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鋼鉄の乙女は戦火を愁う  作者: ふらっぐ
4/5

Blindleading the blind

人間は、盲目になるともっともやっかいな生物である。


それは、その迷走こそ、坂を転がり落ちる石のように、加速していくゆえである。

 ――――軍事都市ソドム・中央都市監理局。


 それは、『監理局』と名付けられてはいるが、その実体は政治を担う議会の場であり、それと同時にこの街における軍の力を集権した、巨大な軍事基地である。


 周囲は高い壁に囲まれ、ひっきりなしに兵を乗せた軍のトラックやバギーが行き交う。この世界でありがちな、権力を示すかのような偶像の類は一切なく、基地の前に掲げられた、黒い炎の旗が、その質実剛健とした佇まいを装飾する、唯一のものだった。


 灰色の、コンクリートむき出しの武骨なその基地とその旗は、まるで彼ら自身の在りようを示しているかのようだった。


 ――――華美さなど必要ない。敵を焼き尽くす炎と、己を守る壁さえあればいい――――と。


 その基地の長い廊下を、一人の青年が歩いていた。


 年の頃は二十歳そこそこ、少々、線の細い顔つきではあるが、その眼力はすれ違う他の兵の誰よりも鋭く、精悍だ。それを証明するかのように、その細い身体を包んでいるのは一兵卒ではなく、将校であることを示す青い軍服。そしてその肩に付けられた階級章は少佐であることを示す、赤い炎を象っていた。


 事実、時折すれ違う兵たちは彼の姿を認めると敬礼と挨拶をするのが常である。だが、その行動とは裏腹に、その目が敬意を払っているかというと、必ずしもそうではなかった。


 それは、若さに似合わぬ重い階級と、それに、もう一つ――――。


 そのもう一つの理由を思い、無意識のうちに彼は左腕を強く握りしめていた。


「シルバ特務少佐、お勤めご苦労様であります!」


 不意に聞こえた幾度目かの言葉に、内心、またかと嘆息しながら敬礼を返しかけたそのとき。


「……なんちゃって、おかえり、シルバ」


 その声に、青年――――シルバは、気が抜けたかのように上げかけていた左手を下ろした。


「――――なんだ、お前か……タリア」


 内心ではなく、今度は実際に嘆息しながらも、彼はどこか安堵したような微笑を浮かべた。


「あらあら、なんだとはなに? なんだとは。かわいい幼なじみが任務からのご帰還を出迎えに来たっていうのに」


 そう言って上目遣いで彼を見上げる女性――――タリアは、その言葉通り、シルバの幼なじみである。軍属という立場にそぐわない金色のロングヘアと、いたずらっぽい瞳が特徴的だ。


「馬鹿、だったらわかってるだろう。俺はこれから執政官の元へ報告しに行く。お前とじゃれあっている暇はない」


「うわ、ひっで。完全に邪魔者扱いだよ。帰ってきたらご飯おごってくれる約束、忘れたわけ?」


 苦虫を噛み潰したような顔で舌を出すタリアに、シルバは再び嘆息する。


「……わかったよ。今日は報告したら夕方からは非番だ。それからでよければ食事に行こう。それでいいな?」


 俺は、任務からたった今帰ってきたところなんだが、という言葉を飲み込んで、シルバが言う。言ったところでなんだかんだと食い下がられて結局行くことになるのが落ちだ。


「やたっ! んじゃ、いつものとこのパスタ食べ放題でよろしく!」


「……またか。絶対太るからな、お前……」


 約束を取り付けただけで満足したように走り去っていくタニアに手を振り返しながら、シルバは彼女に聞こえないようにささやく。


 そしてゆっくりと、再び歩き出す。先ほど自らが言葉にした通り、執政官に任務の報告を行うためだ。

 執政官とは、読んで字のごとく、政治を取り仕切る役職についているものの肩書きだ。といっても軍政であるソドムではこの役職も軍人が担っており、彼らは少将から中将程度の権限を持っているのが常である。


