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パァパ! マァマ!!
──水橋明里(2歳 幼児)
私はカッターナイフを懐に忍ばせ、警備がゆるそうな地銀の支店を狙うことにした。私は会社に辞表を叩きつけにいったその足で、会社近くの地銀の支店へと向かう。受付で番号札を受け取り、待合室のソファに持たれかけ、十分程度で名前が呼ばれる。私は網目模様のアームチェアに腰掛け、窓口担当のお姉さんをきっとにらみつける。彼女は清水という自分の名字を名乗った後で、どういったご用件でと少しだけ気怠げな表情で聞いてくる。
「金を出しなさい。ありったけの現金を」
私はできる限りどすの利いた声を発しながら、懐からカッターを取り出した。私と彼女の間にある衝立のおかげで、私と目の前の清水さん以外には誰もこの脅迫に気がついていない。それでも、彼女は何も言わずに私を呆れた表情を浮かべるだけ。私は自分が本気であること伝わっていないのかと思い、チチチとカッターナイフの歯を出してみる。
「お金を出せと言われましてもお客様……。今の時代、どの銀行でもキャッシュレスが進んでいまして、現金なんてほとんどありませんよ」
受付係が眉を潜めて答える。
「だったら、パソコンなり何なりをチョロチョロっと弄くればいいでしょ」
「そんな簡単にできるわけないじゃないですか」
「何? 実際にやってみたわけ?」
「やってみたわけじゃないですけど」
「だったら、とりあえずやってみなさいよ!やる前からできないなんて決めつけてたら、そこでお終いよ!」
清水さんは困り顔を浮かべた後、「あんまり期待はしないでくださいよ」とため息混じりにつぶやいた。それから彼女が手元のタブレットを操作し、右上にある番号が表示されたパネルが点滅し始める。そして、手元の発券機から出て来た番号札を私に手渡してくる。
「とりあえず、試しては見るんで……とりあえず番号札132番でお待ち下さい」
私は彼女から乱暴に番号札を受け取ると、ドカドカと足音を立てながら席を立ち上がり、受付前のソファに腰掛けた。
「姉ちゃん。受付の子ともめとったけど、ローンかなんかの相談がはねられたんか?」
隣に座っていた前歯のない小洒落たおじいさんが不敵な笑顔を浮かべながら話しかけてくる。私はおじいさんをきっと睨み返す。
「そんなんじゃありません。私はここに銀行強盗しにきたんです」
おじいさんは少しだけ固まった後、ワハハと豪快な笑い声をあげ、「面白いこと言う姉ちゃんやな」と私を褒める。そのタイミングで番号札が呼ばれ、おじいさんが立ち上がる。成功したらちょっとくらいおこぼれをくれやと冗談を言いながら受付へと片足を引きずりながら歩いてった。
私はラックにかけられていた女性週刊誌を読みながら気長に待ち続けた。そして、二十分程待った後でようやく私の番号札が呼ばれる。私は雑誌を元の場所に戻し、再び清水さんが座る受付窓口へと向かった。
「なんというか……やってはみるもんですね」
そう言いながら清水さんは手元から一冊の通帳を取り出し、目の前へ置いた。私はそれを受け取り、通帳を開く。通帳の一番上に記入された預金残高を数える。一、十、百、千、万……。
「とりあえず、十億円入れておきました。それだけあれば一生遊んで暮らせますよ」
通帳を持ったまま、固まった私に清水さんがなんでもないような口調で教えてくれる。そして、胸元のポケットから自分の名刺を取り出し、私に手渡す。
「水橋様はわが支店の大型顧客となったので、担当がつくことになります。私用でもなんでも、何か困りごとがあったら、私清水にご相談ください。なんでもお手伝いしますので」
私は名刺を受け取り、そこに記載された清水さんの名前と電話番号を確認する。清水さんはにこりと事務的な微笑みを返し、「またのご来店お待ちしております」と言った。