4.古龍バルバトス
フォルド山の麓。
サトウフラワーが群生している畑で、一匹のドラゴンに果敢に挑んでいる女騎士がいた。
白銀級冒険者。
白銀、黄金、赤、蒼、白、黒。
高ければ高いほど価値と実力がある。
王都ですら、二十人といない実力者の階級であった。
討伐難易度Sランク。
最上位の冒険者を持っていしても、古龍バルバトスの討伐には至っていない。
「くっ……古龍バルバトス! 貴様のせいで、皆が困っている! 去らぬと言うのなら、ここで討伐する!」
『……戦うつもりはない』
「そちらになくとも、私にはある! 白銀級として、皆のために戦う!」
剣を振りかざすも、刃先が削れ火花が散った。
バルバトスの巨躯の鱗に刃は通らず、弾かれていた。
ミスリル製の剣ですら、バルバトスには届かない。
「堅すぎるっ……!!」
バルバトスが翼を羽ばたかせ、強風が吹き荒れる。
その余波に巻き込まれた女騎士が、地面に伏せた。
『恐れを知れ、人間』
バルバトスが口内に紅い光を貯め、解き放つ。
膨大な熱量が空気中の水分を蒸発させ、息苦しくなる。
女騎士は必死に口で呼吸し立ち上がろうとする。
だが、バルバトスの紅い目に恐れをなし、足に力が入らなくなってしまった。
圧倒的な差。絶望的な距離に死を直感していた。
『滅龍隕石────』
ドラゴンの声と共に、遠くの方に咆哮が放たれた。
バゴォォォォォォン────────
離れた無名の山を砕き、大穴を開ける。
「ば、化け物……っ」
『……我は戦うつもりなどない』
戦うつもりがない……それでも、あれは人類にとって危険すぎる。
私がやるしかない。
必死に立ち上がろうとするも、恐怖に支配されている体が言う事を聞くことはない。
(た、立つことすらままならないとは……っ! 白銀級の私ですら、無理だというのか……)
失意の中、ふと視線をあげると一人の男がいた。
手には箱詰めされた菓子を持っていて、逃げろと叫ぼうにも、声は先ほどの熱で枯れている。
(な、なぜこの古龍の前で平然と立っていられるんだ……っ!)
女騎士は己の不甲斐なさと恐怖に負けていた。
目の前の男は何かが違う。
それは羨望の眼差しとして、映っていた。
*
サトウフラワーを踏まないように座って居る辺り、読みが当たっていると確信した。
立派なドラゴンに、ほぉと声を漏らす。
凄いな、鱗も堅そうだ。
「お前が古龍バルバトスか?」
『……また客か。我の安らぎを邪魔するのなら、容赦はしないぞ』
「違う、ここには交渉しにきた」
バルバトスが翼を降ろし、訝しげにストンと座った。
やっぱり会話はできるみたいだ。五百年は生きているバルバトスともなれば、喋れない方がおかしいか。
何かと戦っているように見えたが……気のせいか。
『我と交渉だと? ふむ……いい度胸だ』
「この地から離れて欲しい。もちろんタダで、とは言わない」
そのための秘策も買って来た。
そもそも、古龍バルバトスを討伐することが出来る人間なんて、そうはいない。
バルバトスは伝説によれば、魔龍大戦という龍の戦争における英雄らしい。
もしかすれば戦って倒せるかもしれないが、できるなら荒事は避けたい。
『代償はなんだ? 貴様の命か? それとも戦いか? その余裕、相当のツワモノと伺える』
確かに剣は扱える。
訓練してきたからな……とある奴を殺すために。でも、今は力じゃない。
話し合いだ。
「違う……代償は、これだ」
『なんだその小さな箱は』
「菓子だ。ここにあるサトウフラワーを使った物だ」
『なんだと?』
目の色が変わる。
大体、そんなことだろうとは思った。
この辺りは魔力や邪気と言った類の物はない。なのに、ドラゴンが来るのはおかしい。
狙いとしてはサトウフラワーの蜜だろう。
結構高かったんだからな……誰かさんのせいで値段が高騰してたから。
でも、これで解決できるなら安いもんだ。
「お前、甘いのが好きなんだろ?」
『な、なぜそれを……っ! ゴホンッ……そ、そんな訳なかろう。我が甘い物好き? ふん、笑わせるな。別に甘い物を食べると気持ちが穏やかになる……なんてことはないぞ?』
「だから誰も殺さなかったんだな?」
事実、この依頼を受けて死んだ人物は誰も居ない。そもそも受けていないから、っていうのがあるかもしれないが。
でも、死んだ人は誰も居ない。
『脆弱な人を殺しても、後味が悪いのでな。で、寄こせ! 味次第では、この場から去ってやらんこともない!』
箱から取り出し、一枚の板チョコを渡す。
怪訝そうな顔で摘まみ、大口でパクッと食べた。
『……むぐっ……っ!! こ、これは……なんだ。黒いのに、パリっとした感触にしっとりとした甘さ……な、何と言うのだ!』
「チョコだ」
『チョコ……チョコと言うのだな……』と呟きながら、笑顔になっている。
ドラゴンの威厳がないな……ただの可愛いドラゴンみたいだ。
はっと我に返り、威厳のある顔つきに戻る。
『……我に、何をしろと』
「サトウフラワーを使ってこの菓子は作られている。そのまま食べるのと、こうして加工して作る甘さ。どっちが良いかは分かったはずだ。しかも、菓子はチョコだけじゃない。他にもたくさんある」
『な、何があるというのだ……?』
魅力的なお菓子か。
腕を組んで少し考える。
たくさんあるが、有名な所と言えばアレだろう。
「菓子パン、とかかな」
『か、菓子パンだと!? そ、それはどういった菓子なのだ!?』
興味を抱いたようで、バルバトスが鼻息を荒くしながら顔を突き出してきた。
手で制し、落ち着かせる。
どんだけ甘い物好きなんだよ……ドラゴンって肉食じゃなかったのか?
まだ残っている菓子を渡しながら、会話を続ける。
「……とりあえず、この場から離れてくれ。サトウフラワーを採れないせいで菓子が作れない」
『あ、ああ! そうだな……分かった』
よし、なんとかうまく行った。
【判断力】を使って出た結果に狂いはなかったな。
ちなみに出た判断はこうだ。
【判断力】
古龍バルバトス・討伐or撃退
問題レベル:B
討伐することは可能。致命傷を負う可能性あり。問題レベルはSSに上がる。
問題解決はサトウを使うことで容易になる。
推奨:サトウによる攻略。
この答えが出た瞬間、俺にはサトウを使った解決策が最も良いと感じた。
その答えに間違いはなかったみたいだ。
死ぬことの危険もないと思っていた。
そもそも、歴史を辿っても古龍バルバトスが人を殺したと言う事実はない。強大過ぎる力に、勝手に人が恐れ慄いているに過ぎない。
でも、討伐には証拠が必要だ。
「なぁ、悪いんだが……鱗とか分けてもらえるか?」
『それならお安い御用だが……なぜだ?』
「元々、討伐依頼で来たんだ。でも、倒さなくて良くなった以上はどう報告したものかとな。元はと言えば、この場に居るから問題なんだ。鱗があれば、証拠としては十分だろ?」
詭弁だと言われるかもしれないが、根本的な問題の解決にはなる。
失敗だと言われたら、その時考えればいいさ。
バルバトスは普通に話の通じる奴だ。いや、あのギルド長がおかしいだけか。
『ふむ……ならば我と主従を結ばぬか』
「しゅ、主従?」
予想外な言葉に、思わず聞き返してしまう。