第17話 事件の理由
プリプリっ
木々が絡み合う不思議な空間の中を、案内されて歩くレプリト。
「こちらです」
「どうもー」
植物のカーテンを通り抜けた先の部屋には、これまた植物でできた高貴な椅子に座る、性別不明の人間。美しく力強く、妖艶で偉大。ゆったりと、まるで流れているかのような布を身にまとっている。
「ちっス!」
レプリトはその人物に対して、片手を軽く上げて挨拶。それを見たその人と、側近数名は面食らったような顔をする。
「そこの人。どういうおつもりですか。ここは神官長様の――」
側近の1人が言うが、真ん中の椅子に座った人物が手を上げて遮る。
「いいわ。あなたたちはお下がりなさい。この方はワタシと2人でお話しがしたいみたい」
「……はい。では……」
数名の側近は、納得いかなそうにどこかへ消えた。
「……ちょっとぉ!なんなのぉ?プリちゃん。急に押しかけて来ちゃって〜。もしかしてワタシのことス、キ――」
急に偉大な雰囲気が消え去った神官長こと、トーザス。七曜の1人だ。
「ほざくなキモオヤジ!!」
手でハートを作りながらぷりぷりするトーザスの顔面に、レプリトは紙を叩きつけて言葉を遮る。
「痛い!痛いわ♡」
「おい、ふざけてんじゃねぇぞおっさん」
レプリトはトーザスの胸ぐらを掴んで、鋭く睨みつける。
「な、なにかしら……?せっかくのお顔が怖いわよ……?」
「これ、なんスか」
改めてトーザスに突きつけたのは、トーザスの名前で発行された令状。ニキの街近くの塔に班金等級を向かわせたものだ。
「塔は全部アタシたちでやるって決まっただろ。アンタが中途半端な奴らに任せたせいで、街は危うく壊滅するところだった。これはおかしいよな?」
レプリトの言葉を聞いたトーザスはハッとする。
「待って。ニキの街に何かあったのね?」
「そうっス。アンタのせいだろ」
「死者や怪我人は?」
「両方とも今んところ報告はない。ダスターはぶっ飛んだけど」
「ダスターちゃん?なるほど。それで……。とにかく、大事にならなかったならよかったわ……」
トーザスは滑らかな動きで、ホッと胸を撫で下ろす。
「で、どう言い訳してくれるんスか」
「これはワタシの失敗だわ。……でもアナタのその様子。姉様からまだ話を聞いていないのね?」
「ししょーに?聞いてないっス。王様の用事かなんかに付き合わされて忙しそうだったし」
「やっぱり。入れ違っちゃったのね」
「なにがあったのかサッサと説明しろっス」
「ええ。分かってるわ。……姉様は王様たちと例の塔に向かったの。姉様が最初に発見して、魔王ふたりと出会った塔よ。そこで――」
トーザスは、ことの経緯を話した。
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「行くぞ。儂とて王家の血が騒いどるんじゃ」
「はいはい。わざわざ迎えに来なくてもすぐ行きますよ〜」
時は、唯と智博が王都の全書庫から撤退させられた直後。ファルガバードを急かすのは、この国の王。ボサっとした灰色の髪を後ろで束ね、メガネをかけている。服装は、しっかりとした作業服。その作業服には、太陽をモチーフとした王家の紋章が。
王の後ろには、同じく王家の紋章をつけた、作業服と荷物姿の男女が合計5名。全員灰色の髪。
「ではショコショコ様、失礼しますね〜」
ファルガバードは大妖精に向かって去り際に挨拶をし、王も軽く頭を下げる。大妖精は手を振って、彼らを見送った。
――――
城を出ると、そこは舗装された広い道。広場ぐらい広々としている。
ファルガバードは目の前に、自身の2倍程の高さがある贋月を出現させた。続いて彼女が手に握ったのは、これまた贋月と同じぐらいの大きさがある、厳つい剣。紅蓮と漆黒が入り混じった大剣だ。
ファルガバードはそれをピンと振り下ろし、贋月を斜めに、真っ二つに斬った。贋月はゴロンと2つに分かれ、綺麗な断面が露わになる。
半球となった贋月の片方を消し、もう片方に乗るよう、ファルガバードは手で促した。
