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カラオケは失敗だった。
居酒屋は、まだ良かった。
周りにいっぱい人が居たから。
向かい合わせで50代の課長の全然、面白くない若い頃のエピソードを延々と聞いて、ただ頷いてるだけ。
「仕事のことで話がある」
そう言われて強引に付き合わされた。
「鈴木さん、カラオケ行こう」
居酒屋のお勘定を済ませて外に出たところで、私が「ありがとうございました、帰ります」と言おうとした瞬間に課長が大声で言った。
さっきも散々、喋ってたけど、学生時代に柔道をやってた課長はすごく大柄でガッシリしてる。
そのせいか声が、やたらと大きい。
小柄で気弱な私はその声を聞くだけでビクッとなってしまう。
「行こ、カラオケ! だって俺、家に帰っても淋しいもん!」
課長は去年、離婚したらしい。
会社で隣の席の女性社員が訊いてもないのに教えてくれた。
「ギャンブルよ、ギャンブル! かなりの額を突っ込んだんだって!」
女性社員は楽しそうに笑ってた。
「それで愛想を尽かした奥さんが子供を連れて出て行ったの! 離婚成立よ! アハハ、悲惨よねー!」
だから、課長は家に帰りたくないのか。
でも、私はカラオケには行きたくない。
「いえ、私は帰ります」
今度こそと私がその言葉を言いかけたとき「鈴木さん、来月更新だよね」
課長が言った。
そう、私は派遣社員だ。
そして課長の言う通り、来月は更新だ。
何故、今、その話をするの?
これは、いっしょにカラオケに行かなければ来月の私の更新に「不利益なことが起こるぞ」という脅しなのでは?
今、世間で大騒ぎになっている「パワハラ」というものなのでは?
もし私に度胸があれば、課長の発言を録音し訴えるだろう。
でも生来、人付き合いが恐ろしく下手で、とんでもなく気が弱い私にそんなことは到底、無理だ。