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鋼鉄の乙女は戦火を愁う  作者: ふらっぐ
2/5

Meet again

幾度となく出会うのは、偶然か、必然か、それとも運命か。

 夜。その町は、暗黒の闇に包まれる。


 振り返り見上げれば、人間の上流階級のものたちが住まう塔が見える。虚飾の光で照らし出された、この街を統べる者たちの、宴の場が。


 一方、周囲はこの街の中でも、もっとも死を連想させる場所。いや、ここに横たわるそれらに『死』という概念が当てはまるのかどうか、わからないが。


 街で多くの人間に使役される機械――――自動人形オートマトン。ここは、それの廃棄場。累々と横たわるそれらはすでに壊れ、風雨に晒されて見る影もなく朽ち果てている。


 この街、『ソドム』では、機械は消耗品だ。人間の代わりに働き、戦い、朽ちて行く。そして最期に行き着くのが、この廃棄場スクラップヤードだ。


 そこを歩く少女は、ふ、とその光景にかすかに瞳を曇らせた。


 深い紺色の髪をうなじまで伸ばした少女。その瞳も同色で、まるで深い水底のように置くまでは見通せない。同じく紺色の、メイドが着るようなロングのドレスを身にまとっているが、そのどれもがこの場所に似つかわしいとはとても言えなかった。


「――――ごめんなさい」


 不意に、少女が声を発する。抑揚のない、どこかなにかを押し殺したような声で、周囲の瓦礫の山に一人ごちた。


「あなたたちの眠る場所を、少しだけ、騒がしくします」


 そしてゆっくりと――――自らが歩いてきた方向を振り返る。


 そこには、夜の闇から溶け出したかのように、ゆっくりとこちらへ歩く、二人の黒服の男の姿があった。その手には、それぞれつや消しをかけたナイフが握られている。


「……気づいていたか。なんのつもりか知らないが、自分から人気のないところに来てくれて助かったぜェ。スクラップドの連中に気づかれるなって、上がうるさくてねェ」

 舌なめずりをしながら、下卑た笑いを浮かべて男のうちの一人が歩み寄る。


「んじゃ、早速で悪いが……死んでくれやッ!」


 男が逆手に握ったナイフを勢いよく、頭上から振り下ろしかけた、そのとき。


「――――あなたの先ほどの発言には、間違いが数点あります」


 少女は左手を静かに己の眼前に掲げる。その手のひらに、振り下ろされたナイフが容赦なく振り下ろされる。だが――――。


 その手は、出血どこか傷ひとつついていなかった。ナイフの刃を、完全に手で止めている。


「まず、人気のない場所に来たのは偶然ではありません。私とあなた方が交戦した場合、演算では勝率は96.52%。それならば、街への被害を考え、人気のない場所で戦うべきと判断しただけです」


 とうとうと、抑揚のない声で話す少女に、男が一瞬ぽかんとした顔を向けるが、すぐにあわてて少女から離れた。


「こ、こいつ、オートマトンだッ!」


 それを戦闘開始の合図ととったか、少女もどこからか大振りの槍を取り出し、構えた。同時に、ブゥンという音ともに、槍が光の刃を形成する。主に銃器に使われるガンマレイを、近接戦用にした光学兵器だ。


