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転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第二章 泳ぐ極楽島
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⑮宴と武勇伝

夜がふけていく。


島をあげた盛大な(うたげ)はなお勢いを増し、眠ることを知らない不夜城(ふやじょう)は、飲めや歌えの(はや)し声に包まれた。


「すげぇ! 十五人抜きだー!」


いつの間にやら、東雲(しののめ)のまわりは黒山の観衆でごった返していた。

島随一の酒豪(しゅごう)だったらしい老婆との激戦を制した彼のウワバミっぷりに、距離を置いていた島民たちが我も我もと集まってきたのである。


それらをごぼう抜きにしている内に、彼らとの間にあったよそよそしい壁は嘘のように氷解していた。酒の力とは偉大である。


(たる)で追加されてくる黄金色の蜂蜜酒(はちみつしゅ)を、東雲(しののめ)は浴びるように空にした。

まろやかな口当たりだが、咽喉(のど)ごしはくどくなく、尾を引く甘さが枯れた身体に染みわたる。


東雲(しののめ)はすっかりこの贅沢(ぜいたく)な酒を気に入っていた。

とろけるような後味と、カッとほてる熱が心地よく癖になるのだ。


酔いにまかせておっかなびっくりつまんだゲテモノ料理も、予想に反して悪くない味であった。


そもそも、いろいろと誤解だったようなのだ。

てっきり血だと思い込んでいた汁物(しるもの)は赤い香辛料を煮溶(にと)かした物で、具材の白い眼玉の正体は魚の卵、泥団子は黒いイモをすり潰し丸めた彼らの主食であった。


赤い汁はピリリと辛く、(しのび)の繊細な舌を持つ東雲(しののめ)には少々刺激が過ぎたが、黒いイモの団子はなかなかの美味であった。

(あぶ)った表面はカリッと香ばしく、中はモチモチとしていて、まぶした塩がイモの旨みをほど良く引き立たせている。


(むし)の串焼きだけは想像通りの代物(しろもの)であったが、見た目のえげつなさを差し引けば、食えなくはない味であった。


驚いたのは、その他の、百鬼夜行(ひゃっきやこう)さながらなゲテモノの山が、すべて魚であるという事実である。

現世の魚とはかけ離れた姿形であるが、ヘドロの海坊主しかり、地獄の海に住む生き物がおどろおどろしい風体なのは、かえって当然のことかもしれない。


幸いにして、それらを口にしても今のところは腹をくだすことなく済んでいる。


食欲も満たされ、なおかつ美味い酒がふんだんにあるとなれば、いやがうえにも気分が上むこうというもの。

多少の酔いもまわり、島の酒蔵(さかぐら)を空にする勢いで闘飲(とういん)に興じていれば、ふと、ここ数日ですっかり聞き慣れた軽やかな声が耳に飛びこんできた。


「素晴らしい御方(おかた)なのです! シノ殿は!!」


「ごっふ!」


――酒が器官に入った。


「不覚にも赤鬼(オグル)の手にかかり、もはやこれまでと覚悟したその時! 一陣の風のごとく颯爽(さっそう)と現れ、快刀乱麻(かいとうらんま)に凶悪な賊めを打ち負かしてしまわれたのですから!」


