第3話 なんとも不可解な
あらあら〜
「どうしたの!?レフ君!」
律が、泣きそうなレフ君の下に駆けつける。
「ううっ、みんな、みんなが……」
「大丈夫?落ち着いて話してごらん?」
「みんないない!どこにもいない!なんで、どうして……うっ、うう……」
レフ君が泣いてしまった。どうやら村のみんなが居なくなってしまったらしい。それは大変なことだ。
「どうしようケン君。みんないなくなっちゃったって……」
律が俺の方を向いて訊いてくる。
「もう一度よく探すしか」
「うん、そうだね。……レフ君、もう一回ちゃんと私たちと一緒に探そ?よく探したらいるかもしれないし、ね?」
律がレフ君に優しく言う。
凄いよな。俺はきっと泣いてる子供がいても、何を言ったらいいか分からず何も話しかけられない。
「みんないなかったもん……!ボクだけ置いてみんなどっか行っちゃったんだ……!」
「まだ決まったわけじゃないでしょ?私たちと一緒に探しに行くよ?ほら」
「うう……」
律がレフ君の手を引いてとりあえず歩き始めるが、レフ君はかなり悲観的になってしまっているようだ。目を手で覆って泣いている。
本来なら、みんなが盛大に迎えてくれるはずだったんだろうか。10歳の子供が半月振りに試練から帰ってきたら、ちょっとしたお祝いみたいになってもおかしくはない。それがこんな静かで誰もいないとなれば、期待とのギャップで泣きそうになるのも分かる気がする。
泣いているレフ君を連れて、村の中を歩く。
「……えっ、何アレ」「さあ」
人探しとは関係ないだろうが、見かけないものがあった。壁がなく屋根が付いていて、一瞬野外にある土俵かと思った。しかし、屋根の下にあるのは土俵ではなくデカい穴。相撲の土俵よりも一回りか二回り大きい。
「あれ、井戸……」
「井戸?」「マジかよ」
レフ君が教えてくれた。涙は落ち着いているが、感情の方はまだ落ち着いていない様子。にしても、井戸か。あれが。
よく見ると、屋根のところにつるべ的な滑車が四方に付いている。確かに井戸のようだ。だが、あんなにデカい井戸があるのか。一応、一度に複数人が水を汲めるという利点はあるが……。
覗いてみると、真っ暗で先が見えない。
「おーい!誰かいませんかー!」
律が井戸に向かって呼びかける。が、こだまするだけで当然返事は返ってこない。
「……流石にいないかあ」
「異世界だからな。疑うのは大事かもしれないが」
井戸には特に何もなかった。
その後も村を歩いた。大きな女性の像があったり、謎の道具らしきものがあったりしたが、人は誰1人として見当たらなかった。
「……どうしよう。ホントにいなさそう」
「家の中も探すか」
「うん、そうしよっか」
「すいませーん!入りますよー!」
外に人はいないようなので、扉を叩いて適当な家に入る。勝手に人様の家に入るのははばかれるが、緊急事態なので仕方がない。鍵はないようで、普通に入れた。土足でそのまま侵入する。
「すいませーん、誰かいませんかー」
律が声をかけるが、案の定何も返って来ない。なので、家の中をひと通り捜索する。
部屋の真ん中、机の上に、料理が放置されていた。見たところ乾いている。
「ここには誰もいないみたい」
奥の部屋を見に行った律が戻って来てそう言った。やはり人はいないようだ。
「そうか。……他の家も見よう」
――――
他の家も手当たり次第侵入して、誰かいないか調べた。そして、誰もいなかった。見つかったのは、放置された状態のモノ。出しっぱなしの包丁や、用意しっぱなしのご飯など。
「本当にいないみたいだね。誰も……」
「ああ」
探せるところは探し、行動に詰まった。日はもう傾き初めており、もうしばらくしたら空は朱く染まるだろう。
一旦、適当なベンチに腰をかけて休憩する。
「本当にどうしたんだろうね……。レフ君、何度も訊くけど、心当たりはない?」
レフ君は元気なさげに首を横に振る。
「そっか……ケン君は何かある?」
「……1つ思ったのは、俺たちと似たような状態だな、と」
「似たような?何が?」
「ここの村の人が。俺たちも失踪してるだろ」
「……?どういうこと?」
察しが悪いな、律。レフ君のことを気にし過ぎて頭が回っていないのだろうか。いや、俺のが説明になっていないだけか。
「要は、この村の人も別の世界に飛ばされたんじゃないかってことだ。俺たちと同じように。なんなら日本に。俺たちと交換って形で」
「あ、なるほど……!確かに、私たちがこっちに来てる以上、あり得る話かあ」
「時期的にも多分俺たちと一致する」
家に残っていた料理は、乾いているだけで干からび切ってはいなかったし、見てわかるほど腐ってもいなかった。感覚だが、放置されたのは2日とかだろう。少なくとも、レフ君が村を出た15日間の内というのは確実。世界移動というスケールの大きさからしたら、時期は一致していると言ってもいいんじゃないだろうか。
