第3話 片目が散るぐらいの驚き
ちょっと短め
何百メートルかもよく分からない、圧倒的で巨大な塔。縄の模様がぐねんぐねんとうなっているような、おしゃれとも気持ち悪いともとれる装飾が施されている。
「なんですかあれ!」
ファルガバードの胸から顔を出した智博が叫ぶ。
「さあ〜、物件としては微妙ですね〜。なんかきもいです」
「ですね。なんかキモい」
女性陣からは酷い言われようの残念な塔。
「地下から出てきたように見えたんですけど、ファルガバードさんなんかやっちゃいました?」
ファルガバードを疑う智博。地下はファルガバードが先ほどいじくり回したばかり。
「私のせいじゃないですよ〜。埋まってもなかったですし、この辺に魔法陣が刻まれていた跡もなかったのを確認したんですけどね〜?」
「じゃあ……どうします?あれ、入ってみますか?丁度あそこに扉ありますよ」
「えー?マジで言ってんの?智博」
正面にある大きくて堅牢な扉を指さす智博だが、唯は乗り気ではない。
「いやあ、だってあんなんロマン増し増しラーメンじゃん。あんなダンジョンみたいなヤツが目の前で生えてきたら、入ってみたくなっちゃうよお。男なんだもん」
「ラーメンじゃねぇし。ダンジョンだったら入ったらまずいだろ、バカ」
「入ってみますか〜」
「え」「あ」
ファルガバードは不意にふたりを抱え、唯の意見を無視して塔に向かう。
「えぇ?マジですか?入るには結構勇気が要る見た目してますよ?あれ」
唯はファルガバードの腕の中で、少し怖がっている様子で言う。
「大丈夫です。私に任せてください。何があっても守ってあげますから〜」
「それもうファルガバードさん1人で行けばよくない?」
冷静な一言をかける唯。
「え〜?そんな悲しいこと言わないでくださいよ〜。トモヒロさんは行きたいんですよね?」
腕の中の智博を覗き込むようにしてファルガバードは問う。
「うーん。唯がそんなに行きたくないならない別に行かなくていいかも。……なんか森にいたデッカいニマタノオロチみたいなの思い出したら行きたくなくなってきた」
智博は森にいた双頭の蛇を思い出す。あれは人間も軽く丸呑みできるほどの大きさだった。
「え〜?でもあんなに怪しいんですよ〜?ふたりが生まれ落ちた場所で、ふたりがやって来た瞬間に生えてきたんです。何かしら関係あるんじゃないですかね〜?」
「確かにー!あれ、じゃあ行くしかなくない?」
一瞬でファルガバードに説得された智博。
「えー?マジで行くの?」
「行こうよ、唯。元いた世界に帰るためにはアレを調べないと。危険って決まったわけでもないんだしさ」
「そうですよ〜」
「じゃあ……何かあっても本当に守ってくれる?」
「そりゃあもう!命に代えても!」
「当然です〜」
智博とファルガバードは、自信満々に守ることを誓う。
「命に代えられても困る」
「分かってるよ。そういう表現だから」
「そんなに覚悟を決めなくても。私がついてますから〜」
「じゃあ行くかぁ。見た目がキモいだけのただの塔だし。別に危なくないっしょ。万が一危なそうだったら直ぐ引き返せばいいしな」
「そうだね」
「よし、では行きましょう〜!」
危なくないと自分に言い聞かせるようにして、塔に入ることを決めた唯。ファルガバードは扉の前まで来て、抱えていたふたりを降ろした。
「いや、でっけえ。扉だけで家ぐらいありそう」
「そもそも開くのか?これ。近くで見たらただの壁じゃん」
唯と智博は塔の大きさに改めて圧倒される。
「近く来ると雰囲気凄い。……なんかイヤな予感がしてきた」
「おいやめろ智博。あたしお前のカン結構信用してんだぞ。不吉なこと言うな」
