第12話 社会見学へ
テキトーな図を描いてはっつけときました。私の技術不足でアレですが……
ファルガバード邸。ひさしの付いた帽子を被り、背中に大きなカゴを背負って玄関に向かうダスター。庭で栽培している野菜や果物の収穫のためだ。
そんなダスターの目の前にふと、闇が湧き出し、そこから女の人の顔がぴょこっと現れる。
「おっ!ダスター!うっす元気?」
「レプリトですか。久しぶりですね。こっちに来てたんですか」
「え?あ、うん。城にみんな集まったの。ところで……」
闇の中からもうふたり、プハッと顔を出した。
「はぁ、はぁ……!」
「はぁ、結構怖い……!」
何故か溺れそうなふたり。
「別に息止めなくてもよかったんすよ?」
「おや?セナ様とクレミヤ様ではありませんか。どうしたんです?」
ふたりの登場に、少々驚くダスター。
「あ、知り合い?じゃあもう任せていい?」
「いいですよ」
「よし。じゃあそゆことで。バイバーイ」
ふたりを闇から出して、手を振りながらレプリトは闇に消えた。
「どうしておふたりが?ファルガバード様はどうなされたのです?」
「なんか、ファルガバードさんは用事ができちゃったらしいです」
「あたしたちは、気づいたらここに」
「ふむ……少し、話を聞きましょうか。お昼はもう食べましたか?」
「いや、まだです」
「では、食事をしながらにいたしましょう。昼時はもう過ぎてしまいましたが」
「やったあ!」
「あたしたちも手伝います」
――――
「……なるほど。では、重要な手掛かりは得られたのですね」
ダスターの料理を食べながら、シルクスでの出来事を話した唯と智博。
「はい。でもなんか中途半端に帰されちゃいました」
「それは、おそらくおふたりの存在を隠しておきたかったからではないかと」
「この世界の人間じゃないから?」
「いや、どっちかって言うと侵略者の件のせいじゃない?」
「はい。私もそう思います。……はっきり申し上げると、おふたりはかなり怪しい。例の侵略の関係者と思われても仕方がありません」
「そんな……」
「まぁ、分かる話ではある」
「おふたりのことが大好きなファルガバード様としては、他のお偉い方におふたりの存在を知られてしまっては、面倒なんでしょうね」
「なんで、ファルガバードさんはあたしたちにここまで協力的なんですか?」
「さあ。おふたりが悪そうに見えないからでは?私にはそれぐらいしか」
「いや、手元に置いておいて、俺たちが怪しいと思ったらいつでも対処できるようにしてるとか。あり得なくもない。あんまりそうは思いたくないけど」
「そんなんだったらやだなぁ」
「ファルガバード様の愛情は本物だと思いますよ。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いといった感じの性格ですから。あの人結構単純ですよ」
「そうですか?そうだといいなあ」
「まぁ、少なくとも命の恩人だし、変に疑うのは失礼だよな」
「そうだね」
ふたりはあまり手についていなかった料理を食べ始めた。
――――
「ところで、おふたりはこれからどうするのですか?」
ご飯を食べ終えたところで、ダスターが訊ねる。
「一応、次の目的地はナントカ地方の霧の森みたいなところですけど」
「ウナレス地方の霧の樹海な」
「でも、ファルガバードさんが帰ってくるまでは保留かな」
「何故です?」
「なぜって……。危ないし、空飛べないし」
「そもそも場所知らないし」
「ふむ……良くない傾向です」
「え?」「良くない?」
「ファルガバード様と一緒でないと行動できないというのは問題です。おふたりの為にもなりません」
「でも……。魔王とか出るし」
「それは例外です。魔王は普通出ませんし、行動するしないはもはや関係ありません。というより、魔王はファルガバード様を訪ねてきたのでしょう?」
「言われてみれば……」
半ば無理矢理塔に連れて入ったのはファルガバード。巨大な魔物に雄叫びを浴びせられたのも、魔王に凄まれたのも、塔に侵入したからだ。
「あれ、あたしたちが危険な目に遭ったのって全部ファルガバードさんのせいでは……?」
