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転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第二章 泳ぐ極楽島
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⑥漆黒の怪異


海の藻屑(もくず)と化した残骸もろとも波の狭間(はざま)に巻き込まれた東雲(しののめ)は、咄嗟(とっさ)に島の岩肌を掴んだ。


生温(なまあたた)かな霧の下で荒れ狂う海流は、血も凍りつくほどの冷たさであった。


心の臓がひゅっと収縮し、体温が瞬く間に根こそぎ奪われていく。

歯の根が噛みあわず、口から呼気(こき)が漏れるのを必死に堪えた。


島の側面を削らんばかりに襲いくる激流に流されまいと、(こけ)で滑る岩壁に全身でへばりつく。

指先はすでに氷のように感覚がなく、海面へ戻りたくとも、上層から圧し潰すような奔流(ほんりゅう)が邪魔をする。


東雲(しののめ)は一旦落ち着こうとあがくのをやめた。

船が粉々にされた今、手を滑らせ大海原(おおうなばら)へ放り出されてしまえば、もはや助かる道理はない。


水練(すいれん)に長じ、息の量も常人の数倍保つことができる力量を活かして、ここは慎重に浮上を試みるべきだ。


だがしかし、その冷静な判断が新たなる災いを招いた。


視界の端をかすめた異変に、東雲(しののめ)は即座に振り返った。


暗い海の底から、ドロドロとした黒いヘドロ状のなにかが、急速にこちらへと迫っている。

デカい。魚のように身をくねらせ、(いびつ)な手足で水を()くそれは、どこか無機質で生き物としての(てい)を成していなかった。


飛ぶようにこちらへ接近してくる化け物に身構えれば、突然、泥を煮凝(にこご)らせたような(からだ)の表面がぼこぼこと泡だち、ひしゃげた刀を想わせる禍々(まがまが)しい爪が現れた。


弾かれたように東雲(しののめ)は強く岩肌を蹴った。

海流に逆らわず深層へ沈んだ次の瞬間、ちょうど首があった位置の岩壁が、真一文字に鋭く斬りつけられる。

刻まれた傷跡の深さに戦慄(せんりつ)が走った。

一瞬でも判断が遅ければ、頭と胴がおさらばしているところだ。


急いでさらに深く潜り、長い爪が届かない化け物の腹の下へまわる。


するとまたしても、ぼこぼこと腹の表皮が(うごめ)き、今度は無数の凹凸(おうとつ)が現れた。

驚いたことに、それはまるでいくつもの人の顔のようであった。


どろりと溶けたのっぺらぼうのような顔が、一斉になにかをしゃべりだす。

意味のある言葉ではない。

()き出しの憎悪と殺意が、けたたましい音となって東雲(しののめ)に降りかかった。


陰々(いんいん)とした怨嗟(えんさ)の叫声が耳を(つんざ)き、金縛りにあったかのように身が硬直する。


騒ぎを聞きつけ、化け物の頭部がぐるりとこちらを向いた。

海水を掻き分け、捕らえ損ねた獲物を逃がすまいと、黒光りした爪が伸びてくる。


ハッと我に返り、岩壁づたいに上昇しようと身を(ひるがえ)す。

しかしその身体を、新たに生えた(ひだ)状の触手が絡めとった。


間一髪、両腕を首まわりに差し込み窒息はまぬがれたが、気持ちの悪いぶよぶよとした触手は容赦なく東雲(しののめ)を絞めあげる。


身じろぐも、そのあまりの強い力に抜け出せそうにない。

ミシリ、と肋骨が悲鳴をあげた。


目前まで迫った爪が振りかぶられ、再度東雲(しののめ)の首へ突き立てられる。寸前で足を振りあげ、爪の根元を蹴りつけた。

突っぱねるように膝を伸ばせば、爪はなおも喉笛(のどぶえ)を狙って力をこめてきた。


ここで足や腹を斬れば簡単に東雲(しののめ)(ほふ)ることができるというのに、頭のできが悪いのか、化け物はひたすら目前の首ばかりに執着(しゅうちゃく)している。


しかしそんなささいな幸運など、つかの間のなぐさめにしかならない。


拮抗(きっこう)していた力が、徐々に化け物の方へと軍配をあげはじめた。

身体を絞めつける(ひだ)に肺を圧迫され、ごぼりと空気の泡が逃げ出していく。

息がもう保たない。


(っ、くそッ、死んでたまるか……!)


東雲(しののめ)は渾身の力で(ひだ)を押し返した。


その時、ずるりと腰の帯布がゆるんだ。

内側から、淡い輝きを放つ小さななにかがぽろぽろと(こぼ)れ落ちる。――種だ。

砦の地下からくすねた宝石のような透明の種が、激しい下降海流(かこうかいりゅう)に乗って海の底へと沈んでいく。


すると化け物が急に動きを止めた。

躰に浮き出たすべての顔が、一斉に沈みゆく種へくぎづけになる。触手が離れた。


化け物はもはや東雲(しののめ)のことなど忘れ去ったかのように、流されていく種を追いかけて、一目散に深い水の底へと潜っていった。


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