第1話 巡り、あい
どうなるんでしょうか……。
※既に第一章が投稿されていますが、序章はまだ完結していません。
青々とした草の絨毯が、清々しい風に揺られて心地よい音を立てる。
幻想的なまでに美しい空の中を、1人の女性が飛んでいた。
名前はファルガバード・エリン。少しウェーブがかった黒の長髪で、黒を基調とした服を着こなした妖艶な女性。肌は透明感があり綺麗で、両目は布で覆われている。また、左右の耳にはそれぞれ藍色と翠緑の宝石だけのシンプルな耳飾りが。
ファルガバードは宙に月のような岩〈贋月〉を出現させ、それを蹴ることによって空を高速で移動していた。
――ここも変わったものです。
彼女はどこか遠くに何かを見い出すかのように、感慨に耽る。
――あら?あれは……。
ふと、緑一面何も無い草原の中、不審な肌色が横たわっているのに気づいた。様子を伺おうと地面に向かって切り返し、急降下。スッと地面に降り立つ。
横たわっていたのは若い男女の2人組。どちらも何も身につけておらず、向かい合った状態で動かない。
ファルガバードは様子を探るため感覚を研ぎ澄ます。結果、倒れている男女からは一切の魔力を感じ取れなかった。
――魔力が完全に消えています。死体、ですか。こんなところに、なぜ……。
不可解な死体をよく調べようと、それに近づく。すると、
――!
ふたりの胸のあたりがゆっくりと動いているのに気づいた。ゆっくりではあるが、肺に空気を取り込んでは吐いている。さらに、耳を澄ませると心臓の鼓動音がする。よく見ると体温もある。
ファルガバードは驚き、ふたりの様子を見る。
――これは……ふたりとも生きていますね。しかもまだ健康です。ただ、一切の魔力がない……?どうやって活動しているのでしょうか……。不思議です。
ふたりはそれぞれ、横と後ろを刈り上げた短髪黒髪の男と、サラサラの黒髪を胸のあたりまで伸ばした女。どちらも目は瞑っているが、それでも顔立ちがとても整っていることは分かる。
――この子たち、見た目すごく可愛いですね……。
ふと、男がゆっくりと目を開ける。意識は朦朧としているようだが、目の前で眠る若い女に気づくと、彼女の頬にゆったりと手をやり、そして再び意識を失った。
――あら。あらあら。なんだか凄く尊いモノを感じましたよ〜。このふたり夫婦なんでしょうか〜。それともきょうだいですかね?いずれにせよ愛し合ってますよ〜、コレは。
ファルガバードは腰をフリフリ揺らして喜ぶ。
――保護しましょう。色々知りたいこともありますしね〜。
そう決めたファルガバードは、バサッと手を広げ、服をマント付きのものに変化させる。
そしてふたりを軽々と持ち上げ、その大きな身体とマントでまるっと包み込んだ。
――ああ、やっぱり可愛いお顔してますね〜。結構収まりもいいです。
その場に小さな月、贋月をドスンと置き、胸元にあるふたりの顔をニコニコの笑顔で見つめながら、ファルガバードは家まで空を飛んだ。
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屈んで、ベッドを見ているファルガバード。その大きなベッドの上には、男女のふたりが眠っていた。
ファルガバードがふたりの顔をニコニコ見つめていると、扉がコンコンとノックされ、藍色髪のスラリとした体型の男が入ってきた。
「ファルガバード様。これでよろしいでしょうか」
低く落ち着いた声で訊ねる。
彼の名前はダスター。落ち着いた大人の風格が身に付いた、執事風の格好をした上品な男。耳にはファルガバードと同じような、漆黒と翠緑の耳飾りが付けられている。半目のような目つきが若干怖い。
ダスターは右の手のひらに大きな鍋を乗せて立っていた。鍋が大きすぎて顔が半分隠れている。
ファルガバードはその鍋の蓋を開け、湧き上がる湯気の中からスープを一部宙に浮かせて取り出し、口に運んだ。
「はむっ……ふむふむ、いいですね。流石ダスターさん」
「ええ」
