第11話 キワモノたちの集い
全書庫に、火炎の激流が押し寄せる。
すかさず、大妖精が本に被害が出る前に、その火炎を不思議な力で静止させ、そのまんま逆流させる。逆流した火炎は一点、その人物の口に収束した。
「モゴッ!!ォゴオゴ!!オッムオム!!ムン!!」
そこに居たのは、竜人だった。
爬虫類っぽい赤い翼、厳つい鱗の敷き詰まった尻尾、縦長の瞳孔に赤い虹彩。髪は赤と金で、手足や胴体は人間と大して変わらない。そして、小さい。背が低い。大妖精よりかは大きいが、唯と比べても頭1つ分ほど小さい。
口いっぱいに火炎を溜め込んだまま、何かモゴモゴ言っている。
「ご、ごめんなさいごめんなさーい!間違えて開けちゃったですぅ……」
竜人の後ろでは、入り口にいた丸い眼鏡をかけた女性があたふたしている。
「間違えて開けちゃったって……」
「ドジっ子だ」
ふたりもこの世界に来てから驚き慣れたのか、ファルガバードが特に動こうとせず平常なのを見てか、意外に冷静だ。
「モゴンッ!アムアムモゴモゴ……」
「なんですか〜?チビドラさん。喋る時は口を開けて喋るんですよ〜?」
「モゴ!?」
チビドラは気づいたように口を開けて、中から黒い煙をボワっと出す。すかさず大妖精がその煙を浄化。
「おい年増ァ!!オレ様が来てやったゼ!」
「呼んでないですけど〜」
「お?オマエがオレ様を呼んでないことと、オレ様が来てやったことが何か関係あるのカ?」
「何言ってるんですかあなた。相変わらず頭が小さいですね〜。チビドラさん」
「あン!?オレ様は小さくねェ!!ちょっとデカいからってチョーシ乗んなよこのデカ年増ァ!」
「何しに来たんです〜?」
いろんなツッコミ所は無視して、ファルガバードは訊ねる。
「あ、ジジィが探してたゼ。だからオレ様が直々に呼びに来てやったゾ。フン!」
何故か得意げなチビドラ。
「王様が?なんでです?」
「オレ様が知るかヨ。ンなことより年増ァ!!」
「はいはい〜。取り敢えずここを出ましょうね〜」
ファルガバードはチビドラが次に言う言葉を分かっているような素振りで、呆れながらチビドラに向かって歩く。
「今日こそオレ様がオマエよりビッグな男ってことを証明してやるゼー!!!」
チビドラはファルガバードに向かって指を突き出して宣言する。
が、向かってくるファルガバードにそのままポンポンと蹴られ、ドリブルされる。
「あ、オイッ!……やめッ!……オイ!……テメェ!……年増ァ!!」
「はいは〜い」
蹴られる度に言葉を遮られながら、コロコロと転がされるチビドラ。
「ふたりはここで待っててください〜。用事が済んだら戻りますので〜」
「あ、はい」「分かりました」
ファルガバードはそのままドリブルしながら全書庫を出た。
――――
「行きますよ〜!」
「ア”ッ!!」
外に出たファルガバードは、チビドラを軽く蹴り上げ、続いて、鋭い回し蹴りで天高くまで打ち上げる。
自身も贋月を踏み台に飛び上がり、一緒に雲を貫通する。
「――フンッ!」
翼を広げ、空中で静止するチビドラ。ファルガバードと向かい合うと、心底楽しそうに牙を見せながら笑う。
「しゃーッ!!」
そう威勢よく叫ぶと、翼のひと掻きの一瞬でファルガバードの真下に回り込んだ。
「「「いっくゼエェェー!!!」」」
チビドラは大きく息を吸い、まさに劫火というべき火炎を咆哮する。大噴火にも勝る勢いでそれは天に向かい、そのままファルガバードを巻き込み、シルクス上空にあった一切の雲は消え去る。
突如として現れた、満点の快晴と噴き上がる火柱。その光景に、外に出ていたシルクスの住民の誰もが空を見上げ目を奪われる。
青天井の空で数秒間の劫火を放ち終えたチビドラは、間髪入れずに真上に飛躍する。
強者の笑みを浮かべながら、劫火の跡を落雷が如く迫るファルガバードの拳に向かって、頭突きで応戦する為に。
衝突し、激突し、ぶつかり合う、拳と頭。
チビドラの頭突きがファルガバードの拳を押し返す――ように見えたが、チビドラが押し返した分をファルガバードは腕力で押し返し、そのままチビドラを真下の城に向かってブッ飛ばした。
チビドラが落下する先には、島になり得る程度の大きさの贋月が出現し、それを受け止める。が、勢い余って貫通。
そのまま城のど真ん中に突っ込むチビドラ。城はどんどん迫り、屋根を突き破りそうになった時。誰かが屋根にグネリと穴を開け、その下の部屋にいた筋骨隆々の大男が両手でドスンッと受け止めた。
