第46話 人手不足
「【ベーカリーくにしだの扉 召喚】」
そう唱えると、宿の部屋の床に魔法陣が出現し、その魔法陣から扉がせり出してきた。
その扉は黒くて、ベーカリーくにしだのプレートが掛けてあるだけだった。
「……なんだか、パン屋という感じではないな。
でも、いい匂いがするんだよな……」
そう、扉から出来立てのパンの香りが漂っている。
俺のお腹が、少し鳴った。
そして、ドアを開けて中へ入ると、カランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ、主様!
ベーカリーくにしだの契約精霊、リリカです!
今後とも、よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく。
……このいい香りは、パンを焼いたのか?」
「はい! このコーナーに焼き立てのパンを置いてあります。
食べたいパンを取って、お持ち帰りください!」
「……といわれても、三種類しかないんだな」
「すみません、品数は他の店と同じように主様のレベルに依存しますので……」
「でも、食パンがあるのは助かるな」
「よろしければ、好きな厚さにお切りしましょうか?」
「ああ、ぜひ……やわらかい~。
この食パン、すごく柔らかいな」
「出来立てのパンは、こんな柔らかさですよ!
香りもいいし、私、パン大好きです!」
俺は、店にある食パンとクロワッサンとアンパンを包んでもらい持って帰ることにした。
今はこの三種類しかないが、そのうちたくさんのパンが並ぶに違いない。
レジで、三種類のパンを包んでもらい持ち帰る。
「ありがとうございました、主様!」
「また来るよ」
「はい、お待ちしています!」
そう言って、俺はドアを潜る。
宿の部屋に戻ると、ドアは魔法陣の中に消え、魔法陣が消える。
俺はもう一度、袋を開けてパンのいい香りをかぐと、家の扉を召喚した。
このパンをアニスに渡して、明日の朝食に使ってもらうためだ。
「【自宅のマンションの扉 召喚】」
床に魔法陣が出現し、見慣れたマンションの扉がせりあがってきた。
そして、ドアを開けて中に入ると、メイドのアニスが挨拶してくれる。
「おかえりなさいませ、主様」
「ただいま、アニス。
これ、ベーカリーくにしだからもらってきた出来立てのパンだよ」
「まあ、ありがとうございます。
この食パンは、明日の朝食で使わせてもらいますね」
「ああ、楽しみにしているよ」
「他のパンは、どうされますか?」
「アンパンは食べようかな。
少しお腹が空いちゃってね。それから、風呂に入るよ」
「分かりました。
お風呂の用意はできていますから、リビングへどうぞ」
アニスと一緒に、リビングに移動しテーブルに着くと、袋からあんパンを取り出す。
そして、アニスと一緒に食べてみてみた。
「ムグ!」
「あむ!」
「……美味い!」
「はい、これは美味しいですね……。
さすが、本職は違います」
「アニスが作ってくれたパンもおいしかったが、このパンはさらに上をいっているな……」
「契約精霊には、契約した職の知識とスキルが与えられますからね。
メイドの作るパンと、パン職人の作るパンとでは全く違うということです」
「なるほどな~」
美味しいあんパンを食べながら、俺は今日召喚できるようになった扉のことを考える。
どの扉もそうだが、基本扉一つに契約精霊一人。
小さな商店ならば、何とかやっていけるが助手や店員が必要な大きさになると、人手がいる。
ましてや、ホテルや旅館ともなればスタッフがいないとやっていけない。
となれば、人手を確保する必要があるんだが、誰かを雇うというわけにはいかない。
雇うということは、俺のユニークスキルを公にすることになる。
公にすると、大変なことになる予感がするんだよな……。
となれば、秘密を守れる奴隷を買うという選択しかないんだが、解放することができる借金奴隷は買うことができない。
となると、犯罪奴隷か違法奴隷ということになってしまう。
……いや、借金奴隷でもずっと俺と一緒にいてくれればいいのか。
「それか、日本人を雇うとか……」
「? どうかされましたか? 主様」
「いや、召喚できる扉で人手が不足しているから、どうするかと考えていたんだ」
「それで、日本人を雇おうと考えていたと?」
「ああ、日本人なら、給料が良ければ働いてくれるかなって思ってな……」
「主様、ここが異世界であることをお忘れですか?」
「そういえば、そうだったな。
こっちでのお金を払わないといけないのか……」
「いえ、そうではなく」
「?」
「いいですか? 主様。
ここは異世界です。日本の施設がある場所で働けて暮らしていける、それがどれほど恵まれているかちゃんと認識していますか?」
……確かに、そう考えれば異世界で日本と同じ施設を利用できるということは、ありえない話だよな。
かなり恵まれた環境でもあるわけだ。
異世界にいるのに、日本の生活基準で生活できる。
それは、確かにとんでもないことだったな……。
「すまないアニス。
俺の認識不足だったようだ」
「主様のユニークスキルは、反則級のものでしょう。
何を言われるか、どう扱われるか分かりません。
よほど、信用のおける人にだけあきらかにするのがいいかと思います」
「だな、気をつけよう……」
改めて、俺のユニークスキルの反則さが分かった。
だが、人手不足は変わりないのだ。
どうにか考えなければいけないんだが、何にしてもお金がかかりそうだ。
今回のダンジョン探索のポーターの報酬が、どのくらいか覚えてないが、そう多くないだろう。
このまま、どこかのダンジョンに潜るか?
でも、レベルを上げても、収入がすぐのすぐ増えるわけでもないしな……。
となれば、裏技を使うしかない。
例の扉紹介屋の力を借りて、な。
読んでくれてありがとう。
これからも頑張ります。




