7.赤髪の少女
「……なんだ嬢ちゃん。見ない顔だな」
「関係ないでしょ? それより、ここなら情報が買えるって聞いたんだけど」
淡々と言っているが、どこか焦った感じに見える。
それに……果汁の匂いがする。
この辺だと珍しい匂いだな。
バルバトスも気付いたのか、香水の正体を呟いていた。
「ほぉ、リンゴの匂いか。森人かの」
森人……? 隠れて生活している人種のことだ。
例えば、魔族とか獣人とかが当てはまる。
彼らはスキルを持てないため、人間に負けたと言われている。
その結果、人間社会では奴隷か娼婦の道しか生き残る術はない。
ごく一部は人間から逃れ、森で暮らしていると言う。
ひょっとすれば、彼女は魔族か獣人かもしれない。
「うちは闇ギルドの創設や依頼関係を扱っているが、そういうのはやってない。帰んな、情報はやれねえ」
無理もない。
下手に情報を漏洩してしまえば、信用関係が崩れてしまう。
そんなこと、自ら命の危険を晒すようなものだ。
せめて、顔見知りや信頼できる人物なら違うのだろう。
「……チッ。ここもダメなの……」
聞こえる音声で舌打ちしている。
ローブの下から垣間見える赤髪が印象的に映った。
少しだけ鼻が高く、顔立ちが整っていると思えた。
「それに悪い事は言わねえ。【スネイクギルド】には手を出すな。アイツらは女、子どもでも敵意のある者には容赦しない」
「仕方ないじゃない……時間がないんだもの」
何やら焦っている様子だ。
余計な口出しをせず黙っていると、テーブル席に居た酔っ払い集団が近寄ってくる。
「ひくっ……うぇ~、なぁお嬢ちゃ~ん。俺たちと遊ばないか~?」
腕を回され、複数人の酔っ払いに絡まれている。
「離してちょうだい。私は忙しいの」
「そういうこと言うなって~。な? 一杯やるだけだからさ、その後の面倒も見てやるぜ?」
亭主も我関せずと仕事に戻る。
他の客も無視して酒盛りしていた。
バルバトスはその光景が気になったのか、俺に問いかけて来た。
「なぁ、なぜ奴は絡まれておるのだ? 知らない奴だろ?」
「美人だからじゃないか? 男は美人と飲むと酒が進むんだ」
「ふむ……では! 我と飲んだら無限に飲めるということか! 我が美人だと証明してやる!」
なぜ自分は美人だと思っている。
まったく、何を言い出すかと思えば、そのちんちくりんな体で美人はないだろ。
……証明すると言ったか?
嫌な予感がして隣を見ると、バルバトスがいつの間にか酔っ払いに絡みに行っていた。
「我と飲むが良い! バルバトスの名に置いて、許す!」
「はぁ? なんだこの餓鬼。バルバトスの名に置いてって……ぶっ! こ、こいつ面白過ぎるぜ~!」
酔っ払い集団が一斉に、腹を抱えて笑い出した。
「な、なぜ笑うのだ!? 美人と飲みたいのだろう!?」
「餓鬼なんかと飲める訳ねえだろ。ほら、餓鬼はおねんねの時間だぜ」
そう言われ、踵を返して俺の元へ走ってくる。
そのまま胸の中に飛び込んできて、泣き始めてしまう。
「うぐ……うわぁぁぁっ! サウロン! アイツら酷いのだ! 我のこと餓鬼って言うのだ! バルバトスなのに! 強いのに!」
……おい、バルバトスの威厳はどこ行った。
視線を戻すと、俺たちのことを見た酔っ払いが言う。
「サウロン? へっ人事ギルドを追放されたっていうゴミスキル持ちか!」
「まぁな。それより、その子に関わるのはやめた方がいいぞ」
「あぁ? なんでてめえが口出してくんだよ」
「……その子が剣を握ってるからだ」
ローブ姿の彼女は剣の柄に手を伸ばしていた。
出来ることなら、この場で血なんか見たくない。
「なに? うわっ! く、クソ……女のくせに、剣なんか持ちやがって……っ!」
