第43話
陽も落ち街はしんと静まりかえる。だが、その一角…冒険者ギルドは今夜も騒がしかった。
「すごい熱気だね~、みんな奇襲戦成功したんだ!」
パブの隅っこで夕飯を食べながらサファイアはぐるりと見渡す。
遠くのエリアへ行ったギルドだろうか、今も奇襲戦から戻って来る冒険者が後を絶たない。一方、いつから飲んでいるのか、真っ赤になりへべれけな冒険者も散見される。
「明日の午前中はレベリングの準備に充てようと思うの」
メンバーが食べ終わったところでパールが切り出す。
「レベル1からなのに準備が必要なのか?」
ルビーが率直な疑問をぶつける。
「6人でのレベリングだから稼ぎは悪いと思うの。回転率を上げて補う為にはルビーさんには釣りに集中して貰ってアメちゃんとペリドットさんには魔法で殲滅を早めて欲しいの」
「つまり休む時間を削って狩りを続けようって事ですカ」
「その為にMPを回復するマナドリンクを用意する必要があるんですね」
「それじゃ私も殴りで参加なんだねっ?」
「トゥインクルロッドを使わなければ構わないわ」
いつも通りのサファイアににっこりと笑顔で返すパール。
「棍棒とトゥインクルロッドの二刀流じゃダメかな?」
サファイアが譲歩した!? 自ら普通の武器を手にすると言ったのだ。これは大事件!
「残念ながらメディックやビショップは二刀流出来ないわよ」
「え~それじゃ殴らない~」
「いやサファイアはヒーラー枠だから殴ったらダメだろ」
「シューティングスターの威力に魅入られてしまったですヨ」
「でもどうしてサファイアさんはトゥインクルロッドに拘るん―」
「可愛いから!」
被せるなよ。
「なるほど、思ってたよりもシンプルな答えでした」
「サファイアは可愛いと言う理由でリリパット族を選んだくらいだしな…」
はぁ、とため息を吐くルビー。付き合いが長く無ければとっくに見放しているだろう。
「話が逸れちゃったから戻すけれど、レベル15~6までは一気に上げたいの。だからマナドリンクを多めに持って行きたいわ」
「こないだ作ったのはどれくらい残ってるですカ?」
「売らずに残したのは2ダースよ」
「心もと無いな」
「余ってる素材で作れば良いんじゃないかな?」
「そのつもりだけれど、HQで完成数を増やしたいの。だから合成をシトリンさんにお願いしたいのだけど良いかしら?」
「ん」
そう短く言って頷くシトリン。
「ありがとう。レンタルハウスに戻ったら素材を整理しておきましょ」
「シトリンがマナドリンクを作ってる間、アタシ達は何してりゃ良いんだ?」
「マナドリンクに使う素材を作って欲しいわ」
「なるほど、仕上げをシトリンちゃんにして貰うんだね」
高スキルのシトリンが合成すればHQが出来る可能性が高まる。少ない元手でより多くの完成品が見込めるのだ。
「そう言う事よ。明日は忙しくなるだろうけどみんなよろしくね」
そう言ってパールが場を締める。すると―
「姉ちゃん、話が終わったならこっち来て酌しろよ」
酔っ払いの冒険者が絡んで来た。いや、酔っ払いだけじゃなく店中の男達から注目されている。中身はともかくこの一角だけが華やかな空気を醸し出しているので仕方がない。女性連れの男性陣まで横目でチラチラ見ている。
「あん? 何でアタシらがあんたの酌をする必要があるんだ?」
「酔っ払いはとっとと帰ってクソして寝ろですヨ」
案の定ルビーとアメジストが強く反発した。
「んだと!? 下手に出りゃ付け上がりやがって!」
「あら、誰がいつ下手に出たのかしら?」
「オジサンは最初から上から目線でしたよ」
パールもペリドットも言い返し、場は一触即発の空気になる。
「あー、やっぱりサファイアちゃんだー」
場違いの能天気な声でサファイアに話し掛けて来たのはユニークスターズのアルミナだ。
「ほへ? あっ、アルミナちゃん!」
「私も居ますよ。お昼ぶりですね」
