誕生日ライブ、開演
ざわ ざわ ざわ
「ひょ、ひょええっ……」
カーテンの隙間から覗くと、そこは人、人、人、人……。
千人規模とは聞いていたが、想像以上の人の数。
膝がガクガク震え始めた詩乃。
「たった千人になにガタガタ震えてるの」
「“たった”!? 全然“たった”じゃありませんよ!?」
「はあ? なに言ってるの。東雲学院の卒業ライブ、一万人規模のコンサートホール貸し切りだからね?」
「ェッ……」
「俺らの時代なんて『CRYWN』のメンバーや一晴や宜城煉やら……まあ、俺もそれなりに名前は売れてたし……本来一日のところ、五日に引き延ばされて五万人入ったからね?」
「…………」
「元の世界に戻ってあの学院の芸能科に通い続けたら、最後に行き着く先は一万人のお客相手にライブだから」
「ひいいいいっ!」
頭を抱えた。
そんな事になるなんて知らなかった!
そして、栄治世代の伝説がものすごい。
「一万人か〜。想像出来ないにゃ〜」
「でもでも楽しそう! そんな大勢の前で歌って踊ってみたいさね〜!」
「今よりずっと体力必要そう……」
「この世界にもそういうコンサートホールとかあるの?」
「龍奉舞の発表会やコンクールはあるにゃん。そういうところでライブするって感じかにゃ?」
「でもそんなに広くはないさね。ここよりもう少し広いかな、って感じさ」
「ふーん。まあ、今は目の前のお仕事に集中したら? 出番そろそろでしょ?」
ちらりと栄治が進行表を見る。
他にも龍奉舞や例のよく分からない楽器による演奏など、定番とされる催しがステージで行われていた。
招待客は炎天丸とその父、国家元首にへこへこと挨拶や祝いの言葉を置いて立食やステージを楽しむ。
本来ならラパマは炎天丸の婚約者として、隣に立っていた方がいいのだろうが……。
「行こう、みんな! ……今までで一番大きな舞台。でも、今日のためにわたしたち、めちゃくちゃ頑張ってきた」
「うん!」
「うん……!」
「うんうん!」
「全力でやればきっと伝わる! 一時間ライブ、やりきろう!」
「「「おー!」」」
「……行きます」
「はいはい、いってらっしゃい」
控え室を出る。
マイクを緊張で汗ばむ手を握り締め、表情を無理やりにでも笑顔にしていく。
ステージにいた龍奉舞のプロの人たちと入れ違いにステージに上がると、前を向いた。
全方向、すべてに人がいる。
それもみんな偉い人だ。
手筈通りにアヴェリアがステージに登ってくる。
「皆様、次はわたくしの学園で新たに設立した異世界の文化『アイドル』をご紹介致しますわ! 中にはご存じの方もおられるかと思いますが、ええ、そうです! 『ティラミス』の開発者、コーノエージと同じ世界から来た少女、アイガシノがリーダーを務める、新たな文化ですわ!」
「初めまして、異世界『地球』から来ました! 相賀詩乃です!」
「先日わたくしの誕生日に発表致しましたこちら!」
「はい! こちら、わたしたちが今つけているイヤホンマイクですね!」
「ええ、これも彼女たちの世界のものを参考に開発致しました。すでに多くの学校関係者の皆様からご注文頂いております。広い教室内で後ろに声が届かない、という問題が解消したのです!」
アヴェリア、予定通りがっつり自社製品を売り込みにきている。
しかしそれは最初から決まっていた事。
むしろ、アイドルとしてこれも仕事のうち。
自分たちを支援してくれている『スポンサー』を儲けさせるために、『広告塔』になる。
『SWEETS』の四人はそれぞれ四色のイヤホンマイクを片耳につけて、商品をアピールした。
「そして新たに開発しました、こちら! 無線マイク! 今わたくしも使っておりますが、いかがてすか? 遠くに設置してあるスピーカーから声が出る仕様です。耳が疲れてしまう、という方向けですわ。これで皆様の演説も、より多くの方に聞き入れて頂けると思います」
「……なるほど、そう使うものなのか……」
「なかなかいいんじゃないか?」
ひそひそとそんな声が聞こえる。
よっしゃ、と内心ガッツポーズをするアヴェリアと詩乃。
「今からその性能をお見せしたいと思います! それでは、改めましてご紹介しますわ。我が学園に新たに設立した『アイドル部』のアイドルたち! 『SWEETS』! 華麗なダンスと一度聴いたら病みつきになる事間違いなしの歌! ご存分にお楽しみくださいませ!」
ばちん、とウインクつきであとを任せてもらう。
詩乃はアヴェリアににこりと笑ってから、両手を広げた。
「初めまして! ご紹介に預かりました、紫紅国立央玉学園アイドル部の『SWEETS』です! わたしはリーダー、異世界から来た異世界人アイドル! 相賀詩乃といいます! よろしくお願いしまーーーっす!」
