第18話 リーナの街と霧の樹海
「えーっ!品切れっスか?」
「悪いねぇ嬢ちゃん。丁度この前無くなっちまって」
宝石や貴金属などが、原石から加工品まで並んだお店の中。ガタイの良い中年の男がレプリトに言った。
「珍しく運が悪いっス……」
「わっはっは!確かに嬢ちゃん、運良さそうなのになぁ!」
「じーっ……」
レプリトは神妙な顔で唯と智博を見つめる。
「……えっ!?俺たちのせい!?」
「確かに最近災難続きですけど」
「じょーだんっスよジョーダン。はー……」
「ですよね!」
レプリトのため息混じりの言葉に、ニッコニコの笑顔で返す智博。
「まぁ真面目な話をすると、どうやら最近の事件の影響で共壊石の需要が高まったらしいな。ウィルダリア全土で情報網の強化をする動きがあるらしい。お偉い方が色々動いてんだろうなぁ」
「あー……お偉い方っスか……。(もらってこようカナ)」
「そういうことならなら仕方ないですね」
「今ここの店主が色々仕入れに出向いてるんだが、後5日ぐらいで帰ってくるって言ってたから、そん時ならあるかもな。と言っても嬢ちゃんたちここの人じゃないだろう?5日も滞在する予定あるかい?」
「ないっス」
「うーん、じゃあちょっとアレだなぁ。お土産ならそこにあるぞ!」
男は、神樹をかたどったレリーフが並んだ棚を指さす。
「別にいらないっス」
「そうか」
即答するレプリトと、若干残念そうな男。
「どうします?諦めます?」
智博が訊ねた。
「いや、こうなったら意地でも手に入れてやるっス。どうせちょっと時間あるし。……おじさん、店主の人はどこに仕入れに行ったんスか?」
「南西の辺境にあるリーナの街だ。俺は店番頼まれただけで本業は別だからよく分かんねぇけど、穴場なんだろうな。行くのか?結構遠いぞ?それこそ歩きだったら5日ぐらいかかるが」
「あれ、リーナの街って確か目的地だったよね?唯」
「うん」
「あ。そなの?んじゃ行っちゃうか。ありがとねー、おっさん」
レプリトは店の男に手を振って出て行く。
「おう!じゃあな嬢ちゃんたち!」
店番の男のいい声を背に、店を出た3人。
「ダスターさんいないですけど勝手に行っちゃって良いんですか?」
「いいっしょ。あいつが戻ってくるより先に戻ってこればいいだけっス。最悪放っといてもいいや」
「扱い雑ですね……」
「そういうキャラなんだなぁ」
「うし、南西の辺境リーナの街だったっけ?アタシにかかればスグっス。行っくぞー!」
レプリトは適当な物陰に隠れて、そのままふたりと一緒に闇に紛れて消えた。
――――
しばらくして。
「んー……」
レプリトが地面から出てきた。そこは霧がうっすらと立ち込める気味の悪い森。木々は一定の感覚を開けながらうねるように生えており、苔もむしむしている。
「……あえ?ドコココ」
「また森じゃん。てか、もしかしたら霧の樹海じゃね?」
明らかに街ではないその景色に、レプリトの後に出てきたふたりは困惑する。
「なんか、あったっス」
そう言ってレプリトが地面の闇から引き上げたのは、うっすら黄味がかった2つの大きな石。ギリギリ担げそうな樽ぐらいの大きさだ。そして2つの形は全く同じ。
「それ……もしかして共壊石ですか?」
「うん。見つけちゃった」
「あれま」
「ちょっと探すと割と見つかるもんスねー。この辺は人の採掘技術がそんなに高くないだけで意外とあるのカナ」
「レプリトさんがチートなだけでしょ」
「うん。あたしもそう思う」
「うーん、コレどーしよ。持ってったら怪しまれるかな?うーん……」
「なんか……レプリトさん意外とそういうの気にしますよね。正体隠してるカンジなんですか?」
迷うレプリトに、唯が訊ねた。
「うん。一応ね。バレると色々めんどくさいってか、そもそも七曜は割とみんなそうなんスよ。元々が機密の最終兵器みたいなヤツだったからその名残でね。あっ!だからふたりとも言っちゃダメっスよ?」
「いまさらですか。別に言いませんけど」
「今まで空気読んどいてよかった」
「ま、今は機密でもなんでもないし、みんな強いから噂が立っちゃうしでテキトーなカンジになっちゃってるけど。でも自分から明言してんのはチビドラぐらいっスかね」