「く……くそォッ!」


 男たちの一人がナイフを構え、少女に肉薄する。だがその焦った声が示すように、それはあまりに単調な一撃。


「それでは攻撃の成功率は5%程度です」


 なんなくその一撃をかわした少女が、槍の柄で男の腹を突く。男の姿勢が槍に体重を預ける形になったと見るや、少女はてこの原理で男を持ち上げ、そのまま投げ飛ばした。


「ぐえっ!」


 勢いよく廃棄機械の山に突っ込んだ男が、悲鳴とともに動かなくなった。どうやら、失神したようだ。


 少女がもう一人の男を振り返った、その刹那。


「く……くそったれの人形がァ……」


 怒りに引きつった顔でこちらをにらむ、その男の手に握られているのは、ハンドガン型のガンマレイだ。それも、ずいぶんと口径が大きいように見える。


「へへへへ……とっておきのやつをぶちこんでやる。この口径のオーヴァーチャージ弾を食らって、機械の身体とはいえ、無事にはすまねぇぞ……?」


 危険な色を宿し始めた男の視線に、しかし少女は変わらず無表情を崩さない。


「申し上げたはずです。あなた方の勝率はきわめて低い、と。撤退、もしくは降伏を推奨します」


「うるせェ! くたばれッ!」


 次の瞬間、男のハンドガンから光球が撃ち出された。それは決して弾速は早くはないが、適確に少女へと向かっていく。


 だがそれに対し、少女はまたも左手をそれに向けるだけだ。だが、突如としてその左手がガンマレイの光子にも似た光で輝きだした。


「――――ガンマレイ、バリアフィールド展開」


 少女の言葉と同時に、その周囲に半球状のバリアが出現した。


 それは男の発射したオーヴァーチャージ弾――――ガンマレイのバレットに過剰なエネルギーを搭載した弾丸を、いともたやすくはねのける。


「げえッ!? ヴィクティムさえ一撃で跳ね飛ばす、こいつをッ!?」


 そのあまりのあっけなさに、男が間の抜けた声で叫んだ。


「……私のバリア、および装甲を貫くには、出力が72.43%不足しています」


 ゆっくりと、少女の姿をしたオートマトンが両手で光の刃をまとったランスを構えなおした。静かな口調でありながら、無表情に相手をにらむその目は、言いようのない威圧感をまとっている。


「再度、警告いたします。今から10秒以内に、撤退を開始してください。それ以降もこの場所に留まり続けた場合、戦闘継続の意思ありと判断し――――」


 ブン、と少女の構えたランスが出力を増したことを告げる、唸り声を発した。


「――――あなたがたを、消去デリートさせていただきます」


「ひ……ひいッ!」


 その静かな物言いが逆に男の恐怖心を刺激したのか、彼は伸びたままの相棒を置いたまま、脱兎のごとく逃げ出した。


「……あなた方に、あれを使われることだけは、このリリア・アイアンメイデン……たとえこの機体を盾としてでも許しません、マスター……」


 それから自らをリリア・アイアンメイデンと称した少女は、傍らでいまだ伸びている男を覗き込む。少々、眉根を寄せた渋い顔をしてから、仕方なさげに彼女は男をジャンクヤードの入り口まで引きずって行くと、フェンスの壁に背を預けて座らせる。


「目を覚まされましたら、速やかにお帰りください。それと、お仲間は選んだほうがいいかと存じ上げます」

 恐らくは聞こえてはいないだろう言葉を彼に残し、その少女の姿のオートマトンは静かにその場所から去っていった。




 ただひたすらに、地平線の彼方まで続く荒野を切り裂くように、一本の荒れた道路がまっすぐに続いている。大戦の影響でほぼ完全に荒野と化したこの辺りでは、唯一、いまだ道路の役割を果たしている道路だ。


 かつて関東と呼ばれていたこの地域では、そのほとんどを平野が覆っている。それゆえに、高い建物や送電線が軒並み無くなった今は、どこまでも荒野と廃墟が広がっているように見える。時々、もはや土台や枠組みしか残っていない建物の跡を見つけることがあるが、これがすべてきちんとした建物だった頃の景色のほうが想像がつかない。


 その荒野を走る道路を、二台の光学バイクが走っていた。道は決してよくはないが、タイヤを使わない、光学式反重力システムを採用しているため、問題はない。それでも道路を使用するのは、目的地に向かうのに迷わないようにするためだ。


 バイクに乗っているのは、全部で三人。前のバイクにはまるでおとぎ話の魔女のような帽子を被った少女と、その背にがっちりとしがみついた小柄な少女。後ろを走るバイクには後ろでまとめた長い黒髪が印象的な青年が乗っている。


