最終話 荒れる大地
序章最終話です
「ダスター!!」
レプリトの一言で、ダスターは理解した。闇で包んで地面に沈めた唯と智博を引き受け、走る。
「おっとっと……どうしたのかな?そんなに慌てて。私は話を伺いに来ただけなのです、が」
そう言っている最中にも、レプリトの攻撃を余裕で受け止めてみせる黒の魔王。
――コイツ……ッ!やっぱり魔王!
地面から飛び出した先の尖った闇。ダスターを打ち出した時よりも更に速く鋭いが、魔王はそれを掴んで止めた。その際の衝撃は、辺り一帯の霧を払う。
「んー?んっんー?あれ、オマエ。……もしやファルガバードの後継ぎか?」
「だったらなんだ……!」
レプリトは反抗的に返す。
「フハッ!イイねぇ!!どうせ我の話も聞いてくれないんだもんなぁ!……ちょっと気になっちゃうなぁ!!ファルガバードの後継ぎィ!!」
魔王は声を荒らげてレプリトの攻撃を押し返し、流れるように蹴り飛ばす。
「クッ……!」
咄嗟の防御は貫通し、宙を舞うレプリト。ダスターの視界には自分を追い抜いて吹っ飛んで行くレプリトが入る。
「レプリト!」
「問題ない!!おまえは遅い!!」
湧き出る闇を駆使して空中で体勢を立て直したレプリトは、ダスターにそう言い放ってすぐさま魔王に応戦。
レプリトはまるで大瀑布のような無尽蔵の闇であらゆる方向から魔王を攻撃。魔王はそれを掻き消し受け止め吹き飛ばす。
闇で包んだふたりを地面の下に連れて走るダスター。走ることに専念しているが、それでもなお、レプリトと魔王はダスターの周りを高速で飛び回りながら攻防を繰り広げている。戦いの輪の中から抜け出すことさえ叶わない。
「クソッ……!なんてバケモノですか……!あんなに派手に動き回ってるくせに、それでも私について回ってくる……!」
森や大地が周りで崩壊する音を聞きながらダスターは跳び走る。
「ハハハッ!なんか逃げている奴らがいるなァ!アイツらを守りながらかぁ……それでは集中できないだろうにッ!」
魔王は一瞬の隙をついてダスターに飛びかかる。
気づけば、もうそこに魔王が。手を振りかざして。ダスターは反応することができない。
「――遅いっつてんだろッ!!!」
ダスターの顔前に割り込んだ怒り狂うレプリト。必死の表情で魔王の一撃をそらしてダスターを守る。その隙にダスターは逃げる、走る。悔しそうな表情で。
その瞬間からより一層激化する魔王とレプリトの攻防。魔王はダスターを狙い続け、レプリトはダスターに逃げる隙を与え続ける。
ダスターにもはや森の中にいる感覚はない。四方八方、空までも、周りを囲むのは2人の超常生物。時たま捉えることができるのは、レプリトの切羽詰まった表情と魔王のにやけたツラ。
徐々に魔王やレプリトの身体がダスターに近づく物理距離も時間間隔も狭まってゆく。足場らしい足場も少なくなり、もはや走ることはできずマシな足場を跳び継いで移動する。
大地はえぐり返され、巨木は根っこから丸々宙を舞い、大岩は鳥のように空を飛ぶ。その度に細々とした瓦礫がダスターに降り掛かり、消耗する。
――クソッ!このままじゃ……!
そう、ふたりの頭によぎった時。戦いに雄大で神聖な気を帯びた樹木が割り込んだ。魔王の攻撃をその強靭さで防ぐ。
――これは……!
