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怖がられることに不満なので、全てのオバケは可愛くしてやる

作者: おむすびころりん丸

 ここに一人の神がおったそうな。名をバケガミという。バケガミ家は先祖代々続く由緒正しき神の系譜で、つい最近十三代目の当主となった。


 バケガミはお化けを纏める神であり、童の如し尼削ぎに、五衣唐衣裳をその身に召す。市松人形にいと近し、幼き少女を思わせるが、青白き肌は血に塗れ、片目は黒目がちのつぶらだが、もう片側は血走る三百眼。げに恐ろしきバケガミであるが、此度はなにやら物憂げの様子。


「気に食わぬ。なぜ先祖代々お化けどもは、人々を驚かさなければならぬのじゃ。人を脅えさせたところで意味もなく、褒美もなければ、忌み嫌われる不毛な存在と成り果てる。この悪しき風習、必ずやわらわの代で変えねばならぬ」


 握る茶飲みは怒りに煮えて、吐き出す言葉には熱が籠る。血の気の失せた白き肌に、浮かぶ青筋は激情ゆえか。旧き習わし許すまじと、血走る眼は常から血走る。


 聞きようによっては、物乞いのようにも聞こえるが、しかしこのバケガミは、決して褒美を望んではいない。慣例的な風習に、ただただ意味が欲しかった。口惜しと、指を咥えて滲む血液。唇に這わせ、鏡を覗くバケガミは、ピンと一つ閃いた。


 場所は変わって、ここはバケガミ家の表座敷。数多のお化けどもが列をなし、頭を垂れては——中には首無き者もいるが、とにかく遜り暫く経つと、奥へと続く御寝所の襖が、ぴしゃりと左右に開かれる。


 闇から覗く威風堂々、たわわとなった胸をひっさげ、バケガミは摺り足すりすり、懇ろに膝を折ると咳払いを一つ、集まる衆に問い掛けた。 


「一つ聞きたい、ぬしらはなぜ人々を驚かす。何を得る訳でもあるまいに、まったく不毛で、甚だ無意味だとは思わんか?」


 その問いに面を上げるのは、まげ頭の平吉。脳天を貫く矢がトレードマークの、戦国から続く古参のお化け。問い掛けの意味に首を傾げ、合わせて矢じりも上を向く。


「いや、バケガミ様よ。なぜかと言われても、お化けは人を驚かすのが仕事だろう? だからあっしは人を驚かしてるんだ」


 平吉の答えは模範的で、みな揃って首を縦に振った。それをバケガミは無様とし、袖から覗くちんまい手で、頭を抱えては肩を落とす。


「なんと愚かな……わらわが聞きたいのはその所以、なぜそれが仕事だと思うとる。そこに疑問は持たぬのか?」

「うぅむ、特にないなぁ。生きてる時だって、お化けは人を驚かすものだと思ってたしよ。死んだ後もやっぱりそうするべきかなって、なんとなく続けてましたわ」

「馬鹿者め! 頭の棒切れ引っこ抜いて、代わりに味噌でも詰めてやるわ! さすれば少しはましになろう。良いか、我らも生ける人間同様に、時代に合わせて、在り方を変えていかねばならぬのじゃ!」


 平吉は戦国の世から死んでいる。されどお化けといえども、時代が変われば世代も変わる。平吉だってかの時代では、新しきお化けであった訳で、そして今この時代、変わらず新世代は訪れる。逝きとし逝ける者、成長失くしては前に進めず。


「よって! これよりお化けたちは人を驚かせることを禁ずる! 人々に好かれ、愛される存在となるのじゃ! それが新しき、死ん()世界の幕開けじゃ!」


 袖を振り上げ、天を仰ぐバケガミの雄姿。万雷の喝采を浴びようものだが、存外みなの反応は微妙だった。何故ならそこにはとある一つの、明文化された掟がある。


「とはいってもよぉ、お化けは人との関わりは禁じられているだろう?」


 平吉の言うように、お化けは人とのコミュニケーションを古来より固く禁じられている。関われば人の世は大いに乱れ、取り返しのつかないことになるからだ。


 それも一つの悪しき風習なのではと、だがさしものバケガミも、この掟には肯定的だ。呻き声や独り言、その程度は関わりとは区別されるが、会話を試みたり文を書いたり、意志の疎通はもってのほか。


