6.帰還
琥珀亭に戻った俺は、カウンター席に座る。
夕方になると昼間と比べ、仕事終わりの労働者が多かった。
汗だくになって働き、仕事終わりは冷たいビールを飲み干す。
俺には分からないが、きっと旨いのだろう。
俺の隣にバルバトスも座って、ウロウロと辺りを見渡していた。
「なんじゃ、ここは」
「酒場だけど、初めてなのか?」
「あ、あぁ……人間社会に来ること自体が初めてじゃ」
ふむ。じゃあ、お菓子を食べたのも初めてだったのか。
人間の食べ物に興味があるのか、鼻を何度も啜っていた。
犬みたいで少しばかり微笑ましくなる。
「なぁサウロンよ。あれはなんじゃ」
奥のテーブル席にいる人を指さして問いかけて来る。
黄色い生地の下に、トマトで炒めたご飯の……まぁオムライスが気になったのだろう。
ぐぅ~っという音とヨダレが見える。
そうか、卵焼きを知らないんだ。
「オムライスだけど、食べたいのか?」
「お、おむらいす? ……よく分からんが、食べてみたい!」
頼むべく、厨房にいるであろう亭主に声を飛ばした。
「亭主。オムライスを一つ頼めるか」
厨房から出て来た亭主は、俯きながら元気のない足取りでフライパンを握った。
何かあったのだろうか。
「あぁ……恩人を殺しちまった……息子にワイン酒製造所の仕事をくれた恩人を……殺しちまった……」
「亭主……?」
「へっあ、あぁ! 注文だな! お、オムラ……さ、サウロン?」
「そうだが……あと、これも」
依頼書と一緒にバルバトスの鱗を渡した。
俺が依頼を達成すると思っていなかったのか、亭主が目を見開いて「は? は?」と繰り返していた。
「えっ討伐したのか!? Sランクモンスターを!? マジかよ!」
亭主が声を張り上げてしまう。
自分の行動が失敗だと悟ったのか、咄嗟に両手で口を塞ぐ。
琥珀亭に居た客の全員の視線が集中した。
「あ、あ~、なんだ、勘違いか~! そうかそうか~! 冗談か~! アハハ、ビックリしたなぁ~!」
大声で誤魔化し、その場に居た人々も「なんだ冗談か」と酒の続きに戻った。
……ビックリした。急に大声出さないで欲しい。
カウンター席から上半身を突き出して、耳打ちしてくる。
「ほ、本物か……?」
「偽物じゃない……一応本物だ」
なんなら、本人が隣に居るしな。
当の本人はスプーンとフォークを握って不思議そうな顔をしている。
「そういえば、人間界に居たドラゴンがこう言っていたな。『ご飯を催促する時は、食べ物の名前を叫びながらテーブルを叩く』だったか」
そう言い出すと、「お・む・ら・い・す! お・む・ら・い・す!」と一人で始める。
……あとで矯正しておこ。こっちが恥ずかしいわ。
「生きていたのか……良かった……っ! 本当に良かった!」
「そりゃ、勝算の無い戦いはしないからな」
【判断力】を使わなくても、ある程度は自分で考えて行動することを心掛けている。
頼りきっていると、そのうち痛い目を見るだろうからな。
合理的な判断を下してくれるだけで、そこに情や未来までを見通す力はない。
「いやだって……お前さん……てっきり死んだとばっかり……」
じーっと眺めるバルバトスに本能が危険を感じたのか、亭主が「わ、分かったよ……」とオムライスを作り始めた。
手際よく作りながら、口だけは動かしている。
どうやら酷く心配してたのか、よく見ると顔色が悪かった。
徐々に良くなってきたけど……なんでだろう。
「……規則通りに言えば、あんたはこれで闇ギルドを始められる訳だが、正直オススメはしない」
「そういうのって、期待の新人として依頼が来そうな物だが……」
「そもそも、あの試験は度胸試しでもあったんだ。ギルドマスターとしての度胸と実力を測るための物。その後の裁量は細かく規則で決められている。討伐までしたとあっちゃ……Sランク確定だろうがな」
なるほど。誰が作ったのかは知らないが、闇ギルドには闇ギルドのルールがあるらしい。
でも、オススメしないというのは変だ。
俺に実力があることは分かったはずだ。