「派手じゃのう。わざわざ斬らずとも同じことができように」
「いいじゃないですか〜。こっちの方が威厳があっていいでしょう?様式美ですよ、様式美」
「そうかの。まあなんでもいいわい」
王がそう言ってふわりと贋月に飛び乗ると、他の王家も同じように乗った。最後にファルガバードが乗って、先頭に腰をかけた。
「皆さんいいですか〜?」
「ええ」「はい」「問題ありません」
「では行きますね〜」
ファルガバードの問いかけに王家一行が返事をすると、贋月はゆっくりと宙を浮き、だんだん加速しながら空を飛んだ。
「……ええのう。飛空艇も悪くないが、こういうのの方がワクワクして儂は好きじゃな」
贋月の上であぐらを描いて、爽やかな風を楽しみながら王は言った。
「そうですか〜?子供みたいですね〜」
ファルガバードはそう言いながら、贋月のヘリから足をふらふらさせている。
「はあっはあっはあっ!お主に言われては仕方あるまいて」
「あら〜?それはどういう意味なんですか〜?」
「なんでもよいわ。はあっはあっ!」
陽気な王と共に、ファルガバードは空を行く。
――――
「おっ。見えてきたかの?」
「そうですね〜。アレです〜」
進行方向に見えたのは、ファルガバードが最初に出会った塔。縄の模様がぐねんぐねんと、溶けてうなっているような、おしゃれとも気持ち悪いともとれる装飾が施された茶色い塔。
「お主はあれが丁度生えてきたところにおったわけじゃろ?」
「ええ」
「よりによってこの場所でのう……。魔王も狙ったんじゃろうか。タチが悪いわ」
「さあ。どうなんでしょうかね〜」
――――
一行は塔の中に侵入した。
「おお……やはり随分と広いのう」
ガランッ、と広い円柱状の空間。壁全体が光っており、遥か高い天井までよく見える。中央にツーっと細い螺旋階段が垂れており、上まで行けるようになっている。
「最初はここに、デーンと大きい魔物がいましたね〜」
「はえー。入ったのがお主でよかったわい」
その後、しばらく壁やら床やらを興味深そうに観察する王家の人たち。
「ふむ……」「材質は……」「光っているぞ。魔力供給は……」
拡大鏡やら鑑定用の魔道具やらを使って、各々没頭している。
「全く、王家の人は相変わらずの研究者気質ですね〜」
「そうじゃのう。特に今日連れてきたこやつらは、魔王大好きっ子の不謹慎だ極まりないやつじゃからな。はあっはあっはあっ!」
王がそう威勢よく笑うと、王家の男1人が眼鏡をチャキっと直して王の方を向いた。
「誤解しないでください。我々が魔王好きと揶揄されるのは心外です。あくまで研究対象として魔王を求めているのであって、魔王に対して好意的な感情を抱いてなどいません」
王に対して、忖度のかけらも感じられない直球の反論。
「ちょっと王様。いいんですか〜?威厳をどこへやったんですか、威厳を……」
ファルガバードは王にヒソヒソと言う。
「いいんじゃ。元よりこやつらに威厳は通用せん。ちょっとばかり頭がおかしいからの」
言ったそばから、頭がおかしそうな雰囲気の女が1人。
「はあ……♡これが、魔王が作った壁ぇ……ペリョペリョペリョペリョッ!……はあっ!」
恍惚とした表情で、全力で壁を舐める女。
「あら〜……」
「あれには流石のお主もドン引きじゃろ。ここのやつらは種類は違えどこんなもんじゃ。まさしく王家が誇る逸材、といったところかの」
「やめてくださいよ〜。不謹慎ですよ?」
「はあっはあっはあっはあっ!」
王は高笑い。
――――
外壁や内壁、床などを調べた一行は上の階へと移動し、濃い青色にぼんやりと輝く核を見る。
「ほう……これまたとてつもないのう……」
「おお……」「これが……!」「ハアハア……」「すごい……!」
その核に刻まれているのは、観測史上最も特殊な魔法陣がいくつも。魔法研究一族である王家の人間には、それが一眼で分かった。
「王様!これ、触れてみてもいいでしょうか!」
「うむ。好きに調べろ」
「ありがとうございます!」
王家の人々が核を観察しようと近づいた、その時。
――!