「この神聖なウナレスの地で何をしているのかしら……魔王!」
そこには美しく力強く、妖艶で偉大な雰囲気を帯びた人間が。ゆったりとしていてまるで流れているかのようでもあり、がっちりとしていてまるで形を変えそうにもない。そんな人間。
樹々を生み出し、その上に立って空中の魔王を見据えていた。
「おぉ……!来たかトーザス!ここはウナレスだったなァ!」
トーザスの登場に両腕を大きく広げて喜ぶ魔王。
「オマエもオモシロイ男になったなよァ!男ズキなんだってェ?俺でよければいつでも抱いて構わんぞっ!どうだ!?」
魔王は大の字を構えるが、それはトーザスの樹木によって捕縛される。
「勘違いしないで。ワタシが好きなのは女の子みたいな男の子、もしくは男の子みたいな女の子よ。可愛げのないガチムチ男子は好みじゃないの」
「なんっ……だと……!?」
衝撃を受ける黒の魔王。
その隙にレプリトが襲い掛かった。両肩に足を掛け、魔王の前髪をひちきちぎれるほど強く掴み、頭ごと奥にガクンッと倒す。魔王の隠されていた両目が露わになり、レプリトは額を合わせて至近距離で、虚空のようなそれを見つめて――
「死ね」
その瞬間、その言葉は空間をドクンッと揺らす。そして魔王は小刻みに震え始め、穴という穴から真っ黒な液体が流れ出る。
「ヴァッ……ア、アア……!ア、ア、ウ、オ……」
様子がおかしくなった魔王と、消耗して力なく魔王の肩から落ちるレプリト。
落ちるレプリトのもとにダスターが。おかしくなった魔王には鬼の形相でトーザスが畳みかける。
「ハァァァァアアア”ア”ア”ッッ!!!!」
ダスターはレプリトを抱え離脱。トーザスは雷鳴のような声を轟かせながら魔王の身体に渾身の樹木をブッ刺す。そのままいくつも滅多刺しにして魔王をボロ雑巾にし、次にその樹木でぐるぐる巻きにして圧殺。肉体をすり潰して原型を完全に崩した。
魔王を圧殺する樹の球はどんどんと成長し、膨張し、より確固たるものへと。
荒れて壊れてもはや森とは呼べなくなったその大地に、1つの巨大な樹の球が浮かぶ。
それは、まるで投下された超巨大な爆弾のように。
破裂した。内側から。
「なっ……!そんな……っ!」
「おい……マジっスか……」
さっきまであった球の中心から魔王らしき人影が現れる。それを見たトーザスは目を見張って驚き、レプリトもダスターを振り払ってなんとか立ち上がる。
「フ……ハハハハッ!!ィイヒィヒッヒ!!イイねぇ!イイよぉ!?悪くない……。褒めてやりたい点は多いぞォ!膨大ダァ!!素晴らしい!!素晴らしいィイ!!……だがしかし、だがしかしだな……」
奇妙な大笑いをする魔王。
そして次の瞬間にはレプリトの目の前にいた。先程されたのと同じようにレプリトの前髪を掴んで額を合わせ、髪の毛の間から虚空のような目を覗かせて、目を合わせる。
「――足りない。あと100回は同じことをしてもらわないとなァ。満足できない……どうだ、できそうか?」
「レプリト!!」
目の前で魔王に捕われたレプリトに、ダスターは叫ぶ。しかし、目に見えない打撃によって何もできずに吹っ飛ばされる。
レプリトは魔王に掴まれたまま身体を動かすことができない。虚な表情のまま、その口と目からは赤黒い血がツーと流れ落ちる。
「プリちゃんッ!!」
すかさずトーザスが割って入る。レプリトの髪を掴む魔王の片腕を両腕で固め、その瞬間に飛んできた魔王の攻撃は樹で防御。魔王の胸あたりに足を置き、肩から腕を引きちぎってそのまま離脱。
「大丈夫!?」
「う……うっス……」
レプリトの髪を掴む魔王の腕を解いて適当に放り投げ、途中で倒れるダスターも拾い上げて保護。自身が操る樹にふたりを渡して、魔王を警戒する。
魔王は片腕をニュルンッと再生させ、そのまま宙に立つ。
荒々しく耕されてしまった森の上空で、見つめ合う2人。
「なぁ……トーザスよ。我がここに何をしに来たか分かるか」
魔王がおもむろに口を開いてそう言った。
「はぁ?……知るわけないわ。アナタの言動って、メチャクチャで横暴なのよ?知らない?」
「ハハハっ!そうか……私の言動は滅茶苦茶か……。そうなんだろうなァ。私自身、そう思う時もある。だがなァシカァシ!我はいつだって、必要に駆られて行動を起こしているのだ。今回だってそうだ」
「……何が言いたいのかしら」
「サァなぁ。もう忘れてしまったよ。我々のアタマはポンッ!コツ!だからなッ!」
「ワタシには意味が分からな――」
――!