「そうです。あの方の周りは確かに安全です。が、安心はできません。加えて、あの方とずっと行動を共にしていては常識も身に付かないでしょう」
「確かに」「一理ある」
「ですので、私がおふたりと共に行動しましょう。観光と社会勉強も兼ねて」
「観光ですか」「良いですね」
「鬼の居ぬ間になんとやら、です」
「鬼とか言っちゃって」
「確かに逸脱者という意味で鬼だけども」
「とはいえ、私も色々と終わらせなければならないことがありまして。準備も必要ですから、出発は明後日の朝になりそうです。ファルガバード様が帰ってくるのが先かも知れませんね。そうなればファルガバード様と、です」
「まあ別にそれでもいーや」
「ファルガバードさんに抱かれて空飛ぶの、心地いいからな」
――――
結局、その日も翌日もファルガバードは帰って来ず、ダスターと共に行動することになった。
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2日経った早朝。
「……こんな隠し通路みたいなのあったんですねー」
「良い雰囲気醸し出てんなぁ」
ひんやりとしていて、つらら石があちこちに見られる洞窟。ダスターが手の平から出している炎を灯りに進んでいる。
ふたりは腰にポーチをぶら下げ、旅人風の格好。ダスターも、いつものキッチリした服装と違って動きやすそうな服装だ。
「あの屋敷は特定危険区域のど真ん中にありますからね。普通に抜けようと思うと、おふたりには危険過ぎます」
「あー。そういえば、バカでかい二又の蛇がいたなあ」
「あん中は通りたくない」
そのまま一本道を進むこと約2時間。普通に歩ける程度の整備はされており、問題なく行き止まりまで辿り着いた。
「お。着きました?」
「ええ」
「うぇぇ。やっとかぁ……。あたしはもう既に疲れた……」
智博に寄りかかる唯。いつの間にやら唯の荷物は智博が持っている。
「唯がこんななんで、ここ出たらちょっと休憩にしませんか?」
「ええ……そうですね」
智博がダスターにそう提案するが、ダスターは行き止まりの壁を何やら探っている様子。
「?……どうかしたんですか?」
「いえ、どうやって外に出たものかと……」
「ええ!?ちょっとダスターさん!ここまで来て出れないとかナシですからね!」
「もしかしてポンのコツの民……」
ここまで来て出られないとなっては、ふたりとしては堪ったものではない。
だが、ダスターは冷静だ。
「ふむ……。まあ、こういう時は暴力で解決するのが定石です」
「なんだそれ」
「ゴリ押しという名の最終手段じゃないですか」
「少し、離れていてください」
ダスターはふたりを遠ざけると、少し脚に力を溜め、ドンッ!ドンッ!と、壁を蹴り破った。
崩れ落ちる石の壁。眩しい光が洞窟に差し込み、ふたりを目を細める。
「さて、外の空気を吸いながら休憩といたしましょう」
瓦礫を超えて、出た先は山の麓。3人は適当な岩に腰を掛けて休憩する。
「なんか……ダスターさんと一緒に居ても常識身に付かない気がしてきた」
「それな。ファルガバードさんと大差ない気がする」
ふたりは、蹴り破られて瓦礫の山となった岩壁を見ながら言う。
「そうですかね。確かに、私とて強いという自覚はありますが、ファルガバード様と比べたら十分世間一般的ですよ」
「じゃあもうこの世界がおかしい」
「そうだな。地球では智博で十分世間一般から外れた運動能力って認識だからな」
「ほう。そうなんですか。確かに、魔力無しとなるとそうなのかもしれませんね。まあ、こちらとしては魔力無しで生きているのが不思議なんですが」
「くっ。地球人がなめられてる……!」
「しゃーなし」
「……ところで、これからの道のりについてですが、ちゃんと覚えてらっしゃいますか?」
「はい。ちゃんと覚えてますよ!」
今回の社会見学にあたって、ある程度の計画や知識はダスターが既に教えていた。
智博はポーチからペンと手帳を取り出し、ざっくりとした地図を描く。
