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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白鹃梅 (bai jian mei)

作者: 海堂直也

 中国は河南省に在ったとされる最古の王朝《殷王朝》その最後の王、暴君と名高い《紂王》が妲己を后妃として迎える為、冀州へ大軍を向かわせる。


冀州候:蘇護は、娘:妲己の幸せを願い、婚約者:枳殻と結婚させたかったが、多くの民の命と天秤にかけられ、妲己を紂王に差し出す事を決意する。枳殻は二人で逃げる事を妲己に提案するが、民の犠牲と父の苦悩を思うと、首を縦に降れなかった。


冀州の民は悲しんだ。誰に対しても優しく、誰からも愛された妲己を暴君に渡すなど……しかし、圧倒的な武力の前になす術はなく、無力を嘆き、詫び、悔いた。


➖ ➖ ➖


王族軍へ妲己を引渡し、紂王の元へ向かう途中、枳殻は最後の別れを告げる為、庁堂で休む妲己に手紙を渡した。


【永远不变的爱】


短く綴られた小さな手紙には、妲己の好きな《白鹃梅》の香り。


春に冀州の至る所で白い花を咲かせる《白鹃梅》その花言葉は《控えめな美しさ》《気品》


妲己の決心は揺らぐ。押し込めた想いが、手紙と共に開かれ、香りと共に広がってしまう。無言で立ち去ろうとする枳穀を引き止め、抱き合い、二人は初めて結ばれる。


➖ ➖ ➖


殷王朝に迎えられ、后妃となった妲己に笑顔は無く、紂王は不機嫌だった。


そんな日々が続く中、臣下から告げられる枳殻の存在。


親の決めた相手なぞ、そう言い放った紂王に臣下は「民の話では、互いに好き合っていた様子。更に、申し上げ難いのですが……」と続け、冀州からの移送中、枳殻と妲己が密会していた事も。


なれば、と、紂王は冀州に進軍を命ずる。


殷王朝時代は王族による占いで政が決められる。神の啓示に異を唱えられる者は居ない。


無謀な進軍を余儀なくされた冀州軍は壊滅状態、それでも撤退は許されず、王族からは「生娘を王に献上した冀州軍に負けは無い!東方への進軍の吉凶は、冀州より生娘を后妃に迎えるとあった、妲己を差し出した蘇護殿に負けは無いと信じよ。」の一点張り。


それを聞き、妲己と結ばれた枳殻の顔は青褪めた。勿論、東方への進軍の吉凶など占っていない。全ては嘘、妲己の想い人を消す為の紂王の浅知恵。


冀州軍を捨駒にして東方を勝ち取れば良し。負けても邪魔者は居なくなり、東方の兵力は削れる。


僅かに残った冀州軍を見捨てて、いよいよ本陣王族軍は撤退。決死の突撃虚しく、冀州軍全滅の報は妲己の耳にも入る。


故郷冀州に心を忘れて来たかの様な日々を過ごした妲己は、その日、声が枯れるまで哭き、目が赤くなる迄泣いた。


➖ ➖ ➖


明くる日、紂王は妲己の元へ訪れる。


「神事が外れる事などあり得ない。妲己よ、そなた、もしや?」

「私は婚約者である枳殻と既に契を交わしていました。」


白々しく尋ねる紂王に、妲己は冷たく応える。


「そうか、そうであったか、それで冀州軍に神の加護は付かなかったのか。何故、言ってはくれなかったのだ?」

「それを聞いて進軍をお止めになったとでも?」


更に冷たく応える妲己に紂王の背筋は震えた。紂王は初めての感覚に興味を覚えた。悲哀を流し尽くした妲己はそれまでとは人が違っていた。


枳穀を失ったその日に、全て、この世の一つ一つ、全てを呪った。


そして、己を呪った。


その手に握られた小さな手紙に、もう、白鹃梅の香りは無い。


”永遠に注がれる愛に応えるため、私は鬼になりましょう、貴方を死に追いやった全てを呪って。”


妲己は誓う、哀しい思いをするのなら、誰にも心を開かぬと。人に慈しみを覚えず、人を人とも思わぬ様に。そして、殷王朝に復讐を。


「誰ぞ、この者の首を刎ねよ。」


紂王が引き連れる臣下の一人に視線を定めると、妲己は唐突に言い捨てた。


「妲己よ、どうしたと言うのだ。」

「私の裸を盗み見た者がいます。間違いありません、この者です。私は紂王のモノ、その裸を盗み見たと言う事は、紂王のモノを盗んだも同然。」


少々面食らったが、紂王は何かに期待した。


「なるほど、だが、本当に間違い無いのか?」


身動き出来ない臣下に、瞬き一つしない妲己が問う。


「私の胸はいくつある?申してみよ。」

「いえ、それは、分かりません。私は妲己様の裸を見ていませんので。」

「紂王、この様な嘘つきは処刑すべきです。私の裸を見ずとも胸の数は分かりましょう?死を恐れ、真実を隠した者の事など信用なりません。」


答えれば死、答えなくとも死。期待は大幅に越え、紂王は妲己の全てに身震いした。


何者にも動じない圧倒的な胆力は紂王が初めて頼れると感じた存在。以降、紂王は妲己に心酔してゆく。


紂王は妲己に喜んで貰う為には何でもした。そのうちに妲己は、その愚かしさに嘲笑った。愚行を重ねれば重ねるほど人心は離れ、国は傾く。紂王は其れを誇らしげに哄笑い、妲己は其れを褒め称え嘲笑う。


遂には炮烙の刑を見物しながら笑い転げる迄に……


もしも、手紙が渡されなければ、妲己は悲しみに暮れる弱々しい后妃だったかもしれない。手紙に香りが付いていなければ、春を迎えるたび、白鹃梅が咲くたびに、呪いを重ねる事もなかったかもしれない。


周の武王が殷王朝を滅ぼす時、妲己は何を思ったか。

その首を刎ねられる時に、優しい少女として枳穀の元へ旅立てたのか。


手紙が歴史を狂わせたのか、歴史が人を狂わせたのか、人は何を狂わせるのか。


その手紙に込められていたのは願い。





 


【永远不变的爱】変わらぬ愛を永遠に

《白鹃梅》 リキュウバイ 

《庁堂》諸説ありますが、妲己はこの場所で妖狐に取り憑かれたとも言われています。

《枳穀》ヂーチャオ 完全に架空の人物です。

生薬としての枳穀は、滞ったものを流す効果があるらしいです。作中の役割も?

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― 新着の感想 ―
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[良い点]  日浦様の活動報告から参りました。  歴史に疎い私など、史実ではないと伺っていなければ信じ込んでしまうほど。  ひとりのごくありふれた女性としての妲己の姿と細やかに描かれる感情に、とても…
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