第16話 神樹の都
自然豊か
広大なウィルダリアの大地の南西、六地方の1つウナレス。その首都〈神樹の都〉は都市ではあるが、本質は神樹を迎えた大森林である。
神樹――神々しい気を湛えた、複数の樹々が絡まり合わさったかのような巨木。近年現れた不気味な塔よりも遥かに大きく、飾り気や派手さを備えていないにも関わらず、王都の煌びやかな城とも張り合える存在感。
その周辺には人工物らしき建物は存在せず、一見人気はないように見えるが、うろが巨大に発達した大樹を住まいとして、多くの人々が森と共に生活している。
そんな、自然と融合した都市。
――――
「よっしょ」
物陰にぴょこんと、レプリトが現れた。
「着いたっスよー」
足元の地面が真っ黒な闇になったかと思うと、レプリトはそこからダスターたち3人を、まるで召喚するかのようにして引き上げる。
ダスターは突っ立った状態で、唯は智博の膝の上に乗った状態で出てきた。
「ふぅ。やはり外の空気は美味しいものですね」
「おお……思ったより森だあ」
「木、デカっ!」
ダスターは深呼吸をして空気を味わい、ふたりはキョロキョロと外の様子を見回す。
その辺に生えている木ですら一周するのに10数秒かかりそうなほど太く、その奥にそびえる、まるで山のようなもの、あれが神樹。
「神樹の都……相変わらず体に良さそうな街っスね〜」
「神樹の庇護下にあるこの土地では、呼吸をするだけであらゆる治癒効果があると言われていますからね。怪我や疲れ、関節痛に便秘、等々……」
ダスターは神樹の効能を、指折り数えて挙げる。
「へー。神樹すげー。湯治みたいな感じで来る人も居るのかな」
「確かに、療養とかに良さげな気がする」
ふたりも深呼吸をして、なんとなく自然の力を感じる。
「ん……?」
ふと、レプリトがダスターの手を見てヘンな目を向けた。
「なんですか?」
「ダスター。キミ小指に指輪つけてんの?」
指折り数えていたダスターの手を指して、レプリトが訊ねた。
「ああ、これは大きさが合わなかったので小指にしか……。って、あっ」
何かに気づいたダスター。
「それ、ニキの街で女の人から貰ったやつですよね?」
「えっ!!女の人から指輪!?なんか意味アリゲじゃないっスか!どーしたダスター!?オイ!」
「スゥ――」
興奮してダスターに問い詰めるレプリトと、眉間を押さえて天を仰ぐダスター。
「いやでもそれ酔っ払いのガンギマリお姉さんから渡されたやつなんで、あんま深い意味とか無いと思いますよ?」
「ガンギマリお姉さんて、智博お前……」
「あ、そう?じゃあなんでダスターこんななの?」
「さあ……?」
「あげるって言って渡されたし、別に返さなくてもいいんじゃないんですか?」
唯がダスターに言う。
「いえ、『指輪は後で返します』と書いた紙を上着のポケットに入れて、上着ごと置いてきたんです」
「……あー。それはそれは」
「やっちゃったねダスターさん」
「よし、帰れオマエ」
辛辣なレプリト。
「はぁ……。来たばかりですが、一度戻りますか。おふたりを任せてもいいですか?レプリト」
「まったく、しょうがないっスね〜」
「お願いします。では、私はニキの街へ急いで戻りますので。方向は……あっちですか」
ダスターは北東の方角に向かって、ニキへ戻ろうとする。……が、その腕をレプリトがガシッと掴んで止めた。
「……なんですか。掴まないでください」
ダスターは何かを察したのか、後ろを振り返らない。あくまでも進もうとする。
「送ってや――」
「いえ結構!!」
「……送ってや――」
「いえ結構!!」
ダスターは食い気味に断る。頑固として断る。
「まーまー。遠慮すんなってェ〜。アタシとキミの仲でしょォ〜?」
「いえ!結構!!」
頑張って手を振り払おうとするダスターだが、悪い顔で迫るレプリト。
「だってなるべく早く行かないと。ねぇダスター?」
「早く行くので離してください!ンッ!……ンッ!」
ダスターの抵抗も虚しく、レプリトにガッチリ抱きつかれてしまう。そのまま身動きが取れない状態で闇に引きずり込まれる。
「おい!やめろ!!」
「うーっス」
本気で嫌がるダスターの叫びだが、レプリトは聞く耳を持たない。
「おい!!人の話モ”ッ……!」
「静かに。あんまりヘンな声出すと事件かと思われるでしょ」
レプリトはダスターの口に黒い塊をぶち込んで黙らせる。
「ォゴ、ォゴ……!」
ダスターは最後まで抵抗しながら闇に消えた。
「……事件だろ」「事件だな」
ふたりの口からは、素直な感想が溢れる。
直後、ゴゴゴ……と、地面がわずかに振動し始め、それがだんだんと大きく近づいてくる。
