表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第三章 烏合の戦場
47/59

⑨天地人


「百かぞえる内に作戦を考えろ」


天の時、地の利、人の和――。


(いくさ)という盤上(ばんじょう)において、これら三利を得ることが勝利への秘訣(ひけつ)といわれている。


しかしながら現時点において、以上すべてが赤鬼勢力に掌握(しょうあく)されてしまっていた。


東雲(しののめ)たちが生き残るためには、まずこれらを奪い取らなければならないのである。


特に天の時は、艦隊(かんたい)がこちらの船と接舷(せつげん)した時点で、赤鬼との交戦へとなだれこむ。


一方こちらの戦力は、武器を持ったこともないような者が大半の青っちろいもやし(・・・)鬼 数十名と、ネズミが一匹、そして伊賀では下の下である捨て石がひとり……。


まともに応戦してもまず勝ち目はない。


すなわち、いかに素早く行動できるかが運命の(かぎ)を握っていた。


だがしかし、地の利もまた、この小さな部屋をのぞいた盤上のすべてが赤一色で埋め尽くされている状況である。

逆転の策を練らなければ、勝ち(すじ)など生まれようもない。


最後の頼みの(つな)は、人の和だが――。

これは人徳(じんとく)ある者がなせる(わざ)であり、残念ながら東雲(しののめ)にはないものだ。


しかし幸いにして、この場にはふたりの優秀な人材がいた。

トトと初老の航海士である。


船の内部構造を誰よりも知り尽くしている老人は、即座に()とすべき場所と的確な行動経路を設定し、トトは弱者が赤鬼相手にとるべき戦法を短時間で指南(しなん)した。


戦闘に不慣れな青鬼たちの多くは、トトが(ろう)から解放した者たちである。

ゆえに彼らは疑念を抱くことなく、真剣に小さな戦士の教鞭 (きょうべん)へ耳を(かたむ)けた。


海賊の(とりで)から逃げおおせたという真新(まあたら)しい成功体験が、彼らの間に確かな信頼と勇気と団結力を生み出していたのだ。


東雲(しののめ)はほくそ笑んだ。


むろん、勇気と武芸(ぶげい)は同等にならぶものではないが、いつだって絶望をひっくり返す嵐の目は、むこう見ずな蛮勇(ばんゆう)である。


かの孟子(もうし)をして、「天の時は地の利に()かず、地の利は人の和に如かず」と()うように、人の(きずな)強靭(きょうじん)一本鎗(いっぽんやり)となりて、時に()り固まった運命の岩盤(がんばん)風穴(かざあな)穿(うが)つ。


そこから一陣(いちじん)の風が吹き込めば、戦況の流れは変わりゆくだろう。


――人の和は得た。

ゆえに東雲(しののめ)のするべき仕事は、地の利をこちら側へ引き込むことであった。



   *     *     *



突如として、耳を(つんざ)くような叫び声があがった。


部屋の内側で、発狂した捕虜(ほりょ)同士の殺し合いが起きたのだ。


もちろん演技である。

しかし全数十名による迫真(はくしん)熱演(ねつえん)は、見張りの二人に扉を開けさせるには十分すぎるほどの衝撃をあたえた。


()じり(もの)の男たちは、中を(のぞ)いた瞬間に声を出す間もなく繰り出された(なわ)によって足をすくわれ、数人掛かりで咽喉(のど)()められ、四肢(しし)の自由を封じられた。

捕虜の拘束(こうそく)用に使われていた縄である。


そして(あわ)れな貧乏くじを引いた二人が事態を把握するよりもはやく、東雲(しののめ)は飛び出した。


老人に教わったとおりに船内を駆け抜け、甲板へと踊り出る。


()んだ陽光(ようこう)が照らす真昼のだだっ広い空間を、黒い身なりの男が走るのである。

当然目立つはずであったが、足音もなく一切の無駄を(はい)した風のごとき走行(そうこう)に、東雲(しののめ)が役割をひとつ終えるよりも早く気づけた者は、わずかひとりであった。


運悪く真正面から彼と対峙(たいじ)することになった青鬼(ユニル)の男は、律儀(りちぎ)にも「脱走者だ!」と叫んだ後に、腰の半月刀(はんげつとう)を奪われ咽喉(のど)を斬り裂かれた。


一斉に甲板にいたすべての視線が集まる。


しかしその時にはすでに、東雲(しののめ)はひと仕事かたづけていた。


帆綱(ほづな)が切られ、停留(ていりゅう)のためにたたまれていた白い()が音を立てて広がった。


あいにくと(なぎ)の海域である。

それでもささやかながらに吹く風は、帆を(ゆる)やかに(ふく)らませ、船がわずかに前進をはじめた。


艦隊(かんたい)との接舷(せつげん)までもう少しというところであった。


「時を(かせ)げ!」


遅れて甲板に現れた航海士が、後に続く者たちへ力強い(げき)を飛ばした。


(きり)の海域まで持ちこたえろ! 迷路海流(めいろかいりゅう)へ入るまで、船と(おのれ)の命を守り抜け! 雲海(うんかい)さえとらえれば、あとは俺が、お前たちを島まで連れて帰ってやる!」


練達(れんたつ)の船乗りらしい気合いのこもった号令に、空気を震わせるほどの(とき)の声があがった。


――海戦(かいせん)の幕開けである。


(しか)るに(しのび)のお仕事は、敵の首級(しゅきゅう)をあげることでも、華々(はなばな)しい武者働(むしゃばたら)きをすることでもない。


東雲(しののめ)は、逃げる貿易船を追うために帆先(ほさき)を変えはじめた艦隊を()めつけ、ふてぶてしく(ほお)を引きあげた。


「ひい、ふう、みい……――多いわボケェ」


吐いた愚痴(ぐち)のぶん大きく息を吸いこみ、迷うことなく船の(へり)を蹴る。


皮肉(ひにく)にも、それは〝音無(おとな)し〟の揶揄(やゆ)体現(たいげん)するかのごとく、着水(ちゃくすい)の瞬間まで一粒の水滴(すいてき)すらあがらない物静かな離脱であった。


この瞬間、彼がいなくなったことに気づけた者は誰ひとりとしていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