ファルガバードはスープを飲んで確かめると、浮かせたスープをそのまま2つに分け、ベッドで寝ているふたりの口元に運ぶ。
意識のないふたりに、ファルガバードがスープを操って無理矢理飲ませる。
「……魔力を持たない人間ですか。生きているのが不思議でなりません」
ダスターが、屈んでスープを飲ませているファルガバードの頭にそっと鍋を置きながら言った。
「そうですね〜。あんなところで倒れていたのも謎です。そのあたりについては、ふたりが起きたらいっぱいお話をしましょう。うふふ〜」
ファルガバードは楽しそうに笑う。
「ファルガバード様は、おふたりのことがお気に入りのようで」
「そうですよ〜?あ、もしかして妬いてるんですか〜?」
ファルガバードがダスターを煽るように言った。
「違います。この程度では嫉妬などしません。私は気に入った理由が知りたいのです。このような未知の存在、素性も分かりませんのに……」
ダスターは心配そうに訊ねた。
「可愛いからです。一目惚れってやつですね〜」
「一目惚れって……。見た目ですか」
「見た目は大事ですよ〜?中身と同じくらい。もっとも、ふたりは中身も可愛いと思いますけどね!」
ファルガバードは頭に鍋を乗せたまま、興奮気味に主張する。
「はあ。勝手に期待を膨らませるのは、あまり良いこととは思いませんが」
「いいんです〜。そんなことより、なんで私の頭に鍋置いたんですか?」
いきなり落ち着いたファルガバード。自分の頭の上に乗った大きな鍋を指して言った。驚異的なバランス力でこぼさず保っている。
「ああ、駄目でしたか。申し訳ございません。少々熱かったもので……。でもお似合いですよ。ニコッ」
ダスターは素敵な笑顔でファルガバードを見つめる。
「う〜ん……。いい笑顔ですね〜!許してあげましょう〜」
ファルガバードは再びふたりにスープを飲ませ、残りを全て飲み干した。
――――
早朝。整った顔をした男女2人組。大きなベッドで、薄くて柔らかい布を被って静かに寝ている。
ファルガバードがふたりを見ていると、ふと、男が目を覚ました。
「ん……」
「あ!おはようございます〜」
ファルガバードが声をかけると、目覚めた彼は声の方を向き、そしてビクッとした。
「うわあ!!……エッ!?なにっ!デカっ!」
彼はファルガバードに驚いて後退る。すると、横で寝ている女に手が触れた。
「おわっ!?ゆい!?唯!ねえ起きて!なんかスゴイのが!なんかヤバイのが!」
彼女に気づいた彼は、その女とファルガバードを交互に見ながら、肩を掴んで揺さぶる。
「……ん、ふあぁ……?ん、ぉもひろ……」
唯と呼ばれたその人は、ぼんやりと起きる。直後、ファルガバードに気付き、同じように驚く。
「ううぇっ!?こ、怖!なにっ!誰!?」
咄嗟に男に抱きつき、彼もそれを受け止める。
「あらあら〜、まあ落ち着いてください〜」
ファルガバードは混乱している様子のふたりをなだめるが、ふたりは抱き合ったままファルガバードに警戒の目を向ける。
「そんな警戒しなくても〜。別に何もしませんよ〜」
「……何もしなくても怖いんですけど。あの、あなたどうなってるんですか?」
「もしかしてロボット?とかそういうの?」
ふたりはファルガバードに訊ねる。もはやファルガバードを人だとは思っていない。
「ん〜?私は元々こういう感じですよ〜。身体は自然と大きくなりましたし、目は見せたくないので隠しているだけです〜」
ファルガバードがそう説明すると、ふたりは向かい合って話し始める。
「おかしいよな?」
「うん。おかしい」
「……あの、身長3メートルぐらいあるように見えるんですけど、何かの間違いですか?」
「いえ、見た通りで間違いないですよ〜?」
「うそん」
「中になんか隠れてんじゃないの?」
――中に……?服の中ってことですかね?そういえばこのふたり、最初から服を着てませんでした。もしや、服を着ない文化ですか?わざわざ体を隠していると思われている……?となれば、取るべき行動は1つですね!
