴が落ち始めた。パールは落雷する事無く避難に成功する。3度目のコーヒーブレイクだが2回目と違うのは全員の表情が明るい事だ。
「これで荷物の心配もなくなりましたね」
「だよね、倍になったんだもん。可愛い装備がたくさん持てるよ」
「サファイアは実用的な装備を持て」
「どうしてさ、可愛く無いとテンション上がん無いじゃん」
ルビーの言う事は最もだがサファイアの主張も一理ある。しかしそう言った類いの装備は大方レアモンスターのドロップ品だ。
「もしかしたらダンジョンの宝箱から手に入るかもよ? 知らないけれど」
パールは冗談を言うほどご機嫌だ。釣れたのが嬉しいのか、落雷しなかったのが良かったのか、はたまた両方か。
◇◆◇◆◇
一行がヒルマウンテンへ戻ったのは8の刻を過ぎていた。全員がルイーダにレインボートラウトを納品すると右手が淡く光り、これに呼応するようにポーチも光った。やがて光が消えポーチの色が変わり拡張が終了した。
「どうするパール、このまま夕飯にするか?」
「う~ん、私はあまり空腹じゃ無いのよ」
ルビーの問い掛けに難色を示す。
「私もお腹減ってないよ」
サファイアもパールに賛同する。ゲリラ雷雨の度にコーヒーブレイクをしていたのだから当然と言えば当然である。仕方無いのでサファイア達は入浴を選択した。
「パールさん、明日からまたバリショーイゴラでレベリングですか?」
浴槽へ浸かり一息つくとペリドットがパールへ質問した。
「そうね、虹の高原じゃもう経験値は美味しく無いから遠征になるわね」
「って事はリースリビョーナクのミツキと顔を合わせる事になるのか…」
傍若無人なミツキの振る舞いを思い出しルビーはげんなりする。
「でもそんなに悪い人じゃ無いよね?」
「ルイーダさんと知り合いの様ですが、どういった関係なのでしょうか」
冒険者ギルドのギルドマスター同士で交流があるのは分かる。しかしそれ以上の深い仲の様子も感じ取れる。
「あまり他人の仲を詮索するのは良くないわよ」
「あ…、そうですね。これ以上は止めておきます」
パールに言われペリドットは反省する。
ほどよく体が温まったのでサファイア達は夜の街へ繰り出した。
「なんかすっきりしたのが食べたいね~」
先頭をぴょんぴょんと跳ねる様に歩くサファイア。転けるなよと声を掛けながらルビーが続く。
「それならおよぶへ行くですヨ」
「お、良いな。アタシはスダチを搾った冷たいうどんが食いたい」
「あ~、それすごい良い。早く行こ」
中央広場へ向かい、そこから東へ伸びる大通りを進む。やがて君になr…もとい、やがて南へ開けた商店街の一角におよぶはある。
店内へ案内されると各々好みのうどんをオーダーした。が、ペリドットは大盛…うどん2玉を注文したのだ。
「おいペリドット、そんなに食えるのか?」
「はい、大丈夫だと思います。歩いてたら何だかお腹が空きまして」
「確かに腹は減ったけど、その体のどこに入るんだ?」
そこまで言ってルビーは1つの可能性にたどり着く、が敢えてそれは口に出さなかった。
「あっ、分かった! おっぱいになるんだね!」
「そう言うデリケートな話題は大声で言うなっ!」
スパァン! と、ルビーのハリセンがサファイアの後頭部を打ち据える。いきなり飛び出したハリセンに他の客は何事かと視線を向ける。慌ててパールとペリドットは手を振り何でも無いと意思を伝える。客の半数以上が冒険者だったので害は無いと判断したのか、そのまま談笑を始める。それを見た一般客も興味を失い食事の続きを始めた。
「でもペリドットちゃん良いなぁ、私は食べてもこっちにしか付かないよ」
サファイアは自分のお腹を触りながらペリドットの胸と見比べる。
「サファイアは種族の問題もあるんじゃないか?」
「ミーはグラマーなリリパット族を見た事無いですヨ」
「ぷ~、良いもん、サファイアちゃんは超絶美少女だもん」
完全に拗ねたサファイアだが、料理が運ばれてくるとすぐに機嫌が直った。案外チョロい。全員のお腹が満たされ帰路に着くと街の灯りが灯り始める。人工的に作られた小川の畔もイルミネーションで飾られ日常がこの瞬間だけは非日常へと変わる。
「このイルミネーションって魔道具を使ってるのか…全部でいくら掛かったんだ?」
「ルビーちゃんムードが無いなぁ」
「広報紙には今年は200,000個らしいですヨ」
「領民の血税…」
「シトリンちゃんもそう言う事を言うのは止めよう、ね?」
現実主義者が居ると華やかなムードがぶち壊しだ。
「こうやって催し物が出来るのは街が潤っている証拠よ、良い事だわ。ヒルマウンテンには良質の冒険者が集まってるから財源としては申し分無いのよ」
「冒険者が良いと街にも良いの?」
「ええ、冒険者ギルドや競売所へ卸されるアイテムが適正価格で取り引きされて健全に資金が回るからよ」
「隙あらば価格を釣り上げる強欲エルフが何か言ってやがるですヨ」
「あら、自由競争が不健全だと言いたいの?」
パールはニッコリ微笑みながらアメジストへ圧力を与える。となるとアメジストに反論の芽は摘まれてしまう。口ではパールに勝てないのだ。
そうこう話しているうちにギルドハウスへ到着した。昼間にジュピターが屋敷の空き部屋を使って構わないと提案があったのだがそこまで甘えてしまうのも悪い気がしてサファイア達はこれを断った。リズ達もダンジョンへ向かうからと申し出を断り昼のうちにヒルマウンテンを発った。
「みんな、今夜のうちに装備の点検と手入れをしておいてね、明日からハードになるわよ」
半分脅しとも言えるパールの言葉に全員がクローゼットの前で装備の手入れを始めた。
「こうやって見るとあちこちほつれてるよ~」
「サファイアは喰われたり範囲攻撃に巻きこまれたりしてるからだろ」
「そんな事無いよ、これくらい当たり前だもん」
そう言って隣りのペリドットを見る。彼女のローブはほつれも無く新品同様だった。とてもルイーダからのお下がり品とは思えない。
「そら見ろ、サファイアが必要以上に前へ出てる証拠じゃないか」
「ぐぬぬ…」
何も言い返せ無くなったサファイア。今にも地団駄を踏みそうな空気を醸し出している。
「ペリドットさんは普段からマメに手入れしてるもの、当然と言えば当然よ」
と言ったパールの鎧は魔法で防御力が上がっていてもモンスターの攻撃にさらされて傷やへこみが至るところに見受けられる。しかも物理攻撃用、魔法攻撃用、防御用とそれぞれ別の装備をマクロで切り替えて使っているのでその分手間も増える。
「終わったけぇ、キッチンへ行ってくる」
そう言い残しシトリンは共用のキッチンへと向かった。
「次のスイーツって何かな、すごい楽しみ!」
「ミーはポテチが良いですヨ」
「ポテトチップスならアメちゃん自分で作れるでしょ」
「ミーが作っても+1にはならないですヨ…」
「そのくらい我慢なさい」
「寝る前にあまり食い物の話をしないでくれ…。腹減って眠れなくなる」
「それじゃ激甘ハニトーの話をするですヨ」
「止めんか、バカモノ!」
スパァン! とアメジストの顔面をルビーのハリセンが襲う。自業自得だ。
シトリンが戻ってきたのはルビーとアメジストが漫才を始めて10分後の事だった。
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