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転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第三章 烏合の戦場
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⑲奇跡の種


白と灰と赤に(おお)われた空間で、しばし彼らは倦怠(けんたい)からくる沈黙に身を投げ出していた。


動ける者は無言で怪我人の治療にいそしみ、あるいは事切(ことき)れた同胞の亡骸(なきがら)に寄りそって涙を流した。


なぐさめにもならないことではあるが、亡くなった者たちは皆、赤鬼の強烈な一撃によって絶命していた。

あまりにも圧倒的な暴力は、彼らに苦しむ間もあたえず命を奪い去ったのだ。

生き残っている者たちが比較的軽傷であるのも、その一撃をまぬがれたからに他ならない。


奴隷としての運命から解き放たれた青鬼たちは、この日はじめて〝勝利〟という輝かしい栄誉(えいよ)の裏にある現実の重みを知った。


その中にあってひとりだけ、他とは違う苦しみにさいなまれている者がいた。


自らの傷を適当に処置した東雲(しののめ)は、甲板の(すみ)でうずくまっているレイラの姿に違和感を覚えた。

彼女は一見(いっけん)怪我らしい怪我をしていない。

しかし苦悶(くもん)の表情を浮かべた顔は死人(しびと)のように白く、過呼吸(かこきゅう)を起こしている。


「おい、どうした?」


そばへ寄って肩を揺らせば、その身体がぎょっとするほど熱を持っているのがわかった。

(おのれ)を抱きしめるようにまわされた手が、強く背中に食い込み、(つめ)に血が(にじ)んでいる。


異変を感じ取り、何人かの青鬼たちも集まってきた。

彼らはレイラの様子を目にするや、ハッと痛ましげに息を飲んだ。

なにか心当たりがある様子である。


ひとりの女性が顔をこわばらせながら、そっとレイラのかたらわに(ひざ)をつき、静かに声をかけながら衣服をめくりあげた。

白く細い背中があらわになり、悲痛なざわめきが()きおこった。


「……なんてことだ」


雪のような柔肌(やわはだ)に、禍々(まがまが)しい刻印(こくいん)が浮きあがっている。


艦隊(かんたい)()にひるがえっていた鬼の国の国章(こくしょう)と同じ模様が、溶岩(ようがん)のように赤く熱を発しながら、彼女の肉をじくじくと腐らせていた。


咎人(とがびと)刺青(イレズミ)だ」


誰かが呆然(ぼうぜん)と呟いた。

それはここにいる青鬼たち全員が、一度は受け入れようとした奴隷の末路(まつろ)であった。


怪訝(けげん)な表情を浮かべる東雲(しののめ)に、トトが(けわ)しい面持(おもも)ちで説明した。


咎人(とがびと)刺青(いれずみ)とは、重罪を犯した奴隷に刻まれる、肉体と魂を永久に束縛する刻印である。

この(あかし)を身に受けたが最後、本国(ほんごく)の命令に逆らえば刺青が激痛を生むようになり、反抗すればするほど焼けただれ、最終的には骨まで達し、死にいたるのだ。


なぜレイラがこの刺青を背負っているのかはわからないが、症状は深刻である。


――原因は明らかだった。


彼女は、捕らえられた青鬼たちを救うため、赤鬼の悲願である海図を奪い、あまつさえ計画を放棄(ほうき)しろと脅迫したのである。

本国への反抗の度合(どあ)いが刺青の呪詛(じゅそ)を高めるというならば、これほど罪深い行為もない。


青鬼たちは言葉を失った。

彼女の行動によって命を長らえたというのに、彼らには少女を救うすべがないのだ。


「あきらめてはなりませんぞ!」


トトが、祖父の手帳をめくって言いつのった。


西大陸(ユーラヘイム)には驚くべき効能の良薬(りょうやく)が、数多くあると聞きます!」


まるで自分に言い聞かせるように、憔悴(しょうすい)したレイラへ話しかける。


「カルディアという植物があるのです。どんな古傷もたちどころに(いや)し、その者が生まれたままの姿へ(よみがえ)らせる、奇跡のような花が」


夢のような話を、トトは必死で語った。

たとえその話が(まこと)であったとしても、彼女が西大陸へ辿(たど)り着くまで持ち(こた)えられるはずもない。

そうとわかっていながら、トトはありえない夢にすがった。

もうこれ以上、勝利の果てに失われる犠牲など、見たくはなかったのだ。


優しいネズミの大粒の涙に、レイラはかすかに笑った。

なにもかもあきらめたような、空虚(くうきょ)な笑みであった。


自業(じごう)自得(じとく)よ……。私が、やりたいように、やったの……。だから、()いはないわ……」


東雲(しののめ)は眉をしかめた。

彼女は相変わらず嘘が下手だった。


それに、あきらめる必要などどこにもない。

東雲(しののめ)はトトが広げる図面に視線を落とした。


白い幽霊のような五枚の花弁(かべん)と、ひしゃげた葉。

――なんの因果(いんが)であろうか、それは彼がこの世界で最初に目覚めた場所にあったものだった。


ならばと、腰帯から光り輝く最後のひと粒を()まみ出す。


「その植物ってのは、種でもいいのか?」


「ええ、むしろ種にこそもっとも多い効能が、そう、ちょうどそのような、タネ……、え?」


ぽかん、と誰もが口を開けて固まった。

あまりにも唐突(とうとつ)に彼らの前へ差し出されたそれは、まぎれもなく手帳の一ページに描かれた図説(ずせつ)相違(そうい)ない。


「嘘……」


真っ先に否定へ走ったのは、救おうとした張本人であった。

彼女だけでなく、あまたの視線が紙面と実物とを往復(おうふく)し、それでも信じられずに絶句している。


確かにあまりにも出来過ぎた展開であるが、あるものはあるのだ。

東雲(しののめ)はしびれを切らして、種をレイラの口内へ強引にねじ込んだ。


「とにかく食え」


効果のほどはすでに実証(じっしょう)されている。

彼こそ、その生き証人(しょうにん)である。


これは憶測(おくそく)だが、(ひぐらし)や他の亡者たちがそうであったように、東雲(しののめ)もまたこの世界へ堕ちた当初は黒いヘドロの化物だったのだろう。


そして偶然、砦の地下にあったこの種を取り込み、今の肉体を得た。

そう考えればすべての辻褄(つじつま)があう。


とはいえ、それが真実かどうかは定かではないし、青鬼の少女にも同じ効力が現れるとは限らない。

もしかするとヘドロののっぺらぼうになったり、突発的におかしな行動をとるようになるかもしれないが、どのみちこのままなにもしなければ彼女は死ぬのだ。


数秒、未知への懐疑(かいぎ)躊躇(ちゅうちょ)していたレイラであったが、最終的に東雲(しののめ)と同じ結論に達したようだった。


意を決して彼女は種を()みこんだ。


青鬼たちは祈るような想いで、痛ましい刻印(こくいん)が少女の背中から消えるのを待った。

しばらくはなんの変化もあらわれなかった。

しかし段々と彼女の呼吸がゆるやかになり、腐りきった果実のようであった肌が健康的な色を取り戻していく。


歓声(かんせい)があがった。

奇跡だと、我が事のように涙を浮かべる者さえいた。


だがしかし、その声は急速にしぼんでいった。


レイラは一命(いちめい)をとりとめた。

しかしそのかわりに、美しい銀白(ぎんぱく)の髪は、刻印の熱が移ったかのごとく燃えるような緋色(ひいろ)宿(やど)した。


――少女は、()じり(もの)であった。


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