「なにか来ます!!」
ファルガバードが叫んだ。同時に空間の一部が局所的に歪み、黒いものが湧き出す。
「ンヌォォォオオオオイィィィイイ!!!」
やたらめったらなその大声に、ファルガバード以外は圧倒されて怯む。
その声の主は、髪の毛で両目が隠され、頭には2本のツノ。太い手足胴体に、ファルガバード並みの身長がある黒い男。
「魔王……!」
ファルガバードは荒ぶる魔王を警戒し、向き合う。
「魔王……あれが……!?」「く、黒の魔王か!?」「あ、ああっ……」
「魔王……!こいつを試す時がきた!!」「あなた魔王ね!髪の毛ちょうだあああい!!」
魔王の登場に驚く者たち、腰を抜かして立てなくなっている者もいるそんな中。ある男はお手製の魔道具を取り出して構え、ある女は髪の毛を採取しようと飛びかかる。
「やめなさい!」
ファルガバードは贋月で魔王に向かう2人を吹っ飛ばし、壁に激突した彼らは気絶。
そんなやりとりは全く目に入っていない様子で魔王はファルガバードへ、ドンスドンスと歩みを進める。
「……オイ!!ファルガバァァァドッ!!!」
「なんですか?」
怒る魔王に対し、ファルガバードは毅然とした態度をとる。
「オマエ!知ってるか!!」
「何をです」
「ポォォマエら七曜がズカズカとっ!!次々に!!哨戒ノ塔を攻略してんだよォォオオッ!!」
魔王は自分の髪の毛を掻き回す。ツノに触らないように器用に。
「それなら知っていますが、何か?」
「ハッ!!!オマエはそれで良いと思ったことが片時でもあるのか!!時の欠片でも!!」
「ええ。あります」
「いやないだろ。あの哨戒ノ塔らはキミたち用じゃなぁいの。入ったことあるなら分かるだろう?普通。あの程度じゃキミたち七曜は死なないどころか大した怪我もしない……そんなん何がおもろいねん!!!言うてみぃ!!」
「死なないし怪我もしないところですかね」
「……なるほど。違う。趣旨が違うなァ?まあまあいいだろう。これから軌道を修正してくれれば我々は文句を言うまい。我々は寛大だからな」
「修正とは、具体的に何を?」
「軌道を」
「具体的に私たちに何をして欲しいのかを聞いてやってるんですよ」
怒ったような言い方のファルガバード。
「……アッハ!つまりだ。イイカンジに苦戦する奴らじゃないと塔を攻略しちゃ駄目!ってことにして欲しいのだ。今の王は確か優秀だっただろう?人望もあって威厳も力もあってみんなに慕われ、ヒトをグイッグイッと導けるタマだったはずだ。できるできるっ!」
「魔王からそんな評価を受けていたとはの……儂もびっくりじゃ」
ファルガバードの陰から一歩出て魔王と向き合ったのは、王。ファルガバードは警戒の態勢をより一層強める。
「……おん?誰だそこの髭。いたのか」
「この方が件の王様ですよ」
「そうじゃ。儂が当代ウィルダリア王。名をアルス・リベルテという。30年ぶりじゃな。黒の魔王……」
「おお……!30年ぶりと言われましても我々あたまがポンコツでしてねえ!覚えてないのですがこれはこれは!王様でしたか!図が高くて申し訳ないねえ!」
頭をペチーンと叩いてから魔王は床に沈み、頭だけを出して王を見上げる。
「ンー。いい眺めだァ……」
何故か魔王はうっとりしたような様子。
「魔王よ。塔の攻略を、イイカンジに苦戦する者にやらせろとのことじゃったな。死亡したり大きな怪我をする程度の者に」
「ええ!そうですそうです!お前ならできるだろう?アルス」
「……可能な限り死亡者負傷者は無い方が良いというのがこちら側の考えじゃ。その為に儂は七曜のみ塔の攻略に充てた」
「では、七曜のみで攻略するよりイイカンジの奴らのみで攻略した方が死亡者負傷者が少なくなるようにすればいいのだな?それなら我々にお任せください!!どうとでもしてやりましょう!」
「……魔王よ」
「では参考までに1つ!!塔は大きければ大きいほどその攻略難度は高い。今我らがいるこの塔がおおよそ最大級だ。そういうことでじゃあな!期待しているぞ!アルス・リベルテ!」
「待て!」
「ハッハッハ……」
魔王は一方的に言い放ち、そのまま沈んで消えてしまった。部屋には静けさが戻る。
「大丈夫ですか?王様」
ファルガバードが王の心配をする。
「……すまんの。交渉も何もできんかった……。もっと有意義なやり取りができたはずじゃ……。あるいは儂がしゃしゃり出ず、お主に任せておれば……」
うつむき、責任を感じる王。
「仕方ありませんよ。アレは厄災なんですから。交渉どころか会話ができるかも運次第。そういうものです」
ファルガバードがそう慰めるが、王は依然として悔しそうなまま。
「……おそらくこのまま七曜に塔の攻略をさせた場合、魔王は多くの人を殺しにかかってくるじゃろう。今すぐ七曜に塔の攻略をやめさせる。塔の調査は中止じゃ」
王は踵を返した。
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「王様はワタシたちに塔の攻略を止めるよう言ったわ。プリちゃんところは遠いし、塔自体もあるか分からないから連絡が遅れたのね。きっと今頃、姉様が北の浮遊大陸でアナタを探してるわ」
