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転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第一章 鬼ヶ島からの脱出
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⑪彼の名はトト

「あ、あなたは!?」


ふいに例の獣がすっとんきょうな声をあげた。


「そ、そのお姿……もしや、もしやあなたは、人間(ニンゲン)という種族では……!」


(くさり)に繋がれ、床に()いつくばったままのネズミが、まじまじとこちらを凝視している。

あたかも珍獣でも見るかのような、奇異の視線である。

――そんな顔をしたいのはこちらの方だ。とどのつまり、このしゃべるネズミはなんなのだ。


すっかり困惑のるつぼにはまりこんだ東雲(しののめ)を置き去りにして、ネズミは興奮ぎみにまくしたてた。


「今すぐお逃げください! ここは危のうございます!」

「……あ? あぁ……いや、そうなんだが、そうなんだがな……」


言われずとも、ここが危険極まりないことは百も承知である。東雲(しののめ)とて、逃げられるものならばとっくのとうに逃げている。それができないから困っているのではないか。

東雲は返答に窮した。


そもやそも、今この瞬間も赤鬼と仲良く鎖で絡まったままのネズミこそ、一刻も早くそこから抜け出すべきなのではなかろうか。


「あー、そういうお前さんはどうすんだ?」

「ご心配にはおよびませぬ! コヤツの(ふところ)に鍵がありますので!」


そう言うやいなや、ネズミは器用に体を反転させ、鬼の衣服から金属製の鍵を取り出してみせた。

この獣、それなりに頭がまわるらしい。

赤鬼を昏倒させた立ちまわりといい、とぼけた見た目に反してなかなかあなどれぬ相手だ。

東雲(しののめ)は少しばかり警戒を強めた。

しかしそう思ったのもつかの間――。


「ふん、ふんぬ、ふんっ!」


獣はひょこひょことそり返りながら、にわかに謎の踊りをはじめた。どうやら鍵の先端を鍵穴へ合わせたいらしい。

しかしながら、ネズミの胴にはめられた鉄輪の鍵穴は背中側にあり、短い手足ではどうあがいても差しこむことができないのだ。


「ふんっ、ふぬん!」

「…………」


間の抜けた一連の光景に、混乱でゆだっていた東雲(しののめ)の頭が、スッと冷静さを取り戻す。

他人の痴態(ちたい)を目のあたりにすることで意図せず気持ちが冷める、あの法則である。


あわれなほど必死な様子でめちゃくちゃに鍵を振りまわす小動物相手に、身構えるのも馬鹿らしくなり、東雲(しののめ)はひそかに脱力した。

このまま眺めていても(らち)があかないと、鍵を取りあげかわりに枷を外してやる。


カチャリという軽い音が、やや滑稽(こっけい)な響きで静かな部屋に転がった。


「……大事ないか?」

「っ、か、重ね重ね申し訳ございません!」


驚いたようにピンと耳を立てたネズミは、助太刀されたと分かった途端、恥じいるように二、三度顔をぬぐい、取りつくろうための咳をした。


「申し遅れました。我が名はトト・ガルテリオ・グライス・アロ・アーナック・ミクトラン。失礼ですが、名前をお尋ねしてよろしいでしょうか?」


「えらく長いな……、俺ァ東雲(しののめ)だ」


「あなた様は命の恩人でございます! しにょにょめ殿!」


――……噛んだ。

にわかに気まずい静寂が両者の間を吹き抜ける。


「し、しのにょ……しのろっ!?」


「…………」


「しにょにゅめ……、シ、しのぬ……っ、ふぐぅッ! も、申し訳ございませぬぅ! 恩人の名前を噛むなど……! このトト、一生の不覚ッ!」


「い、いや、構わんよ。別に……」


「おぉ、なんと寛大(かんだい)なお言葉! このような僻地(へきち)であなた様のような御仁(ごじん)と出逢えようとは、身にあまる僥倖(ぎょうこう)でございます! ううぅ……っ」


「いやさいやさ」


ハハハ、と東雲(しののめ)の口から乾いた笑いが生まれた。

――愚直(まっすぐ)だ。愚直すぎて背筋がかゆくなりそうだ。

純粋な謝意でいろどられた瞳のまぶしさに、むずむずとした居心地の悪さを覚える。


しかし一方で、東雲(しののめ)は値踏みするように思案をめぐらせていた。

僥倖(ぎょうこう)というならば、こちらにとってもそれは同じに違いなかった。


(こいつァ、なかなか良い拾いモノをしたかもしれんぞ……)


先ほどの騒動をかんがみても、このネズミが赤鬼と敵対していることは明らかである。

探し求めていた情報源として、ともに逃げ出す相方となってくれはしないかと、ほのかな期待がふくらんだ。


忍法の中には〝相術(そうじゅつ)〟という大変便利な代物(しろもの)がある。

相手のしぐさや言動から、対象の性格、および心の表裏を読み解く人心把握術じんしんしょうあくじゅつである。


しかしそんなものに頼るまでもなく、このネズミが(まれ)に見るほど純朴な正直者だということは一目瞭然であった。同行者としてこれほど適している者もそうはおるまい。


あらゆる打算を舌の裏側に隠して、東雲(しののめ)は口を開いた。


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