瞬間、魔王の注意はあらぬ方向へと向き、そちらに向かって飛んだ。
トーザスもハッとして、急いで防御を固める。守る対象は自身とレプリトたちだけではない。辺り一帯、霧の樹海全てを。
丁度日が落ちた空。遥か彼方からズラリと、月が連なっていた。そして一直線に。それらをまるで貫くかのように結ぶ黒い線は、魔王へと。
衝突。
衝撃が破壊の波となって空間を進む。トーザスの樹がそれを足止めし、森は全壊を免れる。
「――やはりオマエは素晴らしい……ナァ!ファルガバード!!!」
「こんなところで何をやってるんですか、あなたは」
ファルガバードはその手に赤黒い厳つい剣を握り、それを受け止める魔王と拮抗していた。淡々とした声とは裏腹に全身から湧き上がる闘気は荒々しく、それは空間さえも感化させ、まるでファルガバードの世界を辺りに展開してしているようだった。
魔王の身体は衝撃によってグズグズで、強靭な魔力のみによってその形は保たれている。ファルガバードと拮抗する魔王のその顔は笑っているが、それが意味するのは余裕ではなく、高揚と緊張。
「我は、そう我は……話をしに来たのだ……っ。だが、オマエとここで楽しい時を過ごすのも悪くないぞ、ファルガバード……フ、ハハッ、フハハハァァ!!」
魔王はファルガバードの剣を弾いて距離を取る。その瞬間に襲い掛かるは、レプリトとトーザス。それぞれ渾身の一撃を構え、魔王へと目がけて――。
ファルガバードが腕を横に出し、2人を制した。
瞬時に攻撃の手を止めるレプリトとトーザス。
「し、ししょー!」「姉様!」
「何を……話しに来たんです?」
ファルガバードは魔王の方を向いたまま訊ねた。
「やはり……やはりオマエは話が分かって素晴らしい!!もう大好きィ!!」
「そうですか。で?何を?」
「フッ……悪いが忘れてしまったよ。この世が素晴らしすぎてな。だが1つ言いたいのは……オマエの後継者、アレは不十分だ。足りない。弱い」
「クッ……!」
その言葉を聞いたレプリトは、苦しそうに魔王への攻撃を抑える。
「弱い……?レプリトさんが弱いと?……何をふざけたことを。あなたが強すぎるんですよ」
「フッ……フフッ!ハッハッハ!オモシロッ!!ハハッ!ハッハッハ!!ハッハァァァ⤴︎⤴︎」
魔王は腹を抱えて大笑い。無防備だとか不用心だとか関係なく、大笑い。
「なにがそんなに面白いのでしょうか」
「へへッ……ナニって……」
その瞬間魔王は消え、ファルガバードの眼前に現れた。そのままおでこに人差し指をギュッと押し当て、顔を触れそうなほど近づけて言った。
「――強すぎるのはオマエだろ。ファルガバード」
それだけ言って、高笑いを残しながらその場から姿を消した。
――――
魔王が去り、しばらく現れないことを確認して、ファルガバードが口を開いた。
「皆さん、大丈夫でしたか?」
「ええ。助かったわ」
「うっス……。全員無事……他もアタシが沈めてるっス……」
「そうですか。よかったです。よく頑張りましたね」
ファルガバードはレプリトの頭を撫でる。
「姉様、どうしてワタシたちの攻撃を止めたの?魔王と遭遇するなんて、そんな機会を……。しかも3人いたし、ワタシなんてまだ無傷だったのよ?」
「3人であの魔王に勝つのは到底不可能です。もし仮にそれが叶ったとしても白い方が出張ってきます。それに地形への被害も甚大です。少なくとも、勝負を仕掛ける場面ではありませんでした」