 これを犯した事例があり、あるお化けは縁ある生者に賭け事で、相手の役を密かに伝えた。分かりやすく言い換えれば、カードを使ったギャンブルで、あなたは自分の手札を見れる。そして仲間のお化けに頼んでしまえば、相手の手札を聞くことができる。かの者はそれで大勝ちし、人の世は大いに荒れた。そして今や個人情報やインサイダー、やろうと思えば幾らでも、最強のスパイとして活用できる。


 故に大罪、お化けの世界では、人と親しくすることは禁忌とされる。お化けはただ柳の如く、そこにいることだけが許されるのみ。


「愚か者め、禁忌はわらわも重々承知じゃ。よってやることはただ一つ……」


 バケガミの瞳が漆黒に落ちる。霊気が張り詰め慄く霊たち、朽ちたはずの汗腺からは、滲むように汗が浮かんだ。そんなバケガミの異形とは。


 這い出る舌先は恨めしく、瞑る片目はおどろおどろしい。五指は怪しくうねり出し、示指に中指がそそり立つ。それをゆらりと、冷えた頬にあてがえば――


「可愛くなるのじゃ☆」


  (・ڡ<) v これである。


「は?」


 呆気に取られるお化けを前に、血の気の失せた顔を赤らめ、気を取り直しては事の詳細を語るバケガミ。


「我らお化けというものは、写真に写ることができよう。いわく心霊写真というものじゃが、ぬしらは毎度毎度のごとく、阿呆面ひっさげ人々を脅かしよる。それでは駄目じゃ、駄目駄目じゃ。故にぬしらは厚塗りをし――」

「盛る、ね」

「いと可笑し面をし――」

「変顔、ね」

「人々のお化けへの印象を良きものに変えるのじゃ!」

「しかしバケガミ様!」

「なんじゃ?」

「バケガミ様のお顔が一番怖いです!」

「黙れ! この血塗れの顔は長き年月でこびりつき、拭けど洗えど落ちんのじゃ! しかして、そんなわらわも此度の意気込みは違うのじゃ。見よ」


 懐を漁るバケガミの手に、ビニール袋が握られる。その中身はぱんぱんに膨らんでおり、反してたわわに思えた鳩胸は、やにわにしぼんで平となった。


 ざわざわ

 はぁ……

 ざわざわざわ


「この”びにぃる”袋に詰まるは化粧道具。”ふぁんでぇしょん”やら”あいらいなぁ”やら、数多なる化粧品を買ってきた。加えてな――」


 そこでバケガミは背を向けて、なにやらごそごそと蠢きはじめる。果たして何が起きるやら、高まる期待が退屈に変わる一刻後、慣れない”それ”との格闘を終え、遂にバケガミは振り返り、つぶらな両目を見開いた。


「わらわの血走る片眼も”からこん”とやらを使えばこの通りじゃ!」

「おぉおおお!」

「ふふふ、可愛かろう」


 今ここに、バケガミは手を掲げる。もはやお化けは手首を垂らさず、ブイの字を作ることがこれからの時代。そして最終目標は――


「これらを駆使して可愛くなり、人に癒しを与えるべく、我らお化けは”すぅぱぁあいどる”となるのじゃぁあああ!」



 こうしてバケガミのお化け改革は始まった。噂は千里を駆け巡り、瞬く間にお化けたちの中で広がりを見せる。人々を驚かすことを禁じられ、代わりにありとあらゆる化粧道具に、多種多様な衣装の配布。お化けたちは可愛く着飾り、顔に自信がなければ面白メイクに変顔に、人々の写真の中に積極的に写りこんだ。


 かえって怖いと、そんな人々もほんの一部分は見られたが、結果としてお化けに対するイメージは、ガラリと様変わりすることになった。


「ふふふ、見るがいい、間抜けな歴代当主どもよ。わらわはお化けの、負の”いめぇじ”を払拭し、新たな時代を築き上げた。いまやお化けを恐れる者はごく僅かで、それも旧き老害のみ。先入観の少ない童子に至っては、一人たりとて恐れる者はおらん。世代が変われば、お化けに恐怖する者は皆無となる時が来るじゃろうて」