「今俺たちが居るのがこのへん。ユーナブラスカの南西。で、ここからさらに南西に川沿いを進んでそのままウナレス地方に突入。地方境にある〈ニキの街〉を観光。そこで乗り物を借りて、ウナレスの首都〈神樹の都〉を継ぎながら〈リーナの街〉霧の樹海に一番近い街を目指す」
「良いですね。正解です」
「実際は途中でファルガバードさんが空から降ってくるから、そこがタイムリミット。ニキの観光までは行きたいけどなあ」
「六地方の名称と位置関係も、もう完璧でしょうか?」
「六地方ですか。えっーとねえ……」
智博がダスターに訊ねられて思い出しているうちに、唯が先に答える。
「大陸の真ん中にあるのがユーナブラスカ地方。王都とかファルガバードさんの屋敷があるトコ。で、その南西がウナレス地方。そっから右回りに、ジェント地方、オハラン地方、ガント地方、ゼクヨ地方」
「あー。そんなんだったね。流石唯ちゃん、可愛い」
「正解です。最低限それぐらいは覚えておきましょう。身元を疑われますので」
「はい。智博大丈夫か?」
「俺も一応ちゃんと覚えてるよ!ちゃんとメモもしてあるし」
智博は手帳の別のページを開いて唯に見せる。テキトーな図と日本の文字でまとめてあった。
「うむ。描けてて偉い」
「ちゃんと名前も書いてるから落としても安心!ふん!」
智博は「呉宮智博」と書かれた表紙を謎に自慢げに見せる。
「へっ。今この文字は、あたしとお前だけの暗号みたいなもんだけどな。あんまり使えない」
「唯と俺だけに通じ合う線の形……エモいわあ」
「コイツ、ポジティブに昇華させてやがる……さては天才だな」
「そーなんです」
「さて、そろそろ行きましょうか」
ダスターは腰を掛けていた岩から立ち上がる。
「あ。もう行きます?」
「えー。もうちょっと休みましょうよ」
「いえ。川まで行けば舟に乗るだけですから。早く行ってしまいましょう」
「船で?」
「その前に、この穴どうするんですか?これ、敷地内に直結してますよね?」
唯は先に進もうとするダスターに対して、自分たちが出てきた洞窟を指して言う。
「……。あー」
気の抜けた声を出すダスター。
「うわ。絶対何も考えてなかったよあの人」
「やはりポンのコツの民……」
ふたりはダスターに聞こえないようにコソコソ話す。
「無理矢理開けたのが良くなかったですかね。やはり暴力では下手な軋轢を生む……良い教訓です。ええ」
「何納得してんだ」
「生んだのは軋轢というか瓦礫というか」
唯と智博はコソッとツッコむ。
「はて……。どうしたものでしょうか。この辺りに人は寄り付かないとはいえ、このまま放っておく訳にもいきませんね……。あっ。そうです」
「お?なんか閃いた」
「何するんだろう」
ダスターは徐に手から闇を湧かせ、大きなハンマーのような形にして固める。
そしてそのまま、洞窟の周りをボカスカ叩いて土砂で塞ぐ。
「よし」
腰に手をついて、満足げに仕事をした感じのダスター。
「圧倒的暴力」
「教訓とは」
「さて、行きましょう」
翻って歩みを進める。
「……大丈夫かなあ?」
「見た目よりかは……ポンコツかも」
――――
ダスターにポンコツの疑いを抱きつつ、道なき森を進むふたり。
歩き始めてから30分も経たないうちに、川の流れる音が聞こえてきた。
「見えてきましたね。川です」
「川……」
その川は、所々で水しぶきを上げながら力強く流れている。舟で下るには向いていない。
「川……。そうだよな。山っぽい所に流れてる川ってこんなもんだよな」
「さっき舟に乗るとか言ってましたよね?」
「ええ。この川はニキの街まで直結していますから。川を下るのが一番早いです」
そう言いながら、ダスターは闇で単純な作りをした舟を形成して、河原にドンと置く。
「マジですか?こんな上流を?激流ですよ?」
「ラフティングかあ。いやあ、結構楽しそう!」
乗り気でない唯に対して、智博はワクワクしている様子。
「さあ。お乗りください」
「えー……」
「大丈夫だよ、唯。俺の体にしがみついてれば落ちることはないからさ」
「……。むんっ」
唯は智博を背中からギュッと抱きしめる。
そしてふたりはそのままくっつきながらダスターが作ったボートに乗る。
