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転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第三章 烏合の戦場
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⑯明日への扉


青鬼の貿易船(ぼうえきせん)は沈黙していた。


トトと青鬼たちは善戦(ぜんせん)した。


戦い()れていない者が大半(たいはん)であったが、数の利を()かし、貿易船を乗っとった裏切り者との抗戦(こうせん)は、彼らの優勢(ゆうせい)によって火蓋(ひぶた)が切られた。


東雲(しののめ)妨害工作(ぼうがいこうさく)も有効に働き、艦隊(かんたい)は全船ともに海上(かいじょう)での足踏(あしぶ)みを余儀(よぎ)なくされた。


操舵不能(そうだふのう)となったことも痛手であったが、それ以上に船底の浸水(しんすい)の被害が一隻目と二隻目にはより深刻な損害(そんがい)をもたらしていたのである。


迷路海流(めいろかいりゅう)の内側で船が沈没(ちんぼつ)するという恐怖に、赤鬼たちはしばし貿易船から注意をそらした。

その(すき)に、風をはらんだ()着実(ちゃくじつ)に彼らとの距離を開いていった。


しかし逃げ切る直前になって、赤鬼の指揮官(しきかん)のひとりが(われ)に返った。

貿易船と接舷(せつげん)間近(まぢか)であった帆船(はんせん)の責任者である。


迷路海流(めいろかいりゅう)の海図奪取(だっしゅ)という、積年(せきねん)悲願(ひがん)が果たされるはずであったこの局面(きょくめん)で、万が一し(そん)じたとなれば、その(せき)をもっとも重く糾弾(きゅうだん)されるのは彼であろう。


しかも劣等(れっとう)種族(しゅぞく)の青鬼にあざむかれたとあっては、国辱(こくじょく)ものの役立たずとして、(つの)を折られ、奴隷(どれい)の身分に()とされるか、もしくは打ち首のすえ市街(しがい)にさらされることとなるだろう。


指揮官は(あわ)を食って部下に(かい)を投げつけた。


観測艦(かんそくかん)()ぎ口は船倉(せんそう)にあり、乗組員(のりくみいん)たちは(ひざ)まで水に(ひた)かりながら(かい)(あやつ)った。


波のない穏やかな海を赤鬼の剛腕(ごうわん)()ぐのである。

(かせ)いだ距離はあっという間に(ちぢ)められ、鋼鉄(こうてつ)の矢が貿易船を襲った。


(もり)の尻に結ばれた縄をたぐり寄せ、()(ばし)が降ろされた。


武装(ぶそう)した赤鬼がなだれ込み、戦局(せんきょく)は一転して劣勢(れっせい)に追い込まれた。


この瞬間に一縷(いちる)(さいわ)いがあるとすれば、刻々(こくこく)と沈みゆく帆船(はんせん)修繕(しゅうぜん)するために半数以上の人員が()かれ、暴動(ぼうどう)鎮圧(ちんあつ)に送り込まれた人数がそれほど多くなかったことか。


それでも種族の差は歴然(れきぜん)であった。


まともに組み合っても叩き(つぶ)されることはわかりきっていたので、トトの入れ知恵に従い、青鬼たちは三人一組で武装兵(ぶそうへい)へと立ちむかった。


二人がかりで(なわ)を手に突進(とっしん)し、足を引っかけ転ばせた(すき)に三人目がとどめを刺す。

もしくは寝具用(しんぐよう)の布で視界を(おお)い、あるいは長刀(ちょうとう)を持つ腕にしがみつき、はたまた間合(まあ)いより離れた場所から手あたり次第(しだい)に物を投げつけるなど、必ずなにかしらの勝機(しょうき)を生み出してから襲いかかるように(つと)めた。


そして分が悪くなればパッと一目散に離散(りさん)し、次の攻め時を狙うのだ。


組には船乗りを必ずひとり混ぜ、老練(ろうれん)な航海士がよどみなく指示を飛ばすことで全体の連携(れんけい)をはかった。

五里(ごり)霧中(むちゅう)の海域を航海することでつちかわれた彼らの団結はめざましく、船の構造を(たく)みに使い、時に苦戦(くせん)しているところへ加勢を送るなど、荒事(あらごと)に不慣れな者たちを懸命(けんめい)(みちび)いた。


場外ではトトが(つな)がれた(もり)の縄をかじり切り、荷運び用の釣瓶(つるべ)を使って高所から(いかり)を落下させ、()(ばし)粉砕(ふんさい)することに成功した。


――彼らは善戦した。


一度は接舷(せつげん)された観測艦(かんそくかん)を再び引き離し、あとは侵入(しんにゅう)された赤鬼と裏切り者どもから船を奪還(だっかん)するだけであった。


しかしながらひとり、またひとり同胞(どうほう)が倒れていくごとに、付け()()闘志(とうし)は少しずつ刃こぼれを起こした。


昨日まで(とな)りで笑っていた友が、家族が、目の前で死んでいくのだ。

戦士でも(さむらい)でもない彼らに、果てた同胞の亡骸(なきがら)()み越えて戦い続ける胆力(たんりょく)など、持ちあわせているはずもない。


だが、凄惨(せいさん)な現実に心折(こころお)れたとて、投げられた(さい)は戻らないのだ。


この場の誰もがわかっていた。

悲しみと、怒りと、恐怖におぼれながらも、彼らはあらがわなければならなかった。

ここで足を止めてしまえば、先に死んだ者たちの命がそれこそ無意味な犠牲(ぎせい)となる。


甲板が赤い飛沫(ひまつ)()れるたび、彼らは冷静さを失い、奇跡のような団結は、狂奔(きょうほん)の熱によってもろく(くず)れた。


しかし正常な思考を失っていたのは、彼らだけではなかった。


本国(ほんごく)指令(しれい)を受けて島で暮らしていた裏切り者から、幾人(いくにん)もの離反者(りはんしゃ)が出たのである。


彼らとて、好きで同胞をあざむいたのではなかった。

仮初(かりそめ)の平穏な日々は、真綿(まわた)のような温かさで(こお)った心を()かし、従属(じゅうぞく)する運命に干からびていた自我(じが)の種を芽吹(めぶ)かせた。


