番外編 ダスターの返却路
「ふぅ……やっと着きましたよ……」
レプリトが私を発射してくれましたが、あんなデタラメな速度では私の風魔法が追いつかないでしょうが、全く……。操作魔法はあまり得意ではありませんから、まだ走った方がいくらか楽だというのに。それを知った上であの人は。
しかし、ようやくニキの街まで戻ってこれました。早くあの女性を見つけてこの指輪を返さなくては。レプリトに怒られます。まずは出会った場所に向かいましょう。
手の平にあるのはあの時に貰った指輪。魔力が込められており、はめると目覚めの効果がある。魔道具の一種だ。しっかりあることを確認して、服に仕舞う。
指輪を貸してくれた彼女と出会った場所へ早歩きで向かう。道中、街の人々の会話が耳に入る。
「お宅のところは大丈夫でした?」「ええ。主人が寝違えを起こしたぐらいで……」「怖いわぁ」「あの塔本当にもう大丈夫なのか?」「しばらくは用心しとかないとな」「あの鉄のなんちゃらとかいうヤツの言ってることは信じていいんか?」「アイツら令状無くしたとか言ってたらしいぞ……」
街の様子は……やはりまだ少し混乱しているようですね。ですが、その件はあの班金等級の方たちが頑張っているようです。彼らに任せましょう。
――――
例の通りまでやってきた。あの時彼女がしゃがれた声で「おーい」と呼びかけてきたあの通り。
そう。確かこの辺りです。この道の脇に彼女を寝かせておいたのですが……。いませんね。流石にずっとそのままという訳にもいきませんから、当然といえば当然ですが。
さて、どうしましょう。ここで待つというのもいいんでしょうが……。生憎、できるだけ早く戻らないと怒られそうですからね。役所かどこかに届けて、上着は諦めましょう。別に大した思い入れもありませんし。
私は役所に向かうことにした。
確かここの通りを抜けて……右でしたっけ、左でしたっけ。
そんなことを考えていたら。
「――きゃっ!」
建物の影から小走りで飛び出してきた女性とぶつかってしまった。
その女性は華奢で清楚なお嬢様といった格好。まずいですね。荷物を落としてしまっています。傷ついたりしてなければいいのですが。
「大丈夫ですか?すみません。他事を考えていたもので……」
彼女が落としてしまった荷物を拾って、できる限り汚れを払う。それは布に包まれていて、柔らかい。中身は上質な紙か何かだろうか。硬い物でなくてよかった……。っと、おや?
布越しに伝わるこの感触。よく触ってみるとこれ、もしかして私の……
「あ、あの……もしかして、みんな眠ってた時に起きてた方、ですか?」
彼女は荷物を中途半端に受け取りそうになりながら、私の顔を見てそう言った。
「ええ、はい……」
「やっぱり!」
むむ……。中々どうして。こんな風貌でしたっけ。もっと酒に焼けたような、こんなお嬢様ではなかったように思うのですが。
「貴女は、指輪をくれた方ですか?」
「はい、そうです!」
やはり本人で間違いないようです。
あれが、これですか……。お酒というのは恐ろしいものです。
「あの、恥ずかしながらあの時お酒に酔ってまして……お恥ずかしい姿をお見せしたかもしれませんけど……とにかく!貴方が街を救ってくれたんですね!」
「ええ、まぁ……。私1人では無いですが」
正直私はあまり役に立てなかったですが。否定しても話がもつれそうなので苦しみながら肯定する。
「やっぱり!あの、街を代表してお礼をしたくて。よければ家に来てお茶でもしていきませんか?」
「すみません。お気持ちは非常にありがたいのですが、どうしても急いでまして。遅れると私が怒られてしまうので、気持ちだけ受け取っておきます。……これ、お借りした指輪です。ありがとうございました」
指輪を差し出す。
「そうですか……。これ、あの時の上着です!急いで洗って綺麗にしました!」
「おや、わざわざありがとうございます」
彼女は残念そうに指輪を受け取った後、包みから黒い上着を取り出して、綺麗に畳まれたそれを差し出す。私はそれをありがたく受け取った。