「これが開けられない人は入る資格無しってことなんでしょうね〜」
そう言いながらファルガバードは扉に手を触れる。身長が3メートル近くあるファルガバードと比べても扉はかなり大きい。
「もしかして俺たち門前払い?」
「考えてなかったけど、鍵とかかかってる可能性もあるよな」
そもそも入れないのかも、と思うふたりだったが、ファルガバードが扉をグッと押すと、扉から重々しい音が鳴り響き始めた。
「おお、開いた。すげえ」
「ファルガバードさん凄っ」
扉は重厚な音と共にゆっくり開かれ、隙間から徐々に中が見えるようになる。
ふたりはファルガバードの背後から覗き込むようにして目を凝らす。中には空間があるようだが、暗くて全体は見えない。
「トモヒロさんのカンって、結構すごいんですね〜」
にわかにファルガバードが言った。
「……ん?」「え?」
ふたりの嫌な予感が、嫌な感覚に変わった瞬間。暗闇の空間を、何かが動いた。
「「「クオォォォォォォォォォォォォォォオ!!!!」」」
叫び声と共に神々しい光輪を光らせて姿を現したのは、異形の化け物だった。四方に伸びた4本の脚に、鉤爪そのものの様な手が付いた2本の腕。背中から生えたぶっとい触手のようなものはうねうねと蠢き、厳つい尻尾まである。全身、塔と同じような模様で岩のような質感。とても生物の身体とは思えない。
明らかに威嚇らしい叫びを浴びせられたふたりの判断は早かった。爆発しそうなほど驚いて刹那。ふたりは人類史でも屈指であろう本気の表情で回れ右。そして、息を揃えて全力ダッシュ。
「唯イイイィィィ!!!!」
「智博オオオォォォ!!!!」
なぜか互いの名前を叫びながら、ふたりは一目散に逃げる。ひとめ見た瞬間、散るように逃げる。片目が散りそうなくらい、逃げる。
「裏ボスやないかあ!!!ラスボスより、余裕で強い奴のソレやないかああぁぁ!!!」
「裏ダンジョンやないかあ!!!クリア後、何気ない場所に現れるソレやないかああぁぁぁ!!!」
なぜか関西弁で叫びながら、走る走る。足をひたすらに回す。爽やか草原を、それはもう暑苦しく走る。
「「ガアァァァァァァァァァァァァァァア!!」」
走り続けていると、塔から怒りに満ちたかのような凄い叫び声が聞こえてきた。
「やばいって!!」
「怒ってるよお!!」
それでもふたりは振り返ることなく走る。爆発音に近い音と、地面からの振動を感じながら走る。
「うおぉぉぉ!!」
「命を燃やせぇぇェ!!」
ドッッパアァァン!!!
今度は一際大きい爆裂音のような音がした。直後に地面がドンッと揺れ、ふたりの身体は少し宙に浮く。
「うわぁっ!!」「唯!!」
派手にすっ転んだ唯を智博が抱きつくようにして即座に庇い、転がって衝撃をうまく受け流す。
「はぁ、はぁ……あ、ありがと。大丈夫?」
「ふぅ、大丈夫。唯は?痛いところない?」
「うん。助かった……はぁ」
ふたりは息を切らしながら互いの無事を確認。どちらも大した怪我は無い。
ふたりは立ち上がって、衝撃が来た方向を見る。所々地面が割れており、塔の中からは黒いチラチラした不思議な煙が上がっている。そしてファルガバードの姿は見えない。
「あれ、ファルガバードさん、は……?」
「いない……。無事……だよね?」
先ほどまでの轟音から一変。優しい風と、ふたりの脈拍以外の音は聞こえない。
不安げに塔の方向を見つめるふたり。
智博が唯の手を握った、その瞬間。何かが煙の中からとんでもない速さで飛んできた。
「「うわぁッ!!!」」
ちなみに、「片目が散るぐらい」というのは「一目散」の独自解釈で、特に意味はないです