そして、瞬きしていなくても見逃しそうな速度で、地面から流動性のある黒いモノがヒュンッと突き出てきた。ついでに何かが発射されたような。
「よし!」
満足げに、何故だか空から降ってきたレプリト。
「行こっか」
ふたりに声をかけて、神樹の方に向かって歩き始める。
「あの……ダスターさんは発射されたんでしょうか」
「うん!」
「発射されたんですか……もはや見えなかった……」
「断末魔すら聞こえなかったぞ……」
「だいじょぶだいじょぶ!あいつタフだから!」
「いやぁ……ダスターさんカッコいいわあ」
「カッコよくないだろ」
智博のよく分からない感性に唯がツッコミつつ、3人は神樹の方に向かって森の中を進んだ。
――――
「おお……!この辺は比較的賑わってますね!」
「観光客がそこそこいるっスねー」
神樹のほど近く。住宅代わりの巨木が散らばっていたそれまでとは違い、ズラッと道沿いに巨木が並んでいる。それに伴って人も密集しており、観光客と思われる人もちらほら見られる。
「あの古代ギリシャ人みたいな格好してる色白のが現地人で、それ以外は観光客ってことかな?」
「みんな神樹に惹かれてやって来るんだなぁ。確かにすげぇもん。この樹。デカすぎ」
上を見ると、空の代わりに木の葉が見える。辺り一帯を覆い尽くすほどに巨大だ。
「確か神カンチョー様はあん中にいるんスよ。……どっから入るんだろ」
極太の幹がつるのように絡まり合い、巨大な一本の木となっている神樹。隙間は至る所にあるが、入り口らしいものは見えない。
「裏側回りますか?」
「てか、レプリトさんならどっからでもスルッと入れそうですけど」
「いやいや。そんなことしたら神樹に失礼っスよ。ちゃんと入り口から入らないと」
「ああ、そういうのちゃんとしてるんですね」
「意外」
「当たり前っス。『穴には穴の役割が。ケツにパンをぶち込むな』ってね」
「……え?」
「え?」
お互いに困惑し合い、変な時間が生まれる。
――
「ところで、アタシはキミたちの何を任されたんスかね?」
歩きながら、レプリトが訊ねた。
「え?ああ。確かに。……用心棒?かなあ?」
「いや、お守りです」
自分たちがお守られ対象であるときっぱり言う唯。
「なるほどねぇ。まあ、あえて詳しくは訊かないっスけど。とりあえず、分かりそうなヤツにキミたちを合わせると良くないんでしょ?」
「へ?」「何がですか?」
「あれ?ま、いいや。キミたち潜って隠れとく?それか、ふたりでこの辺観光でもする?」
「……どうしよっか、唯」
「ここって治安大丈夫なんですか?」
唯が訊ねる。
「そりゃあもうめっちゃ安全っスよ。道端で裸で寝てても何も盗られなかったってししょーが言ってたっス」
「ん?」
「ツッコミどころが多すぎて何も入ってこない」
「とにかく安全っス。神樹の庇護の下っスからね。魔物も湧かないし犯罪もないって有名なんスよ?」
「あー、そーなんですか?じゃあ観光しよっか。潜ってても暗いだけだし。ね?唯」
智博が楽しげに唯を誘う。
「いや、まあ待て。今んとこ行く先々で災難に見舞われてるだろ?そのことを考えると、レプリトさんの中でバブバブしてた方が安全」
「えー?そう?今日はもう1つ済んだから流石に大丈夫でしょ。今までの運が悪すぎたんだよ」
「いーや。偶然じゃなくて運命かもしれない。しかも、観光ったってお金ないし。ついでに常識も」
「お金ならあげるっスよ?えと、確かどっかに……」
「あ、本当ですか?」
「いや、お金の問題じゃなくて……」
レプリトが体のあちこちをぽんぽん触って、どこかにしまったお金を探す。胸やら髪の毛やら、ありそうにないところまで探る。
「あ。あった」
丁度お尻の辺りを探ったところで見つけたらしく、そこからコインを取り出して智博に向かってピンと弾く。
「ほいっ。あげる」
弾かれたコインを智博がパシっとキャッチする。
「ありがとうございます!」
「いやだから、別に観光しなくても……」
「「――ッ!!」」
ふたりは同時に気づいた。智博の右手に捕まえられたそのコインに、荘厳な巨大樹が刻まれているということに。それは、六角形で穴の空いていない金貨。大金貨だ。
「これッ……!大金k――」
「おい隠せバカ!」
唯が咄嗟に智博の口を押さえる。
「うにゅうにゅ……」
「いや落ち着け智博。アタシらの勘違いかもしれないだろまだ勝負は決まった訳じゃない。試験は完答して8割……」
そう言いつつも、興奮した様子で智博のポーチから手帳を引っ張り出し、ペラペラとめくる。
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◆お金について
1価=50円ぐらい(?)