「チビドラって確か、あのファルガバードさんに蹴られてたちっこいのじゃなかったっけ。チビドラさんって呼ばれてた気がする」
「あれも七曜なのか。あの見た目で馬鹿みたいに強いんだろうな……」
ふたりは全書庫で見かけたチビドラの小さな姿を思い出す。
「あいつはバカっス」
「ああそうなんですか……」
「ちなみにアタシは多分唯一、噂も立ってない七曜なんでよろしくっ!」
「え?それって自慢?」
「いや、自虐じゃないか?」
――――
ほどなくして、リーナの街までやって来たレプリトたち一行。共壊石については結局、需要が高まっているならという理由で持ってきた。
「なんかここは普通の街って感じですね」
その街の家々は、木材と石材と漆喰を組み合わせて作ったような、自然と相性の良さそうなものだった。ニキの街でいう水車のような特徴的なものもなく、神樹の都ほど自然そのものでもない。ふたりの頭の中に既にイメージとしてあるような街並み。人もちらほら見られる程度。強いて言うなら木々が豊か。
「首都から離れると人工物が増えるっていうのはなんか変なカンジするなぁ」
「ウナレスはそういうモンっスよ」
一行は石畳の道を歩く。
「とりあえず共壊石買ってくれる人か加工してくれる人探すかー。……すいませーん、この辺に宝石とか鉱石とか扱ってる店とかってある?」
レプリトは近くにいた適当な若い男に話しかける。
「え?宝石?こんな辺境の街にはないぞ、そんなモン」
「えっ。マジっスか?買ってくれるトコロとか、加工してくれるトコロを探してるんスけど」
「あー、売りたいの?んー……。じゃあとりあえず討伐ギルドとか行ってみたら?あそこならヘンなもの欲しがってる人とかの情報も集まってるだろ」
「ギルド?」「なんか、らしい単語だな」
ギルドという単語に興味を示すふたり。
「討伐ギルドか。分かった行ってみるっス。どこにあんの?」
「あそこの曲がり角を左に曲がった先の右手だ。デカくて無骨な建物だから直ぐ分かると思うぞ」
「うっス、ありがとねー」
レプリトは男が指した方向に歩き出し、ふたりもついて行く。
「あの、ギルドってもしかしてあれですか!依頼書とか貼ってあって冒険者とかハンターとかが集まってるやつですか!」
智博は少し男心をくすぐられているような様子でレプリトに訊ねた。
「大体そーなんじゃないっスか?ギルドは主に魔物討伐を目的とした街の機関っス。この辺は神樹の庇護下でもないし辺境だし、自分たちでやっていく必要があるんスねー」
「おお……!やっぱりそういうのあるんだ!ちょっとワクワクしちゃうなあ!」
「智博好きだよな、そういうの。てか、魔物討伐が目的ならなんで石が売れるんですか?」
唯が訊ねる。
「分かってないなあ、唯ちゃん。そんなんクエストだよクエスト。ギルドには素材を求めてる人とワケアリ放浪者しかいないんだから!」
「お前それ理由になってないの分かってるか?おい智博」
「ほえ?」
智博はとぼけ倒す。
「討伐ギルドって言っても、何でも屋に近いっスからね。今時は依頼の掲示も無料でやってくれる所が多いし。とりあえずギルドに掲示しとけって人も多いんじゃないかな」
「なるほど、それで」
「ふーん」
――――
一行は討伐ギルドと思しき、大きくて少々無骨な建物に入った。
建物の中に入ってすぐ、沢山の椅子とテーブルが並んだ大広間。中央のあたりに人が十数人集まって、賑やかに食べている。そこそこ話題が盛り上がっているようだ。そこの人たちは男女問わず若干ガラが悪い。
正面奥にはカウンター席があり、その奥には調理場。右手には掲示板にいくつかの張り紙が貼ってある。端の方の席で賑やかなテーブルを眺めながら飲み物を口に運ぶ人たちもおり、その人たちは清潔感がある。
「おお……!なんかぽいぽい!」
「あたしこういうとこあんま好きじゃない」
目を輝かせている智博と、微妙な表情をする唯。
「依頼書はこれかー……えーっと……」
レプリトは壁のボードに貼られた貼り紙を見る。その中にこんなものが。
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宝石、魔鉱石の類求む!特に魔鉱石は高く買い取らせてもらう!一番欲しいのは共壊石!