「そう……流石姉様、冷静ね」
「トーザスさんは神官長としてウナレス全土に状況説明を。レプリトさんは王都へお願いします」
「分かったわ」「うっス」
トーザスはファルガバードの言われた通りにその場を去った。レプリトはそれを見送ってから、地面から闇を引き上げる。
中から唯と智博がビクッとして出てきた。その側には足を崩して座るボロボロのダスター。
「ユイさんトモヒロさ〜ん!無事でしたか〜?よかったです〜!心配したんですから〜!」
「わ!ファルガバードさん!?」
「お、おっぱい……!」
ファルガバードは唯と智博を抱きしめ、ふたりはムギュっとなる。
「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
「はい、おかげで……って、外ヤバ……」
「うわっ。ホントだ。ここ森だったよな……?」
ふたりは外の景色を見て驚く。さっきまでジメジメとした森だったのが、樹々や岩々、土塊などがひっくり返り散らかした荒れ地となっている。
「ししょー。これ、たまたま持ってたんであげるっス。ほれ、ダスターも」
「あら、ちょうどいいですね。ありがとうございます」
レプリトは共壊石が埋め込まれた耳飾りをファルガバードに渡し、ダスターには放り投げる。
「んじゃ、アタシは行ってくるっス」
「ええ。お疲れでしょうがお願いしますね。また後で会いましょう」
「うっス!」
レプリト大きめの声で返事をして、闇に沈んで消えた。
「はぁ……全く今日は、厄日ですね……」
ダスターは耳飾りを取り付けながらため息混じりにそう言った。
――――
ファルガバードに抱えられて夜空を飛ぶ唯と智博。ダスターは真顔で頭にしがみつき、風に揺られてブルブルしている。
「……んっ!俺の手帳が無い!無いぞ!?」
ポーチの中を手で探って、智博が気づいた。
「落としたんだろ。結構派手に動いたからな」
「えーっ!?そんなあ……結構色んなこと書いてあったのに……」
「いいだろ別に。命落とさなかったんだから手帳の1つぐらい」
「まあそうだけどさ。あーあ。唯の可愛い横顔とか寝顔とかもいっぱい描いてあったのになあ」
「はぁっ!?お前そんなもん落とすなよ恥ずかしい!」
「多分森で落としたから、もしかしたらグチャグチャになってるかも……」
「よし、再現不可能なレベルでグチャグチャになっててくれ」
「うわっ!酷い!自分の顔が描いてあるのに!」
「うるせっ!肖像権の侵害じゃ!」
「いいじゃんか!可愛いもん描いて何が悪いんだ!」
「黙れ!」「うぇ!」
唯は智博をグイッとどつく。
「ま、いいや!俺はいつでも唯の側にいるもんねー」
「呑気なヤツめ……」
「うふふ〜、可愛いですね〜」
そんなやりとりをしつつ、ふたりはファルガバードの胸の中でぬくぬくしながら家へ帰った。
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ひっくり返った森の跡地。そこに人影が。
その人影は酷い光景の中、1冊の手帳が落ちているのに気づいた。
手に取り、表紙を眺める。そこには汚れて読みづらくなった文字が。土を払い、そこに現れた文字は――
「呉宮……智博……!!」
序章は手帳を拾った誰かが登場して終了です。風呂敷を広げるだけ広げた感じですかね。ちゃんとたたむメドはついてますが、どうなることやら