処刑、後に幽霊(再)
本日2度目の起床。先程の不愉快な目覚めとは違う、激流の朝を耐え凌いだ海月が静寂な夜の波を漂うように寛闊な目覚めだった。
私は、処刑されたはず。なのになぜ生きているのか。多種多様な疑問が湧き上がってくる。
辺りを見回すと、またもや知らない部屋だった。西洋風なつくりでとても豪華な室内だが、内装は全体的にピンク色とフリルと行った麗しき乙女にしか許されぬ容貌だ。私の趣味には合わないな…と考え、これは2度目の転生なのではと思いついた。
人生に1度だって転生をする予定は無かったが、一日で2度目の転生を経験してしまった。その事実に立ちくらみがし、壁に手をつこうとした。そう、つこうとしたのだ。スカッと、私の手は壁をすり抜けた。
「っっっっ!!!!」
私は声にならない叫びを上げた。落ち着け。落ち着くんだ瀬奈…と自分に言い聞かせるも落ち着けるわけが無い。
幽霊??私は今、幽霊なのか…??と相変わらず諦めの早い心が現実を受け止めようとしたが、そこで新たな疑問が湧いてくる。
私は青木瀬奈の幽霊なのか、それともさっきのレティアラという人物の幽霊なのか。
辺りを見回し、華美な装飾がされてある姿見を見つけたため、確認するためにフラフラと、幽霊であるにも関わらずゾンビのような足取りで鏡をのぞく。幽霊ならば鏡に写らないかもしれないが、願わくば青木瀬奈としてうつってくれ。
鏡をのぞき、絶句した。自身の姿は確かにうつっていた。しかし、それは青木瀬奈の姿ではなかった。
ふわふわとウェーブのかかった美しいラベンダーの髪。瞳は薄いピンク色。少し猫目だけど大きな愛らしい目だ。肌は透けるように白く、陶器のようであり、鼻はちょこんと小さくそして高く。唇は肌に反して薄ピンクに色づいている。そんな…、途轍もない美少女がいた。
誰だこれは。率直な感想であった。手を上げると鏡の中の美少女も手を上げる。顔を歪めると少女も美しく顔を歪める。
「美少女(幽霊)になってしまった……。」
まずは今の状況を整理をしよう。おそらくこの鏡に映った子は先程処刑されたレティアラなのだろう。私は青木瀬奈として1度死に、レティアラの体に入り、そのまま処刑されて幽霊になった。ここまでは理解したくないが出来ている。しかし、私にはなぜレティアラが処刑されたのか、何をしたのかが微塵も分からない。
いくら考えても心当たりも以前の記憶も僅かとしてなかった。だが考えても思い出せないものは仕方ない。状況整理の次は現状確認をしようじゃないか。幽霊になった今の私に何ができて、そして何ができないなのかを検証しよう。そして私は検証に取り掛かった。
色々と試行錯誤してみた結果。壁や床は体が空気になったかのようにすり抜けることができる。けれど自身がすり抜けたくない時などはちゃんと触ることが出来た。仕組みは分からないが、私の心の持ちようが幽霊として身体に影響をもたらしているのだろうか。ちなみに物も同様であった。今いる部屋から出ていないので分からないが、今のところは移動の範囲の制限もない。そして、試している内に感じた疑問が何点かある。1つ、何故かこの部屋にはさっぱり人が来ない。あまりにも不自然である。この様な広い部屋があるのなら、おそろく家屋自体が大きいのであろう。部屋の造りを見ても、この家の持ち主が高貴な存在であることが窺える。レティアラという名前、処刑された際にかけられたギロチンから、この時代は中世のヨーロッパに近いのだと推察された。そのような時代の貴族ともなれば使用人が居るのは当然だろう。しかし、私がこの部屋で物音をたてようが、誰一人として部屋に来ることは無かった。こんなに誰もいないなんて…明らかな奇妙さが私の胸をざわめかせる。縋るように窓の外を眺めたが、外の世界はだだっ広い庭のような空間が広がっている。外に出てみようかとも思ったが、外に出た瞬間に存在が消滅するリスクもあるため躊躇われた。
幽霊として出来る事を探してみたが、その中でもレティアラとしての記憶を呼び覚ます事は出来なかった。私の頭が今までの混乱から想像以上に働いてないということも一因とはなっているが、それ以上にこの部屋には生活感という物が皆無なのである。机の引き出しを引くと空。戸棚を開けても空。いくら高貴な身分であろうが、この部屋はおかしい、奇妙なのだ。手がかりの一つや二つ、希望的な観測ではあるが出てくると思っていた。まだ探していない所があるのだろうか?棚の後ろには何もない、レティアラの様な美しい少女がベッドの下という典型的な男子中学生が疚しいものを秘める場所にものを隠すわけが………………あったようだ。現代日本だろうが中世ヨーロッパだろうが、まだ知識の浅慮な年若い人間は隠し場としてベッドを選ぶのだろう。
手先に当たる感覚を頼りに唯一の手がかりとも呼べる代物をベッド下の暗闇から取り出す。私が見つけたのはレティアラを知るための最高の足がかり。またの名を日記だった。