第61話 希望の扉
「もとよりそのつもりだ!
君たちに、夜の相手を頼むことはない!」
「そ、それならいいのです……」
菜月は、少し怯んだように納得する。
待合室の椅子に座り、俺は菜月とひよりが何故奴隷商に来たのかを聞いた。
「さて、それじゃあ菜月とひよりには、何故奴隷商にいたのかを聞こうか?」
「そうそう、私も気になってた~」
「それは、俺も気になっていたんだ。
確か亮介たちと別れる時、長谷川も五十嵐も一緒に別れたよな。
ただ、俺と三浦とは一緒に来なかったが……」
黙ったまま俯く菜月の手を、そっとひよりが握ってきた。
それで、決心がついたのか菜月は話始める。
「私たちは、伊藤、谷口、土屋、安藤の四人の横柄な態度に悩まされ、パーティーを出ていくことにしたわ。
林君と優香の誘いを断ったのは、他のパーティーから誘われていたからなの。
そのパーティーは仲のいいベテランのパーティーで、ギルドからの評価も高かった」
「それで、そのパーティーに加入したんだ。
私たちも誘ってくれればよかったのに……」
「ごめん、優香。
誘われた条件が、私ともう一人って約束だったから……。
薬士のひよりを誘ったの」
「まあ、いいわ。それで?」
「そのベテランパーティーに加入後、いろいろな依頼を受けてこなしていった。
その間に、いろいろ教えてもらったりしてね?
でも、長くは続かなかった……」
菜月の話では、ベテランパーティーの一人が依頼の帰りで襲ってきた盗賊に殺されたからだそうだ。
また、他のメンバーも重傷を負わされ、菜月とひよりだけが残った時、通りすがりの冒険者に助けられたらしい。
その後、町に戻って治療をするもパーティーメンバーは、冒険者を続けられないと解散となった。
解散後は、菜月とひよりだけでやっていかなくてはならなかったが、盗賊襲撃時のトラウマから宿の部屋に引きこもり状態になってしまう。
後は、今まで貯めていたお金だけが減っていき、とうとう奴隷にというわけだ。
「ところで、菜月とひよりの借金の金貨百枚って、違約金だったと聞いたけど、今の話だと依頼なんて受けてないよな?
何の違約金だったんだ?」
「その、ベテランパーティーが受けていた依頼の違約金です。
解散後に発覚して、私たちが背負うことになったんです。
何せ、その時にはそのパーティーのメンバーは町にいませんでしたから……」
なるほど、所在の分かる、近くの元メンバーからとろうとしたってことか。
ところが、お金が無いことが分かると奴隷として売ったってことね……。
「大変だったんだな……」
「菜月、ひより、もう大丈夫だからね……」
優香が、菜月とひよりに抱き着く。
俺は、このことを詳細に紙に書いてまとめる。
「ユウタさん、何してるの~?」
「報告書をまとめている」
「報告書?」
「日本人を発見、または保護したら、報告書を日本へ送らないとな。
前報告したときから、発見保護した日本人が増えたからそろそろ報告しておかないと……」
「ちょっと待って!
日本に報告って、帰れるの?!
私たち、日本に帰れるの?!」
「今は帰れない。
だが、日本へ報告書を送ることはできる」
「……どういうことよ」
ちょうどいいだろう、みんなに帰還するための条件を見せるのも。
これから、レベル上げのために助け合うのだから……。
「良いだろう、報告書もかけたし、みんなに見せてやろう。
日本へ帰れる希望というものを」
「希望?」
俺は、直人がそう呟くと同時にある扉をこの場に召喚した。
それは、扉紹介屋ガンゼスの扉だ。
真っ白い扉に金の取っ手。その取っ手を持ち扉を押すと中へ入る。
カランカランとドア鐘が鳴る。
そして、一人の男がそこに立っていた。
「いらっしゃい、主殿。
今日は、大勢で来たんだな……」
「ああ、この子たちに日本への帰れる希望の扉を見せたくてな」
「ああ、例の転移の扉か。
それで、あの条件は話したのかい?」
「いや、これから話すつもりだ。
でもまずは、現物を見せたくてな」
「そうか、ならここに呼び出しておこうか……」
そうガンゼスが言った後、右手を下から上へと振ると、床から扉が出現する。
白い下地に、龍のシルエットが書かれた扉だ。
「あの、ユウタさん?」
「あの扉が、日本に帰ることができる転移の扉だ」
「あれが!!」
菜月が走り出し、それに続いてひより、さくら、紗香と続いた。
そして、ドアの黒いノブを掴み、回して扉を開けようとするが開かない。
ガチャガチャとノブを回しても、扉はいっこうに開くことはなかった。
「開かないわ! 何で……」
「菜月! これ、何で開かないの!!」
菜月に続いてひよりが開けようとするが、ビクともしない。
仕舞いには、菜月やひよりがドアを叩き始め、それに続けとばかりにさくらと紗香もたたくが、ドアが開くどころか壊れもしなかった。
「お嬢さん方、気は済んだかい?」
「ちょっと! なぜ開かないの?!」
「その扉は、主以外の者が開けることはできないからだよ」
「じゃ、じゃあ、ユウタさん。開けてください!」
「今の主でも、開けることは不可能だ」
「何で!」
「レベルが圧倒的に、足りないからさ。
主の扉召喚は、主のレベルに依存する。
主のレベルが上がらない限り、その転移の扉が開くことはない」
「そんな~……」
「だから言っただろ?
それは、希望の扉だって。
今はまだ、日本に帰れないけど希望はあるんだよ」
「……」
四人はその場に座り込んで、黙ってしまう。
もしかして菜月たちは、希望じゃなくて、救いがほしかったのか?
直人は、呆然と見ているだけだったな。
俺は、転移の扉に近づき一言言った。
「俺の職場、神崎なな子探偵事務所の俺の机の側へ」
そう言うと、扉の龍のシルエットの目が光った。
そして、黒いドアノブを回して扉を押す。
すると、三センチほど隙間が開いた……。
「誰か『裕ちゃん!』」
俺が誰かいるか確認しようとしたら、扉の向こうから朱美の声が聞こえた。
「朱美か? 時間がないから報告書を渡すぞ」
「時間がないってどういうこと?
それより、あ、なんか出てきた!」
朱美が何か言ってきたが、時間がないので紙に書いた報告書を隙間に入れた。
隙間とはいえ、こうして開いている瞬間も俺のMPはどんどん減っているのだ。
MPが尽きる前に、することをしておこう……。
読んでくれてありがとう。
これからも頑張ります。