掲載日 518年4月22日〜4月27日
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「あった!ドンピシャのあった!」
レプリトは嬉々としてその貼り紙を取る。
「えっ、あったんですか?」
「いやー、やっぱりアタシって運いいんだよなー!」
「すげー」
そのまま嬉しそうに、赤みかがった金髪が可愛らしい、制服を着た受付のお姉さんへその依頼書を持っていく。
「これ!お願いしまーす!」
「はい、貰いますねー。……えーっと、隊員の方ではないですよね?」
「そうっス!」
「でしたら、今ここで現品を見せて頂かないと引き受けられませんがよろしいですか?」
「はーい」
レプリトは足元からおもむろに共壊石を1組取り出し、持ち上げてカウンターにドォン!ドォン!とそれぞれ置いた。
「これは……っ!」
何やら凄そうなものが出てきて、ギルド内がざわつき始める。
「……ねえ唯、ざわついてるよ。最強伝説始まるよこれ」
「何言ってんだお前」
レプリトの後ろで、唯に軽くあしらわれてしまう智博。
「……共壊石の原石で間違いなさそうですね」
「いけそうっスか?」
「はい、問題ありません。あとはこちらの紙に書かれた内容をよく読んでいただいてここに記入をお願いします。私たちの方から依頼主に連絡をしておきますので、後日報酬を受け取りに来てください」
「はーい」
レプリトは適当にその紙の内容を流し読みして、それっぽい適当な名前やらなんやらを書いて出す。
「よし、お願いするっス!」
「はい、承りました」
レプリトはそのままざわつくギルドを後にした。唯と智博は、疑問が残ったような顔で向き合いながら一緒に出る。
「あの……あの共壊石って、売るついでに一部加工してもらうつもりだったんじゃないんですか?」
「聞いた感じ、あのままだとお金だけ手元に渡ってきません?」
唯と智博はレプリトに言った。
「……アッ!!それもっと早く言ってよねっ!!」
レプリトはクルンと翻って、ふたりを置いてすぐさまギルドにとんぼ返り。
「さてはレプリトさんもポンのコツの民……。ダスターさんのこと言えないんじゃないか?」
「ピッタリの張り紙見つけて夢中だったんだね。ははっ、面白いなあ」
「言っとくけどお前も結構ポンコツだからな智博」
「エッ!?」
――――
「んなぁ……。依頼主が来るまでここで待機だぇ……?おかしいよなぁ……?ダルイっス……」
ギルドの二階、とある整った一室。ソファの上で溶けるレプリトと、静かながらイチャイチャしているふたり。
「……んぁなんか耳飾りとかどーでも良くなってきたっスー。別にもらおうと思えば簡単にもらえるしぃ……なぁんでアタシ意地になってんにゃんにゃ……」
「レプリトさんって、待つの苦手なんだね」
「ね。もはや溶けてるぞ」
唯は智博に抱えられながら、智博は唯を膝に抱えながらほっぺをぷにぷに。
「全部ダスターのヤロウのせいっス!!よく考えたらどのみちあいつ待たないといけないじゃねぇか!!あいつマジ、こんど会ったらイテコマシテヤルぅ!!」
「うわあ……ダスターさん可哀想」
「怒りの通信販売でもしてんのかしら」
「あっ!そーだ!そういえばキミたちってここに何の用事があるんスか?」
レプリトは唐突にシャキッと起き上がって訊ねた。用事を作りたいらしい。
「えー、なんだったっけ」
「おい智博お前。メモるだけメモって頭使ってねぇのかよ」
「あー、はいはい。怪しい女が怪しいから怪しいって話ね。はいはい」
智博は手帳を開いて確認した。
「この辺で半年前に強い魔物倒したって記録に残ってる黒髪黒目の身元不明女が日本人かもしれないから怪しいって話な」
「うん、敢えて日本語で言うならそうだね。流石唯ちゃん賢い!」
「舐めんなっ」
「あうっ!」
唯は智博の顔をぱちんと手で挟んだ。
「あー……?」
「あれ?そういえばレプリトさんって、俺たちのことどれぐらい知ってましたっけ」
頭に疑問符を浮かべるレプリトを見て、智博が訊ねた。
「いや、なんも知らないけど言わなくていいっス。多分知ってる人は少ない方がいいっぽいから」
「ああ……そういうもんですか」
「まぁ言わなくていいんじゃね?」
「てかそれより、強い魔物を倒した記録ってそれ、討伐ギルドから送られてくるヤツじゃないっスか?」
「そうなんですか?」
「討伐した方法とか討伐者まで書いてあるヤツでしょ?」
「そうですそうです」
「じゃあ丁度ここの人に訊いてみるといいっスよ。どーせまだ待ちそうだし訊いちゃおーっと!」
レプリトは時間潰しの用事ができて、ルンルンで部屋を出て行く。
「あー!ちょっと待ってくださいよ!」
ふたりも置いてかれまいと部屋を出た。
――――
「危険な魔物の討伐記録ですか?」
「はい、半年前ぐらいのやつで、霧の樹海で出たおっきい木みたいな魔物の……」
一階に降りてきた智博は、受付のお姉さんに訊ねた。
「少々お待ちくださいね」
そのまま少し待っていると、資料を持って戻ってきた。
「こちらですか?討伐日517年10月11日、討伐場所ウナレス南部霧の樹海……」
「あっ!それですそれです!」