「おい、セトミ! ミナはちゃんとくっついてるか!?」


 駆け抜ける向かい風に負けないように、大声で後ろの青年が叫んだ。


「だいじょーぶだって! んなに心配なら、変わろうか!? ドッグ!」


 セトミと呼ばれた帽子の少女が、後ろの青年に向かって叫び返す。


「いや、やめとこう。ミナはお前に預けといたほうが、お前が調子にのって無茶な運転することもないからな」


「誰がいつどこで無茶な運転したっての? 毎日毎日、安全運転だってば」


 口を尖らせて抗議するセトミに、ドッグ・ショウが舌を出して渋い顔をして見せる。


「してるだろうが。無意味にウィリーしてみようとしたり、高台からわざとジャンプしてみたり」

「そのくらい、アリサに比べればかわいいもんだと思うけどねー」


 性懲りもなく口を尖らすセトミに、ミナの手元にある機械――――チェイサーが使用するメディカルデヴァイスという医療器具から、鋭い声が飛ぶ。


「……セトミさん。ミナを後ろに乗せているときは、『間違いなく』安全運転でお願いしますね?」


 前回の事件の際、デヴァイスにダウンロードされた、擬似人格OS、エマの、心配を通り越し、わずかながら怒気をはらんだ一言だった。 彼女の本体は、実際のところ、いまだシャドウで眠るスーパーコンピューターなのだが、こうしてその声を聞くと、ミナの母親にしか見えない。


「わ、わかってるわよ。エマまで、もー」


 さすがに居心地の悪そうな顔で、セトミが頭を掻く。この擬似人格OSは、ミナの母が死の直前まで、己のありったけの思いを込めて作成したものなのだから、ミナの母本人に怒られたも同義なのだ。


「そういえば、そのアリサさんはどうしました?」


「ああ、あいつなら今朝の出発前に先に発った。どうも、向こうは向こうで目的があるようなこと言ってたが。別れ際に、まるで恋人との今生の別れみたいにセトミに泣きついてたが……。あの様子じゃ、むしろちょっと離れてストーキングでもしてんじゃねえか?」


 ため息とともに大きく紫煙を吐き出したショウが、不意に視線を地平線に送った。それにつられるようにして、他の三人も視線を上げる。


 そこに見えてきたのは、かなり離れたここからでも中の様子はうかがえないほどの、巨大な壁だった。それは真っ黒く塗装され、寸分の狂いもなく直線を描いて立ちはだかっている。近づけば見上げる程度では上まで見えないのではとさえ思わせるその巨大な壁は、訪れるものを威圧するかのようにそこに君臨していた。


「見えてきたぜ。あれが、超大規模な軍事学校の跡地に立てられたヒューマンの街――――『軍政都市ソドム』だ」


 その壁の物々しさに、思わずミナがぴくりと身体を震わせたのが、セトミにも感じられた。そのどこかが、エデンのヴィクティムの住んでいたタワーを思い起こさせたからかもしれない。


「だいじょうぶよ。野盗やバンデッドがうろうろしてる荒野より、よっぽど安全なんだから。ね、ドッグ」


「ん……。ああ、まあな……」


 セトミに問われたショウは、もう一本タバコをくわえながら、その煮え切らない言葉を濁す。


「なによ、歯切れ悪いじゃない。この街に向かおうって言ったのはドッグなんだから、いまさらやばい街だ、なんてのはなしにしてよね」


 ショウと旅をするようになって長いセトミであるが、この街は初めてだ。それゆえに、この防護壁を見て、若干思うところはある。


「……ここはエデンと違ってヒューマンが権力を握ってるからな。万一、エデンから追っ手のヴィクティムが来たとしても、ここには入れないからな。ヒューマンがオートマトンを使って治安維持を行ってるから、そうそう危険もない。ただ……」


