第61話
大虬を通常よりも少ないMPで維持出来るアドバンテージは大きく、レベル20にも満たないサファイア達の大きな戦力となっていた。
「ところでさ~、大虬って蛇なの? それとも龍なの?」
「伝承によってバラバラよです。水神とだけ記載されている文献もあるらしいですから」
「会話が通じるのですかラ本人(龍?)に直接訊けば良いですヨ」
「そんな事で喚んでも良いのかよ…」
と言う訳で喚んでみました。
『我をその様な下らぬ理由で喚び出すとはなんとも不敬な輩よ』
「ほらみろ、やっぱり怒ってるだろっ」
「ミーは提案しただけですヨっ」
「あら、この世の覇者たる龍がこの程度で怒るほど器が小さい訳ありませんよね?」
責任を擦り付け合うルビーとアメジスト、慇懃無礼な態度で大虬を煽るパール。1歩間違えたら天災レベルの災害を招きかねない状況だ。
「あの、本当に失礼だとは思っています。ですが大虬さんの実力から皆さんは龍ではないのかと…」
『ふん、我が人間共の基準に収まる存在と思うか?』
「つまり?」
「どういう…」
「事ですカ?」
サファイア、ルビー、アメジストは揃って頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「龍でも蛇でも水神でも無い、って事よ」
パールが3人に説明する。
「あの…皆さん、そろそろ大虬さんに、還ってもらっても…良い、でしょうか?」
MPが残り少ないペリドットが青息吐息で訴える。よって大虬をなだめつつ還って貰った。
「このペースだと今日中にはレベル20までいけそうね」
休憩のコーヒーをすすりながらパールが言う。
「と言う事は明日からトライアルだねっ」
「ええ、そうよ。サファイアさんは六連砕撃でルビーさんが鰐顎砕牙よ」
「なんか、すげぇ名前だな」
「マイルドファイアがぼっけえユルく感じるのぉ」
「ルビーさんの火力がガタ落ちするからレベリングのペースはゆっくりになるからね」
トライアルの武器の特性上、どうしても威力が低い為、レベリングに影響は出てしまう。…ネタ武器を装備しているサファイアを除いて。
「そう言う事だから今日中に上げられるだけ上げておきましょ」
「それじゃさっさと再開しちまおうぜ」
そう言ってルビーは立ち上がると獲物を探しに走って行った。
「ペリドットのMP回復具合も確認せずに行きやがったですヨ」
「あ、もう大丈夫ですから。大虬さんを喚びますね」
ペリドットはマナドリンクを飲みMPを持続回復状態にしてから大虬を召喚した。
「来るですヨ」
アメジストが戻って来るルビーの姿を確認して知らせる。今回の敵は陸魚だ。胸ビレを前足の様に器用に動かし走って来る。
「なんかヌメヌメしてるよぉ」
「魚って言うよりうなぎやウツボみたいですね」
全身をくねらせペタペタと走る様は愉快だがレベリングの対象としてはあまり歓迎されない相手だ。
「デスロールのスキルには十分気を付けるですヨ」
デスロール、相手に噛み付き全身を回転させ相手を喰い千切るスキルだ。クリティカル率が高く盾役の事故が起きやすい。
「強力なスキルは溜めが大きいから止めるのは簡単よ」
陸魚のヘイトを稼ぎつつパールはそう言う。その通りデスロールの溜めは長くショックペインで止めるのも、構えを見てから距離を取りスキルの範囲外へ逃げるのも容易だ。
冷静なパールの判断で事故も無く、夕暮れ前には全員が揃ってレベル22になっていた。
◇◆◇◆◇
「はい、SPWSですね。サファイアさんとルビーさんの武器はこちらになります。頑張って下さいね」
リツが慣れた手つきでクエストの事務処理を終える。そしてカウンターに置かれたのがサファイア用の金鎚とルビー用のマンゴーシュだ。どちらも簡素な作りで殺傷能力に乏しい。
「なんだか可愛くない」
「SPWSを覚えるんだろ、文句を言うな」
サファイアは見た目が気に入らない様で不満気に金鎚を手に振り回す。
「ルビーさん、マンゴーシュは左手で使用して下さいね」
「何だって!?」
リツの言葉にルビーは脊髄反射で聞き返す。
「よく見て、ナックルガードが付いてるでしょ。マンゴーシュは元々防御用の短剣だから左手に装備して相手の攻撃を受け流すのが目的なの。右手にはメイン武器の片手剣を持つ二刀流戦法よ」
「ちなみにマンゴーシュとはフランス語で左手と言う意味ですヨ」
パールとアメジストが補足する。
「これでレベリングするのはちょっと骨が折れるぞ?」
マンゴーシュを左手に持ち素振りをするルビー。
「簡単に出来たらクエストがトライアルなんて呼ばれてないわよ」
「ま、それもそうか」
「サファイアさんのは…痛そうですね」