「村のみんなはお兄さんたちがいたところに行っちゃったってこと?そこって魔法も無いような、別の世界なんでしょ?そんなの、どうやって……」
レフ君は落ち込んでいる。さっきからずっとこんな調子だ。
「……まあ、あまり落ち込むな。少なくとも俺たちは無事だ。村の人たちも無事だろう。日本は治安がいい」
レフ君の頭に手を置いて、言葉をかけてみる。言葉選びが合っているのか分からないが、ずっと落ち込まれて律が大変そうだし、俺も困る。
「うん……そうだよね、お兄さんたちだって元の世界に帰るんだもんね!村のみんなも帰って来れるよね!」
「ああ」
どうやら元気になったようだ。中々慣れないことをして、俺は精神を削ったが……。
「うおぉ……!ケン君が、他の子とちゃんとお話ししてる……!しかもちゃんと励ませて……!えらい!」
律のテンションが上がっている。なんだこいつ。いいだろ別に。俺はこれでも人の兄だぞ。
「いやあ……!やっぱ優しいんだよなあケン君は。実は妹のことも大好きだもんね?ね?」
「……水汲みに行ってくる」「お兄ちゃん!ね!?」
律が面倒臭そうになってきたので、逃げる。丁度喉も渇いてきたので、井戸に水でも汲みに行く。
「もう……照れてるんだからー」
なんだあいつ。俺は照れてるんじゃない。関わると疲れそうだから逃げてるんだよ。喉渇いたし。井戸気になるし。
――――
ちょっと歩いて、井戸のところまで来た。
相変わらずデカいな、この井戸。どうしてこんな無駄に大きなのを作ったのか。……謎だ。
滑車に縄付きの桶が掛かっているので、手に取る。つるべ式の井戸ってどうやって使うんだ。そのまま落とせば水が入るんだろうか。それともなにか、コツがいるのか……。
取り敢えず、桶を適当に放り投げた。ヒュルヒュル――とつるべは落ちて、そのまま滑車を振り切って消えてしまった。
「あら……」
思わず声が出てしまった。まさかそのまま落ちて消えてしまうとは。やり方がま――
バゴォォーーン
井戸の奥から、桶が砕けたような音がした。
「……?」
井戸を覗くが、当然見えない。さっきの音、水に当たった音には聞こえなかった。明らかに桶が壊れた音だった。
……水が無いのか?無いんだろうな。そもそもつるべが振り切って落ちてしまうのはおかしい。かれてしまっていて、底に当たったのだろうか。一度レフ君に訊いてみなければ。
――――
「えっ!?井戸に水が無い?そんなはずないけど……」
「分からない。井戸なんて使ったことないから。俺の勘違いかもしれない」
「じゃあボクが確かめるよ」
レフ君と律と、井戸まで来た。
「……ほんとだ。水が無い」
レフ君がつるべを下ろして確認した結果、どうやら水は無いらしい。
「なんでなんだろうね?井戸の水ってよくかれるもんなの?」
「ううん。この井戸の水がかれたなんて、ボク聞いたことないよ」
それは不審だな。村の人が消えたのと関係あるのだろうか。何かしらの因果はありそう。偶然とは考えにくいような……。
「水って、無くて大丈夫なの?レフ君の魔法の水だけで足りる?」
律が訊ねた。
「無理だよ。あれは飲めないし」
「えっ、そうなの!?じゃあ、余計に大丈夫?水無いと私たち生きていけないけど……」
まずいな。あの魔法で出した水、飲めないのか。ここに来て飲料水不足は非常に困る。
「大丈夫、近くに綺麗な池があるから。飲み水はそこから取ってこればいいよ」
「ああ、よかった……」
なんだ。それはよかった。……しかし、だったら池から水を引いてこればいいのに。何か都合が悪いんだろうか。じゃなきゃ、こんな無駄に大きな井戸なんか。
「……なあ、この井戸って、誰かが掘ったのか?」
レフ君に訊ねる。
「ううん、これはね、元からあったらしいの。あんまりよく分かってないんだけど、大昔に巨大な魔物と戦ったときにできたとか言われてるよ」
なんだそれ。この世界、魔物いるのか。魔法があるところに魔物はいるもんなんだろうな。まあいい。この井戸はたまたまあって便利だから使ってるってことなんだろう。
「へえ、巨大な魔物!いるんだそんなの」
「うん。いるんだ。こーんなおっきい魔物もいたんだって」
「そうなんだあ、怖いねー」
――――
今日は一旦、レフ君の実家で寝ることにした。水もあるし、食べ物も勝手に頂いたし、ついでに服と靴も勝手に頂いた。お手製の草鞋はもうほとんど壊れていたのでありがたい。そしてベッドもある。とてもありがたい。
これからどうするかについてだが、話し合いの結果、最寄りの街に行くことに決まった。〈リーナの街〉という街らしい。
レフ君も行ったことはなく、地図を持って目指す。途中に〈霧の樹海〉とかいう名前からしてあまり近づきたくない地帯があり、案の定危険との事で、そこは避けて遠回りで行く。どのぐらい時間がかかるかは不明だが、何日もかかることは確定らしい。大変だ。
明日は遠出の準備、そして明後日出発。しばらくは大変だろうな。早めに寝よう。
俺は眠りに就いた。
ちなみに、元ネタは有名なアレです