⑪鉄壁の罠
案内された食堂は、すでに陽気なにぎわいで溢れていた。
島民共用の食事場らしく、大広間ほどではないが、こちらもかなり広々としている。
内装はすべて洞窟内の岩を削り出したもので、床から直接生えたテーブルや椅子には、明るい色調の厚手の敷布が掛けられ、細身の青鬼たちが銘々思い思いに腰かけている。
饗宴の席はまだ整っていないようだったが、待ちきれなかったらしい大勢の男どもが石の杯を片手に酒盛りをはじめていた。
奥では、額に汗を浮かべた女たちが、もうもうと湯気をあげる大鍋を掻きまわしながら、岩壁を四角にくり抜いた棚から手際よく食材を取り出しては細かく切り刻むという作業を繰り返している。
たまにやかましく催促する男どもへ、なじるような叱責が飛びかうが、彼ら彼女らの表情は晴れやかであった。
皆、暴虐な国の呪縛から新たに逃げおおせた同胞を、我がことのように歓迎していた。
早くも出来あがった男衆に絡まれ、困惑した面持ちで身を縮こまらせているのは、東雲たちと一緒に赤鬼の砦から脱獄を果たした青鬼たちである。
東雲は一度その眼に映した顔は忘れない。
こちらもやや気後れしつつ雑踏に足を踏み入れれば、入り口近くにいた島民たちが次々に島長へ声をかけた。
ずいぶんと慕われているらしい。
やはりここの住人にとっても人間は見慣れない存在らしく、物珍しげな視線が東雲の全身にそそがれる。
あからさまな敵意はないが、臆病な警戒心はぬぐえない様子である。
東雲ははた目からは分からない程度に肩をすくめた。
ここにいる者たちもかつては奴隷であったと考えれば、当然の反応であろう。
それでも大仰に騒ぎたてて追い払おうとする者がいないのは、ひとえに自分たちの長の判断を信頼しているからに他ならない。
しかし東雲にとっては、遠巻きにされる方がかえって好都合であった。
この奇妙な世界における人間の立ち位置をいまいち把握できていない現状では、なれなれしく詰め寄られてもどのように対応してよいものか困る。
よもや「自分は死んだはずなのだが、気づけば全裸で赤鬼の砦にいたんだ」などと、あられもない真実を語るわけにもいくまい。
沈黙は金、というわけだ。
会話に思考を割かなくてもよくなった分、東雲もまた、住民たちをつぶさに観察した。
まず最初に気になったのは彼らの雰囲気である。
レイラをふくめ、ここに来るまでに出会った青鬼たちは、誰もが一様に小汚くやせ細り、薄暗い雨雲を丸ごと呑み込んだような表情をしていた。
しかしここの住人は、心の底から幸せが弾けたように、声をあげて笑うのだ。
彼らを見ていると、まるで常春の極楽へ迷いこんだような気分にさせられる。
洞窟内の華やかな内装や、色とりどりの装飾品が、そのような錯覚に拍車をかけた。
しかし東雲は、この島がただの安穏とした集落ではないことを看破していた。
雑多な空間に見えて、その内部構造は堅固な要塞を思わせる仕掛けが緻密に張り巡らされている。
わざと狭く入り組んで掘られた通路には、随所に分厚い円盤状の石扉が設置されており、万が一の時は即座に横へ転がすことで侵入者を遮断する防壁となるようにつくられていた。
東雲は食堂へ案内されるまでの道順をもちろん記憶しているが、仮に血迷って大暴れでもしようものなら、すぐにこれらの仕掛けが作動して袋小路に追い込まれることだろう。
また、部屋の壁には飾りにみたてた小さな穴がいくつも開いているのだが、有事にはこれが覗き穴となり、弓矢を射かけたり槍を突き出すのに使われるに違いない。
他にも、なにげない置物がよくよく見ると武器であったり、天井につるされた豪華な照明が、綱を切れば落下するようになっていたりと、忍び屋敷さながらの工夫が各所に見られた。
赤鬼の砦よりもよほどえげつない用意周到ぶりである。
このように挙げつらねると、普通の者ならばだまされたような嫌な気持ちが湧くのだろうが、東雲はむしろ感心とともに得心した。
幾重にもおよぶ鉄壁の備えがあるからこそ、ここの住民は笑って酒を酌み交わすことができるのだ。
彼らにとってこの島は、まさしく安住の地なのであった。




