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転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第二章 泳ぐ極楽島
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⑰夢の手帳

ゆるやかに再開された酒盛(さかも)りは、語られた壮絶な戦場(いくさば)余韻(よいん)を引きずりながら、しめやかに続けられた。


夜が深まるにつれ、にぎやかな(うたげ)も次第に(まぶた)を重くし、物思いに沈む者、あの時はこうだったと、国にいた頃の出来事をとりとめもなく吐露(とろ)する者が、(かた)()役を引き継いだ。


しみじみとした穏やかな空気を(さかな)に、東雲(しののめ)は蜂蜜酒をなめていた。


いい加減酔いもまわり、甘ったるい美酒にやや飽きもきていたが、西大陸には出まわっていない島独自の酒であると聞いては、まだ切り上げてしまうには名残(なごり)おしい。


しかしそうは言っても、東雲(しののめ)の周囲には泥酔(でいすい)した飲兵衛(のんべえ)どもの(しかばね)が折り重なるように(たか)いびきをかいており、風情や情緒とは縁遠(えんどお)いありさまである。


東雲(しののめ)酒樽(さかだる)を転がして、トトの横に尻を落とした。


勇壮(ゆうそう)の士とは思えぬ(うれ)い顔じゃな」


「!」


眉間(みけん)にシワが寄っているぞ、ネズ公」


トトはパッと小さな手で顔をぬぐうと、困ったように苦く笑った。


「シノ殿は、なんでも御見通(おみとお)しでございますなぁ」

「いやさいやさ」


むしろネズミほど分かりやすい者もそういないのだが、東雲(しののめ)はあいまいに相槌(あいづち)をうっておいた。


「赤鬼どもに勝利し、故郷を奪還し、明日には念願の船が出る。こんなめでたい席でなにを(うれ)うことがある?」


トトはためらうように数度逡巡(しゅんじゅん)したが、やがて観念して、ぽつりぽつりと言葉をこぼした。


「勝利、確かに勝利でございましょう……。ミクトランは穀物(こくもつ)を豊富に産する土地。時に(どろ)をなめ、朝露(あさつゆ)咽喉(のど)をうるおすほどに困窮していた我らには、夢ような(みやこ)でございます」


しかし、と大きな瞳が悲嘆(ひたん)に暮れた。


「たった一度の勝利を築くために、あまりにも、あまりにも多くの同胞(どうほう)を失いました。親も、兄弟も、苦楽(くらく)を分かちあった友朋(とも)さえも、皆トトを置いて、偉大なる真白(ましろ)()のもとへ(かえ)ってしまった……」


東雲(しののめ)神妙(しんみょう)な顔で黙っていた。


ついぞ他人(ひと)と心を通わせてこなかった彼には、到底(わか)りえない苦悩である。


ただ、この小さな生き物が、恐るべき巨躯(きょく)と怪力を誇る敵を相手に(しのぎ)を削るには、おびただしい犠牲が必要であったことだけは、容易に想像がついた。


「喜びを分かち合う仲間もおらず、どうして勝利に酔いしれることができましょう」


彼の小さな背中には、どんなに言葉を尽くしても語り尽くせぬ苦悩が重くのしかかっているようだった。

しかし、そんな過去の暗い幻影を振り払うように、トトは首を振った。


「ミクトランを陥落(かんらく)せしめ、一族の夢は成し遂げられました。ですからトトは、残された人生を、自分の夢のために使おうと決めたのです」


「自分の夢?」


西大陸(ユーラヘイム)を旅することにございます」


トトは肌身(はだみ)離さず背負っていた(かばん)の中から、ずいぶんと年季の入った一冊の手帳を取り出した。

日に焼け、黄ばんだ分厚い(ページ)には、米粒ほどの小さな文字がびっしりと隙間なく埋められている。


東雲(しののめ)には読めない、異国の文字であった。


「祖父の遺品です」


まるで玩具(おもちゃ)の宝物を自慢する子供のように、トトは手帳をめくってみせた。


「我らはご覧のとおり身体が小さい種族ですので、船を操り海を渡ることができぬのです。しかし若く好奇心旺盛だった祖父は、無謀にも赤鬼(オグル)の海賊船へ潜り込み、西大陸(ユーラヘイム)を十余年旅して、再び東大陸(ホルンガルド)へ舞い戻ってきた、奇特(きとく)なチミーでした」