お姉さんが持ってきた資料には、藤の木のようなウネウネとした幹が特徴的な巨木のような魔物の絵が。全書庫で見たものと同じだ。
「これの討伐者の『不明。黒髪黒眼の女』ってやつなんですけど、この人について知りたくて。実際ここに討伐の報告をしに来たんですか?」
「あー!それですか。そうなんですよ。当時私たちもちょっと困ったんですよー……」
お姉さんは当時のことを話し始めた。
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「――えっ?金等級相当の魔物を討伐したんですか?」
「――――」
「霧の樹海で……巨大な樹の魔物……。それ最近目撃情報があった魔物じゃないですか!」
「――――」
「ふんふん、とにかく再生しなくなるまで刻み続けた……と」
「――――」
「えっ?お金?すいません、この場合ギルドからは報酬は発生しないんですよ……」
「――――」
「ああっ!ちょっとその前にお名前を!待ってください!」
「――――」
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「結局、名前も所属も言わずにどっか行っちゃったんですよ、彼女。後々色んな人から話を伺って、その人の言ってたことは本当だろうって事で正式な資料にはなったんですけど。討伐者の欄はそうなってしまいました」
「なるほど……じゃあその人って今どこにいるとかって分かりませんよね?」
「そうですね。分からないです。場所を転々としている旅人さんだと思いますので」
「じゃあ何か、その人について分かることとかありますか?」
「そうですね……黒髪黒目でキリッとした方で、銀等級の証をつけてらっしゃいましたね。あとは、身長でいうと……私より少し高くて、丁度あなたの目の辺りでしたかね?」
「じゃあ170ぐらいかな。他には何か」
「えー……ああ、槍を持ってましたね。強そうでした。後は……すいません。特に言えることないです」
「いえ全然!とても役に立ちました、ありがとうございました!」
智博はお姉さんにお礼を言って、その場を去った。
「どう思う?唯。話聞いてみて」
「いや、なんとも。あんまり性格良くなさそうだなぁとしか。あたしたちと関係ありそうとは思えないな」
「俺もそう思う。レプリトさんは?」
「え?アタシ?……まぁ、そういう人もいるんじゃないっスか?」
「うーん……特に進展ナシ!」
3人は部屋に戻った。
――――
部屋に戻って数時間が経った。レプリトはもはや液体となり、ふたりはうとうとしている。外も夕暮れが近くなってきたそんな頃、ようやく依頼主がやって来た。
その依頼主はどうやらリーナの街から仕入れに来た人で例のお店の店主らしく、これも縁だということで共壊石の染色や予備もいくつかなど、たくさんサービスしてくれた。
――――
「あん……?」
用事も終えて、神樹の都に帰る途中。まだ到着していないにも関わらず、レプリトは地面から出てきた。
「……あれ?またここですか?行きにも止まったところと一緒?」
「なんかありましたか?」
そこは霧がうっすら立ち込める樹海の中。夕陽で朱く染まっている。
「うーん……なんか込み入ってるっスねー」
「込み入ってる?」
「ドユコト?」
ふたりが理解できないでいると、背後で大きな影が動いた。
「ン……?」
「や、やな予感がするなぁ……」
恐る恐る振り返ると、そこにあったのはうねる幹が特徴的な巨木。枝が触手のように動き、うろは口のようで不気味。
「やっぱりィイィィィ!!!!」
「さっき見たやつゥゥゥ!!!!」
ふたりは大慌てでレプリトの後ろに隠れようとする。が、肝心のレプリトは、
「ま、せっかくなんで」
そう言って、ピュン飛んでどこかに消えてしまった。
「――へ?」「――は?」
ふたりは一瞬、訳が分からなくなる。が、瞬時にすべきことは理解した。それは逃げること。
「な、なんでエエぇぇぇぇェェ!?!?」
「ふざけんなああアアぁぁぁぁ!!!!」
叫びながら、とにかく逃げるふたり。後ろからはドスドスと魔物が追ってきている。
「またかよおぉぉぉぉ!!!」
「今日だけで2回目だぞふざけんなあぁぁあ!!!」
もう3度目の、全力疾走。だがしかし慣れるものではない。
「いやまてよ!?」
「待つかバカ!!智博のバカ!」
「レプリトさんが俺らを殺しにかかってるワケがない!」
「ンなモン知るかッ!」
「俺たちを土壇場に置くことで、真の力を解放させるとか!!」
「黙れ!こんな時言ってる場あ――」
その瞬間、唯が転けた。それもそのはず、木の根や石、苔などが蔓延るこの地面で全力疾走したら、転ける。
唯の少し後ろを走っていた智博の反応速度は人間の限界に到達していた。唯が転ける前にはそれに気付き、転け始める頃には脳は身体へと指令を出す。そして、唯が怪我をしないための最適化された動きを即座に実行。唯が身体をぶつける前に、割って入って自分も転がり、衝撃を最小限に抑えた。
そして繰り出される魔物の一撃にさえ反応し、唯を抱えたまま足は地面を蹴る――が。
――間に合わないッ!!