――――
その部屋には、チビドラの他に7人いた。チビドラを受け止めたのはアーガス。1人はボサッとした灰色の髪を後ろで束ねたお爺さん。一番豪華な椅子でだらりと座っている。
残りの5人も、長方形の机を囲んで座ったり立ったり、水の中で浮いていたりしていた。
「相変わらずお主はちっこいのぉ。ジェノラ」
ファルガバードと同じぐらいの背丈があるアーガスに抱えられたその姿を見て、王が言った。
「あン!?誰がちっこいダ!このクソジジィ!」
頭から血を流しながら、王につっかかるジェノラ。
「あら〜。皆さんおそろいじゃないですか〜!」
そう、天井から声をかけたのはファルガバード。ジェノラの炎を浴びてボロ雑巾のようになった服を元に戻して、穴から降りてくる。
しかし、ちょうど下半身が部屋に入ったタイミングで穴がぎゅっと閉じる。
「あ。……え〜。ちょっと、誰ですか〜?トックルさんですか〜?」
ヘソから下を天井でぶらぶらさせるファルガバード。
「し、ししょー!」
「あら♡なんかちょっとイイじゃないの。姉様♡」
「良いわけないでしょ!」
それぞれの面々がそれぞれの反応を示す。
直後、天井の穴が広がってファルガバードがズリっと落ちてきた。
「全く〜。酷いんですから〜」
ズレた服を整えながらファルガバードは椅子に座り、ジェノラも椅子の上に仁王立ちする。
王と8人のキワモノが1つの机に向かった。
「ふっ……こうして見ると壮観じゃのぉ。七曜が一堂に会するのは」
七曜とは、魔王にも対抗し得る力を持ったウィルダリア最強の7人。それぞれ〈日輪〉〈月輪〉〈火星〉〈水星〉〈木星〉〈金星〉〈土星〉の称号を持つ。
日輪――アーガス・キングソード
「……」
渋い顔に金色の短髪がよく似合う、がっちりとした壮年の男。体積で言えばファルガバードよりも大きい。
月輪――レプリト・クライ
「ししょーがいると、よりぱないっスね!」
ファルガバードを師匠と呼ぶのは、元気が良さそうな若い女。紫と翠色の髪が特徴的で、肩につかない程度のショートヘア。耳にはファルガバードと同じような、漆黒と藍色の耳飾りが付けられている。
火星――ジェノラ・チビドラゴ
「……お?そういや、オレ様は年増とやり合ってたハズ……なぜダッ!?」
頭も小さな、小さな竜人。先ほどのファルガバードとの戦闘で頭から血を流しているが、全く気にしていない様子。手を腰に当てながら、椅子の上で仁王立ちしている。
水星――ドール・メリュジーナ
「はあ。相変わらずのバカね。このチビは」
ジェノラに対して当たりが強いのは、水を纏って浮いている少女。水色髪のポニーテールで、腰から先は長い蛇のようになっている。全長10メートルはある人魚だ。ジェノラを高い位置から見下ろしている。
「あン!?なんだァ燃やすぞクソガキ!」
「何よ!沈めるわよバカチビ!」
木星――トーザス・ビンスタック
「まあまあ、喧嘩はよしなさい。2人ともアタシから見たら良い歳してるのよ?んふ♡」
オネエの口調話すのは、抹茶色の唇が特徴的な変態。バッチリメイクが決まっていて、上半身は乳首だけをピンポイントで隠した妙な服装。寧ろ強調しかねない。アーガスと比べると小さく見えるが、マッチョで威圧感がある。
「あ!そうやってすぐ火を吐こうとするんだから!そんなんだからバカなのよ!このチビ!」
「うるせェ!バカとチビは関係ねェだろうガ!焼くぞチビガキィ!」
トーザスの言葉を無視して言い合う、ジェノラとドール。
金星――オーエン・エンマチュハライ
「……大概にせぇ。ガキ共が」
彼女のドスの効いたその声で、場は静まる。綺麗な和服の女性だが、雰囲気が堅気ではない。和服には金の糸で、細長い沢山の花弁が特徴的な花の紋が刺繍されている。
土星――トックル・ドッセイ
「プルプル……ガクガク」
オーエンの横でプルプルしているのは、ツルツル坊主に毛が1本だけ生えたおじさん。団子のような鼻に、小さくもつぶらな瞳。眉はそことなくはんなりしている。顔から下は、マッチョを超えたゴリマッチョ。
「ハッハッハ。……いいのぅ。お主らは集まるだけで面白い」
「本当ですね〜。変なのばっかりで面白いです〜。うふふ〜」
「……言っておくが、お主も含まれとるぞ。ファルガバード」
「ええっ!!」
「当たり前だ」「一番ヤバイっす」「オレ様よりでけェ」「変よ」「姉様には敵わないわ」「ゴツいからのぉ。ファルちゃん」「フンフンフンフン」
