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転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第三章 烏合の戦場
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⑫孤軍奮闘


細い船縁(ふなべり)を走り抜けながら、横目で甲板の構造をさらう。


目視(もくし)できる限りでは、搭乗(とうじょう)している赤鬼の数は、四、五十人。そのうち武器を手にした二十人ほどがこちらへとむかってきていた。


東雲(しののめ)は甲板へ飛び降りた。

赤い肉壁が行く手を(はば)む前に、武装した鬼の(わき)をかすめるようにして走る。


頭上を鈍色(にびいろ)の光が一閃した。

馬鹿みたいに長大な両刃の剣が風を斬り裂き、信じがたいほど重い音が鼓膜(こまく)を襲う。

強靭(きょうじん)な筋力から繰り出された斬撃(ざんげき)が、船の(へり)を深々と傷つけた。

ヘドロの化け物といい勝負である。


東雲(しののめ)は次々と襲いくる(ひらめき)きを紙一重でかわしながら、甲板の中央を目指した。


間違っても手に握った半月刀(はんげつとう)で応戦しようなどとは考えない。

暴力的な種族の格差は明らかである。


それに加えて、得物(えもの)の格差もかんばしくなかった。

というのも、裏切り者の青鬼から奪った半月刀は、お世辞にも物が良くなかったのだ。

すでに青鬼を一人と、帆綱(ほづな)を斬った刀身(とうしん)は小さく刃こぼれを起こし、(せま)りくる長刀どころか赤鬼の分厚い肌ですらまともに斬りつけられるか不安なありさまである。