 そしてシルバの、今現在の直属の上官がその執政官の一人、シュナイゼル執政官であった。


 そのシュナイゼルのオフィスに到着したシルバは、木製のドアに取り付けられたノッカーで二度、ノックする。


「……入れ」


 ノックに対し、横柄ではあるが、どこか重々しい響きを持つ声が入室を促した。シルバは言われた通り、ドアを開け中へと入ると、直立不動で敬礼をする。


「シルバ少佐、西方の調査任務からただいま帰還いたしました! 結果のほどをご報告申し上げます!」


「……うむ。ご苦労」


 上官への報告というものは今まで幾度となくやってきているが、この人物に対して行うことだけは、いつになっても慣れない。


 手のひらにかすかに汗がにじむのを感じながら、シルバは思う。


 広い木製のデスクに付き、腕組みをしながらねめつけるようにシルバを見るのがその相手、シュナイゼル執政官だ。赤い軍服に身を包んだ、長身の男性。


 だが、それ以上に外見の特徴を説明できるのは、髪の色が錆のような赤銅色であることくらいだ。顔だちや、表情といったものは、いくら間近で見てもわからない。それは、シュナイゼルの顔は厚く包帯が巻かれ、髪と顔の目の部分以外はその下に隠されてしまっているせいだった。


 聞いた話では、彼がまだ前線に立っていた頃に負ったやけどが原因であるとか。


「西方における巨大都市、エデンの調査を進めましたところ、先の騒乱で撤退していたヴィクティム軍は街に戻り、新たに戦力を立て直している模様です。しかし今まで絶対的な指導者であったアンタレスの死亡により、内部分裂が勃発。街の各所で戦闘が起こっています」


 よどみなく報告するシルバに、シュナイゼルの目がかすかに細められる。笑っているようにも見えるその視線は、どこか不気味にシルバの心を揺さぶる。間違いなく、今までついた上官の中で、もっとも考えの読めないのが、この男だった。


「……ふむ。大方は予見どおりだ。計画は続行すべきだろう」


 計画――――それはシステム・ウロボロスを起動し、スクラップドたちの戦力を掌握。そしてその戦力を以って、エデンを制圧するという侵略作戦。


 その計画はシルバもわかっているつもりではあったが、のどに刺さった小骨のような市松の懸念を、彼は捨てきれずにいた。


「……お言葉ですが、執政官。システムの起動には、あの擬似人格OSの解析から始めねばなりません。まだ起動には時間がかかります。その間、スクラップドたちから街を守る体勢を整えるのが優先かと――――」


「――――シルバ君」


 淀んだ瞳と、ねったりとこびりつくような響きを帯びたシュナイゼルの言葉が、シルバの発言をさえぎる。


「君の、階級は?」


 有無を言わさぬその目の、底の知れない奇妙な威圧感が、戦慄となってぞくりとシルバの背筋を駆け抜けた。


「……少佐、であります」


 口内の渇きを溜飲とともになんとか押さえつけ、シルバは答える。冷たい汗が一筋、頬を伝って落ちていった。

「よろしい。それだけ言えば、わかるな?」


 再び、シュナイゼルの瞳が細められる。笑っているのか、ねめつけているのか、その瞳の色は淀んだ沼のように底を見せない。


「……はっ。失礼、しました……」


 内心で唇を噛みしめながら、シルバは吐き出すようにしてなんとか言葉を紡いだ。


「うむ。都市防衛部隊の隊長である君の立場もわからんではない。しかし、この計画が最優先事項であることは、すでに評議会でも決定している。執政長官も、強くそのことを支持しておいでだ。もはや、これは決定事項なのだよ」


 評議会とは、執政官たちによる政治の中心であり、重要な事項はすべてこの場で決定される。その決定には、如何なるものも反することは許されない。そして執政長官は、その評議会における最大の権利をもつもの。すなわち、この都市の最高権力者だ。