「よし、行きますよ」
ダスターはボートをふたりごと持ち上げ、川にひょいと投げる。
「「うおぁっ!!」」
ボートは川に浮かんだ瞬間、流れに呑まれ進み出す。
直後、ダスターが黒くて長い棒を1本持って、河原から船頭に飛び乗る。
「しっかり掴まっていてください。私、こうして船頭に立つのは初めてでして」
「えっ!?」
「おいぃぃ!!」
ダスターの衝撃発言に、驚きと憤りを叫ぶふたり。直後、船は水流の赴くまま、上下左右にぐらんぐらん揺れる。
「うわぁあぁウっ!おわっ!」
智博は波に合わせて体が浮く感覚を覚えながら声を上げ、唯に関しては固く目をつぶって智博にしがみつくことに全力だ。
「はて。なんだか、水量が多いような気がしてきました。上手く操れませんね……。こういうのは、水魔法の扱いが上手な方がやるものなのかも知れません。ええ」
「コイツ!他人事かよ!!」
ついにダスターをコイツ呼ばわりする唯。
「あ」
「ちょっと!マズい!」
「なにっ!!?ねえ!!」
不穏なダスターの一言と、いつになく危機感が感じられるの智博の声。唯は智博にギュッとしがみついて叫ぶ。
少し先にちょっとした段差があるが、ダスターが操船をしくじったことにより、細長いボートはそこへ横向きで突っ込もうとしている。
ボートは横向きの力に弱い。横向きで流れに突っ込めば簡単に転覆する。
「唯!!これマズいよ!転覆する!」
「おい!あたしお前に掴まることしかできないからな!!頼むぞ!!」
覚悟を決めたような顔の智博。唯はその智博の胴体を精一杯腕で抱きしめている。
グラッッ
ダスターのボートがクルンとひっくり返る。智博の顔には水飛沫が迫り、白波が迫り、水の塊が迫り――。
グニュゥ……。
「うっ!おおっ!?……お?」
妙な感触を感じながら智博が目を開けると、そこは激流の中ではなく、ぶにゅぶにゅっとした闇の中だった。
「んーっ……!!」
背中では唯が目を瞑って一生懸命しがみついている。
「唯、もういいっぽい。助かったみたい」
「ほんと……?ふぅ。よかった」
ボートは形を変えて、今は岩に引っ掛かって止まっている。
「申し訳ございません。おふたりともご無事ですか?」
ダスターがふたりに寄り添って手を差し出した。
「はい。なんとか」
「ちょっと!もっと安全にお願いしますよ!」
智博はダスターの手を掴んで起き上がるが、唯はご立腹だ。
「はい。安全第一に」
「ほんとですね!?」
「ええ。私気付きました。船の形を操作すれば良いと。こんな棒で操作するよりか、そちらの方が慣れてます」
ダスターは、手に持っていた黒くて長い棒を吸収するようにして仕舞う。
「もう。じゃあ最初からそうしてくれればいいのに……」
「操船に対する固定観念が邪魔をしてしまいましたね」
その後、操船という行為を船そのものに行ったダスターの船捌きは見事だった。
「いえぇ〜〜〜い!!」
爽快な川下りを楽しむ智博。唯は相変わらず智博にガッチリしがみついていた。
――――
谷を流れる川をずっと進み、川幅も多少広がり流れも緩やかになってきた頃。
「もうそろそろ見えてくるでしょうか」
視界が開け、見えたのは美しいニキの街――ではなく、変な造形をした巨大な塔。それがデンと居座っていた。
「はて」
「うわ。これって……」
「例の魔王の塔では……?」
「ふむ。これが例の塔ですか。こんな所にも……。これでは景観を損ねてしまいますね」
塔は相変わらず気持ち悪い。芸術的とも取れるが、少なくとも一般ウケはしないであろう外観をしている。
「前のと比べると小さい?見た目とか色とかも俺たちが入ったやつとは違うけど、でも同じ類って分かる気持ち悪さだね」
「うん」
「あ。本命の街が見えてきましたよ」
ふたりが気を取られているうちに、塔の奥にニキの街が姿を現した。
「おおーっ!」「なんか綺麗!」
北欧味のある建物が建ち並んだ大きな街。発達した水路がキラキラと日光を反射し、至る所にある水車は水しぶきをあげてクルクルと回る。遠くからでも人の営みを感じる素敵な街。
「あれがニキの街。別名、水車の街とも言われています」