まさしく下っ端にあつらえむきの武器というわけだ。


かといって赤鬼のアホほど長く重い得物をあつかえるわけもなく、東雲(しののめ)はまたしても逃げの一手を選ばざるをえなかった。


しかし種族差という観点から述べるならば、弱者には弱者なりの利点がある。

地獄に迷い込んで数日、彼のそばにはいつも最良の師がいた。


大振りな刃の(あみ)を潜り抜け、東雲(しののめ)帆柱(ほばしら)に張られた縄へ飛びついた。

猿のごとき軽業(かるわざ)で瞬く間にてっぺんまで登りきると、見張(みは)り台にいたひとりを半月刀で斬りつける。

やはり刃はほとんど通らない。しかしそれでよかった。


遠眼鏡(とおめがね)しか所持していなかった見張り役は、斬り裂かれた痛みと急襲の混乱でひるんだ。

その一瞬を見逃さず片足を抱えこみ、ひと息に見張り台からひっくり落とす。


高所を制するのは戦術の基本である。


東雲(しののめ)は、追っ手が登ってくる前に縄梯子(なわばしご)を斬り落とそうとした。

しかしいよいよ役立たずになった刃は、帆船(はんせん)の太い縄にすら四苦八苦する体たらくである。

なんとか切り離しに成功した頃には、下の連中もまた正体不明の侵入者に対して仕切り直していた。


突然、無数の黒い光の線が走った。

咄嗟(とっさ)に身をかがめた直後、凶悪な音とともに木片(もくへん)(はじ)け飛んだ。


見張り台すら貫通(かんつう)したそれは、巨大な金属の(もり)の矢である。

甲板にずらりと並べられた()え置き式の弓は東雲(しののめ)の背丈ほどもあり、たかが侵入者一匹のためにしては大掛かりすぎる。


東雲(しののめ)はすぐにそれらの真の用途に思いあたった。

第二射がつがえられている間に視線を遠方へと投げれば、短い舌打ちが口をついて出る。


トトたちを乗せた貿易船が、艦隊(かんたい)の一隻に捕まっていた。


ヘドロの化け物に舵板(かじいた)を破壊させたものの、すでに近くまで接近していた赤鬼の船から、これと同じ(もり)の矢を穿(うが)たれたのだ。

あちらの矢尻(やじり)には太い縄が取り付けられており、乗り移ってこようとする赤鬼との交戦が勃発(ぼっぱつ)していた。


いくら決起(けっき)した青鬼たちといえど、本格的に乗り込まれてしまえば長くはもつまい。これは早々に戻らねば。


東雲(しののめ)は突き刺さった(もり)を一本引っこ抜いた。

対艦用の武器だけあって素材の鋼鉄(こうてつ)木偶刀(でくがたな)とは比べるべくもない硬度と(ねば)りがあり、やや重いが長さは片腕ほどと使い勝手が良さそうだ。


東雲(しののめ)はあっさりと浮気した。


大きく腕を振りかぶり、ここまで連れ添った半月刀と一方的な別れを告げる。

散々に酷使(こくし)されボロボロとなった彼女は、一目散に本来の主の胸の中へ飛んで帰った。

二度目の(もり)を放つべく命令をくだそうとしていた指揮官の口が、驚きで(ふさ)がれる。

大鍋(おおなべ)のような(よろい)にはじかれて傷を負わせることはできなかったが、数秒間の空白が生まれれば十分である。


その隙に東雲(しののめ)は帆の上へと移動していた。


改めて、やや怒りのにじんだ号令が発せられ、同時に東雲(しののめ)も宙へと踊り出る。

帆桁(ほげた)に結びつけた縄を片手に、振り子の要領(ようりょう)で白い帆をすべると、その軌跡(きせき)を追って鋼鉄(こうてつ)の矢が次々と放たれた。


(あわ)てて指揮官が制止をかけるも時すでに遅く。

帆にはいくつもの大穴が空いた。


赤鬼たちは歯ぎしりした。

侵入者が帆から離れない以上、次の矢を撃つことはできない。


そんな彼らの葛藤(かっとう)を承知の上で、東雲(しののめ)はこれみよがしに柱に刺さった(もり)を抜き、先端の(かぎ)になっている部分を破れた穴へ引っ掛けた。

すると、鋼鉄の銛はその自重(じじゅう)でひとりでに降下(こうか)し、帆布(はんぷ)を縦に引き裂いた。


いわずもがな、帆船(はんせん)にとって()は海を進む動力源であり、本格的にこの船を航行不能(こうこうふのう)にしてやろうという魂胆(こんたん)である。


東雲(しののめ)はせっせと他の穴にも(もり)をかけては、威風堂々(いふうどうどう)とはためく赤鬼の国章(こくしょう)をズタズタにした。


怒号(どごう)罵声(ばせい)の波が下から勢いよく噴出(ふんしゅつ)した。


誰もが天を(あお)ぎ、いかにしてあのなめくさった侵入者を引きずり降ろしてやろうかと(いき)り立っている。


――だがしかし、本当に彼らを(おびや)かす存在は、彼らのすぐ(となり)に立っていた。



突如として、赤い血潮(ちしお)()を描いた。


船の(へり)漆黒(しっこく)の人影がたたずんでいる。

まるで夜の闇を人間の(かたち)に切り取ったような姿である。


それ(・・)はあまりにも静かに動いた。


光をまったく反射しない黒々とした刃がひるがえり、ひとつ、またひとつと(あざ)やかな飛沫(しぶき)虚空(こくう)を赤く(いろど)っていく。


たて続けに()()られた命の(しずく)が、あたかも彼岸花(ひがんばな)華路(はなみち)のごとく、影のとおった場所に()(みだ)れた。


「アイツは……ッ」


帆柱(ほばしら)の上から甲板を見下ろしていた東雲(しののめ)は、誰よりもはやくその異質な来訪者(らいほうしゃ)を瞳に映し、ぞっと背筋を強張(こわば)らせた。


尋常(じんじょう)ならぬ早業(はやわざ)におそれをなしたからでも、倒れゆく赤鬼の亡骸(なきがら)に青ざめたわけでもない。

ひと目見た瞬間に、そいつのありえない正体に気づいたからだ。


アレはおそらく、先ほどまでヘドロの(かたまり)であったはずだ。

しかし今では、指先から髪の一本にいたるまで、鮮明(せんめい)な人間の(からだ)()している。

そしてその面差(おもざ)しを東雲(しののめ)は知っていた。



(ひぐらし)……?」


呆然(ぼうぜん)とこぼれ落ちた(つぶや)きは、混乱した鬼どもの叫声(きょうせい)によってかき消された。


遠眼鏡(とおめがね)=望遠鏡のこと

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