迫る魔物の鞭のような触手は、智博の身体めがけて一直線。もう風圧が迫ってすぐそこ――。
シュシュンッ
何かが通った。唯を抱える智博の横を、魔物めがけて。
触手は切り刻まれ、智博に到達することなく弾け飛ぶ。
――!!
「……ふぅ。ありがとうございますレプリト。私のカッコいい見せ場を作ってくれて」
「うっス」
汗をかきながら無理やり余裕のある表情を浮かべるのは、黒く輝く双剣を握りしめた執事風の男。ダスター。
レプリトは木の上で見下ろしている。
「ダスターさん!!」
智博はダスターの登場に驚き、唯は何が何だか分からなくなって智博にしがみついている。
「大丈夫ですか、おふたりとも。おふたりには私のいいところを見せられていませんから。ここで名誉挽回しておきましょう」
ダスターは魔物に対して双剣を構えた。
それに対し、魔物は切られた触手を再生しつつ、まだ切られていない触手でダスターに攻撃を仕掛ける。
――先程と同じ。そんなの私には通用しませ……
瞬間、ダスターの頭に針が通ったかのような痛みが走る。ほんの一瞬、思考や行動ができなくなるダスター。迫るのは風を切り裂く勢いの触手。そのまま直撃し、ダスターの身体を勢いよく吹っ飛ばした。
「ええっ!?ダサっ!」
「……」
啖呵を切った直後にやられて、流石にダサいと驚く智博。レプリトは神妙な面持ちで見下ろしている。
魔物はゆっくりと、再び智博たちの方を向いた。
「おいおい!!」「ちょっとなんとかしてよ!!」
「――フゥゥウウンッ!!」
瞬時に舞い戻って来たダスター。勢いに任せて魔物の触手を全て切り刻んだ。
「ああ、もう……。なんなんですか今日という日は。目覚めの悪い朝から始まり黒魔法を散々浴びせられ、誰かさんに吹っ飛ばされて急いで戻って来たら神樹の都にはおらず、それでこちらに走ってきたらこれですよ」
髪も服も崩れ、全身汚れて格好はボロボロ。表情からはイライラが滲み出している。
「せめてあなたを斬り刻んで清々と終わりたいものですが」
そう言ってからは、もはや解体ショーだった。再生しかできなくなった魔物の身体を斬って斬って斬りまくり。豪雨のようなダスターの斬撃をまさに浴びて、魔物は徐々にその原型を留められなくなり、そして消えた。
――――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「おつかれー、ダスター」
レプリトがダスターのもとへ寄ると、ダスターはレプリトに向かって倒れ込む。
「おっと」
「疲れましたよ本当……」
「甘えんなおまえ!自分で立て!」
一度受け止めたダスターを、地面にドンと突き刺して立たせるレプリト。
「はいはい……しかし久しぶりですよ。過労で頭が痛くなるなんて……」
「――あの、ちょっといいかなそこのヒト」
ダスターが頭を押さえながら地面を抜け出していると、すぐそばの木から誰かが声をかけた。
瞬間、その見た目、その異様な存在感。唯と智博は背筋を凍らせ、ダスターとレプリトは全身のギアを瞬時に最高まで上げさせられる。
「――魔王ッ!」
ふたりの耳に取り付けられた、漆黒の石が砕ける。
多分次回で序章は終わりです