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転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第二章 泳ぐ極楽島
33/59

⑭老婆と蜂蜜酒


「鳥がおるわいな」

「あ?」


しわがれ声に振り返ると、背後に腰の曲がった老婆が立っていた。

(めし)いた白濁(はくだく)の瞳が、ぎょろぎょろと東雲(しののめ)の全身を眺めまわす。


「黒い鳥がおる。それも三本足とは、おかしなこともあるもんじゃわえ」


どうやら、東雲(しののめ)が腰かけている細い椅子を足の一本と数えたらしい。

それにしても鳥とは、どこをどう見たらそのように映るのか。

「おい、まーたセンリ(ばあ)(から)み酒だぞ」

「悪いねぇお客人、その婆さんちっとボケてるんだ。適当に相手してやってくれや」


「ああ」


呆れたようにそろって苦笑いを浮かべる島民たちだったが、彼らの視線にはかすかに心配の色がにじんでいる。

もちろん、絡まれた東雲(しののめ)の身を案じているのではなく、老婆が見知らぬ余所者(よそもの)に手酷くあしらわれるのではないかと気を()んでいるのだ。


良い島だ、と素直に感嘆の気持ちがわいた。


呆けた老婆など、穀潰(ごくつぶ)しにしかならないというのに、こちらをさりげなく見守る島民たちの目は温かい。


穿(うが)った見方をすれば、働かざる者も食わせてやれるほど、生活に余裕があるのだろう。

しかしそれだけではなく、ここに居る者たち皆が迫害される側の辛さを知っているがゆえに、この島は温かなのだ。


「なんじゃ、女々しく水なんぞ持ちよってからに。(うたげ)には酒じゃ、酒を飲め」


「いや、せっかくだが……」


「ワシの酒が飲めんのかえ」


(面倒くせェ……!)


典型的な酔いどれの横暴である。

老婆は東雲(しののめ)の手から問答無用で水をひったくると、琥珀(こはく)色の酒がなみなみと注がれた(さかずき)を押しつけた。甘い芳香(ほうこう)がふわりと立つ。


おっ、と東雲(しののめ)は目を瞬いた。

この香りは知っている。蜂蜜(はちみつ)である。


蜂蜜といえば、伊賀の里では薬用として重宝される贅沢品であり、東雲(しののめ)も口にした回数は一、二度ほどしかない。


思わず、こくり、と咽喉(のど)が鳴った。


蜂蜜の酒など聞いたこともないが、その(かぐわ)しい艶やかな薫りは、他のゲテモノ料理とは一線を画し、あまりにも魅力的である。


しかしながら、それでも東雲(しののめ)は杯に口をつけることを躊躇(ちゅうちょ)した。

生と死を両腕に乗せた天秤(てんびん)が、いじましくもぐらぐらと拮抗(きっこう)している。


「臆病者め」

「!」


老婆の(にご)った瞳が、心底()めた様子でまっすぐにこちらを見据えていた。


「まっことつまらん、つまらん鳥じゃ。さては貴様、空も飛んだことがないな」


ことごとく見当はずれな愚痴(ぐち)であったが、なぜだかギクリと胸が騒いだ。

図星をつかれた気がしたのだ。


「見てくれも悪いし、歌も下手そうじゃ。面白味のない鳥じゃわいな」

「おい、ババア、さすがに言い過ぎだ」

「事実じゃろうて」


ハン、と老婆はせせら笑った。

侮蔑(ぶべつ)を隠そうともしないその態度に、カチンと青筋が浮く。


ボケ老人の戯言(ざれごと)だ。

軽く流せば良いものを、そうすることができないのは、老婆の指摘が東雲(しののめ)の一番(やわ)らかい部分を的確に切り裂いたからであった。


「ビビリめ、(ひな)という歳でもなかろうに、情けない奴じゃ」


「……なにが言いてえ」


地を()うような低い声が出た。

遠目から様子をうかがっていた青鬼たちが、たちまち不安の表情を濃くしたが、漏れ出す怒気をおさめることができない。


腹の内側を土足で踏み荒らされた気分だった。


「恐いからと、巣でうずくまっておっても良いことはないぞ。どうせいずれはヘビにでもパクリとやられる」


「…………」


そんなことは百も承知だ。

もうやられた。

忌々(いまいま)しい里から巣立つ勇気を出せずに、東雲(しののめ)はこっぴどく死んでしまったのだ。


老婆の言う通り、ビビったのである。


里を抜ければ追っ手がかかる。

よるべなく一生逃げ続けなければならない不安定な未来へ、踏み出す覚悟を持てなかった。


そんなどうしようもなく情けなく、(みじ)めな後悔を、赤裸々(せきらら)(あば)かれた気がした。


「鳥ならば、四の五の言わずに飛べ。すぐには上手く飛べずとも、何度無様(ぶざま)に地へ落ちようと、構わずに飛べ。さすれば、いつかは自由に飛べるようになる」


「……簡単に言いやがって」


なかなかどうして、耳に痛い叱責(しっせき)だった。

東雲(しののめ)は、叱られた子供のように笑った。


頭では分かっているのだ。

しかし一度死んだにも関わらず、(あい)も変わらず命が()しい。


浅ましいほどに、生への執着(しゅうちゃく)が消えない。


死が怖いのではない。

一日でも、一時でも長く、生きていたいのだ。


いつだったか、同僚の誰かに「生き意地(いじ)が着物を着て足掻(あが)いておる」と揶揄(やゆ)されたことがある。

けだし至言(しげん)である。


魂に染みついた性根とでも言おうか、恐らくもう一度死んだとて、この悪癖は直らないに違いない。


しかしそれではいけないのだ……。

それだけ(・・)では、同じ後悔を堂々巡りするはめになる。


東雲(しののめ)は意を決して、一息に酒をあおった。


甘美(かんび)な熱が咽喉(のど)を焼く。――それは極上の味であった。


「なんじゃ、イケる口ではないか」


楽しげに老婆が笑った。

東雲(しののめ)は、散々《あお》煽ってくれた分を挽回(ばんかい)するように、空の(さかずき)を突きつけた。


「飛べ飛べうるせェ、先に()ばしてやろうか、(ばあ)さん」


「やってみぃ、小僧めが!」


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