表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生忍者、地獄で鬼相手に無双する  作者: 天川藍
第一章 鬼ヶ島からの脱出
10/59

⑨窮鼠、鬼を噛む


廊下には他に二つほど扉があったが、どちらも中は空であった。

仕方なくもう一本の通路へ移動した時、奥の小部屋から物騒な物音が響いた。扉ごしに、なにやら興奮した男のだみ声が漏れ聞こえる。


「おらッ! そこだっ、潰せ潰せ!」


息を殺しながら中を(のぞ)けば、大量の木箱や樽が積まれた小汚い部屋の中央に、二人の赤鬼がいた。

そのうち一人は木箱に腰かけながら耳ざわりな喚声(かんせい)をあげ、もう一人は巨大な金棒を振りまわし、何度も床に叩きつけている。

なにをしているのかと思えば、彼らの足もとには、縦横無尽に駆けまわる小さな影があった。


――ネズミだ。


日ノ本のネズミよりもずいぶんと大きい、飴色(あめいろ)の毛をもつ仔犬ほどの獣が、短い手足を駆使して懸命に鬼の鈍器から逃れていた。


醜悪(しゅうあく)な笑みを浮かべる鬼の表情から察するに、どうやらこの小さな獣をいたぶりながら叩き潰す〝遊び〟をしているらしい。

ネズミの胴には頑丈な鉄輪がはめられ、長く伸びた鎖の先にはネズミと同じくらいの大きさの鉄球がついている。なんとも悪趣味な絵面だ。


東雲(しののめ)はそれらの様子を白けた視線で眺めた。


人間の腕力では持ちあげるのもやっとであろう大振りな金棒を、片手で軽々とあつかう鬼の剛腕には戦慄(せんりつ)を覚えるが……。どうにもやっていることが下劣で幼稚なため、素直に恐怖する気分になれない。


(それにひきかえ……)


ネズミの身のこなしはなかなかのものである。

圧倒的に不利な条件下にも関わらず、襲いくる凶器をすべて紙一重でかわすさまは、獣ながら天晴(あっぱれ)と言わざるをえない。


次第に獣の不規則な動きに翻弄されて、赤鬼の方が肩で息をしはじめた。

観戦している片割れのあざけるような野次もあいまって、相当イラだっているのが見てとれる。

ネズミの走りを追うようにジャラジャラと蛇行する長い鎖部分をつかまえれば手っ取り早いものを、そうする素振りがないということは、やはり娯楽の側面が強いのだろう。


おおかた仕掛けたのは鬼の方であろうに、思うようにいかぬと腹をたてようとは、ずうたいに似合わずみみっちい懐の浅さである。

ついには、文字通り足もとにもおよばない矮小(わいしょう)な獣にむかって、口汚く喚き散らしだした。


「ちょこまかしやがって! 調子こいてんじゃねーぞ、クソ汚ぇドブネズミが!」

「ドブネズミではない!」


(――……あ?)


しゃべった……。東雲(しののめ)はぎょっとネズミを凝視した。聞き間違いだろうか。


驚きのあまり硬直する東雲(しののめ)の目の前で、ネズミは鬼相手に(おく)することなく胸を張り、高らかに名乗りをあげた。


「我こそは、誇り高きチミー族の戦士トト! 弱きを虐げ、暴利をむさぼるしか能のないデクの坊どもに、決して屈しはせぬ!」


凛としたその声は、磨きあげられた一本鎗を想わせる鋭さをもって、よどんだ空気を切り裂いた。屈辱的な窮地にありながら威風堂々たる()の姿は、(からだ)こそ小さくとも歴としたひとかどの勇士である。


目を奪われるとはまさにこのこと。東雲(しののめ)だけではない――鬼ですら、この小さき者の雄々しい覇気に呑まれた。


その一瞬の隙を獣は見逃さなかった。


雷光のように駆け抜け、荷の山に躍りあがると、積み上げられた樽のひとつに長い鎖を引っかけた。ごろりと樽が倒れ、したたかに床へとぶつかる。木蓋がはねとび、中から琥珀色の液体が飛散した。――油だ。ぶちまかれた薄い波が、瞬く間に床全体へと広がった。


「っ、積み荷を!? よくも!」


慌てて伸ばされた手をひらりとかいくぐり、そのまま下へ飛び降りると、鬼の足首へ長い鎖を絡ませる。体勢を崩した鬼は、油で滑る床へもんどりうって倒れた。


流れるような見事な策である。


たたみかけるように、ネズミは倒れた鬼の太い首へ鎖を巻きつけるや、そのでっぷりとした赤黒い脇腹に思いっきり噛みついた。

皮膚を食い破る痛みに飛びあがった鬼の動きにつられ、鎖の先端につけられた鉄球が、重力という助けを得てその首を絞めあげる。


(――入った!)


狙ったのか、はたまた偶然か。

鎖が食い込んだ位置は、ちょうど太い血管がある人体の急所であった。あそこを圧迫されると、脳への血流が遮断され、人間ならばものの数秒で落ちる。

どうやらその点は鬼も変わらないらしかった。


みるみるうちに瞳の焦点があわなくなり、混乱極まった赤鬼は、的外れにも食らいついたネズミをひっぺがそうと奮闘した。しかし暴れれば暴れるほど、鉄球がギリギリと首を絞めつけ――、ついには泡を吹いて失神した。


(やりやがった……!)


なんという番狂わせ。たかがネズミが――自身の何倍も大きな鬼を、ものの見事に倒してしまった。


窮鼠(きゅうそ)が猫ならぬ鬼を噛もうとは、(いにしえ)の賢人ですら想像だにすまい。


知らずしらずのうちに、東雲(しののめ)は一連の攻防にくぎづけになっていた。

背筋が震え、肌があわだつ。恐怖からではない。武者震いである。

いつの間にか握りしめていた(こぶし)が、東雲(しののめ)()きたつような興奮を物語っていた。


「て、てめェ!」


めまぐるしい展開にただぽかんと立ち尽くしていたもうひとりの鬼も、ようやっと現状に頭が追いついたのか、赤ら顔をさらに赤く(いきどお)らせ、わなわなと吠えた。

しかしその金の瞳には、わずかな怯えの色がにじんでいた。――無理もない。一体誰が、このような逆転劇を予想できただろう。


しかし勇気ある者の叛乱(はんらん)は、遊びの時間の幕引きでもあった。


憤激した赤鬼は、床に転がっていた金棒を拾いあげると、容赦なく鎖を踏みつけた。

いまだ鬼の首に巻きついたままのそれが、ネズミの体の自由を奪う。


――すでに勝負は決していた。


事実として、圧倒的な体格差を前に、小さき者が大きな者に勝つすべは虚を()くほかなく、(かせ)を押さえられてしまえば後はただ無情に叩き潰されるのを待つのみである。


しかしそれでも、ネズミは真正面から毅然(きぜん)と鬼をにらみあげた。


その胡桃色(くるみいろ)の瞳には、一片の後悔も恐れもなく――この絶望的な状況においてなお、闘志の炎すら宿っていた。


鬼が金棒を高々と振りあげ、小さな(からだ)に叩きつけるその直前まで――意志ある瞳の輝きが消えることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