「この町ではオススメしない、だ。知らねえのか? 【スネイクギルド】と【ヴァンパイアギルド】って言うのを」
「……いや、聞いたことはある」
極悪非道のギルド。
【スネイクギルド】
奴隷売買や人材派遣。暗殺を生業をしている。
だいぶ大きな組織で、フォルド町の闇を半分牛耳っている。
情報屋かつ暗殺の闇ギルドだ。
【ヴァンパイアギルド】
商人の闇ギルドで、市販では手に入らない植物や魔道具などを売っている。だが、どれも盗品だったり破格の税を課せて売っている。フォルド町の闇を半分牛耳っている。
他には高利貸しとして、闇金ギルドと有名だ。
フォルド町の二大闇ギルド。
そこに割り込んで行けば、利益を取り合うこととなる。
しかも、創設からSランクなんて期待の闇ギルドだ。
邪魔されるか、または消されるかは目に見えていた。
「例えお前さんがどれだけ強くても、フォルド町の二大ギルドは王都にまで名が知られてる」
「……構わないさ。邪魔をするなら潰せばいい」
闇ギルドってこと自体、元々は黙認されていることだ。
それに、今は幸運にもバルバトスがいる。
武力で負けることはない。
邪魔をするなら根絶やしにする必要があるだろうが。
「アハハ……冗談に聞こえねえな」
オムライスができたのか、ソースをかけてバルバトスに渡した。
「ふむ。これはおむらいす、とやらか。では頂こう……ほわほわ……あつ……ふ、ふわふわだ!?」
オムライスの触感に驚いて、目を輝かせる。
そんな光景に亭主が自慢げに頷いた。
オムライスは亭主にとって自慢料理か。
「ところで、その嬢ちゃん……どこから連れて来たんだ?」
「サトウフラワーの産地」
「秘密ってことかい……そらそうか。実は実力を隠してたんだもんな……誰にだって秘密はある。いや、これは聞いた俺が悪いな。すまねえ」
なんか勝手に勘違いされてないか?
事実を言っただけなんだが。
かと言って、正体はバルバトスです。なんて言っても信じてはもらえないだろう。
「サウロン。お前さんには正直謝らなくちゃならねえ。俺の息子が世話になったのに、危ねえ真似をさせちまった」
「息子……?」
「あぁ、ワイン酒製造所の仕事を斡旋してくれたんだろ?」
あー……あの人か。
娘ができたばかりで、どこの仕事も経験がないから雇ってくれず人事ギルドに来たんだっけ。
妻と子どもを養うだけの安定した職かつ、経験の要らない仕事を勧めたんだ。
だから、恩人を殺したなんて言ってたのか。
俺は当たり前のことしただけなのに……自然と人を救っていたことが嬉しく感じる。
「結婚を反対して、琥珀亭から出て行っちまったがな……正直会いてえな」
「娘ができたらしいぞ」
「ほ、本当か!? ……アイツもついに、一人前の父親か……」
「ワインに合うツマミでも持って会いに行けばいい」
「おいおい喧嘩して、親子の縁を切るとまで言われちまったんだぞ?」
果たしてそうだろうか。
俺の見立てでは、そうならない気がする。
経済的な支援も欲しいはずだ。子どもを育てるのは人手がある方が助かる。
「……なら、金も持って行って謝ればいい。【判断力】もそう言ってるからな。信頼しろ」
「アハハ! そうだな。そこまで言うのなら、ツマミと金持って会いに行ってみるか!」
結婚に反対していた、と言っているがやはり息子が心配なんだろう。
様子から見るに、結婚してしまった以上はどうしようもないと亭主は諦めているみたいだしな。
「これがオムライス……人間の料理とは不思議じゃなぁ……こんなにも美味しいとは……」
喧噪に包まれる中、無事に闇ギルドもSランク認定された。
作ることは簡単だ。なぜなら正規でも何でもないからだ。
難しいのは維持することだ。
フォルド町の二大ギルドがいるせいで、新規の闇ギルドは参入することができない。
どうやって攻略するか悩んでいると、俺たちの隣の席にローブを羽織った人物が座る。
女性の透き通った声音で手数料を支払う。
「……亭主。【スネイクギルド】について、教えて欲しいんだけど」
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