「ただ、なによ?」


「……あんまり好きじゃねえんだ、ここの人間」


 いつになく渋い顔のショウに、セトミが思わず眉根を寄せる。


「ま、すぐにわかるさ。嫌でもな」


 話をしている間に、セトミたちは巨大な防護壁のすぐ側へとやってきていた。近くで見て初めてわかったが、壁の周囲にはこちらもかなりの深さを誇る堀が掘られており、その防御大勢はもはや街というより要塞だ。


 その堀には街へ入るためのものらしい橋がかけられており、その先には中へと通ずる門が見えた。


 ゆっくりと、セトミらはその門へと近づいて行く。と――――。


「止まれ!」


 不意に、剣呑な声が響いた。それは前方――――門のわきにある検問所のような場所からのようだった。


 すぐに灰色一色の、制服のようなものを着た男たちが数人、一行を取り囲む。その手にはそれぞれ同じ、実弾式のライフルが握られている。


「入国希望者か? いいか、動くなよ。入国したいのであれば、ボディチェック、過去の犯罪歴のチェック、スパイでないかなどのチェックを受けてもらう。言っておくが、こちらには人間のあらゆる嘘のパターンを記録したオートマトンがある。それらをごまかして入国しようとしたものは、即座に身柄を拘束する。わかったな?」


 威圧的、なおかつ一方的にまくし立てた兵士らしい男に、ショウがちらりとセトミを見る。先ほどこの街の人間があまり好きじゃないと言ったわけがわかっただろ、とその視線が言外に告げていた。


 その視線に、セトミはわかったわよ、という思いを込めて舌を出して見せた。と同時に、アリサがここについてこなかったわけがなんとなく合点がいった。





 彼らがようやく解放されたのは、二時間近くも入国のための『審査』とやらを受けさせられた後だった。武器から日用品、今はミナがつけているデヴァイスまでみっちりと調べられた挙句、出身地やら経歴やらを根掘り葉掘り聞かれ、いちいちそれをオートマトンでチェックし、やっとのことで中に入ることを許されたのだった。


「はー、私も一発で嫌いになったわ、ここ」


 ここまでの長旅より、ここでの二時間のほうがよっぽど疲れた様子で、セトミが言う。


「まあそう言うな。あんだけの厳重なチェックがあるんだ、ヴィクティムなんか近づいただけで発砲もんだよ。しばらくは、やつらとは関わらないほうがいいしな。それに、銃もなにも没収されなかったんだ。今回はラッキーなほうだぜ」


 しかし、そういうショウの表情にもありありと疲れの色が見て取れる。


「……エマ、いじくりまわされた」


 ミナでさえも、母親代わりの存在が中にいるデヴァイスをあちこち調べられたのがいたく気に入らなかったらしく、珍しくむっとした表情を見せている。どうやら調べた後にスイッチを切られたらしく、今はそのモニターにはなにも映っていない。


「ねー、いい気分じゃないよねぇ。ひっかいてやろうかと思ったわ。……ミナ、デヴァイス、スイッチいれてあげなよ」


 セトミの言葉にこくり、とひとつうなずくと、ミナはデヴァイスの電源をオンにする。


「……あれ?」


 しかし、そこでいつも現れるはずのエマの姿がモニターに映らない。


「どうした?」


 ようやくタバコにありつけた、という様子で一服していたショウが、ミナの顔をのぞきこんだ。

「……これ」


 相変わらずむっつりとした表情のまま、ミナがデヴァイスをショウに渡す。


「ん? どうしたんだこりゃ。電源がはいらねえぞ」


 ショウのその言葉に、セトミにはピンと来るものがあった。


「それ……あいつらのせいかも」


 声をひそめ、まだ門の付近を警邏している入国管理官を密かに指して見せる。


「あいつら……ミナが大事そうにそれを抱えてるのを見て、ちょっかいかけてきたのよ。デヴァイスを調べる振りしてミナから取り上げて、床にたたきつけたの。『手が滑って』落っことしたんだってさ」


