転生、後に処刑(再)
私は普通だ。普通に学校に通い、普通に友達と遊び、普通に成績も良い。植物が芽を出し、花を咲かせ、枯れていくように、当たり前の過程を踏んでいくのだと今後も確信していた。そんな毎日は意外にも充実していたし、満足もしていた。
歯車が狂い出したのは、塾に行って帰っていた時。つかれたな、お母さん、今日はもう帰ってるかな?などいつも通りの思考を並べ、じきに家につく頃になり、イヤホンを外した瞬間。
グサッ。私からいつもは聞こえない音がした。
突然走る激しい痛みと状況を把握出来ていない白黒が情景が、私の思考をさらに遅らせる。
思考の波がくる前、反射的に痛みの震源地を見てしまった。そこは、今まで通り普通に生きていれば見ることができない、腹部にナイフが刺さっているという異様な光景だった。
「えっ…」
気づいたときには私の視界は横を向き、地面を捉えることしか出来なくなっていた。状況に追いついた思考が叫んでいる、お前は何者かに刺されて倒れたのだと。薄れていく意識に抗おうとする私を他所に、目の前から人影が逃げ出していく。
「逃げるな!」と叫びたかったが、口から出るのは呻き声のみだった。生き残るため、エマージェンシーコールの止まらない頭とは反対に、諦めを知っている心は現状を受け止め、今までの人生に対する懺悔をしていた。これは罰なのか、普通が1番だという免罪符を得、他者に報いるための努力をしなかった怠慢な自分。父と母を失望させたことが無いと誇り、特別な喜びを贈ろうともしなかった不義理な自分。死に際して、やっとその傲慢さに気付いた愚鈍な自分。
「ごめん…なさ…。たま…には、普通、じゃ…ない…娘が…良かった…よ…ね……」
声すら出せない程弱まった身体で、最後に発することが出来たのは今までの傲慢さに対する贖罪だった。
激しい光の束が目に刺さる。到底心地いいとは言えない目覚め。もしかして私は助かったのか、不快な目覚めに心を緩ませたが、私の目に映る光景に心は忽ち緩めた紐を結び、拘束されたようになった。それもそのはず、私は全く知らない場所で、大犯罪を犯した囚人のように拘束されていた。
「なに……?」
間抜けな声が私から漏れる。すぐに差し込む違和感。私はこんな声だったのだろう。
「ようやく気がついたか。」
ふと頭の上から降り注いで来た刺々しさのある声に顔を上げると、見たこともないような綺麗な顔の男の人がいた…。きれい…。思わず見とれてしまう…。
しかし、私の心は次に男から出た言葉に壊された。
「やっとだ…!レティアラ…やっとの手で貴様を処刑することが出来る…!!」
処刑?今この男は処刑と言ったのか?レティアラとは誰のことだ?自問するが、自答すら得られないほどにこの状況を飲み込めていない。これは夢なのではないか、現実逃避を試みるが、1度知ってしまった鋭利な痛みが、それすらもさせてくれなかった。
私は死んだのだ。
蘇る記憶。血が流れでる感触、チグハグな意識と思考。全ての感覚を失っていく身体。医者でなくても分かる、あの状況で助かるわけはない。だが私は今、生きてる。確か、以前に友人に借りた小説にそんな話があった。という事は…これは転生…?馬鹿げた話だ。そんなことあるわけが無い。私が心の中で現実とリアリティの間で揺れ動いている間にも男は話し出す。
「リアナをいじめ、殺害しようとしたその罪…身をもって償え。だが、私は慈悲深い。故に…最後に一言言わせてやろう。」
慈悲深いのなら。解放してくれてもいいのでは無いか。レティアラもリアナも知らぬこの頭は更に困惑していた。慈悲によって与えられたという一言も。この状況で意味はあるのだろうか。永遠とも思える時間が1秒、2秒と進んでいき、言葉を発するまで自体は進展しないことが伺えた。今から、死してなお、さらなる死がやって来るのだ。果てしない絶望に、私の掠れた喉からは無様な声しか出なかった…。
「どう…して…?私…何もしてないのに……?」
今まで視界に入っていなかった頭上の刃がギラりと存在を主張するように、輝いているのかわかった。首をはねられる直前。最後に見たのは目を見開いた男の顔だった。