「なるほどね、そんなことがあったんスね……。それでおっさんはこの中途半端な奴らに任せた、と」
「ええ。あの塔は今見つかっている中で一番小さかったから。【鉄の猛進】の子たちは心配だったけど、まさか街全体を巻き込むとは思っていなかったわ。……ちなみに、浮遊大陸に塔はあったの?」
「いや、まだ見つけてないっス。2割ぐらい調べ終わったところだったんスけど」
「そう。そこに100基あって全部攻略したとかじゃなくてよかったわ」
「そんな短期間じゃ流石に無理っス」
「冗談よ。……ワタシはこのことを王様に報告するわ。プリちゃんは姉様に会いに行ってらっしゃい」
「あ、いや。アタシ他に任されてることがあるんスよ。それもししょーの頼みみたいなもんなんで……どーしよっかな」
「あらそうなの?まあいいわ。大切な報告は全部ワタシの方でやっておくから。なるべく早めに姉様を安心させてあげてね」
「うっス!そっちは頼んだ!」
「じゃあね、プリちゃん。チュ♡」
レプリトは投げキッスをしっかりと避け、部屋を去った。
――――
上等そうな、とある一室。
「んっ……あうぅ……」
「……どう?気持ちいい?」
「ぅん……もっと強くぅ……」
ベッドの上で気持ちよさそうにしている唯と、唯になにかしている智博。
レプリトが部屋の床からひょっこり顔を出した。
「あっ……。お取込み中デスカ」
「んぉ!?レプリトさん!」
「え?レプリトさん?」
床から出てきたレプリトに驚く智博。唯も智博の目線の先を見る。
「用事は済んだんですか?」
「済んだっスよ……ああなんだ。子作りでもしてんのかと思った」
唯はベッドに伏したまま、智博はその背中を指で押している。
「え?ただのマッサージですけど。まだ」
「おい智博、まだとか言うな。レプリトさんも。この状況で子どもなんか作るわけないですよ」
「いやごめんごめん。ところでダスターってまだ戻ってない?」
「ダスターさんですか?まだ見てないです」
「全く。アイツ遅いっスね。アタシが送ってやったってのに」
「あの送り方じゃ生きてるかどうか心配だよね……」
「怪我とかしてむしろ遅くなる説……」
ふたりはコソコソ喋る。
「んー、どーしよっかな。キミたちをこのまま放っておくワケにもいかないし、ダスターを待つのもなー」
「別に俺らのお守りしなくても大丈夫ですよ?大金くれたおかげでしばらくは贅沢できそうだし」
「あっ。ちなみに返せとか言われても無理ですからね!」
「お金はどーでもいいっス」
「ごっつぁんです!」「かっけーです!」
ふたりはレプリトに向かって礼。
「んー。ダスターか……。アイツが走ったとしてニキの街からここまで多分10時間とかでしょ?行きはアタシが飛ばしたから3時間として、街で1時間。どうせ途中で寝たり休憩したりするから……帰ってくんのは明日の朝とか?」
「結構遠いんですね。まだニキの街に着いてるかどうかも怪しい感じか」
「忘れ物してきたダスターさんがいかにやらかしたか分かる」
「ホントそれっスよ。アイツが指輪返すとか書き置きして上着置いてくのが悪い。無駄にカッコつけやがって」
「結構ポンコツですよね。ダスターさん。ニキの街行くまでも結構ありましたもん。道で行き詰まって結局破壊したり、無謀な川下りしたり……」
「ダスターらしいっスね。昔からそーなんスよ。アレでなんとかなってんのが不思議なぐらいっス」
「はえー」「天然なんだなぁ」
「はー。明日の朝まで待機かなー。特にやれることも……あっ。今のうちに耳飾り買い足しとこうかな」
レプリトは左耳の耳たぶを触る。右耳には黒い宝石の耳飾りが付いているが、左耳のは宝石が無い。
「それ……確かダスターさんとかファルガバードさんも似たようなの付けてましたよね?」
「ダスターさんが割ってたやつだ」
「キョウカイセキっス。知ってる?キョウカイセキ」
「知らないです」「知らなーい」
「キョウカイセキは対で生まれる宝石なんスけど、必ず両方ともおんなじ形になる不思議な石っス。どちらか片方を割ると、もう片方も割れるっていう」
「へー。不思議ですね」「それで共壊石か」
「離れたところからでももう片方の石を割れるから、いろんなところで重宝されてる宝石っスね。ジョーシキだから覚えておくように!」
「はい!」
智博は手帳を取り出してメモを忘れない。
「遠隔の信号として使えるんだもんなぁ。そりゃあ重宝されるだろうなぁ。一回キリだけど」
「使い捨て電波みたいなもんだね」
「この程度の大きさのヤツならここでも手に入るっしょ。てことでアタシ行くけど、君たち行く?」
「どうする唯?せっかくだから行く?」
「うん、行く」
レプリトたちは部屋を出た。
いつもは続きが気になるような終わり方を心がけているのですが、文字数的に長くなりそうなのと展開を考えていないという理由で、今回はここで終わりです