第1話 朝
この章は1話あたり5分ぐらいで読めるように、短めで書くつもりです。
日の出と共に、眠りから覚醒して、私は貴女に言った。
「昨夜は一睡たりとも眠れなかったなぁ。お陰で調子が良くない。キミはどうだい?」
私は、そこにいる貴女に向けて言った。
「私は起きていたのよ。貴方の代わりに」
なんと。貴女は起きていらっしゃったのか。それはそれは、失礼致しました。という気持ち。
「すまないね。昨夜は起きていたのか。私はぐっすり眠っていたから、気づかなかったよ」
「別に。気にしていないわ」
そう言う貴女の声は、どこか悲しげ。何がどう悲しいのか、私は甚だ疑問ではあるのだが、それをわざわざ問うような無粋な真似はとてもできない。
だから私は、別の話題を提示するのである。
「そうか。それにしても……いつもと比べて、貴女の顔色はどうも良くないように感じる。もしかして、よく眠れていないのでは?」
普段の貴女はもっとこう、しっかりとは憶えていないが、とにかくハリツヤがあったはず。それが今は、まるで干した大根のような姿になっている。気がする。
「そんなことはないわ。まだ太陽が出ていないだけ。日に当たれば少しは顔色も良くなるわ」
「なるほど。それは確かにそうかもしれない」
貴女に言われて、私は気づいた。太陽が大地の裏側で準備運動をしているではありませんか。これでは日の出などあり得ない。どうやら、日の出と共に覚醒したというのは、私の勘違いだったらしい。
いやはやいやはや。貴女に言われるまで気づかなかったことが恥ずかしい。しかし、私は無意識のうちにそれを隠そうと、澄ました反応を返したのである。
「……これから私は寝床に潜ろうかと思うのだけれど。貴方もどう?」
「えっ?……あっ」
先ほどの羞恥心の尾が引いた所為か、私は言葉に詰まってしまった。嗚呼、あまり良くない反応をしてしまったなぁ、と反省しつつ、貴女の問いに対して返答をする。
「遠慮しておくよ。私は覚醒したらお風呂に潜ろうかと思っているんだ。それこそ、貴女も一緒にどうだい?」
狙いはもちろん、貴女の顔色を良くすること。貴女のその、干からびたカブのような姿を、普段のハリツヤのある姿に戻すことである。私がお風呂に潜るとか潜らないとか、そういうことは正直どうでもいい。
「うーん……そうね。じゃあ、私はお風呂に潜ることにするわ」
「そうかい。行ってらっしゃい」
大体左の辺りからお風呂に向かう貴女を、私は笑顔で送り出した。
「……」
独り、残された私。
「……」
独り、取り残された私。
「……」
独りというものは、寂しいものであると、改めて実感する。時間。こういう時間は存外大切である。なぜなら、私という存在は独りであり、それは寂しいものであるからだ。
「……」
こういう時、私は考えることを趣としている。さて、思考を……。
貴女は、何故お風呂に潜りに行ってしまったのか。貴女には、顔色を改善するには日光に当たるといい、という持論があったハズ。顔色を良く見せたいのであれば、わざわざお風呂に潜らなくても、太陽の準備が整うのを待っていればいい。
何故、貴女はお風呂に潜りに行ってしまったのか。考えられるのは3つ。
一、貴女が炎に魅せられてしまった。
二、貴女が水に魅せられてしまった。
三、貴女が風に魅せられてしまった。
これらのうちいずれかだ。重複は原理的にあり得ない。
では、ひとつずつ考えていくとしよう。
一、貴女が炎に魅せられてしまった。
これは、お風呂を沸かすのに炎が必要であることから、十分にあり得る。しかし、よくよく考えると、かつて貴女は炎に魅せられたことがない。よって、これはあり得ないのである。
ニ、貴女が水に魅せられてしまった。
これは、お風呂の有質量物質的構成要素に水が含まれていることから、十分にあり得る。しかし、よくよく匂いを嗅ぐと、かつて貴女は水に魅せられたことがない。よって、これはあり得ないのである。
三、貴女が風に魅せられてしまった。
これは、お風呂の無質量非物質的構成要素に風が含まれていることから、十分にあり得る。しかし、よくよくお風呂を覗くと、貴女は風に魅せられてはいない様子。よって、これはあり得ないのである。
以上の3点から、貴女が、顔色を良く見せるには日光を浴びると良い、という考えを持っているにも関わらず、お風呂に潜りに行った理由は、以上の3点ではないということが明らかになった。
「……素晴らしい」
私は思考するのである。深く、深く、潜って……。
何か感じてくれましたかね?