種類と模様、価値は以下の通り。
小銅貨 火 1
中・貨 水 5
大・貨 風 15
小銀貨 剣 60
中・貨 槍 300
大・貨 盾 900
小金貨 山 3600
中・貨 滝 18000
大・貨 樹 43200
王金貨 城 2,592,000 (価)
穴の形と外側の形でも区別できる。
穴の形で大中小、外側の形で金銀銅。
小:円 中:四角 大:なし
銅:円 銀:八角 金:六角
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智博がお金についてまとめたページをよく見て、目の前のコインと見比べる。
「デカい樹の模様、六角形で……穴なし……間違いないよな」
「……うん。これだけで数百万……」
ふたりはコソコソボソボソと、コソ泥みたいに顔を合わせて話す。
「そのヘンぶらぶらしたいんだったら、それ好きに使っていいっスよ」
「あァりがとうございます!!」
「観光させていただきます!!」
ふたりはレプリトに向かってピシッとしてお礼を言って、そのまま見送った。
――
「智博!ねぇどうするどうする?なんでもできるぞこれ!旅館泊まる?美味いもん食べ放題だぞ!ワクワク、わくわく!」
「いやあ、どーしよっかなあ!」
ふたりはとても分かりやすい様子でわくわくしながら、道の真ん中でわちゃわちゃとする。
「そういえば朝から何も食べてないしなあ。なんかご飯食べれるとこ探そっか」
「よしいくぞっ!折角だから片っ端から食ってやるっ」
「俺もっ!」
アテもないのにうっきうきで仲良くスキップ。
「んっふふ〜んっふふ〜」
「――フハッ!」
いきなり唯が何かに気づいて止まった。
「おいちょっ、待て、智博」
「えっ、何?体重とかなら全然心配することないと思うよ?まだ」
「まだとか言うな。いやさ、ご飯食べるのにこんなデカい金出すのやばくね?コンビニで100万の束どぉんみたいなことでしょ?これ」
「……確かに。質の悪い成金みたいじゃん。いやでも待てよ?実際成金だし、いっそのことドヤドヤしながらやりきるのも一興なのでは?」
「やめろ恥ずかしい。ここは一発、相応の高いヤツに行こうぜ」
「ああ!なるほど。唯ちゃん天才!」
――――
「ここっぽいね」
「お、ぉうん……」
「高級な施設はどこですか」と人に訊ねながらたどり着いたのは、神樹の根元付近に生えたデカい施設。とても神秘的な面持ちだ。
「話によると、美味しいご飯も出るし効能が凄い泉にも入れるらしい。実質旅館だね」
「すげぇなこれ、本当に入って大丈夫なやつ?品が足りないとか言って断られたりしない?」
唯は宿を見上げて日和っている。
「大丈夫でしょ多分。最悪追い出されても、何か取られるってわけでもないし。てか、高いところ行くって言ったの唯なんだから」
「いやそうだけど。旅館とかそういう高級なとこ行ったことないんだよあたしは。しょうがないだろ」
「ふふん。心配不要です唯さん。『旅先の宿ではな〜、ちゃんと彼女をエスコートするんだぞ〜ぅ息子2号〜。今度娘1号で練習するぞ〜』って親に教育されてるこの俺に任せなさい」
智博がやたらヘラヘラした声真似を挟みながら言う。
「お前のお父さんって頭おかしいよな」
「うん。一周回って最高。まあとにかく任せんしゃい」
ふたりは絡み合ったツタのような壁の前に立つ。すると、そのツタはヒュルヒュルっと綻びて開いた。
「こんにちは。〈癒し樹の泉〉へようこそ」
「こんにちはー」
入ってすぐ、柔和でお淑やかな女性がふたりをお出迎えしてくれる。
「お泊まりですか?」
「はい。ここがすごく良いって聞きまして」
「そうですか。それはそれは光栄なことです。では、受付まで案内いたしますね。こちらです」
女性はふたりを先導して歩く。ゆったりとしていて、そこはかとなく品を感じるような所作だ。
「なんか……凄いな。不思議な感じがする」
唯は都会に来た田舎者みたいに建物の中を見回して言う。中は木造といえば木造だが、構造から家具から、何もかもがひと繋がりになっている。
「これで1つの樹ですから。ここまで大きくて複雑な構造ですと、不思議に感じられますよね」
「あ、はい。そうですね」
美人お姉さんの微笑みながらのなんとない言葉に、少したじろぐ唯。