 大いなる野望を達成し、ご満悦のバケガミ。するとそこに、慌てた様子のお化けが一匹、座敷の襖をすり抜けて、転がるように飛び込んできた。


「バ、バケガミ様ぁあああ!」

「不躾じゃぞ、まったく。して、なにをそんなに慌てよる」

「やべぇよ、やべぇんだよ!」

「何が言いたいのかさっぱりじゃ、まったく要領を得ぬ。息を整え一から話せ」


 しどろもどろのそのお化け、大きく息を吸っては吐いて、しかし呼吸の必要もないのだから、これはただのおまじない。


「あのな、バケガミ様。オイラはついさっきよ、大変な所を見ちまったんだ! 廃屋の中に男が二人、こそこそ話をしてたんだけどよ、近くでよぉく聞いてみたら、危ねぇブツの取り引きだったみてぇなんだ」

「ふむ、まぁ善くはないが、何も驚くことはあるまい。お化けをやってれば否応なしに、見ることのある光景じゃ。人気の無い所には、幽霊に加えて悪人も集まりよる」


 取引に始末に、暗闇は犯罪の温床なのだ。今更それを憂うバケガミでもないが。


「ちげぇんだよ、バケガミ様! そのブツのやり取りをしている所に、男女のカップルが来ちまったんだよ! そして口封じの為に……」

「それはなんと不憫な……運が悪いとしか言えんな。して、場所はどこなのじゃ?」

「場所は伊邪那岐(いざなぎ)市の山奥の廃旅館だよ」

「な、なんと! そこは呪われし旅館と名高い、誰も寄り付かぬ廃墟ではないか! 何故”かっぷる”はそんな廃墟に足を運んで……」


「バケガミ様ぁあああ! てぇへんだぁあああ!」

「なな、なんじゃ!? 次から次へと騒がしい……」

伊邪那美(いざなみ)町にある神社の脇の坂道で、夜に女が襲われるところを見ちまったよ! 可哀そうに、あたしゃあ何もしてやれなかったよ……」

「ななな、なんと! そこは冥府に続く坂道と噂され、闇夜に通る者など皆無の怪道ではないか! おなごは何故わざわざ、そのような道を選んで……」


「バケガミ様! 酷いことが!」

「ななな……」

「バケガミ様! 大事件だ!」

「あう……」


「バケガミ様!」

「バケガミ様」

「バケガミ様――」


 相次ぐ事件の勃発に、バケガミはほとほと困り果て、力なく項垂れた。人気のないところに犯罪は起きる、それは今も昔も変わらない。しかしその場に部外者が居合わせるなど、ままあることではなかった。


「何故じゃ……いずれの報告も、げに恐ろしき逸話のある、近寄り難き場所のはず。だというのに、何故わざわざ揃いも揃って、人々は足を運ぶというのじゃ」


 面を上げてみると、そんなバケガミを心配そうに見つめるお化けの面々。みな華やかに彩られ、そこには逸話の由縁となるお化けたちも含まれて――


「――――あっ!」


 習わしには、必ず何かの意味がある。意味があるから残っている。旧きものだからだと一蹴したが、遂にその時バケガミは、代々のしきたりの意味に気付いた。


「人々を脅かし恐怖をさせる。わらわが不毛としたそれらの行い、危険な場所への忌避だったのじゃ。”かっぷる”は可愛くなったお化けを、二人で探しに行ったのだろう。夜道を歩く”おなご”は、怪道から街道へと戻ってしまった、近道を使ってしまったのだろう。”あいどる”などと、安易にお化けの恐怖を奪い去り、人々を犯罪の場へ近付けてしまった。わらわはなんと馬鹿だった、そんな大事なことにも気付かずに、先祖代々が築き上げた、人々への警告を無に帰した」


 既に成仏してしまった先祖たち、愚かとした己が恥ずかしい。バケガミは先祖の想いを胸に宿し、新たにここに決意を固める。


「目ぇ瞑っちまって……どうしました? バケガミ様――」

「阿呆! 馬鹿! 間抜け! うぬは何時までふざけた化粧などしておるのじゃ! はがせはがせ、はがさんかい! 可愛く写るのも今後は禁止じゃ! 古くからの習わしに従い、我らは人々を驚かせ、恐怖させることに専念するのじゃ!」


 しっしと、集うお化けを追い払うと、静まりかえる座敷に一人、手首はだらんと床に向く。そしてゆっくりと振り返れば、血走る眼が――あなたの方へと……

 

「悪霊、亡霊、魑魅魍魎。わらわはその上に立つ化け神じゃ。怯え慄け、わらわを恐れよ。謂われのある場所に近付けば、呪うてやるぞ、うらめしや~」 

息抜きに過去に書いた作品のリニューアル。バケガミは生きる人間を思い遣る、とても優しい神様です。

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