全員に言われてしまうファルガバード。
「……そんなことないと思うんですけどね〜?」
不服そうに首を傾げる。
「さて、本題に入るとするかのぅ……」
王は座り直して話し始めた。
「魔王がまた変なことを始めたというのはもう知っておろう」
「おン?ヘンなことって、あのきしょい塔のことカ?ここに来るまでに数本ぶっ叩いてきたゼ。壊れなかったけどナ!ハッハッハ!」
「ちょっと!何やってんのよバカ!魔王が相手なんだからもっと慎重に行動しなさいよ!」
「うるせエ!」
おでこをぶつけ合っていがみ合う、ジェノラとドール。
「おそらくじゃが……今回の魔王の目的は、どこからかやって来る侵略者の撃退。それを、我らヒトを使って成そうとしている」
「魔王の奴らも楽しそうじゃのぅ。わしらに戦わせて、それを見て楽しもうってことかい」
「ま、そんな感じかの。……して、今お主たちにやってもらいたいのは、各地に生えた塔の攻略じゃ。場所は今も探させておる。見つかり次第、お主らにはその塔の核まで行って、それを起動してもらう」
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全書庫にて。
「おおっ……!良いねえ!この心に響くビードとメロディ!」
「縦ノリするしかねぇ!」
大妖精が奏でる音楽に、ノリノリで踊っている唯と智博。
「いや〜!お待たせしました〜」
そんな中に、ファルガバードが少し慌てた様子で扉から入ってくる。しかしふたりは気付かない。
「あら?なんだか楽しげですね〜」
ふたりはドロップからのサビに、抜群に効いていそうな顔で盛り上がっている。
大妖精がファルガバードに気付くと、演奏を止めた。
「あれ。……ああ。なんだファルガバードさんか」
「早かったですね」
ふたりは望ましくないような顔。
「もう〜。ちょっとは私を心待ちにしててくださいよ〜」
「いやぁ、タイミングが悪いですよ」
「む〜。流石ショコショコ様ですね……」
大妖精に対抗心を燃やすファルガバード。当の大妖精はファルガバードの頭をよしよしと撫でている。
「何してたんですか?」
「それがですね〜。元々はチビドラさんに付き合うだけのつもりだったんですけど、色々とやらなければいけないことができてしまいまして〜」
「なんですか?」
「例の塔の機能について、調査の協力をしろと言われてしまいました〜。塔で得た魔法が使えるの、現状私だけですからね〜」
「ああ。あの地図が出るやつとかの」
「そうです。それで、残念なことにしばらくはふたりと一緒に行動できないっぽいんですよ〜」
「え。マジですか?あたしたちファルガバードさんが側にいないと、この世界じゃすぐ死ぬ気がするんですけど」
「うん。魔王とエンカウントする世界だもんね」
「それはちょっとこの世界を誤解してそうですけど……。とにかく、今すぐ私は行かないといけないんですよ〜。ふたりは先にお家に帰っていてください」
「え?どうやって?」
智博がそう疑問に思うと、床から暗闇が湧き出て、そこから紫髪の女の人が出てきた。
「「おー……」」
ヌルッと出てきて、ふたりもヌルッと驚く。
「どーもっ!何も聞かずにふたりをししょーの家まで連れて行けって頼まれたっす!」
出てきたのはレプリト。
「じゃあ、お願いします〜」
ファルガバードがそう言うと、レプリトはふたりを抱きしめる。
「わお」「あ。ちょ」
レプリトはファルガバードと違って等身大の女性な上に、初対面。ふたりにとってはかなり気まずい。
「「うわっ!!」」
気まずい気持ちになっているうちに、ふたりはそのまま闇に引きずり込まれる。
「「うわああぁぁぁ……」」
ふたりは叫び声だけを残していった。
「はあ〜。……もうちょっとふたりと一緒に調べ物したかったんですけどね〜」
ファルガバードは残念そうに、消えてゆく闇を見届ける。
すると、全書庫の扉が開いて声がした。動きやすい服装に着替えた王と、後ろに数人の男女。全員灰色の髪だ。
「用は済んだかの、ファルガバード。……おっ、ショコショコ様。ちょっとファルガバードを借りてもよろしいかの?」
大妖精は頷く。
「ならば早ぅ行くぞ。儂とて王家の血が騒いどるんじゃ」
「はいはい。わざわざ迎えに来なくてもすぐ行きますよ〜」
ファルガバードは全書庫を出て、王について行った。
元ネタがわかりやすいのもありますよね