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ねえ、だったら最後にキスしてよ。この世界の端っこでさ

──水橋明里(28歳 クレイジーマングース二代目総長)

 世界の端っこは国道を30分ほど走った場所にある、近所の河川敷にあった。


 河川敷に車をとめ、外に出る。目の前には街の中心へ向かって流れる大きな川が流れていて、河川敷では子供たちが野球をしている。日は沈み始めていて、陽の光は丸みを帯び始めていた。風が川下に向かって拭き、背の高い雑草が揺れ、葉と葉が擦れ合う心地よい音がする。私は何も言わずに河川敷へと降りていった。後ろからは車に鍵がかかる電子音がして、振り返ると清水さんがゆっくりと私を追いかけて歩き出すのが見えた。


「世界の端っこが案外近くてよかったですね」


 私に追いついた清水さんが話しかけてくる。私はそうねと相槌を打って、もう一度ぐるりと世界の端っこから、この世界を見渡した。誰も彼もが今この一瞬を生きていて、誰も今日死んでしまう私の存在なんて気付いてすらいない。でも、私が逆の立場だったら、同じようにどこかでこれから死んでしまう人が近くにいて、感慨深げに辺りを見渡しているなんてきっと思わない。


 私はみんなの世界の端っこにいて、私が死んだ後も、この世界は私が死んだことすら気が付かないまま回り続ける。当たり前だけど、今まで意識することさえなかった事実が、今の私に突き刺さった。


「私たち一般人なんていくらでも代わりが効きますし、世界の中心にいるなんて胸を張って言えるのはアメリカの大統領くらいですよ」


 私の考えに清水さんが口を挟む。私は彼女の方をちらりと見た後で、そうじゃないんじゃない?と言葉を続ける。


「アメリカの大統領だって、今この瞬間はみんなから注目されているかもしれないけど、長い長い人類の歴史から見たら、たった一人の人間でしょ? それに時間が経てば、歴史の教科書を読む時以外に彼のことを思い出すことなんてなくなるし、世界の中心だなんて存在ではない」

「みんなちっぽけな存在だっていうことですか?」

「ええ、そうね。みんな世界からみたらちっぽけで、端っこにいるような存在。みんな端っこにいて、この世界に中心なんてどこにもない。世界から見たら私たちなんていてもいなくても同じ存在で、世界の歴史という一本の映画があれば、私たちは画面の端っこに映るエキストラでしかないのかもしれない」


 清水さんの方を見ると、いつの間にか彼女はタバコを吸っていた。白い煙がゆっくりと藍色がかった空へと昇っていく。


「でも、別に映画はこの世に一本しか存在しなくちゃいけないわけでもないじゃないですか。世界の真ん中だけを撮影する映画もあれば、別に世界の端っこを延々と映す映画もあっていいと思いますよ。王道もののハリウッド映画じゃなくても、しょうもないB級映画とか私は好きです。バカバカしくて」


 私は清水さんの言葉に何も返さず、ただ目の前を流れる景色を見つめ続けた。前に一度、自分の人生は趣味の悪い、イギリスのバラエティ番組のコントに過ぎないのかもしれないと考えたことを思い出す。B級映画でもコント番組でも違いはない。でも、前に自分の人生をそう考えた時ほど、気分が落ち込むことはなかった。


「ねえ、だったら最後にキスしてよ。この世界の端っこでさ」

「なんでですか?」

「映画はね、情熱的なキスシーンで締めくくるのが決まりなの」

「うーん、いくら水橋さんとは言え、ちょっと抵抗がありますね」

「キスしてくれたら、死んだ後の私の財産を全部あげるわ」


 私が言い終わらないうちに清水さんは私の両肩を掴み、それから瞬きをする間も無く私に口づけをした。歯と歯が勢いよくぶつかって音を立て、それからゆっくりと唇が離れる。それから清水さんは恥ずかしそうに顔を赤らめ、言い訳がましくつぶやいた。


「すみません……。お金に目が眩んでしまって……」


 もう一度しましょうか? 清水さんが私にそう提案してきたけど、私は笑って断った。代わりに私は河川敷の草むらの上に仰向けに寝っ転がる。


 頭の中でここ数ヶ月の記憶が、風に運ばれる雲のようにゆっくりと流れていく。余命を宣告され、銀行強盗をして、半グレ組織のトップになって……。人生の最期だけを切り取ったとしても、私の人生はハリウッド映画ではなくて、しょうもないコントかB級映画みたいだった。


 遺言書を書いてくださいと私をせっつく清水さんを受け流しながら、私は今まで感じたことのない穏やかな気持ちで空を見上げた。意志もなく風に流され、誰にも気が付かれることなく消えていく雲に自分を重ね合わせながら、私は微笑む。そして、心地よい風と川の匂いを全身で浴びながら、私はゆっくりと、目を閉じた。

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