 ――――しかし、とシルバは思う。


 自分は、侵略を行うために軍に入ったのではない。街を守るために、そしてあの人に恩を返すために入隊したのだ。それなのに――――


「聞こえたかね?」


 はっと、いつの間にか握りしめていた両の拳を解き、シルバは我に返った。


「……はい」


「もういい。下がりたまえ。君はどうやら、長期任務で精神的に疲れているようだ。トレーニングでもして、汗を流してきたらどうだね? その左腕を使って、な」


 言外に示された言葉の意味を理解し、シルバは口をつぐむ。が、すぐに気を取り直したかのように敬礼をする。


「……はっ。それでは、失礼いたします」


 そして、心に残ったわだかまりを振り払うかのように足早に退室する。


 その閉じかけたドアのわずかな隙間から、シュナイゼルが、またもあの笑みとも蔑みともとれるような目で、じっとこちらを見つめているのが見えた。






 セトミたちを乗せた車は、ゲート付近を抜け、スクラップドギアの中心部へと入っていた。


 道路は元より存在しなかったのだろう、地面にレンガのようなものを敷き詰めた、石畳の道が作られている。ソドムのようにきっちりと区画整備はされておらず、家々や商店などが雑多に建てられている。それらも大半がレンガ造りのものであり、少々不恰好ではあるが、ソドムのコンクリートの街並みよりはどこか温かみがあった。


 また、所々にではあるが、木や花が植えられ、それらはきちんと手入れがされている。荒れきったこの世界では、植物の世話をするものなどよっぽどの変わり者しかいないのではあるが。


「なんだか、こっちの方がよっぽど手作り感があるね。ソドムの方がまるで機械がきっちりかっちり設計して作ったみたいだったのに」


 感心したように、セトミが流れる景色を見ながら言う。


「マスターが、こういう街並みが好きだったのです。すべてをコンクリートで固めてしまったかのような街よりも、温かみがあると。人もオートマトンも、心穏やかに暮らせるように、と」


 かすかに藍色の瞳を揺らめかせ、リリアが答えた。


「あんたさ、そのマスターの話になると、よくしゃべるのね」


「……私のメモリーの多くは、マスターとの生活で占められていますので」


 淡々と言うリリアではあったが、セトミはその言葉のどこかに、彼女の心根を見た気がした。


 その時、不意に車が停車した。


「到着いたしました。ここが、私たち自警団の本部となっております」


 リリアの言葉に、一同が車外へと出る。一足先に出たショウがいぶかしげな表情で頭を掻いた。


「おいおい……これが、あんたらの本拠地だってのか?」

 その視線の先――――そこにあるのは、お世辞にもきれいだとは言えない、倉庫ほどの広さの工場だった。屋根はトタン製で、長い年月を感じさせるように色あせており、同じ材質で作られた壁は所々に穴が空いている。強い風でも吹こうものなら、がたがたとさぞかしうるさいに違いない。


「……廃工場に、間違って来ちゃったわけじゃなくて? ほんとにここが?」


 げんなりとした表情で建物を見上げるセトミに、シェイが少々ふてくされたように両手を広げて見せる。


「ちょっと、それは失敬だな。ここは自警団の本部であると同時に、僕の修理屋でもあるんだ。立派に設備は整ってるし、この街のみんなのメンテナンスはほぼここで行ってる。そりゃ、見た目は……ちょっと、あれだけど」


「……まずは、この建物から修理したほうがいいんじゃないの?」


「一流のシェフが、自宅でもレストランとまったく同じに、一流の料理を作ると思うかい?」


 あきれた様子のセトミに、適確なのかずれているのか、なんとも微妙なたとえでシェイが訴える。


「私も、この建物の損傷程度は苛烈を極めるものと判断いたします。可及的速やかに対処が必要かと」


 必死に力説するシェイのそれを、リリアの淡々とした声が一刀両断する。


「ぐっ……ま、まあとにかく入ってよ。いろいろと説明しなきゃいけないことがある」


 なにやらまだ言いたいことがありげなシェイだったが、どうやらあきらめたらしく、肩を落としながら一行を中へと招き入れた。


 廃工場――――もとい、シェイの修理工場は、中はひたすらに工具であふれかえっていた。板金を行うらしい機械や、バーナーなどが数多く置かれている。


 時折すれ違うオートマトンはほぼすべてが人型であり、その度にリリアやシェイだけでなく、セトミらにも笑顔であいさつをする。今まで人型オートマトンなど見たこともないセトミにとっては、少々驚きであった。


