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鋼鉄の乙女は戦火を愁う  作者: ふらっぐ
3/5

The crockworked anthem

手向けの花も得られぬものの哀れさは、人も機械も変わらない。

 追っ手を撃退した車はやがて、市街地を抜け、郊外へと進んで行く。


 流れる景色を見ると、たとえ区画が整理され、整備が進んでいても、この街も大戦後の世界なのだということを感じざるを得ない。建物や施設は再建され、機能してはいるものの、それは一部の人間――――見るからに『特権階級』という言葉が服を着て歩いているような連中だけのもののようだ。エデンで言うなら、ここはヴィクティムの居住区のようなものだ。


 その光景に、セトミは頬杖をつきながら、すねた猫のように、ふん、と一つ鼻を鳴らす。


「どこへ行っても同じね。支配してるのが、どなた様なのかが違うだけ」


「……………」


 その言葉に、運転席のオートマトンの少女――――リリア・アイアンメイデンが、ちらり、と意味ありげに一瞥する。しかしそこに含まれた視線の色が何なのかまで、彼女は悟らせない。


 そこにどこかひっかかるものを感じながらも、セトミは無言で外を眺め続けた。


「それより、そろそろ目的やらなんやらを話してくれてもいいんじゃねえか? どうやらもう追ってはこなそうだぜ」


「――――いえ、ここはまだ彼らの管理下です。あと数分ほどお待ちください。先に見えるゲートを抜ければ、双方の規定により、彼らは手出しすることはできません」


 リリアの言葉に、セトミが顔を上げる。長くまっすぐな道路の先には、彼女が言ったものらしい、有刺鉄線やブロック塀で作られた、ゲートというよりはバリケードに近い代物が現れた。どう見てもこの街の防衛線であるが、奇妙なことに人の姿はない。


 リリアがゲートの側に車をつけ、カメラとマイクのようなものが取り付けられた機械に向かって視線を送る。


「シェイ、ミッション・コンプリート。ゲートの開場と、今回の侵入の痕跡の抹消を」


「アイ・マム(了解)、姫騎士様。しかし、こんな無茶なミッションはこれっきりにしてほしいよ。いつばれるか心配で心配で、頭のモーターが焼切れそうだった」


 そこから返ってきたのは、朗らかだが少し神経質そうな――――さらに踏み込んで言うなら少々臆病さを持った青年の声だった。


「では速やかに行動してください。あなたに今故障されては、今後の行動に多大な影響を及ぼします。それと、私は姫でもなければ騎士でもありません」


 答えるリリアの声は、にべもない。とはいえまったくの無感情であるかと言えばそうとも言えない、ごくかすかな、声の主を思いやるような響きがあった。


 その声に、ミナが不思議そうに首をかしげる。


「まったく、君はほんとに冗談が通じないね。オーケー、すぐ開けるよ」


 ため息とともに、機械の向こうの声が嘆く。と同時に、ゲートが重々しい音とともに開いた。それを確認し、リリアは車を中へと進めて行く。


 その向こうの景色は、元の景色とあまり変わり映えしないものだった。元の景色と比べ、かなり荒れ果てているということを除けば。


 周囲の様子を見ていると、車内の助手席に、ゆっくりと一人の青年が乗り込んできた。砂色の髪に、作業着姿の、ひょろっとした体躯の青年だ。年の頃は20代半ばくらいだろうか。


「やあ、君らが例のデヴァイスの所有者さんたちだね。僕はシェイ。『半分のシェイ』だ。修理屋、光学技師、コンピューターのいじり屋としては、街で一番さ。もちろん、塀のこっち側では、だけどね」


 しかし、彼の一番の特徴は、『半分のシェイ』と名乗ったことの意味にあった。人懐っこそうな笑顔を浮かべる彼の顔の半分は、薄汚れた包帯に覆われており、左肩から先のない作業着から見えているはずの左腕もない。代わりにあるのは、オートマトンのアームの、鉄骨製の骨組みだった。


