決別
(さて……)
甲板に戻ると、フェリーは海の真ん中で停止していた。
すぐ側に大きな岩で出来た島が見える。
あそこが龍神の住う祠。
神域と言われ、人は滅多に入る事を許されない。
炎天丸がステージに登ると、栄治に頷いて見せる。
約束の時だ。
(さて、どうなるかな)
両手を一度広げ、そのあと祈るように合わせる炎天丸。
龍神への祈りであり、龍神を呼び出す際の祝詞を唱える。
この世界の古い言葉らしくて、栄治には意味までは分かりかねた。
今栄治の周りにいる人間には、あの言葉は分からないらしい。
雲がどんどん濃くなっていき、暗雲がゆっくりと下へ下へと下がってくる。
その光景に、ゴクリ吐息を飲んだ。
雲の隙間から光が差し込み、現れたのは巨大な丸い石。
それがゆっくり、爬虫類の目のように縦に光った。
(いくらの卵みたい……)
赤く禍々しい色に、縦に入った細い金の線。
某玉集め漫画の龍神の姿を思い浮かべていたが、予想に反して丸い巨大な石のような目玉が降りてきた。
金色の雲をまとい、ゆっくり雲の隙間から御光を浴びながら……浮いている。
場の空気が「おお……」と熱いものと、冷ややかなもの、二つに割れた。
「お久しぶりです、龍神『里球』よ。本日、この炎天丸は十八になりました。次期国家元首としてご報告をと思い、ご挨拶に参った次第です」
『ほう……』
「この船の上での催し物も、すべて里球への捧げ物。いかがでしたか? 楽しんで頂けたでしょうか?」
『…………。一つ、気に食わぬ』
「……。……なにがお気に召さなかったのでしょうか?」
騒つく甲板。
存在感のようなものが、場を包む。
(キッツ……)
これは経験がある。
圧倒的な『力』を持つ者が現れた時の、全身の感覚を支配されたような……そんな状況。
栄治の所属する事務所の社長や、『CRYWN』のメンバーが揃った時のライブなど、もう「人外なのでは?」という奴らの放つオーラに似ている。
似ているが同じではない。決定的な違いがある。
それがなんなのかは、明確に口にする事は出来ないが……。
『歌だ! なんだあの歌と踊りは! 我に捧げられたものではない! あれはお前に……炎天丸、そしてその船の上の人間たちに捧げられたものだった! ふざけるな! 我はこの世の神! 創世神ぞ!』
「っ!」
バリバリと強烈な音を立てて雲が雷雲に変わる。
光が駆け巡り、圧が増した。
膝をつく者も現れる。
炎天丸はよくあの場に立っていられると思う。
栄治は片足の爪先でトントン、と床を軽く蹴った。
『最近お前たちは我への尊敬を! 信仰を蔑ろにしすぎている! 我への挨拶も何年ぶりだ? 八年ぶりではないか? なぜ毎年来ない? お前たちは我への信仰を捨てるつもりなのか? ならば我にも考えがある! 魔力を与えるのを、やめる! 魔法が使えなくなった不便な世界でもがいて苦しむがいい!』
「…………。分かりました。それが里球の思し召しならば従いましょう」
『!?』
「なっ!? 炎天丸様!?」
近くにいた者が非難するように叫ぶ。
しかし、現国家元首である炎天丸の父親も頷いた。
つまり——この国の舵を取る者は龍神との決別を選んだのだ。
長い間、悩み抜いた事だろう。
その背中を押した者が異世界から来た者たちだったとしても、遅かれ早かれその選択をしていたはずだ。
「息子の言う通り……我らは龍神様より離れましょう。龍神様がそれをお望みなのならば、なおの事」
『お前たち——!』
「龍神様の思し召しだ! 金輪際我が国では魔法を使えない! 周知させろ! それが龍神様のお答えだと!」
『っ——! おのれ、謀ったな……許さん、許さんぞ人間ども! もうよい! 我の思い通りにならぬ人間など、滅ぼしてくれる!』
「!?」
思っていた通りの完全なる逆切れ。
栄治も炎天丸も、梓に聞いていたのでこうなる予感はしていた。
だがまさか本当にこういう展開になるとは。
正直半信半疑だった。
さすがにそんなにすごい神様が、そんな小学生みたいな逆切れするのか?
……しやがった。
梓の言う通り、本当にそんな小学生みたいな逆切れしやがったのだ。
ならばこちらも自衛しなければならない。
龍神が光、光線となって船を一瞬で焼こうとする。
それを阻む黒い炎。
待ってましたとばかりにフェリーと龍神の間に浮かぶ黒い影。
「待ってた待ってた待ってた待ってた! これこれこれェ!」
『っ!?』
「龍の肉なんて久しぶりィ! 創世神の肉なんて初めてだもん、もうホンット待ちかねたんだからァ! 食っていい? 食っていいよねェ? ああ、龍神のお肉独り占めとか最高かよォ!」
(なにあれ、めっちゃテンション上がってる)
気配を悟られては龍神が出てこないかもしれないと、栄治の影の中に隠れていたのだ。
だが出てきた途端見た事もないテンションなので引いた。
完全に食欲に支配されている。
(……橘が言ってたけど……本当にお菓子以外だと龍とか竜とかドラゴンの肉が好物なんだな……)
別に冗談だとは思っていなかったが、現れたもう一つの存在感がどんどん巨大に強くなっていくのはゾッとした。