 さすがに女性と男性は別々にチェックを受けるらしく、それをはじめて聞いたショウの額に、みるみる青筋が走っていく。


「どうなってんだ、こりゃ。前に俺が来たときにはここまで腐れたチェックじゃなかったぞ。厳しくはあったが、常識の範囲内でだ」


 相当頭にきたらしいショウが、管理官の一人へと近づいて行く。なにをする気かは大体想像がついたが、セトミも正直、止める気にならなかった。そもそも、ミナからデヴァイスを取り上げた管理官のいやらしい表情を見たときに、もう少しで飛び掛るところだったのだ。


「おい! いつからてめえらの国じゃ、子供の大事なもんを取り上げてぶっ壊すのが、入国管理官の公務になったんだ、ええ? たいそうご立派な仕事じゃないか。すばらしすぎてつば吐きかけてやりたくなるぜ」


 ショウが、入国する際にも見かけた管理官の一人に、胸倉をつかまんばかりの勢いで詰め寄る。これでもなんとか怒りを抑えているらしく、その頬が時折、ひくひくと怒りに引きつっている。


「あ? なんだ、貴様」


 対する管理官はチェック時と同様、高圧的な態度を崩さない。


「ん? 貴様、入国したばかりのものか? チェックは受けたのだろうな? 貴様らの顔は、見ておらんぞ」


「はああ!?」


 今度は呆れと怒りがないまぜになった顔で、セトミが管理官に詰め寄った。


「あんた、頭の中はプリンかなんかがつまってるわけ? さっき、私らがチェック受けてるときに、嫌って言うほどあんたの顔を見たんだけど!?」


「黙れ! 念のため、指紋照合をさせてもらう。指をだせ」


 入国の際のチェックでは、指紋の採取、登録も義務付けられる。入国したものはすべて、国のリストに指紋が載せられるのだ。無論、先ほど入国したセトミたちも例外ではない。


「ふざけんな。さっき登録したばっかだろうが。それより、こいつを――――」


 デヴァイスを管理官に見せようとしたショウの言葉は、その管理官にさえぎられる。


「登録しているのであれば問題なかろう。なにかあるのなら、その後でしっかりと聞いてやる」


 管理官が懐からスキャナのようなものがついた、小さな機械を取り出す。どうやらあの機械で指紋の照合をするようだ。


 舌打ちしながらも、埒が明かないことを悟ったのか、ショウが指を差し出す。次いで、不満全開であることが鼻の頭のしわになって現れているセトミ、そして、ミナ。


 管理官はしばらく機械を操作していたが、その表情が、ふと、微妙に変わった。今までただ、高圧的でいやらしかったその目つきに、どこか剣呑な色が混じる。


 やがて彼は門の付近へと歩み寄ると、他の兵士と二言三言かわし……そして。


 壁に設置された赤いボタンを、押した。


 その刹那、耳をつんざくような高く、大音量の警報が鳴り響く。同時にそれをまるで待っていたかのようにあちこちから兵士が現れ始めた。もちろん、彼らの手には銃が握られている。


「おいおいおいおい、どういうこった!」


「黙れ! 貴様らの指紋はデータベースに登録されていない! 誰一人としてな! この密入国者どもめ……軍法第22条、密入国者は発覚しだい抹殺せよ、との法律にのっとって、貴様らを抹殺する!」