「アイリスさん、こんな所で奇遇ですね」
キャッキャッと両手を絡ませ合うサファイアとアルミナ。絡んで来た男は完全に無視された状態に陥る。怒りに任せ持っていたジョッキを床に叩き付ける。
「このアマ! 俺を無視してんじゃねえよ!」
真っ赤になり近くの椅子を蹴り壊して酔っ払いは吠える。
「おや、ウチの連れが何か失礼したかな?」
そこへ現れたのはジュピターだ。
「おい、あれユニークスターズの…」
「あの紫の瞳のオートマタ族ってこないだ流れ者を秒殺したヤツじゃないのか…」
周囲からひそひそ話が聞こえてくる。
「お、おい。もうそこまでにして戻って飲み直そうぜ」
酔っ払いの連れが慌てて腕を引き座席に戻そうとする。
「あら、ジョッキと椅子は弁償して下さらないのですか?」
いつの間にかルイーダが酔っ払いの退路を塞いでいた。ラスボスの登場に怒りで真っ赤になっていた酔っ払いは青ざめる。後は黄色くなれば信号機の完成だね。
「す、すまねえルイーダさんっ、これで勘弁してくれっ」
酔っ払いとその連れは持ち金全て置いて逃げる様に帰って行った。
「あらあら、大層な金額ですわね…。皆様、今夜の飲食代は頂きませんわ。思う存分楽しんで下さいまし」
酔っ払いが置いて行った$袋を掲げ、ルイーダは宣言した。この後パブは貸し切られ日付が変わってもどんちゃん騒ぎが続いていたとか。
ジュピター達も早くからパブに居たらしいのだが雷鳴谷を攻略したのは耳の早い冒険者には届いていて、根掘り葉掘り話を聞かれていたのだと。そうこうしているうちに旧友のギルドがプチーツァブラーチ国のバリショーイゴラで行われた奇襲戦を攻略していて話に花が咲いていたと言う事だ。
「それじゃアルミナちゃん達はお昼過ぎからずっと居るの?」
「ううん、ジュピターさん以外は1度レンタルハウスへ戻ってお風呂で汗は流してきたよ」
「あぁ、ジュピターさんは解放されずにずっと話を聞かれている訳ですか」
ペリドットが苦笑いを浮かべながらジュピターを見る。昼間より心なしかやつれた様にも見える。
「まあそう言う訳だから私はテーブルに戻るよ。アイリスとアルミナはお喋り楽しんでおいで」
そう言い残しジュピターは仲間の元へ戻って行った。
「ユニークスターズって有名なんだね」
「ええ、ジュピターはそんな事無いの一点張りだけど」
呆れた様子のアイリス。だが口元は弛んでいてそんなジュピターを好ましく思っているようだ。
「アイリスさん、今更だけどシューティングスターは返すよ」
「ちょっとルビーちゃん、何言い出すのさ」
「あら、気に入らなかったかしら?」
「ううんわ違うよ。私はすっごい気に入ってるよ!」
慌てて弁解するサファイア。
「サファイアが回復そっちのけで殴ろうとするですヨ」
「あら、シューティングスターは殴り用の武器よ?」
「どうしてそんな武器をサファイアさんに渡したんですか?」
「だって可愛いじゃない。トゥインクルロッドもシューティングスターも同じデザインだからサファイアさんはきっと気に入ると思ったの」
どうやらアイリスはサファイアと同じ感性を持っている様だ。ルビー、パール、アメジストは一斉にアルミナを見るが、諦めてと言わんが如く首を横に振る。三者一様にガックリ肩を落とした。
「でも可愛いは大事ですよ。私も早くお金持ちになって可愛い装備したいですもん」
そしてペリドットの裏切り。可愛いは正義が3人も揃ってしまった。いや、現実世界では問題ないがここはファンタジーの世界、見た目よりも機能性で選ばなければ死に直結する。
「ルビーちゃん、私は絶対シューティングスターを手放さないからねっ」
そう強く言い放つサファイア。説得する最後の望み、アイリスもまさかの同類。そしてペリドットの増援。パール達は諦めざるを得なかった。
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