誇らしげにトトは語った。


「一族の者の中には、祖父の話をホラと笑う者もおりましたが、トトは幼い頃から祖父の話す摩訶不思議(まかふしぎ)冒険譚(ぼうけんたん)が大好きで、暇さえあれば旅の話をねだったものです」


まだ()ぬ空想の景色へ想いをはせるように、トトはゆるりと目を細めた。


「いつか自分の足で西の大陸を歩き、祖父の話が本当であったと確かめるのが夢でございました」


ふいに、トトは東雲(しののめ)を振りあおぐと、あの()だまりのような輝く笑みを浮かべた。


「しかしシノ殿と出逢い、トトはすでに夢をひとつ叶えてしまいました」

「……俺が? そりゃまたどういう?」


いそいそと開かれた(ページ)をむけられて、東雲(しののめ)は軽く目を見開いた。そこに描かれていたのは、全裸の人間の図であった。


西大陸(ユーラヘイム)の人々に人間(ニンゲン)と呼ばれるその生き物は、住んでいる場所も、生活の様式も一切が謎に包まれた、(うわさ)のみに聞く種族である。その姿、青鬼(ユニル)とおおよそ似かよっているが、角はなく、耳は短く丸い形状で、髪色はさまざま……。祖父の記録どおりでございました!」


「……そうだな」


読みあげられた内容に対していろいろと気になる点はあるが、あまりにもネズミが楽しそうなので、こまかく突っつくのはやめにしておいた。


()いと疲労からくる心地よい倦怠感(けんたいかん)が、小難しい話など明日以降にせよ、と駄々(だだ)をこねたのもある。


たまにはいいじゃないか、と東雲(しののめ)は甘い誘惑に身をゆだねた。

今は、小さな毛玉(けだま)が語るまぶしい夢の話を、もっと聞いていたかった。


「それで、着いたらどこへ行く? 西の大陸にはなにがあるんだ?」


「それはもちろん、寄港(きこう)した場所から手あたり次第に!」


トトは(うた)うような軽やかな口振りで、旅先の候補地を手帳から拾いあげていった。


美食の街フルークトゥス、水中都市グッタ、宝石の山脈ミネラ、獣人の()む領域ナトゥーラ。


そして西大陸に住む種族についても、面白おかしく逸話(いつわ)を語った。

黒き領民(りょうみん)インペット、小柄(こがら)凄腕(すごうで)職人コポント、美しき鳥人ハルピュリア。


とめどなく(つむ)がれる物語を聞いているうちに、東雲(しののめ)はいつしか自分が()の地へ立って旅をしているような夢想につつまれた。


興味がそそられるままに西へ東へ、あてなく気ままな旅暮(たびぐ)らしは、きっと毎日が驚きに満ち、胸躍る日々に違いない。


「そりゃあ楽しみだな」


無意識に、東雲(しののめ)は笑っていた。

すると突然、トトがずい、と身を乗り出してきた。


「よろしければご一緒しましょう! トトは、シノ殿とともに旅をしてみとうございます!」


東雲(しののめ)はそのあまりの勢いにぽかんと呆けた後、腹の底から笑い声をあげた。


「俺もそう思っていたところだ」


打算ではなく、心からの言葉だった。彼との旅はさぞかし楽しいことだろう。

二人は顔を見合わせて、ニッと白い歯をみせた。


そして、ボロボロの()り切れた小さな手帳を(のぞ)きこみ、(ひたい)をつきあわせるようにして、()きることなく未知なる冒険の計画に華を咲かせたのだった。


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