 管理官が銃を構え、突撃してくる。その間にも、兵士たちは続々と駆けつけている。


「ちょっと、ドッグ、どうすんのよ!」


 なぜこうなったのかはわからないが、さすがに街を治める軍と事を構えることに躊躇しているセトミが叫ぶ。


「しかたねえ……ここは奥の手を使うぞ」


「奥の手?」


「そう、すなわち……とりあえず逃げる!」


 言うが早いか、ショウはミナを抱えて門とは反対方向へと逃げ出す。


「あっ! ばか犬! 私より先に逃げんな!」


 それについで、セトミもしっぽを巻いて逃げ出した。


 門は兵士たちがいて通れそうもない。とにかく今は、彼らから少しでも離れるしかなかった。


「まったく、どうなってんの!? さっき入国手続きとったばっかだってのに、あいつらの頭ン中、プリンでも入ってんじゃない!?」


「同感だ。ただ問題なのは、そのプリンどもがライフルで武装してるってこった!」


 背後から聞こえる射撃と兆弾の音に頭を低くしながら、ショウがこの状況を皮肉る。幸いにも前から兵士たちが現れることはなく、二人は彼らの視界から逃れるために路地裏へと駆け込んで行く。


 エデンのスラムなどと違い、こちらはまだ比較的、建物が再建されていることが幸いし、追っ手の目は欺きやすかった。だが、兵士が二人を見失うことなく追ってくることからして、なにかしら、レーダーのようなものを装備しているかもしれない。


「ねえ、ミナの正体がばれたってことはない!? それでやつら、躍起になって追いかけてくんじゃないの!?」


 駆けるスピードに飛ばされそうになる帽子を押さえ、セトミが言う。だがその言葉に、脇に抱えたミナをちらりと一瞥し、かぶりを振る。


「いや……まったくありえないとは言えねえが、もしもそうなら、『即座に抹殺』ってのはずいぶん剣呑な話じゃないか? ここはエデンのヴィクティムとは対立関係にあったはずだ。どっちかってーと、うまく懐柔して利用するって方がありな気がするぜ」


「むー、確かにそうか」


 駆けながらもあごに手をやり思案を巡らせていたセトミが、不意に響いた銃撃に思わず首を縮める。幸い、弾丸は大きく逸れ建物の壁に銃創をつけただけであったが、まだ追ってくるとなると、しつこいのを通り越して執念さえ感じる。


「はっ、こりゃエデンより治安はいいわけだわ。こんなに仕事熱心な兵隊さんが街を守ってるんだもんね」


 あきらかに皮肉を込めた物言いで、セトミが再び駆ける速度を上げた。


「その裏路地に飛び込め!」


 ショウの言葉に従い、セトミは狭い路地に走りこんだ。恐らく、向こうが大人数であることを見越して、足を鈍らせる魂胆なのだろう。


 だが、そのセトミの眼前――――裏路地の出口に、それを塞ぐ形でなにかが現れる。タイヤを使わない、光学エネルギーを動力とする車だ。


「ちょっ! 前、塞がれた!」


「なに!?」


 しかし同時にたたらを踏む二人に浴びせられたのは銃弾ではなく――――冷静、いや冷徹とも言えるような涼やかな声。しかしながら、どこか凛とした、はっきりした意思を示す声が、二人に投げかけられた。