「あんたも、オートマトンなのか?」

「そうさ。僕だけじゃない。ここから先は、住んでいるのは8割方、オートマトンだ。ようこそ、主を失った機械たちの街、『スクラップドギア』へ――――。ってね」


 ショウの問いに、シェイと名乗った青年はおどけて両手を広げて見せる。


 やがて、車がゆっくりと走り出す。先ほどまでよりだいぶスピードを落としていることから見ても、こちら側までは追っ手はこないということは本当のようだ。


「それじゃあ、ゲートとやらを通過したんだ。いい加減、なにがどうなってるのか、説明してくれ」


 しびれを切らしたように、ショウがタバコに火をつける。


「――――長い話になります。この街は今、二つに分かれています。いえ、一つの街の側に、もう一つの街ができた、と言った方が正しいでしょう。一つは西側の、人間たちの特権階級の住む街、『ソドム』。もう一つは廃棄されたオートマトンと、下層階級の人間たちの住む街、『スクラップドギア』です」


「始めは一つの街だったんだ。人間と、オートマトンが共存する、ね。しかし人間たちは、オートマトンを便利な道具としてしか見ていなかった。より良いものが手に入れば捨て、壊れれば捨て、時には邪魔になって捨て――――そしていつしか、街の東側は廃棄されたオートマトンでいっぱいになった。それが『スクラップドギア』の始まりさ」


 遠い歴史を語るような口調で、二人の自動人形は遠くを見る。オートマトンは機械であるがゆえに、起動年数――――年齢も、見た目通りとは限らない。この二人も、思うよりずっと長い間、この世界を生きてきたのかもしれなかった。


「しかし最初は、ただの壊れた機械の山でしかありませんでした。ですが、それを哀れに思った一人のヒューマンがいたのです。それが――――」


 リリアは一度、そこで言葉を止める。その間に込められたのは、憧憬か、あるいは郷愁か。


「私たちが、『マスター』と呼ぶ存在です」


その一言は、無感情でありながらも、他の言葉よりもかすかに重みがあった。


「マスターは、私たち――――廃棄された者『スクラップド』を、一人ひとり、修理してくださいました。彼の行ったことにより、ただの廃棄場だったこの場所に家族ができ、村ができ、やがてそれは、街となるまでに成長しました。修理されたオートマトンたちはその人物をマスターと呼び、尊敬しました」


 淡々と語る彼女の口調は、まるでおとぎ話を読んで聞かせているかのようだった。しかし、その表情は、それに似つかわぬ愁いを帯び、それは彼女の声の裏にある重苦を言外に、しかし如実に語っていた。


「ですが、『ソドム』の人間たちはそれを恐れました。『スクラップド』はかつて自分たちが捨てたオートマトン。『ソドム』の人間を恨んだ彼らが、復讐にやってくるのではないか、そう考えたのです」


「……実に、人間らしい話ね」


 帽子の下の『それ』を撫でるように被りなおしながら、セトミが鼻を鳴らす。


「しかし『スクラップド』たちは復讐など望んではいませんでした。マスターと、新たな家族と静かに暮らせれば、それでよかったのです」


 リリアの言葉は静かであったが、その手が拳を作っているのを、セトミは視界の端に捉えた。まるで、セリフの最後の部分は、まさに自分の思いであったかのように。


「人間たちは軍を送り込み、スクラップドギアを占拠しようと試みました。そうなれば、私たちも戦うほかはなかった。街を守るため、戦闘プログラムを有したオートマトンたちが自警団を組織し、人間たちと戦いました」


「……それで、撃退したわけか」


 ここで一人、純粋なヒューマンであるショウが、ばつの悪そうに言う。


「はい。長い間、オートマトンに頼ってきた人間は戦闘能力が低く、また、戦闘用のオートマトンの開発も、街が安定していたその頃は行われていませんでした。皮肉なことに、スクラップの山であった私たちのほうが、戦う力を持っていたのです」