「唯ってお姉さんに弱いよね」
「うるさいなぁ!いいだろ別に」
「うふふ」
他愛のないやりとりをしながら、受付の前まで来た。
「ようこそ、癒し樹の泉へ。ご利用になる泉は決まっておりますでしょうか」
「えっと、泉とかは決まってないんですけど、とりあえず一泊してくて、ご飯も食べれるといいかなあと思ってるんですけど、そういうのありますか?」
「ええ、もちろんございます。どの泉を選んでいただいても、上質な寝床と美味しくて体に良いお食事を提供できますよ」
「おお。期待しちゃう。……泉はどういうものがあるんですか?」
「そこに書いてある通り、体の傷を癒す〈秘色の泉〉慢性的な症状を癒す〈黄金の泉〉魔法疲労を癒す〈臙脂の泉〉の3種類がございます」
「へー、なんか気になるのある?唯」
「じゃあ……魔法のやつで」
「おっ。俺もそれ気になってた。エンジの泉でお願いします」
「かしこまりました。2名様一泊お食事付き、臙脂の泉ですね」
受付の人が、紙とペンを取り出す。
「ご利用は明日の正午までしていただけます。お食事のご要望はありますでしょうか」
「食事って今日の夜と明日の朝出ますか?」
「はい。もしよろしければもう一食お付けすることもできますが」
「どうする?」
「いいや。せっかくだし他でも食べたい」
「じゃあ、二食で大丈夫です」
「かしこまりました。ご利用は本日の13時から明日の正午まで。お食事は本日の18時頃と明日の7時頃でよろしかったでしょうか」
「はい」
「では、ここにお名前をお願いします」
「あ”っ……」
名前を書けと言われて智博が変な声を出した。そう、この世界の文字はふたりの住んでいた世界と違い、原理的にその文字を書くことができない。言語は同じにも関わらず。
「おい、どうすんだ智博……」
「普通に漢字で書くしかないよ……」
ふたりはヒソヒソ話す。
「えっと……わけあって俺の字ちょっと特殊なんですけど大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「なら……」
智博はペンを持って、漢字で「呉宮智博」と書いて渡す。
「はい。えーと……失礼ですが、お名前はなんとお読みするのでしょうか」
「クレミヤトモヒロです」
「かしこまりました、クレミヤトモヒロ様ですね。では……代金の方は4560価となります」
――4560……ざっと大金貨の10分の1か。全然安いけど、まあいいや。
「はい、これで……」
智博は大金貨を1枚指し出す。
「おお……!これはこれは、大金貨ではないですか。なかなか粋な事をなさいますね」
「え?あ、そうなんですよー、なんかデザインがね、粋ですよね」
「ええ、雄大な神樹の御姿。大金貨に相応しいと思います」
――あ、それ神樹だったんだ。なんかいい感じに納得してくれたし、ラッキー。
運良くいい感じになり、ついでにお金を崩すことにも成功した。
――――
「いやあ……心地いいねえ……」
「いい雰囲気だぁ……」
泉に浸かってだらだらするふたり。周りは自然に囲まれていて、泉も入りやすい温度。
「こっちの世界も悪くないよなぁ。こうしてぷかぷかダラダラできるし。なんというか、混沌としてないというか……」
顔だけ出して、水に浮いている唯。
「そうねえ。案外平和だよねえ。戦争も500年間無いって聞くし。江戸時代より長いよ。まあ、代わりに魔王っていう災害がいるんだけど」
水に浮いている唯の足を、モミモミしてマッサージしている智博。
「後は魔力があれば、こっちでも割といいカンジに過ごせそうなんだけどなぁ」
「いやいや。流石に家族には会いたいよ」
智博がそう言うと、唯がジトっとした目で智博を見る。
「……はぁ。いいよなぁ智博。親ともきょうだいともめっちゃ仲良くて。素敵かよ」
「まあまあ、そんな悲しいこと言わないで……」
「別にいいもん。あたしには智博がいるからな!」
唯が智博の腕に飛びつく。
「わあ!」
「ふへへ……」
「もう。急に飛びついちゃって。俺のこと大好きなんだから〜」
「いいだろ。たまには。お前が家族とか言うからだぞ」
「ああ……ごめんね」
「いーよ。お前はあたしのこと好きでいてくれるし、一緒にいてくれるもんな」
「当たり前だよ。唯」
ふたりは抱き合った。
イチャイチャしやがって