「――――お乗りください。逃走を手助けいたします」


 運転席から顔をのぞかせたのは、紺色のボブカットに深い水底を思わせるような紺色の瞳の少女だった。


「――――どうする? 罠かもよ」


「こっちにつく!」


 困惑するセトミをよそに、ショウは車へと飛び乗る。一瞬躊躇したセトミも後戻りはできないと踏んで遅れて車に乗り込んだ。


「で? なんでこっちなのよ」


 どことなく憮然とした表情のセトミには、どうにも答えの予想がついているように見えるが、非難の意味を込めているのか、その言い草はどうも皮肉めいている。


「どうせ捕まるなら、ごつい野郎どもに捕まるより、美少女に捕まったほうが100倍いいだろ」


 やっぱりね、と言わんばかりの様子でため息をつくと、セトミはちらりと運転席に座る少女を一瞥する。


「で、その美少女様はどこの誰なのか教えてくれると、こっちもちょっとは事態が理解できるんだけどなぁ」


 さりげなく相手の素性をいぶかしむ意図を受け取ったか、少女がうなずく。


「はい。こちらとしても、あなた方に不安感を抱かせるのは得策ではありませんので。ですが、その前に……」


 言葉の途中で、車の速度が不意に急加速する。そのあまりの勢いに、ショウが顔を座席にぶつけた。


「てっ!」


「……伸びきってた鼻の下が元に戻って、ちょうどいいんじゃないの?」


 強烈な皮肉を浴びせた後、セトミはリアウィンドウから後ろを見る。その数十メートル先には、灰色の都市迷彩を施し、砲塔を搭載したバギーが二台、後を追ってきていた。


「お話は、彼らを振り切ってからじっくりさせていただきます。少々、お待ちください」


「おいおい、やけに装備を整える手際がいいじゃねえか? どうやらこいつは、嵌められたくせえな」


 まだ赤い鼻をこすりこすり、ショウも後ろを見る。


「てか、こんな普通の乗用車じゃやつらの絶好の的だぜ。本当に振り切れんのか?」


 不意に剣呑な色を帯びるショウの言葉に、少女はうなずく。


「はい。この車には、ある武装が搭載されています」


 そうは言うが、それらしきものは見当たらない。もし隠してあるにしても、戦場で使用される車載砲に対抗できるようなものがあるとは思えない。


「対物ライフルでもあるっての? それにしたって、簡単には――――」


「いえ。武装は、私自身です」


 セトミの声をさえぎり、少女が言う。


「……へ?」


 思わず気の抜けた声を上げながら呆然とするセトミ。それにはかまわず、少女はなにやらハンドル側の装置を操作しながら、何事かを囁きだす。


「ガンマレイ・ガルネリオン、エネルギー充填開始。目標充填率62.34%。衝突回避プロトコルを車のコンピューターに接続します。オートドライブ設定完了。上方ウィンドウ、オープン」


「え? え?」


 発射直前の宇宙飛行士もかくやという様子で、少女が手元の操作と言葉を交差させる。それなりにシャドウなどで機械には接してきたセトミだが、彼女がなにをどうしているのか、さっぱりわからない。


 ゆっくり、ひとひとつ説明されれば徐々に理解はできるのだろうが、少女の処理スピードが速すぎるのだ。


「お二人とも、頭を下げていてください。上は見ないようにお願いいたします。失明の恐れがありますので」


 突然、少女が運転席から立ち上がる。と同時に、車の天窓がすばやく開いた。


 それを思わず目で追うセトミが、それを見た。


 少女の両の手のひらに輝く、青いレンズのようなもの。そこからはかすかに、耳にちくちくと刺さるような、高い、機械の駆動音が漏れている。


 それを見、セトミも察する。確かに、見たら目にはよくなさそうだ。セトミは彼女が狙っているであろうそれのほうに視線を戻す。


 彼らは、追う相手の車の天窓から現れた少女を見、一瞬膠着した。が、その真意を理解したときには、彼女の準備はすでに整っていた。


「ガンマレイ・ガルネリオン、発射!」


 少女の手の、青いレンズのようなものから、直径は人の身長ほどもありそうな極太の光子エネルギーが発射される。それは途中で拡散し、二台のバギーをそれぞれ襲う。それらは適確に砲塔、タイヤなどを破壊し、一瞬にしてバギーを走行不能にした。


「すげぇ……」


 半ば呆然とその光景を見ていたショウの後ろ――――つまり運転席に、少女は戻る。そしてゆっくりと、セトミのほうを振り返った。


「私の素性を、ということでしたね。私はこの街のオートマトンたちの町――――『スクラップド』を作られたマスターにお使えする、自律思考型オートマトン、R-01-I、『リリア・アイアンメイデン』ともうします。以後、お見知りおきを」


 今までに聞いたことのないようなその自己紹介に、セトミもショウも、思わず張子の虎のように、かくかくとうなずくことしかできないのだった。







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