そんな考えに至ってしまったファルガバード。胸元に手をかけ、はだける。柔らかく重みのあるファルガバードの胸が、ムチンっと露わに――
「わっ!わっ!おおっ!おっふ!!」
「!?急にどうした!?」
なぜか大興奮している女。男は引き気味に戸惑っている。
「見るな智博ぉ!あのおっぱいは目に毒だぞ!」
女は慌てて男に飛びついて、彼の両目を手で塞ぐ。
「うわっ!別に毒じゃないだろお!むしろ薬!てかそっちの方が喜んでるくせに!」
「うるせぇ!麻薬だ!あれは麻薬だ!やばぁアレ。堪んないんだけど」
絡み合ってドタバタするふたり。ファルガバードはそんなふたりを見て「違いましたかね〜?」と首を傾げている。そんな時、部屋の扉が開いた。
「――!ファルガバード様……!」
ダスターは部屋の光景を見て、ドン引きの顔でそこに居た。
「あら……いやん」
ファルガバードは取ってつけたように恥じらう。
「スゥー……まさかそんなに節操がないとは……。尊敬しておりましたのに……」
天を仰ぎ、そして眉間を抑えるダスター。
「あ〜!そんな悲しい顔しないでください〜!誤解です〜!ちょっとした冗談みたいなものですから〜!」
――――
「改めまして……。私はファルガバード・エリン。ファルガバードって呼んで呼んでください。『ファルちゃん』でもいいですよ〜?」
「初めまして。ファルガバード様に仕えております、ダスターと申します」
裸だったふたりに適当な服を着せ、落ち着いたところで改まって自己紹介。
「えー、呉宮智博です。なんか記憶があやふやですけど、多分18才のはず……です」
短髪黒髪の男の名前は呉宮智博。身長はダスターより少し低いぐらい。かなり筋肉質で引き締まっており、何気ない動きからでもその運動能力の高さが伺える。顔立ちは爽やかで男前。声はゆるい。
「瀬名唯です。同じく多分18才」
長髪黒髪の女の名前は瀬名唯。身長は智博の鼻の高さぐらい。低くはない身長だが、18にしてはあまり大人っぽくはない体つき。一方、目つきは鋭く、声も智博と比べるとキリッとしており、そこに幼さは感じられない。
「トモヒロさんと、ユイさんですね。よろしくお願いします〜。まずはこうなった経緯を説明しましょうか〜」
「はい、お願いします」
「2日前、私が北西にある草原の空を飛んでいた時のことです――」
ファルガバードは、草原でふたりに出会い、そして保護して今に至ることを説明した。
「……」
ファルガバードの説明を聞いたふたりは、少しの間顔を見合わせる。そして唯が口を開いた。
「えと……ありがとうございます。助けて貰ったみたいで。で、ここって日本ですよね?日本語喋ってるし」
「ニホン……?いえ、残念ながらそのような地名は聞いたことありませんね〜。ここは……そうですね〜、敢えていうなら、ウィルダリア大陸という場所ですけど〜」
「ウィルダリア大陸……?智博知ってる?」
「知らない」
「だよな。……あ、じゃあ質問を変えます。ファルガバードさんは何語を喋ってるんですか?」
「ナニゴ?喋ってるのは人間の言葉ですよ〜?あ、私これでも人間ですからね〜?よく、神の使いかと思われちゃうんですけど〜」
ファルガバードは冗談ぽく言った。
「……いやぁ、ちょっとラチがあかないな」
思った通りの返答が返ってこなくて、若干イラついたような様子の唯。
「あの、今のところ俺たち、よく分からない人がいるよく分からない世界に裸で飛ばされたようなカンジなんですけど。どういうことなんですか?」
自分でも頭の整理がついていない様子で、今度は智博が訊ねる。
「さあ、そういうことなんでしょうかね〜?」
「そういうこと?」「え?」
「いきなりですが、ふたりはこれを見てどう思います〜?」
唐突にそう言ったファルガバードは、手をかざした位置に水を生成し、球になった水を宙に留めた。
「え?ん!?」
「どっ……どっから水が?しかも浮いてるし!」
目を丸くして驚くふたり。
「驚きましたか〜?」
「えっ。だって、水……どっから……」
「マジ?これ、触れる……?」
「触ってもいいですよ〜」
ふたりはゆっくりと、指を宙に浮いた水の球に近づけ、そしてピトンと触れた。冷たく柔らかい感触が伝わる。
「本物だ……」「うん……」
「このおふたりの反応、水魔法それ自体に驚いているご様子ですね」
「「魔法?」」
ふたりは「魔法」というワードに驚く。
「ええ。魔法が存在しない別世界から来てしまったと考えるのが妥当ですね。差し詰め〈異世界人〉ってとこでしょうか〜」
「異世界……」「マジ……?」
信じられないという顔で、ファルガバードを見つめた。
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ちなみに、ファルガバードの身長はバスケのゴールより若干高いぐらいです。