 リリアの言葉に、ミナが食い入るように彼女を見る。それはまるで、セトミが自分の話をミナに聞かせた時のそれだった。


「しかし、マスターは争いを望みませんでした。彼は争いを終わらせるため、ソドムとの不可侵規定を結び――――旅に出ました。人間と、オートマトンが共存できる方法を探すために」


「そして互いに緊張状態のまま、今に至る――――昔話はこんなところさ。昔話と違うのは、いまだめでたしめでたしで終わってないってところかな」


 リリアの長い話をしめるように、シェイがうなずいて微笑んで見せる。


「そこで、やっとこさ君たちチェイサーが舞台に上がるわけだ。いや、正確には……」


 芝居がかった口調で、シェイは助手席からミナのほうをひょいと覗き込み、片手を拝むように顔の前にかざした。


「ごめん。君の大切なものだってのは分かってるんだけど、ちょっとだけそれ、貸してもらえないかな?」


 彼の視線がデヴァイスに向けられていることに気づいたミナがこくり、とうなずく。


「……ちゃんと、かえしてね」


「ああ、もちろんさ」


 ミナにうなずき返してから、シェイはデヴァイスを眼前に掲げる。


「『ソドム』のヒューマンたちは、再びオートマトンを自分たちの支配下に置くことを裏で考えていた。それで作り出したシステムが、オートマトンの全システムを書き換えるためのシステムだ」


「それが、俺らのデヴァイスとなにか関係があるのか?」


 いぶかしげに聞くショウに、シェイはまあまあと両手でジェスチャーをして見せる。


「答えはイエス――――だった、と言うべきかな。こうすれば、わかりやすい」


 そう言うと、シェイはデヴァイスの内部をピンセットのような道具でいじくりだす。どうやら配線の一部が損傷していたらしく、彼はそれに応急処置を施す。


 と同時にデヴァイスの電源が入り、モニターに光が灯る。ミナが驚いたように目を見開き、思わずそれを覗き込むが、エマの姿はそこにはなかった。代わりにあったのは――――。


『No SYSTEM. FILE. OSをインストールしてください』


 無機質な灰色の画面に、緑色の文字だけだった。


「エマ? ……エマ?」


 まるで迷子になった幼子のように、ミナの表情が不安に染まる。


「……どういうこと?」


 その語気にかすかに怒声の色を込め、セトミが鋭くシェイを見た。


「さっき言ったシステム――――システム・ウロボロスは、実はもう完成している。しかし、それには大きな問題が一つあった。それは、彼らの思っていた以上に、そのシステムを運用するにはコンピューター自身の演算能力が必要だった。そう……戦前のスーパーコンピューターレベルの、ね」


 まるでその怒気が伝染したかのように、シェイが鋭くデヴァイスを見る。


「てことは、まさか……」


「そう。そのまさかさ。君らの擬似人格OS……エマさんってのかい? 言うなれば、彼女は連中に誘拐されたわけだ。恐らく持ち物をチェックされた際に、他のデヴァイスや端末にコピーされたんだろう」


「くそったれ!」


 シェイの分析に、セトミが吐き捨てながら中指を立てる。


「幼い子供から母親代わりを誘拐するとは、分かり安すぎる悪党じゃない。ドッグ、ぶっちめて、取り返すわよ。どうせ、あんたらもそれが目的なんでしょ?」


「はい。正確には私たちの目的は、システムの稼動を阻止し、可能であれば破壊すること。そのためには、OSの奪還が最重要課題となります。あなたがたと、利害は一致するかと」


 ハンドルを切りながら、リリアが答える。


「利害の一致か……。なるほど、な」


 合点がいった、という表情でショウがタバコを灰皿に押し付けた。


「ミナ、エマたすける。ぜったい」


 ミナも、以前には見られなかった力強い物言いでうなずいた。


 三人の意見が一致したところで、シェイはにっこりと微笑んだ。


「決まりだね。それじゃ、まずはスクラップドの自警団本部に来てもらいたい。話はそれからだ」






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