「同じくーう! 『SWEETS』のニャンコ担当、白虎エイニャだにゃーん! みんなー、ニャンコは好きかにゃー? エイニャはニャンコ大好き! ニャンコになりたいニャンコアイドル! 白虎エイニャをよろしくにゃーん!」
「セキュイは、『SWEETS』の天才担当……玄武セキュイ……こう見えてとっても天才なの……。アヴェリアさんの会社の新商品開発に、実は携わってる……。ダンスと大きい声を出すのは苦手だけど、頑張って歌うから応援してね……」
「はいはーい! 『SWEETS』の元気っ子担当! 青龍ラパマちゃんだよー! なんとこう見えて炎天丸の婚約者! っというわけで!」
せーの、と四人でアイコンタクトをする。
頷いて、主催者席にいる炎天丸へ向かって両手を口元に添えた。
そして、盛大に大声で叫ぶ。
「「「「お誕生日、おめでとーーーー!!」」」」
「っ!」
ぎょっとした炎天丸。
忘れそうになるが、今日は炎天丸の誕生日。
それを祝うパーティーだ。
「わたしの世界にはお誕生日に歌う歌があるんです! 龍神様は歌があまりお好きではないそうですが、この歌はお誕生日の人のために歌う歌なので、きっと受け入れてもらえると信じています! 聴いてください! 『ハッピーバースデイトゥーユー』!」
その曲を皮切りに、『SWEETS』のライブは開始した。
既存曲を三曲、間に初見の人たちも楽しめるトーク……実質アヴェリアの会社の新商品の宣伝トークを入れつつ、さらに三曲、また新商品の営業を入れつつ、最後に新曲。
新曲はそれぞれのソロパートがあり、ダンスも控えめ。
バラード調で、体力のすり減った状態でも歌い上げる事が出来るよう調整した。
今回のステージは360度全方向からお客さんが見ているので、四人で背中を合わせて全方向に向かって歌う。
ステップを踏みながら回転して、最後にお辞儀。
「「「「ありがとうございましたー」」」」
出し切った。やり切った。
汗が頰を伝う。
最後に一言アヴェリアの会社の宣伝も入れて、控室に戻る。
「あー、やったーっ」
「おつかれぇ、もうむりにゃー」
「むり……」
「分かる〜、もう動きたくなーい……」
扉を閉めた途端、座り込んでしまう。
四人で身を寄せ合うが、熱い。
みんな体温が上がり切っていて、くっつくととても熱いのだ。
ふと、詩乃は「ふふふ」と笑ってしまう。
何故笑ってしまったのか、詩乃自身もよく分からない。
それに釣られたようにエイニャもセキュイもラパマも、クスクス笑い始めた。
しまいには四人でケタケタ笑う。
「今までで一番楽しかったね」
「うん〜、楽しかったにゃー」
「うん、楽しかった……すごく、全部絞り出した……みたいな感じで……」
「やり切ったー! って、感じださねぇ。今まで生きてきた中で今一番気持ちいいさね!」
「うん!」
手を繋ぎ合う。
その時に、詩乃はようやく理解した。
(ああ、そうだったんだ……)
ステージの上でキラキラしたアイドルを見た時、ああなりたいと思った。
自分は無理だったから。
ダンスの世界には『彼女』がいて、自分はスポットライトの下に入れないから、と。
でも違った。そうじゃなかった。
アイドルがキラキラして見えたのは、きっと仲間がいたからだ。
詩乃が見たアイドルの映像はどれも、アイドルグループだった。
あの世界のあの国のアイドルが、今やソロでは売れない、というのもあるだろう。
でも、それでも、あの輝きに魅入られた。
手を伸ばせば自分にも手が届くんだと思い込んで、安易に手を伸ばしたけれど——。
(そうじゃなかったんだ。あのキラキラは、一人じゃ届かないキラキラだったんだ……。そうか、だからわたしは憧れたんだ)
ダンスは一人で踊る事も、集団で踊る事もある。
でも、集団で踊る時にセンターでスポットライトを浴びるのは上手い人だけ。
詩乃は何度挑戦しても、その場所には行けなかった。
どれだけ練習しても、届かない。
天才が阻む。
彼女はなんでも出来た。華があった。美しく完璧だった。
あの場所に、あの輝きに手を伸ばして……そして手を下ろしたのは自分には才能がないからだと思い知ったからだ。
でもアイドルも同じだった。一人では輝けない。
仲間と心を繋いで、全力で頑張って初めてこの輝きに手が届く。
今の今まで気づかなかったけれど……。
(こういう事だったんだなぁ)
意識が微睡み始める。
全力を尽くし、体力も限界。
昨日から緊張とリハーサルをぶっ通しできたのもあり、その糸がぷつりと切れた。