「な、なんと!」

「本当かいそりゃあ!」


一斉に、四方八方から興味深げな視線が突き刺さった。


東雲(しののめ)は身を縮こまらせるように首をすくめた。

幾十もの青紫の瞳には、真偽を疑うようなものも含まれていたが、それ以上に好意的な(きらめ)きがじりじりと肌を焼く。


他種族が赤鬼を倒したという筋書きが、よほどお気に召したらしい。

特に、ネズミが語る大活劇の渦中にいた青鬼たちからの視線が痛い。


東雲(しののめ)はなんとも居心地が悪くなり尻のすわりを直した。


すると、腰あたりの衣服がくいくいと引かれる。

見おろせば、きらきらと瞳を輝かせた子供が、物言いたげにこちらを見つめていた。


暗い鉄格子のむこう側で、声を押し殺し泣いていた少年である。


「助けてくれてありがとう、(つの)の無いおにいちゃん!」

「…………」


ぐっ、と東雲はたじろいだ。


この男、悪意に満ちた視線にさらされることは屁でもないが、このように純粋で裏表のない好意をぶつけられた経験がなかった。


酒で鈍った思考もあいまって、あけすけな(おも)はゆさに言葉が咽喉を詰まる。


「つ、ついでだ……」


なんとか絞り出した声は、みっともないほどぎこちなく、ぶっきらぼうであった。


そんな天邪鬼(あまのじゃく)な態度が、かえって話の信憑性を高めてしまう。

一転して食卓が生温(なまあたた)かな空気に包まれた。

東雲(しののめ)は逃げ出したくなった。


その間も、ネズミの口からはやや誇張された美辞麗句(びじれいく)がとうとうと湯水(ゆみず)のごとく流れ、愉快な酒の(さかな)として聞く者の耳をおおいに楽しませている。


もとより口巧者(くちごうしゃ)であったが、酒が入るとより饒舌(じょうぜつ)になるたちらしい。


純真を絵に描いたような性格から語られる口上(こうじょう)は、その言葉にかけらも嘘が混ぜ込まれていないだけに、まっすぐ聴衆の心へ届いた。

おかげで、逃げ出した他の青鬼たちまでもがわらわらと東雲(しののめ)のもとへと集まり、改めて口々に礼を述べるので、東雲は気まずさでいたたまらなくなった。


ついで、と言ったのは嘘ではない。


彼らを助けた動機は、まっさらな善意ではなかった。

しかしながら、その行為にまったくの(なさ)けが働かなかったかというと――、それもたぶん違うのだろう。


東雲(しののめ)はむずかゆさから気をそらすように、当時のことを思い返した。


海賊どもに損害をあたえたければ、極端な話、青鬼たちは(ろう)へ入れたまま火を放ち、焼き殺してしまえば事足りたはずである。

わざわざ逃がしてやることはなかったのだ。


むしろ不測の行動を起こされる危険性を考慮すれば、自分ひとりで逃走を試みるべきであった。

実際、例の泥棒娘によってどれほど(きも)を冷やしたか知れない。


そうであるのに、トトが彼らを逃がすことを()としたのは、自分でも驚くべきことだが、一抹(いちまつ)仏心(ほとけごころ)が彼らを助けよ、とささやいたからにほかならなかった。


慣れないことはするものではない。

自覚したせいで、酒の熱以外の理由から顔が熱くほてった。


図星だからこそ、反論の言葉が即座に出てこない。

いつもならば息をするように嘘偽(うそいつわ)りを吐く唇も、ひねくれた言葉しか(ころ)がしたことのない舌の根も、手放しに降り注ぐ感謝と称賛のまぶしさに圧し潰されて、生娘(きむすめ)のごとく恥じらっている。


我が事ながら気色が悪いことこの上ない。


東雲(しののめ)はゆだって馬鹿になった頭を四苦八苦させながら、苦しまぎれに話題をそらした。


「いや、俺よりも、あのネズミこそだ。先に赤鬼へ喧嘩を売ったのはヤツだ。そして見事にひとり討ち取っている」


どよめきが起きた。

青鬼もネズミも同じ東大陸の出身であるはずだが、やはり赤鬼相手にネズミが大立(おおた)(まわ)りをするというのは異例の一幕であったらしい。


上手いこと注目の(まと)が移り変わり、今度はトトが慌てる番であった。

真相を問う声や、健闘を褒めたたえる言葉の嵐に、一転してもじもじと尻尾をいじりながら口ごもっている。


してやったり、と東雲(しののめ)は自分の醜態(しゅうたい)(たな)にあげて笑った。

そして、称賛の波があるべき方向へ流れたことに、ほっと胸をなでおろすのだった。


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