ペリドットが率直な感想を述べる。
「金属鎧相手に質量でダメージを与えるのが目的だからね。鎧を凹ますくらいじゃないと使い物にならないわよ」
「物騒な話だな…」
「武器じゃけぇ、そがなもんじゃ」
「でもサファイアさんは回復がメインなのを忘れないでね?」
「回復しつつウェポンスキルを撃てば良いんだよね」
「ざっくり言うとそうなるわね」
「それではウェポンスキルを500回、頑張って下さいね」
さらりとリツは凄い事を言った。
「500回!?」
「500回ね」
「500回ですヨ」
「合わせて1500回!」
「合わせるな、バカモノ!」
サファイアのボケにルビーがハリセンで突っ込む。
「パールさん達もウェポンスキルを500回撃たれたのですか?」
「まさか? 技連携を行えば倍率が掛かるからもっと早く終わるわよ」
「それを早ぅ言うて欲しいのぉ」
ともあれ500本ノックは免れた。
「けれど今狩っているモンスターでは2連携とマジックボーナスだけで終わってしまいますよ?」
ペリドットは率直な意見を口にする。
「そうね、今狩っているモンスターならすぐに終わってしまうわね」
「でしたらかなり時間が掛かってしまいますよね…」
「でもね、レベルが高くてタフなモンスターならどうかしら?」
「高レベルのモンスターだと全滅必至なのは火を見るより明らかだろ」
ルビーはパールの意見に食って掛かる。
「それならこちらも高レベルのジョブで対応すれば良いだけよ」
「高レベルって…アタシ達はまだレベル22だろ。これ以上強いジョブ…なんて、……まさか」
「そうよ、中級職でさっさと500本ノックを終わらせるわよ」
考えもしなかった下位ジョブでのトライアル。こういう時ににパールの経験と知識の深さを痛感する。
◇◆◇◆◇
「なぁ、アメジストのマイルドファイアはどんなレアモンスターだったんだ?」
「ミーの時はシルバーイールでしたヨ」
「シルバーイール? なんだか美味しそう」
「今日戦った陸魚のレア版でデスロールも即死判定付きですヨ」
「げ、避け損ねたらアウトかよ」
「それくらいじゃないと面白くないでしょ」
「けれどもウォークサボテンと同じで対処さえしっかり出来ればさほど恐い相手では無さそうですね」
レンタルハウスでまったりしながら紅茶を口にするサファイア達。いつもの様に火と風の精霊達も髪の毛を乾かす為に喚ばれている。
「シルバーイールは2人で倒したの?」
「いえ、その頃組んでたパーティで倒したわ。さすがにデスロールを避けられても時間内に倒せないもの」
「そうか、アタシ達と出会う前の話だもんな」
サファイアとルビーがこっちの世界へ来てからすぐに出会った為、4人で居るのが当たり前の様に感じていたが、パールとアメジストはそれよりも長く滞在している。もちろんペリドットとシトリンも同様だ。
「どうしてそのパーティは解散しちゃったの?」
「おい、サファイア。さすがに踏み込み過ぎだぞ」
悪気も無く事情を聞くサファイアをルビーは慌てて制止する。
「別に隠す様な事じゃ無いわ」
「元々野良で組んでたパーティが意気投合して、さらに同じトライアルをしていたメンバーを募集してまとめてクリアしただけの事ですヨ」
「その人達とはギルドを組まなかったんだね」
パールは脚を組み直し、紅茶を口に含んでから話を続ける。
「元々所属国が違ったのよ。モンテボッカ国とイルラスィヌ国だったの。ヴァイトインゼル国所属ならともかく、長期間一緒に居るのは土地が離れ過ぎてたから」
ヴァイトインゼル国はセントラル王国の中心的役割を果たす国で、大陸の中央から南側を統治している。モンテボッカ国は大陸の西側に位置していて、イルラスィヌはその北側にある。そしてヒルマウンテン領はヴァイトインゼル国の東側だ。
「仲違いした訳では無いですヨ」
「連絡を取り合ったりはしないのですか?」
「向こうも冒険者なんだから忙しいだろうし、余程の事が無い限りは連絡するつもりは無いわよ」
「それに冒険を続けていればいつかまた会えるですヨ」
しんみりした空気を誤魔化す様にアメジストは紅茶を音を立てて啜る。
「他の国ってどうなってるんだろ、行ってみたいな」
「ヴァイトインゼル国のグルックベルクだったらシェードヒルの隣だから比較的近いわね」
「薔薇や突起物のマスコットキャラクターが有名ですヨ」
パールやアメジストの説明にサファイアは目を輝かせる。
「すごい、行ってみたいよ」
サファイアの好奇心は底無しの様だ。この夜、サファイアはグルックベルクの話を聞きながら寝落ちて行った。
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