④昇降エレベーター
暗闇を前にした時、人は無意識に光を求める。しかしそれは往々にして愚策である。
東雲は即座に瞳を閉じた。
後ろ手にすばやく木戸を閉め、石壁のすみに身をよせると、そのままじっと黙して動かなくなった。――暗夜における隠法の一種である。
いったん部屋へ取って返して、油皿から松明をつくれば、容易に暗がりの奥まで照らすことができるだろう。しかしながら、得体のしれないこの場所で考えなしに火を持てば、自らの存在をおおっぴらにさらすことになる。他者の気配がないとはいえ、用心するにこしたことはない。
鬼から拝借した衣が暗色だったこともあり、東雲の姿は溶けるように闇の中へと沈んだ。
光が遮断された空間で、身じろぎもせず、壁に耳をあて音を探る。
あたりは水を打ったように静かである。かすかなざわめきすらなく、かわりに湿った土の臭いが濃く満ち満ちている。やはりこの場所は地下にあるらしい。
しばらくして瞼をあげると、その両眼には先ほどよりもはっきりと周囲の様子が浮かびあがった。忍者の夜目は、度重なる修練により常人のそれをはるかにしのぐ。東雲もまた例外ではない。伊賀の忍術はこと地獄においても、おおいに役に立つようだ。
もっとも、だからといって彼の里に感謝の念を抱くようなことは、天地がひっくり返ってもないであろうが――。
東雲は壁に手を触れたまま、ゆるりと前に進んだ。しかしいくらも進まないうちに行く手をはばまれた。部屋の外は、三方を壁に囲まれた袋小路になっていたのだ。
「はて、十中八九どこかで上に通じているはずだが……」
指先をなめれば、やはり空気が上へと流れている。つられて天井をあおぐと、その場所だけ石材ではなく、鉄のような金属の板になっていた。
板は、床から伸びた四本の柱によって天蓋のように支えられている。
東雲は石壁のみぞに手をかけ、軽々とした身のこなしでてっぺんまで登ると、天板を押し上げようと試みた。
「ふんぬっ」
しかし、どれほど力をこめようともびくともしない。天板は予想以上に分厚く、頑強なつくりになっていた。
板と壁の間にはわずかな隙間があり、風はそこを通り道にしているようだった。
駄目もとでそこに指をさしこみ、押したり引いたりしてみるが、隙間の分だけ前後に揺れ動きはしたものの、脱出口となる兆しはみられない。
まんべんなく調べつくし、あきらめて床に飛び降りる。
――するとその時、視界の端に奇妙なものがよぎった。
壁の石材のひとつに、不自然にすり減った痕がある。まるでなにかしらの意図をもって、幾度もなでつけられたかのような痕跡だ。
まさか、という期待を抱きながら触れると、あきらかに噛みあわせがゆるい。
慎重に押しこんでいけば、石材はこまかい砂を巻きこみながら、すべるように壁の内側へと埋まった。
それが鍵だったのだ。
ガタン、と頭上で音がして――次の瞬間、予期せぬことが起きた。
「うぉおっ!?」
突然、足もとの石床が地盤を離れ、ゆっくりと上昇しはじめたのである。
意表をつかれ、東雲はたたらを踏んだ。四本の柱につながれた一角が、暗い廊下から切り離され、壁をこするように昇っていく。これにはさしもの彼も、警戒した猫のように身構えた。
床は見えない力に引っ張られるかのごとく上昇を続け、みるみるうちに下層部が遠のいていく。
あっという間に四面が壁でふさがれた。もはやこの空間から脱することはできない。
もしも、この仕掛けが侵入者を誅殺する類のものだったとしたら、いかに忍の術を心得ていようとも、あえなくおだぶつである。
しかし東雲が最悪の事態を思い描くよりも早く、次の階層が頭上から降りてきた。
石床は上階と同じ高さまで浮上すると、なにかにぶつかったのか軽く揺れ、ほどなくして停止した。
東雲は心持ち急いた様子で、新たな足場に跳び移った。
その時の反動で、石床がわずかに沈む。――信じがたいことだが、やはりこの仕掛けは宙に浮いているらしい。
「……なんじゃあ、あれは」
上階の暗い天井に、摩訶不思議なものがチラついている。――光だ。
ほこりっぽく湿った闇に、青白く光る奇妙な石がひっそりと鎮座していた。それは、天井に取り付けられた木製の台座にはめ込まれていた。
「これまた面妖な……」
大理石のように白いその石は、夜空に輝く月を彷彿とさせる淡い光を放って、あたりをほのかに照らしている。
その美しさたるや、数多の宝石が路傍の石ころに思えるほど蠱惑的であった。