「では、お酒はほどほどに」
「は、はいぃ……」
上着を羽織りながら、彼女と別れた。
――――
さてと、用事は済みました。あとは神樹の都へ戻るだけです。
ということで、街の入り口付近までやって来た。
……おや?グリフォン騎兵が。騒ぎを嗅ぎつけて王都からやって来たのでしょうか。早いですね。
いや……よく見るとあれは見習い兵では?これは運がいいかもしれません。
見習い兵も末期であれば一流にグリフォンを乗りこなしますからね。私が陸路を走るより早いかもしれません。見たところグリフォンの扱いに慣れているようですし、声をかけてみましょう。
「すみません」
「はいっ!乗ってくっすか?荷物っすか?」
なんだか、チャラチャラしていて少しレプリトに雰囲気が似てますね。この人大丈夫でしょうか。
「乗りたいです。神樹の都までお願いしたいのですが」
「よっし。了解っす。準備するんでちょっと待っててくださいねー」
その男はグリフォンに私が乗る分の鞍を取り付けにかかる。
「いやー、しかし、たまたま来てみたら街になんかあったみたいでビックリしましたよー」
「ええ。……そういえば、上に報告しに行かなくていいんですか?まだ運び屋とはいえ、衛団の一員でしょう?」
「それなら大丈夫っす。片割れが向かったんで」
「ああ、そうでしたか」
「どうせあのキショい塔が原因なんだろうなーってカンジっす。ロクなもんじゃないっすからね、あれ」
おや。分かってますね、この見習い。他の塔付近でも何かあったのでしょうか。
「絶対近づかない方がいいっすよ。ましてや入ろうなんてもっての外っす」
「はあ……。まぁ、入るなとお達しもありましたから。近づこうとも思いませんよ」
「うん、それがいいっす。――よし!準備完了!お客さん乗れます?」
「ええ。お気になさらず」
準備が終わったようなので、ゴーグルと防寒具を身につけてグリフォンの背中に乗る。
「んじゃ、しっかり掴まっててくださいね」
「はい」
グリフォンは幾らか助走をして、翼を大きく広げて空を飛んだ。流石、よく訓練された衛団のグリフォン。あっという間に街が遠ざかる。
彼の手綱さばきも一流で、風もある程度私に吹き当たらないように操作している。
「貴方、上手ですね。見習いとは思えないほどです」
「あ、そうっすか?ありがとうございます!……って言っても実はオレ、一回見習いは終えた身んで、当然っちゃ当然なんすけどね」
「おや。降格したということですか?」
「まぁ、そうっすね」
「なにをしでかしたんです?」
「それが、乗ってた相棒が死んじゃって……それはまぁ、どうしようもない事故みたいなもんだったんすけど。その後ちょっと……ね」
「なるほど。そうでしたか」
「こう言っちゃあなんですけど、いい経験でしたよ。イロイロ学べた気がするっす。王都衛団がなんたるか、とか。世の中にはとんでもなく凄い人もいるんだな、とか」
「そうですか。よかったですね」
「はい!オレもいつか立派なグリフォン騎兵になってみせるっす!そのためにも早くこんな運び屋終えないと!」
彼は見事なグリフォンさばきで空を駆けた。おかげで夕暮れ前には神樹の都へ着いた。
――――
さて、結構早く着きましたよ。これならレプリトも怒らないはず……。さっさと見つけて合流しましょう。
レプリトたちを探した。探して探して、探した。――しかし、見つからなかった。
おかしいですね。レプリトとしても早めに私と合流したいはずですが。……もしや、嫌がらせのためにわざわざ隠れているとか?彼女ならあり得ますね。セナ様とクレミヤ様も最近は乗っかりそうですし。
あとは、私を置いて別の場所に向かったとかですかね。こちらも十分あり得ます。レプリトは私のことポンコツだと思っている節がありますから。どうせ甘い見積りをして、朝にならないと帰ってこないとでも思ったのではないでしょうか。
どうしましょう。行くとしたら次の目的地のリーナですが……。そうですね。どうせレプリトに隠れられたら彼女から出てこないと見つけられませんし。
はあ。走りますか、リーナの街まで。