斬られると思ったのか、酔っ払いはその場を後にした。
剣を見てビビるくらいなら、最初から関わらなければ良かったのに。
「……ありがとう。助かったわ」
整った顔立ちに、よく見るとこげ茶の色濃い赤髪が印象的な少女だった。
年齢にあまり差は感じないが、どこか違う。
あと、よく見ると頭の上が少しモサッとしている。
「気にしなくていいよ。それよりも、耳。ローブでも隠しきれてないぞ」
首を傾げ、また頭上の膨らみがピクピクと動く。
……獣耳か。
「あっ! き、気付いていたのっ!?」
咄嗟に抑えても、もう遅い。彼女は顔面蒼白になりながら、俺への警戒心を強めていた。
……別に、獣人に対して嫌悪感は持っていない。
差別意識もないし、興味は……少し触ってみたいなとは思うが。
「君が何であれ、言いふらさないよ」
「……そう? ふ、ふ~ん……人間なんて信頼ならないけど、あんたは違うみたいね」
少し高圧的だが、嫌な感じは覚えなかった。
照れ隠し、という奴だろうか。
「……ところで、なんで【スネイクギルド】の情報を?」
普通であれば、俺は無視しているだろう。
だけど、彼女が獣人であること、【スネイクギルド】が奴隷売買の温床であることを考えると、自ずと答えは見えて来る。
彼女は俺に話していい良いか、逡巡していた。
バルバトスの懐き具合で安心できると判断したのか、静かに口を開いた。
「妹が、【スネイクギルド】に攫われたのよ……」
獣人は高値で売れると聞く。
人間よりも丈夫で長持ち。劣悪な環境でも生きられる。
特に小さい子は極上で、上級貴族が欲しがる物ナンバーワンだった。
自分も危険な目に遭うかもしれないのに、家族を助けるために来たのか。
……俺も、家族を救えることができたのなら、どれほど良かっただろうか。
家族を失った悲しみをよく知っている。そんなの、誰にも味わってほしくない。
俺は彼女を無視することが、できなかった。
「……取り戻すために来た、と」
「えぇ。お願い、教えて欲しいの。妹さえ取り戻せたら、すぐ森へ帰るわ」
「残念ながら、無理だ」
「……な、なんですって?」
俺もほとんど情報を持っていないし、相手にするにしてもこの町で最もデカいギルドの一つだ。
しかも獣人の奴隷となれば話は別だ。取り戻すのは容易じゃないだろう。
「【スネイクギルド】に手を出すんだ。例え、妹を取り返せたとしてもアイツらは地の底まで君たちを追って来るぞ」
「そ、そうかもしれないけど……」
彼女に口を挟ませる前に、俺は続ける。
最初からやるつもりだったことだ。
それが早まっただけのこと。
【判断力】を使わなくとも、これは俺にとって決定事項だ。
「だから、やるなら徹底的に。根本からごっそりと潰す」
家族に手を出す奴を許してはいけない。
潰すためには、協力者が必要だ。
絶対に裏切らない協力者。
丁度、その人物が目の前に居た。
手を伸ばし、告げる。
「俺はサウロンだ……で、協力するか? ちなみに俺は勝算のない戦いはしない」
「…………もう何十件も聞きまわったけど、あんたが初めてよ。そんな頭のおかしいことふっかけてきたの」
頭がおかしいとは失礼な。
これでも目的のために動いているんだ。
完璧な闇ギルドを作る。どうせ障害を潰すなら、早い方がいい。
「あたしはセシア。赤髪のセシアってみんなには言われているわ……その、よろしく」
ぎこちなく握手を交わした。
【大事なお知らせ】
ここまで読んで頂きありがとうございます!
皆様の応援や声援が執筆の原動力になっています!
「面白かった!」
「今後も楽しみ!」
と、思われたら下にある評価を『★★★★★』で応援して頂けると嬉しいです!
頑張ります!