「……すごいね、こんなにフレンドリーなオートマトン、はじめてだわ。てか、人型のオートマトンがこんなにいるなんてね。リリアみたいに、みんなロボロボしい性格してるもんだと思ってた」


「そりゃそうさ。戦前は、ここがオートマトンの最先端だったんだ。正確には、ソドムの中心部が、だけどね」


 呆けたような表情で辺りを見渡すセトミに、シェイが得意げに言う。先ほど廃工場扱いされたのが悔しかったのか、彼らとすれ違うたびに、どうだと言わんばかりの表情だ。


「それだけではありません。私たちが感情を表現することができるのは、マスターが戦前の技術である擬似人格システムを再構築された成果です。ある戦前の施設から発見したデータを元に、それを再生されました」


 いつも通り、静かな口調でリリアがシェイの言葉を補足する。が、次の瞬間、わずかに『心外』という言葉が見え隠れするような顔になる。


「……ちなみに、私がこのような性格であるのは、元よりシステム上、そのようにプログラムされているためです。皆がこうではありません」


「う……ごめん、悪かったって。そういう偏見は、捨てることにするわ」


 理攻めで適確につっこまれ、思わずセトミは舌を出す。だが、そういった考えを捨てることに抵抗はない。なぜなら、自分とて偏見や差別にさらされてきたのだ。似たような経験は吐いて捨てるほどしてきた。


 やがて一行は、最奥部と思わしき一室の前で足を止めた。外装と同じく、よく言えば年季の入った、悪く言えばぼろぼろのドアに、『自警団作戦指令本部』と書かれている。


 中に通されると、そこは中央に大きなテーブルがあるだけの小さな部屋だった。テーブルの上には、この周辺の地図らしきものと、古いコンピューター端末があるのみだ。


「さて……ここに来たばかりの君たちには悪いけれど、早速、これからのことについて説明させてもらうよ。何しろ、時間が足りない。遅くとも数日のうちにエマさんとやらを取り返さなければ、やつらはシャドウのスーパーコンピューターにアクセスするだろう。そうなれば、ここはおしまいだ」


 テーブルの上にソドムとスクラップドギアの地図を広げながら、シェイが言う。


「やれやれだぜ、そんなに差し迫った話なのかよ。街中やらこのボロ工場のオートマトンの数を見る限り、どうにも、そう数が揃ってるようには見えねえ。一度撃退したとはいえ、あまり旗色がいいとは言いがたい感じだな」


 テーブルに手を置いたショウが、指先で地図をとんとんとつつきながら、器用に片手でタバコを取り出し、火を着けた。


「はい。個々の戦闘力はこちらが勝っていますが、数の上では圧倒的に不利です。正面から攻め込んでも、エマさんを救出するのは困難かと思われます」


「そこで、だ。セトミさん、君にお願いがある」


 不意に名前を出され、セトミが自分の顔を指差す。


「ん? 私?」


「そうだ。君には、リリアとともにソドムの中央都市管理局に潜入……エマさんをやつらから取り戻してほしい。危険なのは承知してる。だが、君に頼むしかないんだ」


 まっすぐ自分に視線を送るシェイの言葉に、頭を掻きながらセトミが渋い顔をする。


「そりゃあ引き受けた手前、構わないけどさ……私、やつらに面割れてるよ? エマの救出どころか、ソドムに入ることすら難しいんじゃないの?」


「それなら問題ない。もう手は打ってある。これを見てくれ」

 そう言って、シェイは懐から一枚のカードを取り出す。なにかの許可証か、証明書のような、顔写真入りのものだ。だが、肝心の写真の部分は空白になっている。


「ソドム市民身分証明書……? ……これって」


「そう、読んで字のごとくの代物さ。それがあれば、入国審査を通り抜けられる。もちろん、その格好のままではバレてしまうから、変装はしてもらうけどね。写真は後で端末で加工して偽造する」