敵味方入り乱れた混戦(こんせん)は、両陣営ともに甚大(じんだい)痛手(いたで)を生んだ。


しかし最後に勝敗を分けたのは、やはり地力(じりき)の差だったのである。




   *     *     *




「面倒かけやがって、夢は()れたか?」


赤鬼の(ふし)くれだった腕が、血濡(ちぬ)れた老人の頭蓋(ずがい)をねじるように甲板へ押しつけた。

くぐもった苦悶(くもん)の声があがる。

航海士は息を(あら)げながらも、(するど)眼光(がんこう)で赤鬼を(にら)みあげた。


生き残った青鬼の数は半分以下になっていた。

武器を取り上げられ、ひとかたまりに集められた彼らへ、憤怒(ふんど)に満ちた赤鬼の罵声(ばせい)が降り(そそ)ぐ。


離反(りはん)した裏切り者たちはすでに全員粛清(しゅくせい)され、次は彼らの番であった。


当然、本国へ送り返すなどという生温(なまぬる)い制裁は立ち消え、いかに後悔させながらなぶり殺しにしてやろうかと、残忍(ざんにん)な案が飛び()っている。


()じり(もの)の男ダネルは、満身(まんしん)創痍(そうい)の青鬼たちを嘲笑(ちょうしょう)し、見せつけるように島の海図を手の平で(もてあそ)んだ。


「まったく馬鹿の考えることは理解に苦しむ。大人しく(みじ)めにこき使われていれば、それなりに長生きできたものを」


やがて処罰(しょばつ)が決まった。


両足を斬り落とし、腕をもぎ達磨(だるま)にした後で、じわじわと腹を()き、肺を(つぶ)し、そのまま絶命(ぜつめい)するまで転がしておこうというものだ。


正気とは思われぬ残虐(じゃんぎゃく)な発想であるが、罪を(おか)した奴隷(どれい)をいたぶる行為は、赤鬼たちの国ではごくありふれた娯楽(ごらく)なのだ。


ひとりの青鬼が前へと引き()り出された。


青鬼たちの心から絶望と激情(げきじょう)噴出(ふんしゅつ)した。

受け入れがたい敗北感(はいぼくかん)が彼らの身体をがんじがらめに(しば)りあげ、悲鳴と懇願(こんがん)がむごい現実を()りつぶそうと雪崩(なだれ)を起こした。


しかし、もはや彼らに成すすべなどない。


無慈悲(むじひ)(やいば)が高々と(かか)げられ、(やなぎ)のような細い(あし)めがけて振り下ろされた、――その時である。


「待ちなさい!」


(こお)りついた空気を一条の叫声(きょうせい)が走った。


ここから少し離れた舳先(へさき)の上に、(あわい)銀髪(ぎんぱつ)の少女が立っている。


「姿が見えないと思えば、そんなところでなにをやっている。レイラ」


ダネルがややイラだった口調で問いかけた。

返事を待たずとも、彼女の反抗的(はんこうてき)な眼つきを見れば、その行動の意図は明らかである。


「今頃になって寝返りか? お前はもう少し(かしこ)いかと思ったが、やはり女は駄目(だめ)だな。すぐ情にほだされる」


「そうやって固定(こてい)観念(かんねん)見下(みくだ)(くせ)、改めた方がいいわよ。でないと足もとすくわれちゃうから。……こんなふうに」



そう言って、レイラは日焼けした分厚い紙の(たば)を取り出してみせた。

なぜだかそれは、ダネルの手の中にある迷路海流(めいろかいりゅう)海図(かいず)と、紙の質感から表題(ひょうだい)羅列(られつ)までうりふたつである。


途端(とたん)、ダネルの表情がわかりやすく(こお)りついた。


「やっぱり、こっちが本物みたいね」


「なぜ、それを……!?」


「用心深い貴方(あなた)が、五年も掛けて手に入れたお宝を迂闊(うかつ)に見せびらかすはずがないもの」


ざわめきが起きた。

どういうことだ、と赤鬼たちから問い(ただ)すようなまなざしがダネルに突き刺さる。


しかし彼もまた現状に理解が追いついていなかった。

計画の(かぎ)を握る重要な海図を、彼は誰も知らない船の隠し場所へ厳重(げんじゅう)仕舞(しま)い込んでいたはずだったのだ。


「言ったでしょう、私は自分の欲しい物を手に入れるって」


「貴様っ」


「探し物の才能は、私の方が上だったみたいね」


男の赤ら顔が沸騰(ふっとう)したようにドス黒く()まった。


レイラは口の端を引き上げて、(いさかい)いの元凶(げんきょう)たる古ぼけた冊子(さっし)を軽く振ってみせた。


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