第8話 哨戒ノ塔とは
うれしいです
白いのと黒いのがいなくなり、緊張が解けて座り込んだふたり。「はあ」と息を吐いて、冷や汗で服の中がジメジメとしていることに、今になって気づく。
「いやあ、なんだったんですかあの人たち。なんか、よく分からないけどヤバかったですよ?黒の魔王とか言ってましたけど……」
座り込んだまま、智博が訊く。
「あの2人は、〈魔王〉です。それぞれ〈黒の魔王〉とか〈白の魔王〉とか呼ばれています」
「本当なんですね……」
「マジかよ」
「本当なんですよね〜。あのふたりが魔王。1万年前に人類を壊滅させ、その後も人類の脅威として君臨し続けている存在です」
「え!?人類を壊滅……!?そんなのと会話しちゃったの!?俺たち」
「マジかよヤバすぎ……。おちゃらけた陽気な魔王にも見えたけど、極悪非道じゃん」
「いえ、アレはもはや善いとか悪いとかそういうもので測れません。本人も言っていましたけど、アレは厄災です。悪ではなく、害といった方が近いですかね〜」
「はぁ。そんなのが人の言葉喋ってんのか……。すごいな」
「てか、なんか侵略者だのなんだの、すごいこと言ってましたけど、どうするんですか?」
「この塔をちゃんと調べて、王都まで行って諸々報告ですかね〜。丁度その核も怪しいですし」
部屋の中心にある、紫色に鈍く輝く球体。3人はその前に立って観察する。
「当たり前のように浮いてんなぁ。こんなデカいくせに」
「いかにも力をを秘めていそうな感じするね」
「ふむ……何やら複雑な魔法陣が刻まれていますね〜」
ファルガバードはしばらく観察した後、徐に球体に触れる。すると、紫色だった球体は徐々に青っぽさを増し、深い青色になったところで複雑な模様が浮かび出た。
「おお。なんかすごい」
「起動したっぽい?」
「どうやらそうみたいですね。この魔法……」
ふと、球体に触れているファルガバードの腕に浮き出た模様が吸い込まれていく。
「大丈夫ですか?なんか変なモン吸収してません?」
「どうやら大丈夫そうですね〜」
「そんな他人事みたいに……」
少しして、模様の動きが止まった。ファルガバードはかざしていた腕を下ろす。
「ふむ……なるほど。空間把握機能というのはこういうことみたいですね〜」
適当な空間に向かって手のひらをかざすと、3人の目の前に大きくてリアルな立体地図が現れた。
「ここら一帯、かなり広範囲の様子が分かるみたいですね〜。今見えているのもごく一部です」
「この辺ほんと何もないんだなぁ」
3人がいる巨大な塔が平原の中に小さくポツンと建っているだけで、透けて見える地下にすら特に何もない。
「こういうのを駆使して侵略者を撃退しろってことなんでしょうかね〜?」
「ふーん。なんかえらく協力的ですね。あの黒い魔王、他になんの機能がある言ってたっけ?」
「確か、ワープと空間把握と、戦闘補助みたいなこと言ってた気がする」
「ワープというのはよく分かりませんね〜。戦闘補助というのはまあ、一応少し魔法が使いやすくなっているようですが、ほんの誤差です」
「むむっ!もしかしたら俺たちも魔法使えるようになったりしないかな?」
智博はかなり期待した様子で閃く。
「ないだろ」
「分かんないじゃん。やってみないとさ」
智博は模様が浮き出た球体に手を触れる。
しかし何も起こらない。
「うーん。なんともない。唯も触ってみてよ」
「ん」
唯も同じく触るが、こちらも何もない。
「唯もダメ?」
「そうみたい。魔法の世界に来たとはいえ、あたしたちはそのままってことなんだろ」
「あくまで私の考えですが、ふたりが魔法を使えることはないと思います〜。それぐらい、ふたりの身体は異質ですね〜」
「いや、そんなことでロマンは諦められない。ちょっと集中してやってみたら案外できたり……」