 セトミがいぶかしげに、身分証明書を手にする。それを横目で覗き込みながら、ふとショウが紫煙を吐き出した。


「急な話だと思ったが、ずいぶん用意がいいんだな? 俺らのことも、そっちは承知済みみたいだしな」


「……鋭いね。実はソドムの軍に、僕らを密かに支持してくれている協力者がいる。さまざまな情報も、この身分証明書も、その人物が用意してくれたものなんだ」


「……なるほどな。なんとなく、先行きが見えてきたぜ」


 掻くようにあごを撫でながら、ショウが言う。


「なに一人でわかったような顔してんのよ。どういうことだか説明して」


「その身分証を使ってゲートでその人物と接触、そいつのとりなしでソドムおよび敵の本拠地に潜入し、エマを奪還する……大方、そんなところだろ」


 タバコを灰皿に押し付けたショウが、セトミ、そしてシェイと順に視線を送り、にやりと笑った。


「ビンゴ。理解が早くて助かるよ。セトミさんには、ショウさんが言ったように、敵の基地に潜入してほしい」






 シェイの説明から十数分後、同じく作戦指令本部。


 しばらく席を外していたセトミが再びそのドアをくぐった瞬間、ショウが吹き出し、ミナが呆然と目を丸くした。


「ぶっ! ……ぶははははは! 誰だお前!」


 その視線の先には、その反応にぶすっとした表情のセトミの姿がある。ただし、その様相は普段とは大きくかけ離れているどころか、彼の言の示すとおり、説明されなければ誰なのかわからないほど、先ほどまでとは違っていた。


「うるさいバカ犬! こっちだって似合わないことぐらいわかってるっての!」


 その姿は、足元までのロングスカートの優美なドレスを着込み、靴は履いたこともない新品のハイヒール。頭には普段の帽子の代わりに金髪ロングストレートのウィッグと、つばの広い、かわいらしいリボンの付いた帽子。


 声がセトミのものでなければ、まったくもってその姿は別人だった。


「そうかい? なかなか様になってると思うけど」


 その言葉とは裏腹にくすくすと笑いを漏らしながら、シェイが言う。


「……どこかどう様になってんのか、小一時間、問い詰めたいところだけど。とりあえず、さっさと写真撮ってくれる? スカートなんか、すーすーして趣味じゃないし」


 潜入するのはヒューマンの上流階級地区。そして、目標である基地はそのど真ん中にある。そのために用意された変装用の衣装が、先ほどのセトミの格好だった。


「くくくくく……シェイ、後でその写真、焼き増ししてくれ。一ヶ月くらいはそのネタでいじってやる」


「やめろっての、このバカドッグ! ねえ、ドッグはなんでこっちで支援なの!? 連れてきたいんだけど!」

 無理やりに巻き込もうとするセトミを、シェイがまあまあと両手で制する。


「向こうに行ってしまえば、薬が手に入りにくいからね。戦闘で使えるような薬物の大半は、軍が押さえてる。こちらで用意したものを、デヴァイスで使用するしかない」


「まあ、そういうこった。それよりお前さん、わかってるよな? お前は上流階級のお嬢様が、親戚のところに来ましたって演技をしなきゃなんだぞ。こないだバンデットとやりあったときみたいに、『クソ食らえ、ファック野郎』とか言うんじゃねえぞ?」


 ショウを巻き込むことに失敗したセトミは、相変わらず憮然とした表情で口を尖らせ、彼をじっとりとした視線を返す。


「わかってるわよ。『排泄物お召し上がりください、ジェントルマン』、これでいいんでしょ」


「……おいおい、お前な」


 ショウに中指を立てながら舌を出してみせる、目の前の『上流階級のお嬢様』に、思わずショウが頭を掻いた。


「……君はあまり、しゃべらない方がいい。危ないところは、リリアに任せよう」


「はいはい、下品なノラ猫で悪うござんした。どーせ私はシャムやらペルシャみたいにお上品じゃないわよ」


 普通に真顔で話すシェイに、完全にへそを曲げてしまったらしいセトミは、どっかと椅子に座り込むとそっぽを向いてしまった。


「あーほら、そんなに足をお開きになって座ってははしたないですぞ、お嬢様」


 おもしろがって茶々を入れるショウは、すでに完全無視のセトミである。


「……ふう。ま、作戦の開始は明日だ。それからは、立ち振る舞いにも気をつけてもらうよ、セトミさん」


 鼻息荒くへそを曲げたままのセトミに、シェイは不安を感じずにはいられないのだった。





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