智博は壁に向かって手のひらを構え、目を閉じて集中する。
目を閉じることで、智博は自らの内側を繊細に感じ取っていた。心臓が鼓動する音。鼓動に合わせて脈打つ血管。鼻から肺へと入ってくる空気。そして、全身を巡る何かエネルギーのようなもの。
流れるエネルギーを感じながら、それを手のひらに集中させる。そして、エネルギーが極まった瞬間にパッと目を開けて叫ぶ。
「ファイアー!!」
智博の放ったそれは、壁にぶち当たり、反射する。というか、反響する。智博の威勢のいい声だけが虚しく響いた。
唯が智博の肩に手をポンと置く。
「お疲れ」「悲しい」
「まあ、気にならさずに〜。それはそれで特別なんですよ〜?」
「くうっ……」
智博は悔しそうに構えた手をおろした。
――――
その後、部屋を通り調べ終えた一行。他に収穫は無かった。迷路だった場所はいつのまにか何もないがらんどうになっており、最初の巨大な魔物がいたところから核のある部屋まで1本の螺旋階段で繋がっていた。
「ふたりを一度家まで送って、それから私は王都に報告にいきます。色々あって疲れたでしょう?」
例によって胸元で抱えられているふたりに、ファルガバードが言う。
「はい……だいぶ疲れましたよ。でっかい化け物に吠えられたり、閉じ込められたり、挙げ句の果てには魔王に凄まれたり……」
「精神的にねえ。初めてが多すぎて。やっぱ異世界は刺激的だよ。あとお腹すいたー」
異世界の出来事に驚きっぱなしだったふたりは、疲れを呈しながら言う。
「よし、では帰りましょう〜」
ファルガバードは飛び立ち、贋月を乗り継ぎながら空を飛び、徐々に加速する。
「ゆっくり休んでくださいね〜。なんなら私の胸の中で寝ちゃってもいいですよ〜?」
「このうっとりするほどの包容力……最高です……」
唯はファルガバードの胸の中でホクホクしている。
「くっ……!唯を抱きしめるのは俺の特権だったのに……だがしかし認めざるを得ないこの包容力……!」
ファルガバードの胸の中は、柔らかくて温かくて、包まれる安心感がもの凄い。それに加え、空を高速で飛んでいるにも関わらず、風は心地よい程度しか感じない。
ふたりともファルガバードの包容力の虜になっていた。
「えへへ〜。ふたりとも可愛いんですから〜」
気持ち良さそうにうとうとするふたりを抱え、ファルガバードは夕暮れの空を飛んだ。
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「いやはやいやはやはやはや。『遂に完成したぞッ!哨戒ノ塔!!』……を終えて。どうだい?キミは盛り上がってるかい?」
「うん……盛り上がってる……」
薄暗い空間で会話をする、黒の魔王と白の魔王。
「だが1つ。我々は懸念すべき点を2つ見つけたぞ。1つは侵略者がやって来る前にファルガバードがいなくなってしまう可能性があるという点。もう1つは、ファルガバードがいなくなってしまった後に侵略者がやって来る可能性があるという点。お前はどう思う」
「悲しい……知らなかった……」
「うムゥ。やはり、貴女も。しかしこればかりは、第二のファルガバードが現れるのを待つしかあるまいて。血踊り肉沸く戦闘行為はダイッスキだからなあ!でもキミとやるのは違うもんな」
「言いたいことは……よく分かる……でも……」
「皆まで言うな。んまっ!第二のファルガバードは我々を遂に我々たらしめんとするやもしれんが!という期待もある!我らは死なぬように努むべし。」
「その時まで……活動を続けるだけ……ナニカの為に……」
「ウム!!!!!!!!!!その通りですねっ!!はははっ!」
黒の魔王は無表情で大きく笑うのであった。
ちなみに、唯も魔法が使ってみたいと思っています。




